【ハード】3DS
【メーカー】任天堂
【発売日】2016/3/17
【定価】マイニンテンドー プラチナポイント1000P
【購入価格】1000P
【プレー時間】15時間
比類なき任天堂のポイントサービス「クラブニンテンドー」が終了してから、はや2年が経過した。もうすっかり過去の話だ。
クラニンは、いいサービスだった。贔屓目無しにそう思う。実際、終了まで俺のゲーム生活に大きな影響を与えていたし。
単純に、ポイントで貰えるグッズの質が良かった。しかも非売品だからより欲しくなる。よって、ポイント集めに精が出る。
ポイントはソフト購入で貯まるが、それに「予約」「早期購入」ボーナスが絡み、自然と欲しいソフトの予約・発売日購入を促す。
クラニンポイントのために「ちょっと欲しいな」程度のソフトを予約購入したことも何度もある。「背中を押す」効果があった。
また発売後2年間はポイント登録が可能なので、過去の「新品」ソフト購入促進効果もあった。……ほぼ投売り品が対象だけど。
そして年度末のお楽しみ、プラチナ会員特典。発表まで何が貰えるか分からないから、年間400P貯めずにはいられない。
丁度10年前の「スーパーマリオギャラクシーサントラ」には狂喜したよ。こんなもんを特典で貰えてええんかと。超あり任だった。
俺は嬉しいし、ソフトが売れて任天堂も嬉しかった(多分)。まさにwin-winの関係。本当に優良なサービスだった。
……が。基本的に現物を郵送するサービスだから、運営コストは結構重かったと思う。それでもゲームが売れてる間はよかった。
任天堂の業績が落ち始めると、クラニンの景品も徐々にショボくなり、プラチナ特典も「……うーむ」なものが目立ち始めた。
今思えば、あのサービスの質はWii・DSの勢いあってこそなのだろう。あれだけのものが長続きするわけがなかったのだ。
Wii U不振の深刻化に合わせるかのように景品の質は落ち、欠品が増え……やがて、サービス終了が発表された。まぁ、しゃーない。
あくまで文字通りの意味のサービスだったと思うから、非難する気はない。今までありがとうクラニン、と思った。2年前、か。
で。クラニンは終了するがユーザーサービス……というか会員サービスは続けたい。ネットを介したそれは最早必須の時代だ。
そこで任天堂が新たに立ち上げたのが「マイニンテンドー」である。……正直名前からしてアカン気がするが、それは置いておく。
このサービスは、全然ダメである。開始時にサイトに足を踏み入れて、あまりの魅力のなさに愕然とした。これ一体何なのよ。
まず何より、分かり難い。e-shopで使う「ニンテンドーネットワークID」と、マイニン用「ニンテンドーアカウント」が違うって。
更に「ニンテンドーアカウントがなくてもニンテンドーネットワークIDを使ってログイン可能」なのがまたややこしい。訳分からん。
「別サービスアカウントでもログイン可能」は最近流行りだが、個人的には寧ろややこしくなるから嫌である。便利な不便だ。
本当に統一的な、例えばマイナンバーで全サービスにログイン可能ならいいけどさ。つーかそうしてくれよ早く。面倒臭い。はぁ。
マイニンのサービス内容は、ポイントが「プラチナ」と「ゴールド」に別れ、それぞれ貰える景品が違うというもの。
プラチナはゲームプレーや各種ログイン等で貯めることが可能で、ゴールドはゲームを購入すると貰えるクラニン準拠のポイントだ。
……しかしこの貰える景品が、異様なほどにつまらない! 欲しくならない! 腐臭がするほど魅力がない!!
現物郵送がしんどいからデータものメインになるのは分かるが、だったらデータものでちったぁ誠意を見せるべきではないのか。
DLソフトの20%や30%程度のショッボい割引券や、3DSのテーマ等、「わざわざポイントを使ってこれ?」と思う景品ばかりが並ぶ。
まぁ自分で貯められるプラチナがそれならまだ分かるが、購入で得られるゴールドポイントの景品も心底しょうもないのだ。
一体これは何なのか。わざわざ某社(嫌いだから名前書かない)と提携して始めたサービスがこれか。呆れてものも言えん。
今年SWITCHが大人気となり、任天堂の風向きは大きく変わったが、このマイニンを楽しんでる・満足してるユーザーっているのか?
