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デジカメ競馬日記(重賞プレイバック)

私が撮影した競馬のレース写真を紹介しながら、過去のレースを振り返ります。たまに予想も。

大阪杯メモリアル(トーホウドリーム)

2006年03月30日 00時57分56秒 | 阪神・京都競馬場

世間の関心は新記録達成がかかるテイエムオペラオー1色でしたが、
そんな中でも密かに狙っていたトーホウドリーム(右端)が大番狂わせで、馬券も大当たり!

2001年 4月 1日 阪神競馬場
第45回 大阪杯(G2)芝2000m 良 14頭
1着◎2トーホウドリーム 牡4(57安藤勝)1:58.4 9人気
2着…3エアシャカール 牡4(59蛯名)3/4馬身 4人気
3着○13アドマイヤボス 牡4(58後藤)1馬身 5人気
単7,340 馬38,890 ワイド2-3=5,080円、2-13=4,250円的中

重賞8連勝中、前年G1×5勝のテイエムオペラオー(写真左から2番目、帽色=桃)が「当然」このレースの主役で単勝1.3倍も納得。他にはAJCC、中山記念を連勝中のアメリカンボス、京都記念2着で復調気配のダービー馬アグネスフライト、クラシック2冠のエアシャカール、浅いキャリアながら有馬記念5着と実力を示したアドマイヤベガの全弟アドマイヤボスなどが人気になっていました。

主役のテイエムオペラオーが体重マイナス4キロでは順当勝ちかに思えたが、ゴール寸前の競り合いで、重賞2走目の伏兵トーホウドリーム(写真右端)の強襲に遭い、休み明けで馬体重プラス26キロのエアシャカール、アドマイヤボスの両馬にも競り負けて4着、という結果的には大波乱のレースでした。

実はその勝ったトーホウドリームをなんと本命していた会心の予想でした。当時競馬場内FMで、応援する穴馬を募集していたので、明け4歳の上がり馬で京都記念(5着)でも内をすくって着順ほど負けていないトーホウドリームの大駆けを予想して投稿したら、放送中に読まれたばかりか、レース後にも再び取り上げられ、番組からプレゼント(優駿だったかな?)をいただく、という出来事も忘れることができません。

馬券的にはエアシャカールを切って残念ながら馬連は外しましたが、トーホウドリームからの「ワイド総流し」でいい思いをさせてもらいました!まさか1着になるとは思わなかったので、今思えば馬連でなく、弱気にワイドだったのが失敗でしたが・・・。前日のコーラルSでも5人気で2着したビーチフラッグのワイド総流しで「870円+8,970円」を当てており、馬券的にも思い出に残る大阪遠征でした。

<撮影メモ>ニコンF90
マーベラスサンデーの97年、グラスワンダーが取消した99年に続き、これで3度目の「大阪杯」観戦。サンライズペガサスが勝った昨年を合わせて過去10年で4度の大阪杯観戦。普通のG2レースですが、G1を目指す有力馬が、年明けのステップレースとして出走するため、少頭数ながらメンバーが揃う傾向にあり、わざわざ東京から4度も足を運ぶ意味もあるというもの。

普通に考えればG1レースに熱が入るところですが、当日は混んでいて場所も確保しづらく、満足に写真が撮れないので、ゆったり見る意味でも、トライアルのG2戦は写真を撮るには絶好の舞台と考えていました。「G1が嫌い」な競馬ファンも珍しいかな?

しかし、重賞8連勝中で、9連勝という新記録がかかったテイエムオペラオーがこの年初出走とあれば、早朝からかなりの混雑でした。朝9時競馬場着ではすでに遅く、第一希望だったゴール板前から100m以上も離れた坂の途中のラチ沿いを確保することに。

レースは大混戦の末、大外からトーホウドリームの直線一気、という写真撮影的にはかなり厳しい展開で撮影失敗。目の前のエアシャカールしか写っていない写真が多く、せっかくの大当たりも喜び半減。ファインダーの右隅に小さく写っていた写真を掲載します。

当ブログ内関連リンク
大阪杯速報(サンライズペガサス)2005年 4月 3日掲載
http://blog.goo.ne.jp/ochanblue/e/df0da1c6c198d427013b313de8fb3fdc

