池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

出会い頃、別れ頃(4)

2024-05-28 21:57:32 | 日記

「お前がサラリーマン?」と友人たちは笑った。「無理だよ、無理。すぐクビになるよ」

 彼らに言わせると、私は勤め人としての根本的性質が欠如しているらしい。あまり自覚はないのだが、どうやら私は本音を言いすぎるらしい。その場の空気が読めないらしい。価値観が普通と違いすぎるらしい。そう言われると私も怖くなり、少しはおとなしくしていようと考えた。ともかく、彼女と結婚できるまでの辛抱だと思うことにした。しかし、すぐに地金が出てしまったのだが。

 入社してすぐに本社の大講堂で研修が始まった。総勢二百五十人。見回したところ、明らかに私より年上なのは一人だけ。あとは全員ピチピチの新卒である。一週間の全体研修が終わると、開発業務だけの専門研修となる。これは二百人足らず。講師は親会社の役職で、期間は二ヶ月。二週間ごとにテストがあり、どれだけ理解しているかが計測される。

 研修の最後の二週間に出てきた講師は最悪の男だった。ともかく、細かい技術的なことを一日中やっているわけである。当然、気持ちも緩んでくるし、疲れもたまる。しかし、講義途中でちょっと下を向いたり、眼鏡を外して深呼吸したりしようものなら、その男から罵声が飛んでくる。

「おい、貴様、ちゃんと聴いてるのか!」

「てめえ馬鹿野郎、お前は自分の立場がわかってんのか!」

「甘いな、学生気分が社会に通じると思うなよ」

 別に言っていることが間違っているとは思わない。しかし、社会経験のない若者を怒鳴りつけ、萎縮させ、恐怖心で支配しようという意図が丸見えだ。当時の私は、すでに嫌というほど、そんな言辞を聴いてきた。うんざりしていたが、黙って研修を続けていた。

 研修の最終日、その講師は、ある研修生の受講態度に怒りだし、社会人としての自覚があるのかと罵倒した。私のすぐ前に席だったのでわかるのだが、彼は筆記途中で鉛筆を落としてしまい、それを拾おうとして身体をかがめ、それでもなかなか鉛筆がつかめなかっただけなのだ。

その彼を罵倒する講師の言葉があまりに理不尽だと思い、つい自分を抑えきれなくなって、大声で講師に反論した。言い終わってから、「あ、もうちょっと我慢すべきだったかな」と思った。しかし、意外なことに、私の言葉の終わりに、うわっという歓声が起こり、たくさんの拍手があった。

講師は目をぱちくりさせていた。

後日談を挿入しよう。この講師は親会社の部長代理だったのだが、その後鬱の症状が出て、故郷近くの関連会社に移籍となった。社内でもあまり好かれていない人物だったようだ。

まあ、そんなこともあり、私は年下の連中から兄貴分として慕われるようになった。


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