マイニンでは毎週ログインボーナス(プラチナP)等があるが、とてもそんなのを集める気になれず、2年ほぼ放置状態だった。はぁ。
そんなある日。ふと「俺はそもそもマイニンをちゃんと知らないのではないか?」と思ったりした。多分。本当はただの気紛れ。
そこで久々にマイニンサイトに飛び、じっくりサービスを調べてみた。実はプラチナとゴールドの違いとかを知ったのはこの時だ。
けど「やっぱアカンわこれ」が結論だった。少なくとも現状ではクラニンの足元にも及ばん。2年も経過してこれなのかよ。
またプラチナPの獲得条件に「任天堂製ホゲのプレー」がたくさんあり、見ているだけで不快だった。これが今の任天堂なんだな。
結局無駄足だったか……とガッカリしたが、一つだけ、目を引く景品があった。前置き長すぎごめんな。まぁいつものことやし。
「マイニンテンドーピクロス ゼルダの伝説トワイライトプリンセス」である。プラチナで1000P、ちなみに俺は1200Pほど持ってた。
確か開設時に大きなボーナスがあったし、誕生日やら何やらでクリック一つで貰えるポイントは貰っておいた。それが役に立ったな。
さて、今作。長ったらしいタイトルだが、基本はピクロスである。おーちゃんのお絵かきロジックである。……違うのか? 知らん。
タイトル通り、題材はゼルダトワプリになっている。発売時期的に、恐らくWii UのHD版発売に合わせた販促用景品なのだろう。
とは言え、キャラものピクロスではいつもの事だが、題材なんて解法にも難度にもまるで関係がない。ピクロスはピクロスだ。
解けると絵に色が付き題材のタイトルが表示されるが、別に嬉しいもんじゃない。正直忘れてるから「誰?」「何?」も多い。
トワプリであることは売りにはならないと思う。尤もマイナス要因にもなっていないが。ピクロスはピクロス以上でも以下でもない。
一応チュートリアルをミドナがやってくれることや、BGM・効果音等でトワプリ成分を感じることは出来る。まぁそれくらいだな。
では、解こう。マイニンだろうがクラニンだろうがマリオだろうがゼルダだろうが、ピクロスでやることはいつの時代も唯一つ。
解く。解ければ勝ち、解けなきゃ負け。勝者は次へ進め、敗者はそこで死ね、ただしもう一度挑みたければ好きなだけやれ。
1か0かしか存在しないデジタル勝負。味も素っ気もない地味な画面で繰り広げられる、嵐が吹き荒れる思考ゲーム……。
今更説明するまでもないが、ピクロスは思考型パズルゲームである。元々は紙で発明されたもので、厳密にはテレビゲームではない。
だが紙でやると「訂正」を消しゴムでやる必要があり、非常に大変だ。また遊べるのは一度きり、やったら終わりのゲームになる。
コンピューターピクロスはこれらの欠点を完璧に解消し、更にヒント等の独自機能もある。ピクロスはTVゲームとなって完成した。
そう、「完成」である。ピクロスは22年前にGBから始まり、何本も続編(?)が発売されたが、ルールに変更は一切ない。
こんなことは他のゲームではあり得ないが、ピクロスならOKだ。だって完成されているから。TVゲームとは生まれが違う所以だな。
もちろん今作でもそうだ。何も変わらずピクロス。俺が過去何度もやったピクロス。俺は今、「同じこと」を繰り返そうとしている。
……けど。ピクロスは、面白い。そらもう目一杯面白い。今回改めて実感した。ピクロスは面白く、俺は大好きだということを。
繰り返すが、ピクロスは完成されている。よって「新鮮な刺激」はない。「いつもの面白さ」が淡々と提供されるのみ。
その「いつもの」が最高なんだから、何も文句はない。「完成されている」「変わらない」を全くの褒め言葉として口に出来る。
今回も変わらず、いつも通り面白かった。いや、いつもより夢中になれたような気がする。恐らく自分がその「モード」だったから。
ゲームは「モード」が大事だ。長年ゲーオタやってると、「あ、今自分はRPGがやりたいモードだ」等の感覚を抱くことがある。
体がジャンルを求めてるって言うんかな、そういう感じ。……普通の人は引きまくる言い方だが、まぁその、ごめんなさい。はぁ。
で、俺は今、ピクロスモードだった。詳細は伏せるが、ちっとピクロスに飢えてる状況があったんよね。そこに今作が当て嵌まった。
ほんま、いいものだった。モード状態プレーのピクロスは最高。これがポイントプレゼントとは、マイニンテンドーは神サービス!
……ごめん言い過ぎた。掃き溜めに鶴と言うべきだね、はっはっは。……ごめん言い過ぎた。はぁ。
俺はアクション要素のないパズルを「思考型」と呼んでいるが、ピクロスはそれの更に極端な「論理型」パズルゲームだと思う。
論理、だ。筋。筋が通っていれば可、通っていなければ不可。1か0かで中間なし。紙で生まれたのに極めてデジタルなゲームである。
論理である以上、考えれば必ず解ける。解けないのは、思考が足りない証拠。それが分かるから、論理パズルは面白くもしんどい。
ピクロスはまず、確定マスを塗ることから始まる。ヒント数字を見て「絶対に」塗るマスを見極め、黒く潰していく。
塗りマスが決まると、今度は「絶対に塗らないマス」も見えてくる。それらには×マークを付け、これも確定させていく。
×マスが決まることで確定する塗りマスも出てくる。後はこれの繰り返しだ。あちらを立ててはこちらを立てて、完成を目指す。
……そしてある時、行き詰る。「確定」が見当たらなくなる。途端に画面が深い"混沌"に支配される……。
いやなぁ。ほんま。順調に進行していたピクロスがドンっと壁に当たるあの感覚。周囲を見渡しても、やはり行き止まりなあの感覚。
論理のゲームであるピクロスには、どんな状況にも必ず「確定」がある。絶対に解ける。……けど今、俺は解けない。確定しない。
湧き上がる不安感、焦燥感、そして軽い絶望感。画面を見る。目を皿の様にして数字を見る。そして考える。徹底的に考える。