大阪杯メモリアル(サイレントハンター)2005年 3月30日掲載
http://blog.goo.ne.jp/ochanblue/e/f1fb44ef431dc56d8e3f91945f0d5751

大阪杯メモリアル(番外編=ストで開催中止)2005年 3月30日掲載
http://blog.goo.ne.jp/ochanblue/e/a34ebc4a63e24779359a82967fcfb835

大阪杯メモリアル(マーベラスサンデー)2005年 3月29日掲載
http://blog.goo.ne.jp/ochanblue/e/0faff10fcffe9cc1891ef1477763fea1


ファンタジーステークスメモリアル(ロンドンブリッジ)

2005年11月06日 09時58分15秒 | 阪神・京都競馬場
ロンドンブリッジが危なげない勝利で重賞制覇、デビュー3連勝。
阪神3歳牝馬Sは熱発で回避しましたが、JRA賞の最優秀3歳牝馬に推す声も。

1997年11月 1日 京都競馬場
第2回 ファンタジーS(G3)芝1400m 良 12頭
1着◎1ロンドンブリッジ 牝3(53松永幹)1:21.2 1人気
2着…3シンコウノビー 牝3(53後藤)1馬身1/2 5人気
3着▲8ダイワリプルス 牝3(53柴田善)1馬身3/4 3人気
単140 馬950

菊花賞メモリアル(マチカネフクキタル)

2005年10月23日 10時39分51秒 | 阪神・京都競馬場
トライアルを連勝してきたマチカネフクキタルがここでも。
予想は外しましたが「福来る」単勝馬券は今でもお守りとして持っています。

1997年11月 2日 京都競馬場
第58回 菊花賞(G1)芝3000m 良 18頭
1着…4マチカネフクキタル 牡4(57南井克)3:07.7 3人気
2着…7ダイワオーシュウ 牡4(57柴田善)1馬身 7人気
3着◎14メジロブライト 牡4(57松永幹)ハナ 2人気
単500 馬3,970

神戸新聞杯、京都新聞杯と関西の菊花賞トライアルを連勝したマチカネフクキタルが抜群の瞬発力を活かし、4連勝で菊花賞制覇。クリスタルグリッターズ産駒が3000mのG1を勝つ、というのが血統の面白いところです。

2冠馬サニーブライアンは骨折でリタイア。ダービー2着のシルクジャスティスが京都大賞典で古馬を撃破したとあれば1人気必至。ダービー3着のメジロブライトが京都新聞杯3着を叩いて2人気。血統的に嫌われたか?トライアルを連勝してきたマチカネフクキタルは3人気でした。

和田騎手のテイエムトップダンがスローの流れを作り、直線では上がり34秒台の決め手勝負に。先行して最後まで脚をためていたマチカネフクキタルが豪腕南井克騎手のムチに応え、4連勝のゴール。大混戦の2着争いはキャリア5戦目のダイワオーシュウ。ダービーウィークに初勝利を挙げた馬が福島、新潟で力を着けてセントライト記念2着からのステップでG1のここまで5戦3勝2着2回と連対パーフェクトでした。

後方待機組のメジロブライト、シルクジャスティスはいい脚を見せましたが掲示板確保が精一杯。しかしこの後、メジロブライトは河内騎手にコンビが替わり、ステイヤーズ大差勝ちを皮切りに春の天皇賞まで重賞4連勝。シルクジャスティスもジャパンカップ5着をステップに有馬記念を制覇。他にもこの頃はまだ無名だったステイゴールド(8着)、急病で死亡したエリモダンディー(10着)など後に世代を代表する馬が出走していました。

マチカネフクキタル 牡 1994年 5月22日生 栗毛 二分久男厩舎 22戦6勝
父:クリスタルグリッターズ
母:アテナトウショウ(母父:トウショウボーイ)
主な勝ち鞍:菊花賞(G1)、京都新聞杯(G2)、神戸新聞杯(G2)

