オーソレ、何それ?

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2つの「飛鳥」と聖徳太子廟

2007-11-05 00:01:07 | 歴史
日曜日に子供を連れて、ドライブを兼ねて南河内郡にある大阪府立近つ飛鳥博物館へ出かけました。

飛鳥といえば石舞台古墳や高松塚古墳で有名な奈良県の明日香村がよく知られていますが、古事記によりますと反正天皇が皇太子時代に今の太子町一帯を「近つ飛鳥」、大和の飛鳥を「遠つ飛鳥」と名づけ、近つ飛鳥の一帯も渡来系の豪族が住み着き、6世紀ごろには高い文化が築かれたと言われています。また近つ飛鳥には、6世紀末から7世紀初めの用明、推古、敏達の各天皇と用明天皇の息子で推古天皇の摂政として名高い聖徳太子の陵墓があり、「王陵の谷」として知られています。

近つ飛鳥博物館は太子町のやや南、南河内郡河南町にあります。西名阪道の藤井寺ICを降りるとまもなく全国2番目の規模を誇る応神天皇陵がその姿を現します。この一帯は河内王朝の王者の墓所の一つである古市古墳群の只中で、外環状線(国道170号)は、数多くの古墳の間を縫って走ります。カーナビには主だった古墳について表示されますので、これは「○○天皇陵(ただし真偽は定かではありませんが)」ということが分かり興味深かったです。古市古墳群を抜け、少し山がちな場所に入ったところに博物館はありました。

安藤忠雄氏のデザインによる奇抜な建物(こういったハコモノのお金のかけ方はやや疑問ではありますが)でした。ここには土器、鉄製品、銅鏡、埴輪、石棺、修羅などの古墳時代から飛鳥時代にかけての周辺の遺跡からの出土品が展示されています。特に、全長10m、150分の1スケールの全国最大の仁徳天皇陵(大山古墳)のジオラマは、古墳建築の様子を再現したもので子供共々結構飽きることなく見ていました。

その後、聖徳太子廟があると言われている叡福寺を訪れました。余り観光地としては知られていないようで、駐車場も小さく人影もまばらでしたが、本堂や多宝塔はなかなかの趣で、逆に観光地ずれしていない落ち着きがよかったと思います。聖徳太子廟ですが、お寺の北側にある古墳(円墳)の入り口に小さなお社が築かれていました(写真)。菊の御紋の付いた門と宮内庁の看板がかかっていました。

実際のところ2つの飛鳥の関係はどうだったのでしょうか。この地を通り河内と大和を結ぶ竹内街道が推古天皇の時代に最古の官道として整備されているところを見ると河内と大和の交流は頻繁であったのかもしれません。西日本や大陸からの人や物の流入もこの街道が貢献していたのかもしれません。しかし、大和に都を築いた天皇や聖徳太子の陵墓が「近つ飛鳥」に集中している理由がよく分かりません。一説には聖徳太子信仰が盛んになった時代の創作(聖徳太子不在説というものありますが)とも言われています。

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2 コメント

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古代の日本 (eilene)
2007-11-10 00:49:43
こんにちは。

実は私、大昔(何十年も前)は考古学者に憧れ発掘作業などにも夢を見た時期がありました(笑)学力的歴史的に追いつくことができなく諦めましたが(^^;)

学生時代の修学旅行の日程関係で、確かあれは奈良の明日香村だったと思うのですが行ったような記憶があります。はしゃいでというか真剣に見入っていました。今でもイギリスの中世時代、さかのぼり古代の人間の模様は魅了されます。

日本の古代はとても興味深く面白いと思います。聖徳太子不在説も謎めいていて面白いと思っています。

(古い話になり恐縮ですが・・)青森県のイエスの墓には全く驚きました(笑)どうしても信じがたいですが^^;その話はBBCでも取り上げられていました。ただイエス・キリストの「話」が日本に伝わっていてもおかしくはないかなとは思っています。弟子達が足を運んだ可能性もなくもあらずで話としては面白いと思っています。

古代の日本、これからも展開を楽しみにしていますのでよろしくお願いします。

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超(トンデモ?)古代史 (o_sole_mio)
2007-11-10 11:28:57
eileneさん、コメントありがとうございます。

日本の古代の面白いところは、日本書紀や古事記は後世作成されたもので時代が遡るにつれて多分にフィクションが混じってくることで、ある意味自由に考えることができるという点です。いまだにその場所が論争となっている邪馬台国ですが、日本の中の邪馬台国の位置付けによってその場所が決まってくると思います。

青森のキリストのお墓、私も知っています。当時のパレスチナの風習が残っていたり、踊りのお囃子が日本語では意味をなさないのにヘブライ語だと意味をなすとか「戸来(へらい)」という地名は「ヘブライ」がなまったとか。おそらくパレスチナから大陸を横断して日本の地にたどり着いた人たちがかつていて自分たちの風習を伝えたのではないかと思います。

私が長く住んでいた中国地方でも広島県庄原市の葦獄山は世界最古のピラミッドと呼ばれていますし、周辺には謎の巨石遺跡が存在していると言われています。こういった超(トンデモ?)古代史もなかなか興味深いものがあります。
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