考えに考えた末、たった一個だけ「確定」を追加発見! 喜び勇んで塗る。……しかし、後が続かない。再び始まる懊悩の時間。
恐ろしいものである。目は画面のドットを判別できるほど凝視し、頭はフルスロットルで絞っているが、それでも見付からない。
思考型パズルゲームの常である、「分からない圧迫感」が押し寄せる。「難しさ」に歯が立たないことのしんどさと怖さ。
静かな修羅場である。周囲を高い壁に阻まれた迷宮で、必ずある出口を探す冒険。ピクロスはRPGだったのか。錯乱している。はぁ。
ちなみに今回、俺は「完全ノーヒント」でプレーした。今作にも「塗れる行(列)表示機能」等はあるが、全て使わなかった。
まぁ当たり前だけどな。昔からそれでプレーしてるし。……あまりに分からず狂いかけてカンニングしたことはあるけど。クッ。
でも今回は「モード」効果もあったのか、どんな逆境にも挫けずに(アホか)、意地と思考を貫き通すことができた。
一つの問題にかかった時間は、最大で57分にもなった。この時ばかりは相当意識が朦朧としたが、人間やれば出来るもんである。
ピクロスで詰まった時の合言葉は「論理」である。論理、論理と呟きながら、一つ一つのマスを見つめ、考える。無論、論理で。
決まるマスは絶対にある。解けないピクロスは存在しない。何故なら論理的にそうなってるんだから。神がそう作っているのだから。
もちろん、そう簡単には見付からない。「全ての行・列をチェックしたのに!」なんて事態も頻発する。要するに「詰み」状態が。
だったら、もう一度全ての行と列を見つめ直す。必ず見落としか思考の欠如があるから。論理が足りないのだ。論理論理論理……。
極めてロンリー(洒落)で疲れる頭の修羅場である。それでも、草の根を分けてでも「確定」を探すのだ。……そして、闇が明ける。
ピクロスの最大の魅力は、やっと発見した「確定」から雪崩のようにゲームが進展する時、だと思う。あれは非常に強い快感がある。
詰まる時には、「ギリギリ不確定なマスが多数」状態もよくある。多くのマスが不確定だが、それを満たすにはあと一歩だけなのだ。
もちろんあと一歩だろうと不確定は不確定だから塗るわけにはいかない。だがその中に、一つでも「確定」が発生すれば?
後はもう、面白いように塗り、×、塗り塗り塗り×ぅうう!!! とマスが埋まっていく。今までの貯金を一気に下ろすかのように。
これは他ゲーで言う「無双状態」に近い。「不確定」という敵をバッタバッタと薙ぎ倒しながら戦場を駆ける。気持ちよすぎる。
無論頭の中は祭り状態、BGMは「スターソルジャー」の最大パワーアップ時か。超地味思考パズルゲーに訪れる破格の疾走感。
これだからピクロスは止められない。そして、諦めず考え続けてよかったと思う。苦労が報われるとはこの事だ。無駄じゃなかった。
頑張りが必ず報われる。本当にいいことだよな。……現実じゃありえね~し。いやそもそも頑張ってるの? うるせぇ!! はぁ。
ピクロスの快感はたまらないものがあるが、やはり基本的にはしんどいゲームである。耐えに耐え、考えに考え、そして失敗する。
ピクロスで最も愕然とするのは、実は確定が見付からない時ではない。「ミスに気付いた時」だ。こればかりは、本当にもう。
論理100%のゲームであるピクロスには、完成形に瑕疵は一切存在しない。正解は一通りである。全部のマスが「確定」している。
……それを、解いてる途中に間違ったら? 当然ながら完成図において「矛盾」が発生、成立しなくなる。つまりは失敗だ。
これが、ミスした直後に「ブッブー」なら、いいのである。すぐ気付くから。それをしてくれるヒント機能もある。……なければ?
プレーヤーはミスに気付かないまま更に塗りを進める。矛盾は完成への過程で発覚するもので、すぐに分かるわけではないからだ。
そして突如、気付く。「やっちまった」ことに。こうなったら8割方、全ボツとなる。高難度のややこしい問題なら尚更だ。
ミス直後に気付けば、その塗りを訂正すれば済む。だが「10手ほど前のミスに今気付く」と、ハッキリ言ってどこか見当もつかない。
もちろん訂正出来るものならしたいから、じっくり問題を精査する。だが「ここ!」と判別するのは難しい。少なくとも俺には無理。
まさにお手上げ。じゃあどうするか? やり直しである。最初からである。どんなに頑張って論理を詰めた問題も、パーとなる。
今作でも、泡と化した時間がどれだけあったことか。15分や20分の労力が無に帰すのはザラだった。非常に精神的に堪える。
あの、ミスに気づいた時の「あ」は、本当にキツい。避けては通れないピクロスの苦しみである。げに厳しきは、論理の世界……。
「ピクロスは昔から変わってない」と書いたが、実は近年「メガピクロス」という新ルールが加わった。……本当に近年かは知らん。
メガは「2行(列)に渡ってヒント数字がある」というもので、塗りの基本ルールは同じだが、大きな変更点と言っていい。
なにせ「新しい論理」なんだから。今までとは違う思考と試行が求められる。ちなみに従来の1行ヒントも混ざっている。
メガも無論論理で、考えれば必ず解けるが、求められる思考の幅が1行ものより広いように思う。いや実際広い。その分大変だ。
だがその分面白い。また、1行ものよりも「確定」を取りやすい部分もある。別にメガだから従来より難しいとも限らないのだ。
今作には無印ピクロス45問、メガピクロス45問が収録されている。ゲストではない、互角の扱いだ。もうメガは特別な存在じゃない。
今後はメガもピクロスの一種として認識しておかないとな。……昔ながらである一方、ちゃんと進化もしている。素晴らしい。
俺は体験版しかやってないが、「立体ピクロス」なんてのもあるからな。これからもピクロスは変化・進化していく……?