<撮影メモ>ニコンF3
前の週(秋の天皇賞)のレース撮影中にニコンFE2のシャッターが破損してしまったので、急遽父親に頼み込み、カメラファンには名機と言われている「ニコンF3」+モータードライブを借り、京都へ持ち込み。昨年(日帰り)の轍を踏まぬよう、2年連続の菊花賞は早めに準備を始めたつもりが、やはり京都の宿が満室。旅行会社に大阪のホテルを勧められました(JRの大阪=京都間のフリーきっぷ利用)。

モータードライブがあればシャッターの手巻きがなくなり、ピント合わせに集中でき、手ブレやピンボケなどの撮影の失敗も減少。名機らしく、ズッシリ重厚感のあるボディにモータードライブは単3電池×6本とかなりの重装備。手ブレ防止の「一脚」とカメラ専用のアルミのケースを購入し、菊花賞の大舞台に備えました。アルミのケースは混んでいるレース撮影時の「踏み台」として活躍してきましたが、現在は踏み台にすると競馬場の警備員に注意されるので、場所取りに活用しています。

菊花賞メモリアル(ダンスインザダーク)

2005年10月21日 01時39分32秒 | 阪神・京都競馬場
ダンスインザダークが生涯最高の末脚で、天敵フサイチコンコルドを差し切り。
初の京都遠征は日帰り。後の全場制覇のきっかけとなった思い出深いレースです。

1996年11月 3日 京都競馬場
第57回 菊花賞(G1)芝3000m 良 17頭
1着▲17ダンスインザダーク 牡4(57武豊)3:05.1 1人気
2着…10ロイヤルタッチ 牡4(57岡部)1/2馬身 6人気
3着△4フサイチコンコルド 牡4(57藤田)クビ 2人気
単260 馬1,760

ダービー2着のダンスインザダークが、王道のステップレース京都新聞杯を順当に勝ち上がって、万全の体制とあって1人気。ダービー馬フサイチコンコルドは、古馬のオープン特別(カシオペアS)という異例のステップで確勝を期したはずが、メジロスズマルの2着。他では京都大賞典で2着と古馬相手に実力を示した関東馬ミナモトマリノス、青葉賞、ラジオたんぱ賞、京都新聞杯と3度の重賞2着がある的場騎手のカシマドリームなどが人気になっていました。

4角では絶望的な位置にいたダンスインザダークが、最内から「上がり33秒7」という渾身の末脚で先に抜けたロイヤルタッチ、フサイチコンコルド2頭をゴール寸前差し切り勝ち。ダービー初制覇をゴール寸前で逃した武豊騎手が秋にリベンジ、珍しく大きなガッツポーズを馬上で連発。春の無念を晴らす会心の騎乗に、喜びを体全体でアピールしていました。

皐月賞、ダービーで善戦したロイヤルタッチは、期待されていた京都新聞杯で折り合いを欠き3着に敗れましたが、さすが名手岡部、同じ失敗は繰り返さず、僅差の2着、コンビ2走目で結果を出しました。フサイチコンコルドもダービー馬の意地で最後の最後まで粘って3着(ロイヤルタッチの内側にいる)、力は出し切った敗戦。翌年の産経大阪杯に登録し、復帰の予定でしたが、直前に左前脚の腫れで回避、秋まで復帰を目指しましたが、骨膜炎の回復が遅れ、そのまま(5戦3勝)引退となりました。

菊花賞遠征の余韻が残る4日後、菊花賞馬ダンスインザダークが右前脚に浅屈腱炎を発症した、という残念なニュースが飛び込んできました。すぐにそのまま引退、種牡馬入りが決定。菊花賞で見せた豪脚の代償は大きかったですが、産駒のザッツザプレンティ、デルタブルースが2年連続で菊花賞制覇と抜群の適性をみせて、短い現役を終えた父の無念を晴らしているようにも見えました。

今年もダンスインザダーク産駒はコンラッドが出走。前走は順調さを欠いた敗戦だけに、まだまだ見限れない1頭だと思います。

<撮影メモ>ニコンFE2
 競馬歴2年目にして、初の京都遠征は、東京から日帰りでした。行楽シーズンと重なり、土曜日の宿が確保できずに新幹線(のぞみ)を日曜朝出発に変更。今思えば贅沢な旅でした。

