goo blog サービス終了のお知らせ 

もんく [とある南端港街の住人になった人]

スペインかポルトガルの港町に住みたい
日本→インドネシア→台湾→マレーシア→日本
since Oct. 2004

卒業しました

2009-03-20 13:45:49 | いろいろ雑記帖
この3月で編入で入った大学を卒業しました。
こんなに勉強したのは生まれて初めてだった。

2007年の3月の日記を読んでみると8日に願書を郵送していて、そこからこの2年間の全てが始まっていることがわかる。思えばその1年前の2006年にやってみようかと思っていたのだけれど、仕事が入ったことによって1年延びた。2006年の年末に仕事が片付いてきたと思ったので、2007年になってやっぱりやってみようと今度は説明会に参加。選べる大学はたった3つだったけれど、その中から一番自分に合いそうなところを選らんだ。

説明会で「どの程度2年間で卒業できるものか」と聞いたらあまり明確な答えは返ってこなくて「卒業できる割合は相当低いのだな」と感じたのを思い出す。何も知識が無いところから始めるのだから、もしかしたら全くダメかも知れないとも思ったあの日が昨日の事ようだ。

それでも何とか2年間で卒業できて、よく考えると不思議だ。
振り返ってみると、そこにはいくつかの幸運と支援があるなあ、と思う。

幸運は、それは制御できないタイミングだろうか。
入学していろいろな仲間と知り合って、通信だとそれはなかなかできないことだけれども、盛り上がって勉強できた。それに良い先生にめぐり合った。こんなに短くまとめられるものじゃないけれども、そう言ったことと思う。

支援は、第一にやはり仕事もせずに2年間も放っておいてくれた妻の存在が大きい。放っておくどころか、たまには切ったり貼ったり塗ったり持って行ったりといろいろ手伝ってくれた。それ無しにはやはりできなかったろう。

オリンピックに出る選手でもWBCに出ているイチローは本人の才能、実力や努力がクローズアップされるが、やっぱり家族の支援がなければああはならないだろう。野球で食っていくなど確率的にはほとんど無理な世界なのに、その将来どうなるかわからないことをやろうとしている事に対して、親が”がんばれ”とか”やってみろ”と言えたのはやはり大きな力になったのじゃないかと感じる。

自分の場合はそこまで大それた事ができたわけではないけれども、妻の存在がなければできなかった事に違いは無い。ありがとう。

PUPPYとか

2009-03-18 23:34:15 | Puppy で Go!
顔が........などと書いておいてそのままにしてしまったが、顔は順調に回復中。
ただ、そこに自分の関心があまり無かったことに我がことながら不思議だ。ときどき人に会うと「もう大丈夫?」などと言われるのは、顔を見てそれほど違和感がなくなったから、顔を見てどこが悪かったのかわからないからだろうと思う。その程度まで回復しているらしい。らしい、と言うのは自分の顔が自分で見えないからだけれど。

ところで、先日仙台に行く用があったので久しぶりに小型のパソコンを取り出して使ってみた。これにはPUPPYとWindows2000が入っているのだけれど、Windowsはもう来年には更新されなくなってしまうので万一のために残していて、PUPPYがメインになっている。

PUPPYの更新も出ていたのでこれを入れたら以前より動作が速くなっていてびっくりした。インターネット接続も無線LAN経由で簡単だし、一度接続したら再起動してもちゃんと自動接続までしている。前もこうだったかなあ?
PUPPY

とりあえずこの古いパソコン(CPU600MHz、メモリ256MB)にぴったりだ。
ただ、持ち運ぶことを考えるとハードディスクが壊れるのが恐い感じもするなあ。
ハードディスクを500円ほどの遅いSDカード(1GBなどの小さいもの)に交換してしまってもPUPPYは起動時に全部メモリに読み込んでしまうから動作はそれほど遅くはならないだろうと思う。そのうちやってみよう。