その方向性、ピクロスファンとしては歓迎したい。無論、論理で解けるのが前提だが。……あとあんまし複雑過ぎるのは勘弁だが。
「頑張れば解ける」から面白いのですから。そこはやっぱゲームですからね。ゲームは楽しく。……うーむ……。
無印ピクロスが45問、メガピクロスが45問、更に1問だけ「ミクロス」も収録されている。
ミクロスは「小型のピクロス多数で大型の絵を作る」ものだ。やることは無印と変わらない。……そして正直、面白くない。
単にデカくて時間がかかるだけで、一つ一つの問題は無印の中でも簡単なものだ。殆ど作業のように解けるので、面白みはない。
ミクロスは「完成時の絵」を売りにしてるんだと思う。確かにあれほど巨大だと見応えはある。……でも、それだけだ。
俺はピクロスをやりたいんだから。この点だけは製作者とのズレを強く感じた。まぁ1問だけだから別にいいけどね。
ちなみに今作で最も難しい問題は、マスが15×20だ。画面情報量として、TVゲームピクロスではこの辺が限界だと思う。
それ以上の規模の問題を作るとなるとミクロスになっちまうんだろうが……要らんよ、ぶっちゃけ。別に大きくしないでいい。
現状ミクロスは売りになってないからね。問題を作るのは多分一番大変だろうけど、その労力に見合ってないと思う。うーむ。
さて、今作はピクロス一筋のゲームだが、実はもう一つ売りがある。「ミーバース用の判子を貰える」のだ。
ミーバースについては今更説明の必要はないだろう。5年前、比類なきWii Uの発売と同時に始まった任天堂独自のSNSサービスだ。
その後利用端末が3DSやPCに広がり、またラインの影響か、書き込みに判子を押せるようになった。色んなゲームで入手出来た。
で、今作でも、解けたピクロスの絵柄を判子として貰えるのだ。キャラものとしても、解けた証拠としても使える代物だな。
……が、周知のように、ミーバースは2017年11月8日をもって完全終了した。従って今作で手に入れた判子を使う場所ももうない。
俺が今作を開始したのは、10月下旬だった。無論その時点でミーバース終了のことも知っていた。……なら、やるべきことは一つ。
「ミーバース終了までに完全クリアーする」を目標に頑張った。興味ないから判子を使う気はないけど。……で、見事に達成した。
終了までに今作の判子を揃えておくことが、せめてもの供養になるかなと思ったのだ。つっても別にミーバースに愛着はないが。
開始当初こそ少し利用したが、どんどんログが流れていくだけのあの仕様が好きになれなかった。他人の書き込みもなんかアレだし。
ツイッターを本格的に使い始めたこともあり、結果的にはミーバースは殆ど使わないまま終了した。まぁ、しゃーない。
Wii U自体が大失敗に終わったんだから、付随サービスが生き残れる道理はなかったのだ。運用コストだってかかるだろうしね。
けどま、最後の最後に(身勝手な)義理は果たせたと思う。心の中で頑張って取得した判子を押して楽しむとするよ。多分。
……ちなみにミーバースの大事な機能として「3DSのスクリーンショットを保存する」というものがあった。デフォでは無理だから。
この点は終了後に代替手段がなく(多分)、困っている。今や当たり前の機能なんだから、何かしら用意してくれ任天堂。
ふぅ。ピクロスを堪能した。いつも通りの内容だが、「モード」と噛み合った今作は非常に楽しめた。良質の体験だった。
これ一本で俺にとってのマイニンテンドーはオッケーだな。……なわけねーだろ。マジ何とかしろ。相変わらず腐臭漂ってんぞ。
ピクロスの今後に関しては、特に何もない。メガのような新ネタが登場しても、現状のままでもどちらでもいい。
シリーズものは「変わること・変わらないこと」が、製作者にもユーザーにも悩ましいものだ。けどピクロスにそれはない。
「完成されている」ことの圧倒的強み。いつプレーしてもピクロスはピクロスだから、面白い。保証されているのだ。
……逆に言うと新作の必要性が薄いんだけどね。けどまぁ、出るには出るだろう。俺がそれをプレーするかは分からんが。
ピクロスは「新作!? 買う!」という気持ちになるゲームじゃない。内容はいつも通りだし、何なら旧作再プレーで事足りる。
任天堂もそこは分かっているのか、販売はせず今作のように景品にしたり、売るにしても値段はかなり控えめだ。そういうものだ。
間違ってもゲーム業界の中心に来るものではない。それは思考型パズルの常だ。……が、ハマった時の面白さは全く劣っていないぞ。
比類なき完成された論理パズルゲーム・ピクロスを賞賛して終わり。ピクロスがあれば、それでいい。それは言い過ぎだ馬鹿。