午前中の新馬戦で40倍台の馬連を当てたので、馬券のプラス収支が確定して馬券的には気楽な立場。当時から「G1は臨戦過程」にこだわった予想だったので、直結していた京都新聞杯組として2着のカシマドリームを本命にして穴狙いでしたが、見せ場なく撃沈。

最後の直線、先に抜けたロイヤルタッチ、フサイチコンコルド2頭に照準を合わせて写真を撮っていたら、急にファインダーに飛び込んできたダンスインザダークに驚いた覚えが。押しくらまんじゅうのスタンドの中、手動ピントでこれだけの写真が撮れれば上々の部類。

馬券は外しましたが、強い馬の強い勝ち方が見られたことで、今でも強烈に印象が残るレースの1つです。

京都4歳特別メモリアル(シルクジャスティス)

2005年05月03日 19時53分27秒 | 阪神・京都競馬場
現在の京都新聞杯に吸収されるように廃止された京都4歳特別。ダービーへの東上最終便の意味合いは昔から変わりません。

1997年 5月 4日 京都競馬場
第43回 京都4歳特別(G3)芝2000m 良 15頭
1着○15シルクジャスティス(55藤田)2:01.1 1人気
2着▲5プレミアムサンダー(55武豊)1/2馬身 2人気
3着…6ミナミノフェザント(55河内)7馬身 9人気
単330 馬680的中

若草Sをシンガリ一気の豪快な追込みで一躍注目された東上最終便。内回りにもかかわらず3角から外を回って一気のロングスパート。先行抜け出しを図るプレミアムサンダーをゴール前捕え、差し切り勝ち。ナリタブライアンを管理していた大久保正厩舎にブライアンズタイム産駒。今後の活躍に期待されました。

賞金を上積みし出走した日本ダービーでも末脚を発揮し、サニーブライアンの2着と健闘。秋は神戸新聞杯後に古馬相手の京都大賞典に挑戦。ダンスパートナーとの叩き合いを制し、菊花賞では1人気に推されましたが5着敗退、ジャパンカップ後の有馬記念では再び末脚炸裂。マーベラスサンデー、エアグルーヴとの接戦を制し、念願のG1タイトルを奪取しました。

シルクジャスティス 牡 1994年 3月18日生 栗毛 大久保正陽厩舎
父:ブライアンズタイム
母:ユーワメルド(母父:サティンゴ)
27戦5勝 主な勝ち鞍:有馬記念(G1)、京都大賞典(G2)、京都4歳特別(G3)

<撮影メモ>ニコンFE2
先日紹介したアンタレスSの翌日は、今は無き京都4歳特別(現京都新聞杯)。この頃の京都新聞杯は秋の菊花賞トライアルとして行なわれていました。混んでいるG1レース(天皇賞)を1つ見るより、空いているG3レースを2つ観られるおトク感を重視して、天皇賞・春の1週後、土日のダブル重賞の週に遠征を決行。2年前に京都競馬場で悲運の死を遂げたライスシャワーの慰霊碑にも立ち寄りました。

3人気はこの頃までは人気のあったヒダカブライアン。わざわざ遠征するにはインパクトの少ない地味なG3重賞でしたが、今後に活躍する馬の勝利を見られてなによりでした。

天皇賞・春メモリアル(マンハッタンカフェ)

2005年04月29日 00時05分34秒 | 阪神・京都競馬場
2002年 4月28日 京都競馬場
第125回 天皇賞・春(G1)芝3200m 良 11頭
1着△4マンハッタンカフェ(58蛯名)3:19.5 2人気
2着△7ジャングルポケット(58武豊)クビ 3人気
3着◎5ナリタトップロード(58渡辺)1/2馬身 1人気
単290 馬540

 前走単勝1.2倍の日経賞でまさかの敗戦を喫したマンハッタンカフェが前走のプラス分を絞って有馬記念と同じ506キロで本番。阪神大賞典を連覇したナリタトップロードが1人気でしたが、決め手勝負では1枚上。外を回るナリタトップロードと対照的に内をうまくさばいて抜け出しG1、3勝目。

