ドールと言うと、ハワイをアメリカに併合したと言われているアメリカ企業である。
最後の王妃が、ハワイに展示されていると聞くが、この頃アメリカは、権力を持つと色々な国をほぼ独占所有に似た支配権を持っていたらしい。何よりダグラス・マッカーサーはフィリピンの所有者だったらしく、日本軍の攻撃で「また帰ってくる。(I’ll be back)」とは、ターミネーターⅡのセリフよりかは、ダグラスマッカーサーが言ったせりふとしてアメリカでは馴染み深いものである。(あれ?この辺知らなかった?)
同じ事を目指してやったのがドールって言うか、こっちの方が年上だけどね。
実はフラウン・フォン・シーボルトも同じ野心を持っていたことは御存じ?お滝さんを愛した愛のお話ばかりを吹聴するが、シーボルト事件では日本の産物と何より「地図」を大量に持っていた事が致命的だった。だが、その後の事件をご存知の向きは多いのかな?
黒船来航の折、出港準備をしていたペリー提督の所に一つの手紙が着いた。それはシーボルトからのものだった。彼は熱心に同乗を希望していた。それは彼自身がコロンブスと同じ夢を持っていたと思っても間違っていない。つまり「日本領有」である。その事を感じていたペリーは、にべもなく、この願いを拒絶した。
この艦隊にシーボルトが出てきたら、植民地化が前提とあるのが見え見栄となって、都合が悪いと思ったのはペリーだけではなかっただろう。第一、何の所以があって(多分フリーメーソンでしょう)申し出るのか?分かりません。(関係者では分かっていたんでしょうが)
ペリー艦隊は、結局植民地問題と直結はしなかったが、アメリカは同じ時代に植民地化していたのは間違いなかった。
下手に経済的旨味があると、格好の標的となったものである。つまり、あまり儲けの少ない国なら問題も少なかったのでは?と言う事である。
日本が欧米列強からある意味守られたのは、紙と木しかない国だったからであろう。実際、その頃日本の産物として世界が興味があったのは生糸か、鉱物ぐらいだった。
金や、銅がもっと取れていたら、もっとコストをかけて植民地化した可能性はある。ハワイは、果物などの農産物が豊かだったしアメリカに近かったから占領されたのである。
全ては当時の経済の都合だった。実際、欧米は日本を過大評価していた。だが、いざ日本の内情を知ると、この程度の産物の国などどうでも良いと言うのが本音だったのだろう。何しろ日本は遠い。
また軍隊の技術的には当事の先端ではなかったが、全く弱いというわけでもなかった。
戦国時代、日本は東洋最強の国であり、鎖国がなければ最大の海洋国家の可能性を持っていた。この頃の戦国時代が、日本に一国家としては例を見ない鉄の流入を向かえ、その結果農具が発達し、その結果、国家が小氷期でありながら安定した経営を迎えて、文明開化を迎えた。
この微妙な立場が、日本の独立独歩を認めた。単に維新の志士の活躍だけで日本の開国・独立が出来たわけではないのだ。
だが日本は、何も無いが何も無い訳じゃない。
それが金と技術と言う一つは人の頭の中に、もう一つは人の腕の中にある形ないものだけを持っている国となった。それが今、一番まともな金融を維持し、馬鹿な経済をしていなかった。その結果円高を迎えた。これを円安にすべしと、近隣窮乏化の様な事をほざくが、それが歴史的にどんな意味があるかも知らない。これがエリートと吹聴したい馬鹿文科系大学出の精々の所であろう。
今、色々あるように見えるが、元々日本は何も無い様で何も無い訳ではない国家だった。欧米が、大金をもって占領すべしと言う価値の無い国だから今の形を取っている、そんな大した事の無い国だった。
だが、その後世界の穀物生産を主導する小麦の親を作り、歯車の分析では第二次世界大戦前から世界最先端を走り、飛行機はアメリカに次ぐ技術を持ち、様々な、人の手の中から生み出した国となった。
そんな日本に相応しくないのが馬鹿文科系大学出であろう。こいつらは何も無いし、何も考えられない。ただ中国やチョンのように馬鹿で下衆で低脳である。
ドールの買収でも、このぐらいのことは思い出してもらいたいものだが、それは無理だろう。