……あとは「モード」が次にいつ来るか、だね。気持ちが乗らない時にプレーしてはいけない。甘くはないゲームだから。
考えるというのは、疲れるのだ。しかし生きていくには頭を使わねばならない。ボーッとしてたら、すぐ食い物にされる。
ゲームで頭を鍛えたら、現実でも「考える」ことを忘れないようにしたいね。……ま、現実の問題は、論理だけじゃ解けんけどね。
はぁ。
web拍手
【メーカー】任天堂
【発売日】2016/3/17
【定価】マイニンテンドー プラチナポイント1000P
【購入価格】1000P
【プレー時間】15時間
比類なき任天堂のポイントサービス「クラブニンテンドー」が終了してから、はや2年が経過した。もうすっかり過去の話だ。
クラニンは、いいサービスだった。贔屓目無しにそう思う。実際、終了まで俺のゲーム生活に大きな影響を与えていたし。
単純に、ポイントで貰えるグッズの質が良かった。しかも非売品だからより欲しくなる。よって、ポイント集めに精が出る。
ポイントはソフト購入で貯まるが、それに「予約」「早期購入」ボーナスが絡み、自然と欲しいソフトの予約・発売日購入を促す。
クラニンポイントのために「ちょっと欲しいな」程度のソフトを予約購入したことも何度もある。「背中を押す」効果があった。
また発売後2年間はポイント登録が可能なので、過去の「新品」ソフト購入促進効果もあった。……ほぼ投売り品が対象だけど。
そして年度末のお楽しみ、プラチナ会員特典。発表まで何が貰えるか分からないから、年間400P貯めずにはいられない。
丁度10年前の「スーパーマリオギャラクシーサントラ」には狂喜したよ。こんなもんを特典で貰えてええんかと。超あり任だった。
俺は嬉しいし、ソフトが売れて任天堂も嬉しかった(多分)。まさにwin-winの関係。本当に優良なサービスだった。
……が。基本的に現物を郵送するサービスだから、運営コストは結構重かったと思う。それでもゲームが売れてる間はよかった。
任天堂の業績が落ち始めると、クラニンの景品も徐々にショボくなり、プラチナ特典も「……うーむ」なものが目立ち始めた。
今思えば、あのサービスの質はWii・DSの勢いあってこそなのだろう。あれだけのものが長続きするわけがなかったのだ。
Wii U不振の深刻化に合わせるかのように景品の質は落ち、欠品が増え……やがて、サービス終了が発表された。まぁ、しゃーない。
あくまで文字通りの意味のサービスだったと思うから、非難する気はない。今までありがとうクラニン、と思った。2年前、か。
で。クラニンは終了するがユーザーサービス……というか会員サービスは続けたい。ネットを介したそれは最早必須の時代だ。
そこで任天堂が新たに立ち上げたのが「マイニンテンドー」である。……正直名前からしてアカン気がするが、それは置いておく。
このサービスは、全然ダメである。開始時にサイトに足を踏み入れて、あまりの魅力のなさに愕然とした。これ一体何なのよ。
まず何より、分かり難い。e-shopで使う「ニンテンドーネットワークID」と、マイニン用「ニンテンドーアカウント」が違うって。
更に「ニンテンドーアカウントがなくてもニンテンドーネットワークIDを使ってログイン可能」なのがまたややこしい。訳分からん。
「別サービスアカウントでもログイン可能」は最近流行りだが、個人的には寧ろややこしくなるから嫌である。便利な不便だ。
本当に統一的な、例えばマイナンバーで全サービスにログイン可能ならいいけどさ。つーかそうしてくれよ早く。面倒臭い。はぁ。
マイニンのサービス内容は、ポイントが「プラチナ」と「ゴールド」に別れ、それぞれ貰える景品が違うというもの。
プラチナはゲームプレーや各種ログイン等で貯めることが可能で、ゴールドはゲームを購入すると貰えるクラニン準拠のポイントだ。
……しかしこの貰える景品が、異様なほどにつまらない! 欲しくならない! 腐臭がするほど魅力がない!!
現物郵送がしんどいからデータものメインになるのは分かるが、だったらデータものでちったぁ誠意を見せるべきではないのか。
DLソフトの20%や30%程度のショッボい割引券や、3DSのテーマ等、「わざわざポイントを使ってこれ?」と思う景品ばかりが並ぶ。
まぁ自分で貯められるプラチナがそれならまだ分かるが、購入で得られるゴールドポイントの景品も心底しょうもないのだ。
一体これは何なのか。わざわざ某社(嫌いだから名前書かない)と提携して始めたサービスがこれか。呆れてものも言えん。
今年SWITCHが大人気となり、任天堂の風向きは大きく変わったが、このマイニンを楽しんでる・満足してるユーザーっているのか?
