1日1話・話題の燃料

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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

3/13・ピュア、高村光太郎

2013-03-13 | 文学
3月13日は、冥王星の位置を計算によって導きだした米国の天文学者、ローウェル(1855年)が生まれた日だが、日本の彫刻家で詩人の高村光太郎の誕生日でもある。
自分は静岡県磐田市の生まれだが、中学時代のクラスメイトに、高村光太郎と誕生日が同じだという女生徒がいた。色白の美人で、とてもチャーミングな女の子だった。
自分は単純粗野な、茶畑のなかで育ったお茶屋の息子、田舎の「ガキ」だったが、彼女はどこか垢抜けていて、自分などとは明らかに雰囲気が異なっていた。育ちがちがう、という感じだった。
その彼女が、生まれた日が同じの詩人ということで、高村光太郎の『智恵子抄』という詩集を読んでいるらしい旨を耳にした。
「詩集か。ふーむ、なんと文化的な香りのする響きだろう」
と思った。それ以来、自分にとって、高村光太郎は「いい香りのする文化的なもの」の象徴となった。

高村光太郎は、1883年、東京で生まれた。父親は、彫刻家の名人、高村光雲である。
本名は、光太郎と書いて「みつたろう」と読んだらしい。
子どものころから、彫刻を彫り、文学を愛好していた光太郎は、美術学校に通いながら、俳句や短歌を投稿する学生だった。
23歳の年に美術の勉強のため渡米。その後、英国ロンドン、仏国パリで暮らした後、26歳で帰国。神戸港に父親が迎えたときには、光太郎はみごとに無一文だったという。
帰国後は、詩、短歌、彫刻、油絵を描き、仏語の翻訳をしたり、父親の仕事の手伝いで彫刻の原型作りなどをしていた。
28歳のとき、女性誌「青鞜(せいとう)」の表紙画を描いていた、三つ年下の女性、長沼智恵子と知り合い、31歳のときに結婚。
光太郎が46歳のとき、智恵子の福島にある実家が破産、離散した。その翌々年、光太郎が仕事でひと月以上家をあけ、この留守をきっかけにして智恵子に統合失調症の症状があらわれはじめた。
光太郎が49歳のとき、智恵子が睡眠薬を多量に飲んで自殺未遂。智恵子は1カ月弱入院したのち、退院。
以後、智恵子の精神病はしだいに悪化し、入院、療養を重ねた後、1938年に品川の入院先の病院で結核のため没。智恵子、享年52歳。光太郎は55歳だった。
58歳のとき、詩集『智恵子抄』出版。その年の師走、真珠湾攻撃があり、太平洋戦争がはじまった。
大戦中、光太郎は戦意高揚をねらった、「シンガポール陥落」「神これを欲したまふ」「われら神と倶にあり」「断じて帰さず」といった詩をさかんに書いた。
1945年、62歳だった光太郎は疎開していた岩手県花巻の、詩人、宮沢賢治の実家で、敗戦を知った。その2カ月後、彼は花巻の郊外に山小屋を立てて、ひとり自炊生活に入った。以後約7年間は、この山小屋を本拠地にして活動した。戦中の詩作へのざんげの気持ちもあったろう。
70歳のとき、十和田湖湖畔に立つ裸婦像を完成。
1956年4月、東京中野区のアトリエで没。73歳だった。

高村光太郎は自分のことを、第一に彫刻家と考えていたらしいが、自分にとってはやはり「詩人・高村光太郎」である。自分は彼の詩が好きで、初版通りに復刻した詩集『道程』をもっていて、『智恵子抄』は電子ブックでいまもときどき読んでいる。

「常に父の気迫を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため」(「道程」『道程』)

「智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。」(「あどけない話」『智恵子抄』)

「妻智恵子が南品川ゼームス坂病院の十五号室で精神分裂症患者として粟粒(ぞくりゅう)性肺結核で死んでから旬日で満二年になる。私はこの世で智恵子にめぐりあつたため、彼女の純愛によつて清浄にされ、以前の廃頽(はいたい)生活から救ひ出される事が出来た経歴を持つて居り、私の精神は一にかかつて彼女の存在そのものの上にあつたので、智恵子の死による精神的打撃は実に烈しく、一時は自己の芸術的製作さへ其の目標を失つたやうな空虚感にとりつかれた幾箇月かを過した」(「智恵子の半生」同前)

高村光太郎の詩は、ましさくピュアな精神性の発露で、読むたびに心が洗われる。みずからの良心に照らして、好きにならずにいられない、そういう詩である。自分を映し出し、自分の原点を思いださせてくれる、ありがたい鏡でもある。
中学のクラスメイトだった彼女にすすめられたわけではないにせよ、彼女が読んでいなかったら、自分も読まなかったかもしれない。
同級生にそういう影響を与えていたことなど、いまだに露とも知らずにいるにちがいない、もう何十年も会っていない彼女に、感謝したい。
(2013年3月13日)


著書
『コミュニティー 世界の共同生活体』
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『1月生まれについて』
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『12月生まれについて』
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