goo blog サービス終了のお知らせ 

太田知子の いきいき!健康長寿

健康医療ライターで介護予防インストラクターの太田知子が介護されない体づくり、若さと元気をキープする方法について語ります。

エジプトの旅 その3 サハラ砂漠で蜃気楼を見る

2018年03月22日 | エジプト 歴史 旅行 ナイル川クルーズ

 ツアー5日目はイシス神殿を見学した後、アスワン・ハイ・ダムへ向かった。

                    ブーゲンビリアが咲くイシス神殿

アスワン・ハイ・ダムは界有数の大規模ダムで、ダムによってナイル川を堰き止めてできたナセル湖は海のように広い。

           アスワン・ハイ・ダムの堰堤からナセル湖を望む

エジプトの電力の60%はこのダムから供給されているそうだ。

国土の90%は砂漠で、雨はほとんど降らないと聞くと、エジプトでは太陽光発電が適しているのではと思うが、ガイドさんの話ではパネルの導入に多大なコストがかかるため、太陽光発電事業はあまり進んでいないそうだ。

 

ダムの記念塔で遠足の子どもたちに会った。一緒に写真を撮ってほしいと近寄ってきた子どもたち。

とても人なつこくてかわいらしい。

                        遠足の子どもたち

 

 アスワンからバスで3時間かけてアブシンベル神殿に向かう。

サハラ砂漠の中の1本道。どこまで行っても砂しか見えない。

遠くに湖と森のようなものが見えてきた。

あれはオアシス? いや、蜃気楼らしい。

光の異常な屈折によって、現実にないものが見える現象だ。

                             蜃気楼

 アブシンベル神殿は、強大な権力を誇ったラムセス2世によってつくられた岩窟神殿。

アスワン・ハイ・ダムの建設で水没の危機にさらされたが、ユネスコが救済を呼びかけ、世界各国の資金と技術を集結してナセル湖のほとりに移築・保存された。大神殿と小神殿がある。

                  アブシンベル神殿への道

                      大神殿(左)と小神殿(右)

大神殿の入り口にある4体の巨像は圧巻。内部にはラムセス2世の立像が建ち並ぶ列柱室があった。

                大神殿の前で

小神殿は、ラムセス2世が愛する妻、ネフェルタリのためにつくった神殿で、美しいレリーフが残されていた。

                            小神殿の前で

 

暑い。3月初旬だというのに気温は38度くらい。

神殿の中は涼しいが、日なたに出ると頭がくらくらする。

真夏になると50度を超えるとか。

厳しい砂漠気候の中で、よくぞこんな素晴らしい古代文明が栄えたものだと感心する。

 

 再び、砂漠の中の1本道を3時間かけてアスワンに戻り、翌朝、アスワン空港から国内線でカイロへ向かった。

 


エジプトの旅 その2 ナイル川クルーズはナイスな船旅

2018年03月21日 | エジプト 歴史 旅行 ナイル川クルーズ

ルクソールを観光後、クルーズ船に乗り、エドフに向けて出航した。

                                        ナイル川の夕陽

ウエルカムドリンクのハイビスカスジュースをいただいて船室へ。

船室はツインで広々とし、バス、トイレ付き。冷蔵庫やクローゼットもついている。

食事はビュッフェスタイル。好きなものを好きなだけ取れるのがいい。

野菜料理やフルーツが豊富にあってうれしい。

イスラム教の国なので豚肉はないが、ビーフやチキンの料理がおいしかった。

昼寝をした後、デッキでティータイム。コーヒーとスポンジケーキをいただいた。

ナイル川に沈む夕日を眺めた後は、エジプトビールを飲みながらのディナー。

夜はベリーダンスショーを楽しんだ。

海のクルーズと違って、川のクルーズはほとんど揺れないので船酔いの心配がないのがいい。

 

日本人客が多いせいか、朝食は日本食も用意された。

ごはん、みそ汁、漬物、肉じゃが、卵焼きなどに舌鼓。どれもおいしかった。

クルーズ2日目は、ギリシャ・ローマ時代に上エジプトの州都として栄えたエドフに到着。

馬車でホルス神殿に向かった。

ホルス神はエジプト神話の神で、ハヤブサの頭を持った姿で表現されている。

                  ホルス神殿で

                      ホルス像の前で

 

船はエドフからコム・オンボへ。

着岸場所のすぐ目の前に壮大な神殿がそびえていた。

                    コム・オンボ神殿

これはコム・オンボ神殿。コム・オンボとは、アラビア語で「オリンポスの丘」という意味だそう。

ここで興味深かったのが、手術に使う医療器具のレリーフや、出産と授乳のレリーフがあったこと。

出産場面が黒く変色している。ガイドさんの話では、赤ちゃんを欲しい人が来て、何度もなでていくので

黒くなったのだそうだ。

 