マイニンでは毎週ログインボーナス(プラチナP)等があるが、とてもそんなのを集める気になれず、2年ほぼ放置状態だった。はぁ。
そんなある日。ふと「俺はそもそもマイニンをちゃんと知らないのではないか?」と思ったりした。多分。本当はただの気紛れ。
そこで久々にマイニンサイトに飛び、じっくりサービスを調べてみた。実はプラチナとゴールドの違いとかを知ったのはこの時だ。
けど「やっぱアカンわこれ」が結論だった。少なくとも現状ではクラニンの足元にも及ばん。2年も経過してこれなのかよ。
またプラチナPの獲得条件に「任天堂製ホゲのプレー」がたくさんあり、見ているだけで不快だった。これが今の任天堂なんだな。
結局無駄足だったか……とガッカリしたが、一つだけ、目を引く景品があった。前置き長すぎごめんな。まぁいつものことやし。
「マイニンテンドーピクロス ゼルダの伝説トワイライトプリンセス」である。プラチナで1000P、ちなみに俺は1200Pほど持ってた。
確か開設時に大きなボーナスがあったし、誕生日やら何やらでクリック一つで貰えるポイントは貰っておいた。それが役に立ったな。
さて、今作。長ったらしいタイトルだが、基本はピクロスである。おーちゃんのお絵かきロジックである。……違うのか? 知らん。
タイトル通り、題材はゼルダトワプリになっている。発売時期的に、恐らくWii UのHD版発売に合わせた販促用景品なのだろう。
とは言え、キャラものピクロスではいつもの事だが、題材なんて解法にも難度にもまるで関係がない。ピクロスはピクロスだ。
解けると絵に色が付き題材のタイトルが表示されるが、別に嬉しいもんじゃない。正直忘れてるから「誰?」「何?」も多い。
トワプリであることは売りにはならないと思う。尤もマイナス要因にもなっていないが。ピクロスはピクロス以上でも以下でもない。
一応チュートリアルをミドナがやってくれることや、BGM・効果音等でトワプリ成分を感じることは出来る。まぁそれくらいだな。
では、解こう。マイニンだろうがクラニンだろうがマリオだろうがゼルダだろうが、ピクロスでやることはいつの時代も唯一つ。
解く。解ければ勝ち、解けなきゃ負け。勝者は次へ進め、敗者はそこで死ね、ただしもう一度挑みたければ好きなだけやれ。
1か0かしか存在しないデジタル勝負。味も素っ気もない地味な画面で繰り広げられる、嵐が吹き荒れる思考ゲーム……。
今更説明するまでもないが、ピクロスは思考型パズルゲームである。元々は紙で発明されたもので、厳密にはテレビゲームではない。
だが紙でやると「訂正」を消しゴムでやる必要があり、非常に大変だ。また遊べるのは一度きり、やったら終わりのゲームになる。
コンピューターピクロスはこれらの欠点を完璧に解消し、更にヒント等の独自機能もある。ピクロスはTVゲームとなって完成した。
そう、「完成」である。ピクロスは22年前にGBから始まり、何本も続編(?)が発売されたが、ルールに変更は一切ない。
こんなことは他のゲームではあり得ないが、ピクロスならOKだ。だって完成されているから。TVゲームとは生まれが違う所以だな。
もちろん今作でもそうだ。何も変わらずピクロス。俺が過去何度もやったピクロス。俺は今、「同じこと」を繰り返そうとしている。
……けど。ピクロスは、面白い。そらもう目一杯面白い。今回改めて実感した。ピクロスは面白く、俺は大好きだということを。
繰り返すが、ピクロスは完成されている。よって「新鮮な刺激」はない。「いつもの面白さ」が淡々と提供されるのみ。
その「いつもの」が最高なんだから、何も文句はない。「完成されている」「変わらない」を全くの褒め言葉として口に出来る。
今回も変わらず、いつも通り面白かった。いや、いつもより夢中になれたような気がする。恐らく自分がその「モード」だったから。
ゲームは「モード」が大事だ。長年ゲーオタやってると、「あ、今自分はRPGがやりたいモードだ」等の感覚を抱くことがある。
体がジャンルを求めてるって言うんかな、そういう感じ。……普通の人は引きまくる言い方だが、まぁその、ごめんなさい。はぁ。
で、俺は今、ピクロスモードだった。詳細は伏せるが、ちっとピクロスに飢えてる状況があったんよね。そこに今作が当て嵌まった。
ほんま、いいものだった。モード状態プレーのピクロスは最高。これがポイントプレゼントとは、マイニンテンドーは神サービス!
……ごめん言い過ぎた。掃き溜めに鶴と言うべきだね、はっはっは。……ごめん言い過ぎた。はぁ。
俺はアクション要素のないパズルを「思考型」と呼んでいるが、ピクロスはそれの更に極端な「論理型」パズルゲームだと思う。
論理、だ。筋。筋が通っていれば可、通っていなければ不可。1か0かで中間なし。紙で生まれたのに極めてデジタルなゲームである。
論理である以上、考えれば必ず解ける。解けないのは、思考が足りない証拠。それが分かるから、論理パズルは面白くもしんどい。
ピクロスはまず、確定マスを塗ることから始まる。ヒント数字を見て「絶対に」塗るマスを見極め、黒く潰していく。
塗りマスが決まると、今度は「絶対に塗らないマス」も見えてくる。それらには×マークを付け、これも確定させていく。
×マスが決まることで確定する塗りマスも出てくる。後はこれの繰り返しだ。あちらを立ててはこちらを立てて、完成を目指す。
……そしてある時、行き詰る。「確定」が見当たらなくなる。途端に画面が深い"混沌"に支配される……。
いやなぁ。ほんま。順調に進行していたピクロスがドンっと壁に当たるあの感覚。周囲を見渡しても、やはり行き止まりなあの感覚。
論理のゲームであるピクロスには、どんな状況にも必ず「確定」がある。絶対に解ける。……けど今、俺は解けない。確定しない。
湧き上がる不安感、焦燥感、そして軽い絶望感。画面を見る。目を皿の様にして数字を見る。そして考える。徹底的に考える。
考えに考えた末、たった一個だけ「確定」を追加発見! 喜び勇んで塗る。……しかし、後が続かない。再び始まる懊悩の時間。
恐ろしいものである。目は画面のドットを判別できるほど凝視し、頭はフルスロットルで絞っているが、それでも見付からない。
思考型パズルゲームの常である、「分からない圧迫感」が押し寄せる。「難しさ」に歯が立たないことのしんどさと怖さ。
静かな修羅場である。周囲を高い壁に阻まれた迷宮で、必ずある出口を探す冒険。ピクロスはRPGだったのか。錯乱している。はぁ。
ちなみに今回、俺は「完全ノーヒント」でプレーした。今作にも「塗れる行(列)表示機能」等はあるが、全て使わなかった。
まぁ当たり前だけどな。昔からそれでプレーしてるし。……あまりに分からず狂いかけてカンニングしたことはあるけど。クッ。
でも今回は「モード」効果もあったのか、どんな逆境にも挫けずに(アホか)、意地と思考を貫き通すことができた。
一つの問題にかかった時間は、最大で57分にもなった。この時ばかりは相当意識が朦朧としたが、人間やれば出来るもんである。
ピクロスで詰まった時の合言葉は「論理」である。論理、論理と呟きながら、一つ一つのマスを見つめ、考える。無論、論理で。
決まるマスは絶対にある。解けないピクロスは存在しない。何故なら論理的にそうなってるんだから。神がそう作っているのだから。
もちろん、そう簡単には見付からない。「全ての行・列をチェックしたのに!」なんて事態も頻発する。要するに「詰み」状態が。
だったら、もう一度全ての行と列を見つめ直す。必ず見落としか思考の欠如があるから。論理が足りないのだ。論理論理論理……。
極めてロンリー(洒落)で疲れる頭の修羅場である。それでも、草の根を分けてでも「確定」を探すのだ。……そして、闇が明ける。
ピクロスの最大の魅力は、やっと発見した「確定」から雪崩のようにゲームが進展する時、だと思う。あれは非常に強い快感がある。
詰まる時には、「ギリギリ不確定なマスが多数」状態もよくある。多くのマスが不確定だが、それを満たすにはあと一歩だけなのだ。
もちろんあと一歩だろうと不確定は不確定だから塗るわけにはいかない。だがその中に、一つでも「確定」が発生すれば?