 マンハッタンカフェはこの後は春は全休、秋に海外遠征。凱旋門賞ではレース中に故障発生で引退。結果的にこの天皇賞が国内最後のレースとなりました。

 ナリタトップロードは武豊騎手のジャングルポケットにも差され、これで3年連続3着。武豊騎手は3月に腰を骨折する大怪我から脅威の回復で1週前から騎乗再開。前日は青葉賞をシンボリクリスエスで快勝するなど完全復活。テン乗りのジャングルポケット騎乗を励みにリハビリしたとか。

 大阪杯を勝って臨む安藤勝騎手の○サンライズペガサスは最後方から最速の上がり33秒7を繰り出しましたが5着まで。距離短縮の宝塚記念で巻き返しが期待されましたが、直前に脚部不安で回避でした。

 東京から夜行バスで土曜朝から観戦していましたが、土曜朝~お昼くらいまでの前売りで伏兵アドマイヤロード(10着)が1人気になるという珍事も。夕刊紙の記事ではオーナーサイドの大量購入があったとの噂。締切時には8人気と順当?に納まりました。

マンハッタンカフェ 牡 1998年 3月 5日生 青鹿毛 小島太きゅう舎
父:サンデーサイレンス 母:サトルチェンジ(母父:ローソサエティ)
12戦6勝 主な勝ち鞍:菊花賞(G1)、有馬記念(G1)、天皇賞・春(G1)
2001年の阿寒湖特別(札幌1000万)では、前走比「プラス46キロでの勝利」が今でも記録に残っています。

アンタレスステークスメモリアル(エムアイブラン)

2005年04月20日 00時30分14秒 | 阪神・京都競馬場
1997年 5月 3日 京都競馬場
第2回 アンタレスステークス(G3ハンデ)ダ1800m 良 16頭
1着…9エムアイブラン(55武豊)1:50.7 6人気
2着◎6ワイルドブラスター(57橋本広)3/4馬身 4人気
3着…7パリスナポレオン(53南井克)3/4馬身 10人気
単1,690 馬3,650

1人気は前走フェブラリーSを勝って臨むシンコウウインディ(5着)。2人気はオープンに入っても堅実なグリーンサンダー。3人気は7歳の古豪トーヨーリファールで、後のG1常連、エムアイブランと武豊騎手のコンビが6人気・・・今では考えられないが、これが重賞初勝利。

エムアイブランはダ2100mの武蔵野Sを連覇、フェブラリーSでは水沢のメイセイオペラの2着など、ダート重賞で一線級相手に長い活躍をしました。

<撮影メモ>(ニコンFE2)マヤノトップガンが衝撃の世界レコードで駆け抜けた天皇賞から1週間後、ゴールデンウィークの京都訪問。時折雨がパラつくあいにくのお天気でしたが、馬場状態には影響なし。ダートのレースは写真を撮りませんが、メイン&重賞なのでいちおうスタンドから撮影。

この日の6Rでは、あのタイキシャトルがダートで2勝目を挙げたレースもありましたが、ダートのため写真は残っていませんでした。

翌日のメインレースは、今はなき京都4歳特別です、こちらは京都新聞杯メモリアル(シルクジャスティス)でご紹介します。

桜花賞メモリアル(キョウエイマーチ)

2005年04月08日 00時00分56秒 | 阪神・京都競馬場
1997年 4月 6日 阪神競馬場
第57回 桜花賞(G1)芝1600m 雨 不良
1着☆18キョウエイマーチ(55松永幹)1:36.9 1人気
2着☆16メジロドーベル(55吉田豊)4馬身 2人気
3着…8ホーネットピアス(55木幡)クビ 8人気
単260 馬510

 土曜から降り続いた雨は全く止まず、せっかくのクラシックの舞台も不良馬場。阪神マイルは外枠不利、とされる18番枠も圧倒的スピードで押し切ってきたキョウエイマーチには関係なし。ダンシングブレーヴ産駒、時計のかかる不良馬場も味方につけたか?4馬身差の圧勝、4連勝で堂々の桜花賞馬に。
 チューリップ賞では引っかかって人気を裏切ったメジロドーベルが速いペースで一応の結果を出しました。距離伸びたほうが良いのは明らかで、次走オークスでは1人気で快勝しました。

