経営の志

2007年02月27日 | Weblog
既知の人も多いと思うが、樹研工業という愛知県豊橋市に本社をおく企業がある。100万分の1グラムの歯車を作った企業である。しかも、せっかく作った歯車もどこからか注文があったわけでもなく、従業員が自由に創意工夫した過程で出来たそうだ。さらにこの企業のユニークなのは、従業員の採用が先着順(笑)と言うところ。社長の松浦元男氏は述べている。-

-「当社では設立以来ずっと、人を採用する際に先着順採用としています。定期採用も、面接などの採用試験も実施していません。人が必要になったら、まず、3人くらい採用したいが、誰かいないかと社内に声をかけて募ります。それで見つかればよし。見つからなければチラシに広告を載せたりしますが、いずれにせよ採用するのは先着順です。
人はそれぞれ成長のスピードも違います。採用してからどうなるかなど、誰も予測できません。事実当社では、入社した頃には「こいつ、大丈夫か?」と心配しながら見ていた社員が、数年経って急に頭角を現し、「こいつ、天才じゃないか?!」と思える優秀な人材に成長を遂げたような例がいくつもあります。それもあって、10年ほど前からは先着順採用に絶対の自信を持って続けています。」

上記の発言は、現在、キヤノンの偽装請負が国会で問題になったり、あらゆる産業で、派遣労働者の権利が侵害され、勤労者の使い捨てが常態化しつつある社会の中で、それに対抗し得る考え方を内包していないだろうか。

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キヤノンの偽装請負問題に続いて、こんな話題もある。

  タイガー魔法瓶を提訴 派遣女性「正規雇用せず突然解雇」

タイガー魔法瓶(大阪府門真市)で派遣社員として5年以上同じ業務に従事した上、 突然契約を解除されて精神的苦痛を受けたとして、大阪府内の女性(30)が26日、同社に慰謝料300万円と正社員としての雇用などを求める訴訟を大阪地裁に起こした。契約解除は労働局が同社を指導した直後に行われており、女性側は 「解雇は労働局に申告したことに対する報復」と主張している。
訴状によると、女性は門真市の人材派遣会社を通じ、平成13年9月からタイガーで 勤務。社員の指示を受けるなど実態は派遣なのに、請負契約を装った“偽装請負”が行われていた。女性は昨年11月、大阪労働局に申告。同局は労働者派遣法違反を認定し、タイガーに行政指導を行った。
同法は一定期間を過ぎた場合、派遣先の企業に直接雇用する義務があると規定。
労働局による指導はこの趣旨を踏まえ、女性の雇用の安定を図る前提で派遣契約の解除を求めるものだったが、タイガーは契約解除だけを行い、女性を正規雇用しなかったという。
提訴後、会見した女性は「話し合いにも応じてもらえず、悩みに悩んで提訴した」と話した。

タイガー魔法瓶の話 「訴状を見ていないのでコメントできない」 (2月26日15時43分配信 産経新聞)

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私は樹研工業には何の利害関係もないし、実際の企業経営はそう理想論ばかりではやっていけないことも、理解しているつもりだ。しかし、松浦氏の発言には、経営者としての従業員に対する、信頼感や、愛情とも言えるものを感じる。。企業の規模としても売上高としてもキヤノンやタイガー魔法瓶の方が数段上だろう。しかし、本当に評価されるべきはどちらの企業だろうか。松浦氏には企業を経営する上での思想、志のようなものを感じないだろうか。
松浦氏がどうなのかはわからないが、かつては、「若い頃に社会主義思想に影響を受けない者はバカで年を取ってからも、そうなのはもっとバカである。」というニュアンスの言葉があった。それが現実の日本の企業経営の中で生かされたのが、長期雇用をなるべく守るという考え方だったと思う。最近の企業経営者はそんな葛藤を若い頃に経験していないのだろうか。

作家の城山三郎氏は『人間復興の経済を目指して』の中で以下のように述べている。

「私の学生時代には、経済学のテーマはケインズかマルクスかだった。近代理論経済学か社会主義経済学か。いつもみんな学生なりに、資本論にいくかケインズの一般理論にいくかということで悩んでいたわけです。そこで、資本主義の側からでてきたのが修正資本主義という考え方ですね。資本主義は手放しではいけない。いろんな意味で制限を加えたり、改めるべきは改めないと、資本主義自体が生きていけないんだということで、かなり真剣な議論が盛り上がっていた。
それがいまは、こんな議論はほとんどないでしょ。・・・たとえば経済同友会の理念というのは、修正資本主義の系譜だったと思いますね。じゃあ、いま、経済同友会はその流れの上に立っているのか。あるいは修正資本主義の流れをどう見ているのかというところの議論はあまり聞きませんね。いかに景気をよくするかという議論はあっても、いかに資本主義そのものを・・・健全なものにするか、人間にとって幸福なものにという根源的な問いかけをしない。つまり目先の小状況だけで政治が行われたからです。経営者とか資本家の<志>というものがどこにいったのか、あるいはどういう展望を持っているのかということを、やっぱり問いただしたいですね。」

私も一民間企業に勤めるサラリーマンである。税金や保険料も納めている。本当の志を持っている企業経営者が評価される、健全な資本主義社会の中で国民の義務を果たしたい。