後はもう、面白いように塗り、×、塗り塗り塗り×ぅうう!!! とマスが埋まっていく。今までの貯金を一気に下ろすかのように。
これは他ゲーで言う「無双状態」に近い。「不確定」という敵をバッタバッタと薙ぎ倒しながら戦場を駆ける。気持ちよすぎる。
無論頭の中は祭り状態、BGMは「スターソルジャー」の最大パワーアップ時か。超地味思考パズルゲーに訪れる破格の疾走感。
これだからピクロスは止められない。そして、諦めず考え続けてよかったと思う。苦労が報われるとはこの事だ。無駄じゃなかった。
頑張りが必ず報われる。本当にいいことだよな。……現実じゃありえね~し。いやそもそも頑張ってるの? うるせぇ!! はぁ。
ピクロスの快感はたまらないものがあるが、やはり基本的にはしんどいゲームである。耐えに耐え、考えに考え、そして失敗する。
ピクロスで最も愕然とするのは、実は確定が見付からない時ではない。「ミスに気付いた時」だ。こればかりは、本当にもう。
論理100%のゲームであるピクロスには、完成形に瑕疵は一切存在しない。正解は一通りである。全部のマスが「確定」している。
……それを、解いてる途中に間違ったら? 当然ながら完成図において「矛盾」が発生、成立しなくなる。つまりは失敗だ。
これが、ミスした直後に「ブッブー」なら、いいのである。すぐ気付くから。それをしてくれるヒント機能もある。……なければ?
プレーヤーはミスに気付かないまま更に塗りを進める。矛盾は完成への過程で発覚するもので、すぐに分かるわけではないからだ。
そして突如、気付く。「やっちまった」ことに。こうなったら8割方、全ボツとなる。高難度のややこしい問題なら尚更だ。
ミス直後に気付けば、その塗りを訂正すれば済む。だが「10手ほど前のミスに今気付く」と、ハッキリ言ってどこか見当もつかない。
もちろん訂正出来るものならしたいから、じっくり問題を精査する。だが「ここ!」と判別するのは難しい。少なくとも俺には無理。
まさにお手上げ。じゃあどうするか? やり直しである。最初からである。どんなに頑張って論理を詰めた問題も、パーとなる。
今作でも、泡と化した時間がどれだけあったことか。15分や20分の労力が無に帰すのはザラだった。非常に精神的に堪える。
あの、ミスに気づいた時の「あ」は、本当にキツい。避けては通れないピクロスの苦しみである。げに厳しきは、論理の世界……。
「ピクロスは昔から変わってない」と書いたが、実は近年「メガピクロス」という新ルールが加わった。……本当に近年かは知らん。
メガは「2行(列)に渡ってヒント数字がある」というもので、塗りの基本ルールは同じだが、大きな変更点と言っていい。
なにせ「新しい論理」なんだから。今までとは違う思考と試行が求められる。ちなみに従来の1行ヒントも混ざっている。
メガも無論論理で、考えれば必ず解けるが、求められる思考の幅が1行ものより広いように思う。いや実際広い。その分大変だ。
だがその分面白い。また、1行ものよりも「確定」を取りやすい部分もある。別にメガだから従来より難しいとも限らないのだ。
今作には無印ピクロス45問、メガピクロス45問が収録されている。ゲストではない、互角の扱いだ。もうメガは特別な存在じゃない。
今後はメガもピクロスの一種として認識しておかないとな。……昔ながらである一方、ちゃんと進化もしている。素晴らしい。
俺は体験版しかやってないが、「立体ピクロス」なんてのもあるからな。これからもピクロスは変化・進化していく……?