神殿の裏手にはワニの博物館があり、ワニのミイラが何体も展示してあった。

船はアスワンへ向けて出航。

この日の夜には、船内でガラベイヤパーティーが開かれた。

ガラベイヤとはエジプトの民族衣装。ウエストのくびれのない筒型の衣装で、男性はターバン、女性はベールを被る。

私はベールを船内の売店で買って、お化粧もしてもらった。

 

おでこに描かれたカギのようなマークはヒエログリフ(象形文字)の1つで「アンク(エジプト十字)」と呼ばれ、「生命」を意味している。とても縁起の良いマークだそう。

“健康長寿”の願いが叶うといいな。

ガイドのイマドさんは白いガラベイヤを着て、ターバンを巻くと、さすがエジプト人。超カッコいい。

ガラベイヤパーティーは参加型のダンスやパフォーマンス満載で、参加者は皆エキサイティング。

とても楽しい夜だった。


5000年の歴史が息づく国、エジプトを訪ねて  その1

2018年03月19日 | エジプト 歴史 旅行 ナイル川クルーズ

 3月4日〜11日までエジプトを旅行してきた。

それほどエジプトに行きたかったわけではない。

どこかに旅したいとツアーを探していたら、たまたま日程が合ったので申し込んだのだ。

しかし、予想していた以上に素晴らしい旅だったので、その一端を写真と共に紹介したい。

 

エジプト航空でカイロまで直行。国内線に乗継ぎ、1時間ほどでルクソールに到着した。

ルクソールは古代都市テーベがあったエジプト新王国時代の首都。

ナイル川の東岸にはカルナック神殿やルクソール神殿があり、生者の町と呼ばれている。

          スフィンクスが並ぶカルナック神殿の参道

         カルナック神殿は神殿建造物では世界最大といわれている

     スカラベの像 反時計回りに7回回ると願いが叶うとか

                      色彩が美しいレリーフ

 

              ルクソール神殿のオベリスクの前で

 

日が沈む西岸は死者の町と呼ばれ、歴代ファラオ(王)が眠る「王家の谷」や女王や王妃が眠る「王妃の谷」がある。

           環境保護のため、王家の谷には電気自動車で向かう

 

草木1本ない砂漠の中の岩山。王たちは、盗掘を逃れるため、硬い岩山をくり抜いて墓を作った。

墓の中には金銀財宝など様々な副葬品があったが、そのほとんどは盗まれてしまった。

唯一、荒らされなかったのがツタンカーメンの墓で、玄室の棺にはツタンカーメンのミイラが安置されていた。

 

ツタンカーメンの墓はラムセス4世、同9世など、その他の王の墓に比べるとかなり小さい。

有名な黄金のマスクや数々の副葬品はカイロ考古学博物館に展示されており、旅の最終日に見学することができたが、その大きさ、数の多さには驚かされた。

ルクソールが栄えた頃の日本は、縄文時代晩期。その頃、エジプトでは見事な神殿が造られ、文字も使われていたと聞くと、その文化の高さに驚く。

                      ハトシェプト神殿

ハトシェプト女王葬祭殿も訪れた。ハトシェプトはエジプト最初の女王。自らの権力を示すため、切り立った断崖の下に在位中に築いたものだという。ここは1997年に外国人観光客を狙ったテロが起こった場所で、日本人も10人もが犠牲になった。見渡す限り岩と砂ばかりで、身を隠すものなど何もない。こんなところで襲われたら逃げる術などなく、テロに合った人たちはどんなに怖かったことか。

こうした事件の影響か、遺跡を観光する際はバッグの中まで調べられるなど、セキュリティチェックがかなり厳しかった。

                  ネムノンの巨像の前で

人口約9000万人のうち500万人が観光に携わっているというエジプト。

観光業がエジプトの大切な収入源であり、それだけに治安の安定は欠かせない。

厳しいセキュリティチェックのおかげで、安心して観光できた。

一方で、土産物の押し売りには閉口した。

エジプトでは、エジプトポンドと同様にUSドルも広く使われている。

「ワンダラー」というので、「えっ、1ドル?」とちょっと興味を示すと、もう大変。客にくらいついて離さないのだ。

しかも、1ドルというのは嘘で、実際は5ドルだったり、7ドルだったり。

「じゃあ、要らない」と歩き出すと追いかけてくる。

そして、「いくらなら買うか」と値段交渉が始まり、客が買うまで絶対に離れない。

最初はびっくりしたが、だんだん慣れてくると、そうした駆け引きに慣れて、エジプト流ショッピングが面白くなってきた。