1日1話・話題の燃料

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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

12/27・ディートリッヒの豊かさ

2012-12-27 | 映画
12月27日は、ドイツが生んだ世紀の大女優、マレーネ・ディートリッヒの誕生日である。
マレーネ・ディートリッヒは、1901年12月27日、プロシア警察の将校を父親として、現在のドイツ、ベルリンで生まれている。
本名はマリア・マグダレーネ・ディートリッヒ。上にお姉さんがいて、父親は彼女らが子どものころに亡くなっている。
「マレーネ・ディートリッヒ」は、本名を縮めたもので、学校にいっていたころから使っていたらしい。
フランスの詩人ジャン・コクトーが、
「あなたの名は愛撫するように始まり、むちを打つ音で終わる」
とたたえた名前は、彼女の自作だった。

マレーネは、母親の意向で、小さいころからピアノとバイオリンを習っていて、音楽学校に入ったが、左手首を痛めて進路を変更、演劇の道に進む。母親は反対したらしい。
マレーネは各地を巡業してまわるレビュー団に入り、公演旅行にあけくれた。
舞台で踊るマレーネは、このころ、客の人気を得るため、下着をはかずに舞台に立っていたと聞いた。踊って、スカートのすそがひるがえる際、なかがちらっと見える、それを目当てに客が通ってくる、というねらいである。
たいした舞台根性で、この辺、彼女はショービジネスの核心がどういうものか、若くしてちゃんとつかみ、悟っていた、という気がする。

20歳をすぎてからは、演劇の舞台にも立つようになり、それを足がかりに映画にも出演する。
22歳のとき、映画の助監督だったルドルフ・ジーバーと結婚。マレーネは彼についてこう書いている。
「ルドルフ・ジーバーと毎日一緒に仕事をし、私は夢中になってしまった。そして、それは永遠に続くことになる。(中略)私はルドルフ・ジーバーを愛した。彼が私に映画の小さな役を世話してくれたり、何かと手を貸してくれたからではなく、彼がすばらしかったからである。ブロンドで、背が高く、賢くて、若い娘が望むすべてを兼ね備えていた」(『ディートリッヒ自伝』石井栄子他訳)
2人のあいだには、結婚の翌年、娘のマリアが誕生する。

ある日、舞台に立っていたマレーネを、たまたま映画監督のジョセフ・フォン・スタンバーグがみにきていて、彼女にほれこみ、彼がメガホンをとる映画への出演が決定する。それが「嘆きの天使」である。
マレーネが演じる役柄は、舞台で歌い、踊るレビューの女優という彼女の日常そのままで、彼女はこのなかで有名な劇中歌も歌う(自分が歌えるドイツ語の歌は、この「嘆きの天使」と第九の第四楽章だけだ)。
映画は大ヒットし、歴史に残る名作となった。
この映画の主演によって、一躍大スターとなったマレーネは、スタンバーグとコンビを組み、映画をつぎつぎと撮っていくことになる。
「嘆きの天使」は1930年、マレーネが28歳のころの映画だが、これが出来上がるとすぐに、マレーネはスタンバーグといっしょに米国ハリウッドへ引っ越していき、つぎのゲーリー・クーパーとの共演作「モロッコ」を今度はハリウッドで撮っている。
1930年は、ヒトラー率いるナチス党が総選挙で大躍進を遂げた年であり、ドイツ国内ではナチスによるユダヤ人迫害が勢いを増していた。
マレーネは翌1931年に、いったんドイツへ帰り、娘のマリアを不穏な母国から米国へと連れだしている。
以後、彼女は、夫ルドルフとはずっと別居して暮らすことになる。ルドルフはカトリック教徒で、離婚が認められていないこともあったが、彼らは離ればなれでも家族であり、ずっと連絡はとっていたようだ。
マレーネ・ディートリッヒは、米国移住後、スタンバーグをはじめ、ジャン・ギャバンなど数々の有名スターたちと浮名を流したが、それを遠くはなれたドイツにいる夫は、黙って見守り、家族の関係を保っていた。
当人の気持ちはわからないのだが、この辺、ルドルフ・ジーバーという人の懐の深さと、それからディートリッヒの(女性というより)人間としてのおおらかさについて考えさせるものがあって、興味深い。

マレーネ・ディートリッヒは、パラマウントが総力をあげて売りだし、大スターとなり、MGMのグレタ・ガルボと並んで、ハリウッドの二大美神として君臨した。
「間諜X27」「上海特急」「鎧なき騎士」「狂恋」「情婦」「八十日間世界一周」「ニュールンベルク裁判」「ジャスト・ア・ジゴロ」「マレーネ」……。
その存在感は、圧倒的だった。彼女がスクリーンに登場するやいなや、そこに独特の情感が流れだし、映画のなかから観客席へとあふれでてくるようだった。
ディートリッヒは「百万ドルの脚」といわれる脚線美を誇り、同時に「ハリウッドでいちばんスーツの似合う男優」と呼ばれるほど男装が似合った。