その方向性、ピクロスファンとしては歓迎したい。無論、論理で解けるのが前提だが。……あとあんまし複雑過ぎるのは勘弁だが。
「頑張れば解ける」から面白いのですから。そこはやっぱゲームですからね。ゲームは楽しく。……うーむ……。
無印ピクロスが45問、メガピクロスが45問、更に1問だけ「ミクロス」も収録されている。
ミクロスは「小型のピクロス多数で大型の絵を作る」ものだ。やることは無印と変わらない。……そして正直、面白くない。
単にデカくて時間がかかるだけで、一つ一つの問題は無印の中でも簡単なものだ。殆ど作業のように解けるので、面白みはない。
ミクロスは「完成時の絵」を売りにしてるんだと思う。確かにあれほど巨大だと見応えはある。……でも、それだけだ。
俺はピクロスをやりたいんだから。この点だけは製作者とのズレを強く感じた。まぁ1問だけだから別にいいけどね。
ちなみに今作で最も難しい問題は、マスが15×20だ。画面情報量として、TVゲームピクロスではこの辺が限界だと思う。
それ以上の規模の問題を作るとなるとミクロスになっちまうんだろうが……要らんよ、ぶっちゃけ。別に大きくしないでいい。
現状ミクロスは売りになってないからね。問題を作るのは多分一番大変だろうけど、その労力に見合ってないと思う。うーむ。
さて、今作はピクロス一筋のゲームだが、実はもう一つ売りがある。「ミーバース用の判子を貰える」のだ。
ミーバースについては今更説明の必要はないだろう。5年前、比類なきWii Uの発売と同時に始まった任天堂独自のSNSサービスだ。
その後利用端末が3DSやPCに広がり、またラインの影響か、書き込みに判子を押せるようになった。色んなゲームで入手出来た。
で、今作でも、解けたピクロスの絵柄を判子として貰えるのだ。キャラものとしても、解けた証拠としても使える代物だな。
……が、周知のように、ミーバースは2017年11月8日をもって完全終了した。従って今作で手に入れた判子を使う場所ももうない。
俺が今作を開始したのは、10月下旬だった。無論その時点でミーバース終了のことも知っていた。……なら、やるべきことは一つ。
「ミーバース終了までに完全クリアーする」を目標に頑張った。興味ないから判子を使う気はないけど。……で、見事に達成した。
終了までに今作の判子を揃えておくことが、せめてもの供養になるかなと思ったのだ。つっても別にミーバースに愛着はないが。
開始当初こそ少し利用したが、どんどんログが流れていくだけのあの仕様が好きになれなかった。他人の書き込みもなんかアレだし。
ツイッターを本格的に使い始めたこともあり、結果的にはミーバースは殆ど使わないまま終了した。まぁ、しゃーない。
Wii U自体が大失敗に終わったんだから、付随サービスが生き残れる道理はなかったのだ。運用コストだってかかるだろうしね。
けどま、最後の最後に(身勝手な)義理は果たせたと思う。心の中で頑張って取得した判子を押して楽しむとするよ。多分。
……ちなみにミーバースの大事な機能として「3DSのスクリーンショットを保存する」というものがあった。デフォでは無理だから。
この点は終了後に代替手段がなく(多分)、困っている。今や当たり前の機能なんだから、何かしら用意してくれ任天堂。
ふぅ。ピクロスを堪能した。いつも通りの内容だが、「モード」と噛み合った今作は非常に楽しめた。良質の体験だった。
これ一本で俺にとってのマイニンテンドーはオッケーだな。……なわけねーだろ。マジ何とかしろ。相変わらず腐臭漂ってんぞ。
ピクロスの今後に関しては、特に何もない。メガのような新ネタが登場しても、現状のままでもどちらでもいい。
シリーズものは「変わること・変わらないこと」が、製作者にもユーザーにも悩ましいものだ。けどピクロスにそれはない。
「完成されている」ことの圧倒的強み。いつプレーしてもピクロスはピクロスだから、面白い。保証されているのだ。
……逆に言うと新作の必要性が薄いんだけどね。けどまぁ、出るには出るだろう。俺がそれをプレーするかは分からんが。
ピクロスは「新作!? 買う!」という気持ちになるゲームじゃない。内容はいつも通りだし、何なら旧作再プレーで事足りる。
任天堂もそこは分かっているのか、販売はせず今作のように景品にしたり、売るにしても値段はかなり控えめだ。そういうものだ。
間違ってもゲーム業界の中心に来るものではない。それは思考型パズルの常だ。……が、ハマった時の面白さは全く劣っていないぞ。
比類なき完成された論理パズルゲーム・ピクロスを賞賛して終わり。ピクロスがあれば、それでいい。それは言い過ぎだ馬鹿。
……あとは「モード」が次にいつ来るか、だね。気持ちが乗らない時にプレーしてはいけない。甘くはないゲームだから。
考えるというのは、疲れるのだ。しかし生きていくには頭を使わねばならない。ボーッとしてたら、すぐ食い物にされる。
ゲームで頭を鍛えたら、現実でも「考える」ことを忘れないようにしたいね。……ま、現実の問題は、論理だけじゃ解けんけどね。
はぁ。
web拍手
この記事を見て久々にマイニンテンドーのサイトを観ましたが、プラチナポイントは200いってませんでした。いやあ、まさか有効期限があるなんて思ってもなく、FEヒーローズが不快に思ってやめた身なので縁も所縁もないと思ってましたが、ピクロスが出来ると初めて知ってほしいと思いましたが、ほとんど有効期限が切れてて今更溜めようとも気になれず・・・
大人しく他のピクロス作品でもやってようと思います。ではまた。
>プラチナポイントは200いってませんでした
俺は意識して貯めてはいなかったんですが、関連メールが届いたらアンケートに答えたりはしていました。
そしたら知らぬ間に結構貯まってたみたいです。でも200から1000まで頑張るのはしんどいかもしれませんね。
毎週のログイン程度でも結構貰えるので、のんびりやってみてはどうでしょう。ピクロスとしては製品レベルで楽しめます、はい