撮影メモ(ニコンFE2)
冗談半分で(?)送っておいたハガキの指定席が当たったため、競馬人生の中で唯一の2週連続関西遠征。消費税が3%から5%に上がったのもこの4月からでした。
 モニタ付きの指定席も快適でなかなかでしたが、高い席では臨場感がなく、少々物足りない気も。帰りの新幹線では桜花賞の字幕ニュースが流れ、G1では結果速報があるのか、と初めて気がつきました。

キョウエイマーチ 牝 1994年 4月19日生 鹿毛
父:ダンシングブレーヴ
母;インターシャルマン(母父:ブレイヴェストローマン)
28戦8勝 主な勝ち鞍:桜花賞(G1)、4歳牝馬特別(G2)、ローズS(G2)、京都金杯(G3)、阪急杯(G3)

大阪杯メモリアル(サイレントハンター)

2005年03月30日 00時30分30秒 | 阪神・京都競馬場
1999年 4月 4日 阪神競馬場
第43回 産経大阪杯(G2)芝2000m 良 11頭
1着○3サイレントハンター(57吉田豊)1:59.9 1人気
2着▲6マチカネフクキタル(59佐藤哲)クビ 2人気
3着◎11ミッドナイトベット(58熊沢)アタマ 3人気
単290 馬870的中

 成績だけを見ると、一見人気通りで決着したように見えますが、このレースの主役は実はグラスワンダーになるはずでした。

 前年の有馬記念を制し、明け4歳の初戦に大阪杯を選択。あくまで状態次第での出走、ということでしたが、調教も動いて水曜に正式に出走を表明。しかしレース2日前の金曜日、左目部裂創(れっそう=ひっかき傷)のため馬番確定前の出走取消となってしまいました。

 グラスワンダーの今季初戦を応援しようと阪神遠征を決意し、予約手続きを行ったが、まさに空振り。おまけに前日は19年ぶりのきゅう務員ストで開催中止というダブルパンチ。
 その他にも登録段階では、ダイワテキサス、エモシオン、エリモエクセルなどもいましたが、軒並み回避(エリモエクセルは出走取消)して寂しいメンバー構成でした。

大阪杯メモリアル(マーベラスサンデー)

2005年03月29日 23時57分43秒 | 阪神・京都競馬場
1997年 3月30日 阪神競馬場
第41回 産経大阪杯(G2)芝2000m やや重 9頭
1着◎7マーベラスサンデー(58武豊)2:02.0 1人気
2着…6ユウトウセイ(58四位)1馬身1/2 4人気
3着▲4ロイヤルタッチ(56岡部)クビ 2人気
単150 馬530

 秋の天皇賞4着、有馬記念2着とG1には一歩届かなかったマーベラスサンデーですが、G2のこのメンバーでは負けられない1戦。体重プラス16キロは驚きましたが、それでも単勝1.5倍の断然1番人気。
 レースは楽な手応えで抜け出し快勝しましたが、ゴール寸前にファンが投げたマークカード(紙吹雪)に馬が驚き内に斜行し、武豊騎手がブレーキをかけながらのゴールイン。レース後に武豊騎手からもファンに注意を呼びかけるコメントを発表。このレースをきっかけに、JRAも注意を呼びかけるようになって、ゴール前に紙吹雪を投げる習慣も少なくなりました。
 飛ぶ鳥を落とす勢いで臨んだ春の天皇賞はマヤノトップガンの強襲で3着に敗れましたが、一息入れた大阪杯と同じ舞台、宝塚記念ではキッチリ結果を出し、悲願のG1タイトルを奪取しました。

撮影メモ(ニコンFE2)初めて阪神遠征(土曜はシンコウフォレストの阪急杯)、日曜は朝、甲子園球場に寄って春の選抜高校野球を見てからの参戦となりました。ラチ沿いからの写真ですが、スタート地点が見えるということは、坂の下あたり、ゴールから随分離れたところで撮影したようですね。

マーベラスサンデー 牡 1992年 5月31日生 栗毛
父:サンデーサイレンス
母:モミジダンサー(母父:ヴァイスリーガル)
15戦10勝 主な勝ち鞍:宝塚記念(G1)、大阪杯(G2)、京都大賞典(G2)、
朝日CC(G3)、札幌記念(G3)、エプソムC(G3)