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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

12月2日・ブリトニー・スピアーズの生命力

2023-12-02 | 音楽

12月2日は、世紀のオペラ歌手マリア・カラスが生まれた日(1923年)だが、米国のポップシンガー、ブリトニー・スピアーズ(1981年)の誕生日でもある。

 ブリトニー・スピアーズは、1981年12月2日、米国ルイジアナ州の、人口1400人のケンウッドという小さな町に生まれた。小さいときから、人前で歌って踊るのが大好きだったブリトニーは、8歳のとき、ケーブル・テレビの子ども向け番組「ミッキー・マウス・クラブ」のオーディションに参加しようと、母親を説得して、クルマで8時間かけてアトランタ州まででかけた。600名の応募者のなかから、最終選考の7人に選ばれるも、年齢が低すぎるという理由で落選。しかし、彼女に才能を感じた同番組のプロデューサーが、ニューヨーシクのエージェントを紹介。それから夏休み中だけニューヨークで芸能活動をしてすごすようになる。
 11歳のとき「ミッキー・マウス・クラブ」に再チャレンジして合格。この人気子ども番組のレギュラーに。
 14歳で、ニューヨークへ引っ越し、本格的に音楽活動を開始。
 そして1998年、16歳のときシングル「ベイビー・ワン・モア・タイム」でデビュー。同曲は世界中で900万枚以上を売り上げる大ヒットとなり、彼女は一躍、世界のトップ・アイドルとなった。ヒット曲に「ウップス!…アイ・ディド・イット・アゲイン」「トキシック」「ギミ・モア」「ウーマナイザー」「スリー」などがある。

ワールドツアーをおこない、デパートチェーンとを組んで香水ブランドを立ち上げ、大金持ちになったブリトニーは、私生活では、23歳になる年にダンサーと結婚した。妊娠中にマタニティヌードを披露し、2児をもうけたが、結婚生活は約2年で破局。そのころから薬物依存やアルコール依存が取り沙汰されるようになり、とつぜん頭を剃りあげたり、クルマを当て逃げしたり、暴力行為、自傷行為など情緒不安定な行動が目立つようになった。子どもの親権をめぐって元夫と争い、子どもの引き渡しを拒否して自宅に籠城し、警察が出動する騒ぎになったこともあった。その後、病院の精神科に入院し、集中治療を受けてからは精神状態も安定してきたようで、音楽活動に復帰し、世界ツアーを成功させ、26歳のときにはスーパースターとして完全復活した。

あんなにきれいで、あんなにお金持ちな娘が、なぜあんなに傷つかなくてはならないのか。
ブリトニーの人生は、濃い。
ひんぱんに変わる男出入り、出産と養育権をめぐるいざこざ、薬物摂取と衝動的行動とリハビリ施設入所、慰謝料や養育権をめぐる裁判の数々など、はげしくスキャンダラスな人生は、20代にしてすでにふつうの人の人生の何回ぶんにもなるタフな事件の連続である。でも、彼女は、みずから引き起こしたトラブルに傷つき落ちていくのでなく、それらをぜんぶのみこんで自分の栄養にし、さらに大きく成長していくしたたかさをもっているようだ。そうしたトラブルの時期を乗り越えた彼女は、つねにトップテン入りするヒット曲を連発しつづける現役バリバリのポップシンガーであり、億万長者の事業家でもある。
現在のブリトニーが40代の女ざかりで、彼女の人生はまだまだこれからだというとことを考えると、そのエネルギー、生命力に脱帽せざるを得ない。
(2023年12月2日)


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