ナチスのヒトラーは、ディートリッヒの大ファンで、彼女に帰国してドイツ国民の女神となってくれるよう懇願したが、ディートリッヒは大のナチス嫌い、ヒトラー嫌いで、それをにべもなく断ったのはもちろん、あろうことか、第二次大戦がはじまると、みずから志願して、前線を慰問してまわり、連合軍兵士たちのナチス・ドイツ打倒を熱烈に応援した。
これはドイツ国民にとっては、裏切り行為だが、これはやはりマレーネ・ディートリッヒという人が、ナショナリズムという小さなくくりでしばることのできない、大きな人間愛の人だったせいだ、という気が自分にはする。
戦地では、危機一髪で難を逃れたこともあったらしい。おもしろいエピソードを彼女は前述の自伝のなかで披露している。
前線では水が貴重で、シャワーも何日かに一度浴びられるかどうかという状態だった。それで、慰問団の歌姫であるディートリッヒも、シャワーが使えなくて困った。
しかし、そこに兵士側からひとつの救済案が提案された。
ちらりと見せるなら、バケツ2杯分の水のシャワーが浴びられる。
2回ちらり、なら、バケツ3杯分。
キスを2、3回と、たっぷり見せるなら、バケツ4杯分。
髪を洗うには、バケツ4杯分は必要で、ディートリッヒはもちろん水と石けんのため、手段を選ばなかった。

ヨーロッパの戦争が終わったとき、ディートリッヒはド・ゴール将軍と、解放されたパリのシャンゼリゼ通りを行進した。
母国へ帰っていく兵士たちをのせた列車に向かって、ディートリッヒが、背中を兵士何人かに支えられながら、スカートのすそから伸びた脚を高く掲げ、さかんに脚を曲げたり伸ばしたりして見せる光景を、ドキュメント・フィルムで見たことがある。
あんなにうれしそうな顔をしたディートリッヒは、見たことがない。
米国へ避難していたイングリット・バーグマンたち映画俳優がヨーロッパへもどってくると、それとすれちがいに、ディートリッヒは米国へ引き上げた。
「戦争が終わった。それで、あなたたちは帰ってきたってわけね」
ディートリッヒは、もどってきた俳優たちにそういったという。
疎開していた一般市民を非難してもいけないと思うが、このことばに、ディートリッヒが戦争中にとった行動の非凡さがよくあらわれていると思う。

戦後のマレーネ・ディートリッヒは、米国政府からかけられた多額の未納税を支払うために、映画に出演したり、舞台で歌を歌ったりした。戦争慰問中も、彼女には刻々と税金がかけられていて、彼女は無一文なのだった(この辺は、給料がでるたびにせっせと映画会社の株を買いためていたグレタ・ガルボとずいぶんちがう)。
1970年には、来日して大阪万博のステージにも立っている。
74歳のころ、足を骨折したのを機に、ステージから引退。
晩年はパリで暮らし、1992年5月、パリで没した。
マレーネ・ディートリッヒが亡くなったとき、日本の週刊誌はいっせいに彼女の特集を組んだ。
そのグラビア写真で、亡くなったときの彼女のアパートの様子が紹介されていたが、自分がおもしろかったのは、彼女の部屋で見つかった雑誌のなかに載っていた、メリル・ストリープやカトリーヌ・ドヌーヴの写真だった。その写真の脚の部分に、ディートリッヒの字で、
「ugly(みにくい)」
とペンでなぐり書きしてあった。
メリル・ストリープはともかく、ドヌーヴの脚など、映画「終着駅」のなかで、相手役の男優が、
「きみのこの脚を見るために、ぼくは残ったのかもしれない」
というせりふをいう場面があるくらいきれいなのに、さすが百万ドルの脚をもつ美神は、自分を追ってくる者に対しては、きびしいなあ、と感心した。

この文章のなかに題名が登場した映画は、すべて自分がみたことがあるもので、何作かはDVDでもっている。
どれもいいけれど、とくにおすすめの傑作は「嘆きの天使」「モロッコ」「間諜X27」「上海特急」である。
いずれもスタンバーグ作品で、なぜいいのかというと、映画フィルム自体に、監督の女優に対する愛が焼き付けられている、そういう感じがするからである。
こういう、撮る側の出演者への愛が焼き付けられた映画というと、ほかにジャン・リュック・ゴダールが撮った、アンナ・カリーナ主演の「気狂いピエロ」が思い浮かぶ。

自分は、マレーネ・ディートリッヒの書いた本や、彼女について書かれた本も何冊かもっている。
自分にとってはディートリッヒは、ガルボ、ドヌーヴと並ぶ、銀幕の世界のミューズである。
ただ、ディートリッヒは、カルボやドヌーヴとちがい、単に映画女優として魅力的だっただけでなく、人間として生きるその姿勢が豊かで、美しかった。
世間体やプライドを気にせず、時々にそばにいる人間をひたむきに愛し、人類全体をも愛した、そういう人だったという気がする。
(2012年12月27日)

著書
『出版の日本語幻想』

『ポエジー劇場 子犬のころ』

『ポエジー劇場 大きな雨』
コメント
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