フランスの研究グループは、絶縁体のナノロッドを蜘蛛の巣状に規則正しく並べたナノウエブが入射してきた光をほとんど透過しないことを見つけた。これは、ナノウエブで光が散乱され透過しなくなるためで、ナノロッドが吸収する光の25倍の光がナノウエブでブロックされるという。
http://physics.aps.org/synopsis-for/10.1103/PhysRevLett.109.143903
この研究グループは、シミュレーションと実験を行っている。実験では太さ500nmの窒化シリコンのナノロッドを3ミクロン間隔で並べたものが用いられている。このナノウエブで特定の波長の光がほぼ100%ブロックされるという。
以前に金属ナノ粒子を規則的に並べたものが、プラズモンを誘起するため光のフィルターとして使用出来ることを紹介した(3/9参照)。この場合は、光が共鳴的にプラズマ振動を誘起するため光のエネルギーが吸収される。吸収されたエネルギーは最終的には熱エネルギーに変換する。ナノウエブは吸収される光エネルギーが小さいため有利であろう。今後フォートニックス(11/18,12/11)の素子として効力を発揮するであろう。
ブログを始めてから1年2カ月が経ってしまいました。記事数301件、おかげで随分色々と勉強しました。集まった資料をホームページ(http://www.ne.jp/asahi/noriaki/itoh/)にまとめつつあります。その表題は"誰でもわかるナノテクノロジー"です。前世紀では、学術論文の中で生活様式を変えるかもしれないと思わせるものはほとんどありませんでした。ところがナノテクノロジー関連論文の中にはそういうものが非常に多いのです。そういうものをブログに記載しています。ホームページではまず応用からまとめようと試みています。最近"ディスプレイ"を記述しました。基礎は応用の記述に必要なものから順に掲載します。
表面増強ラマン散乱surface enhanced Raman,SER) という現象がある。ラマン散乱とは、分子の集団にレーザー光を照射し、散乱する光の波長を測定すると少し長波長へずれる。これは、レーザー光が分子の振動を励起しそれによってエネルギーを失うためである。分子の種々のモードの振動を励起するため、散乱光のスペクトルを測定することによって分子が識別出来る。分子の集団をあまりスムースではない金属の表面に置くとラマン散乱光の強度が増大する。1970年代に見つけられたこの現象をSERと呼ぶ。この現象が起こる理由は、入射したレーザー光によってプラズモンが誘起されそのエネルギーが入射するレーザー光をならびにラマン散乱光に乗り移るためであると考えられている。表面がスムースでない方がSERが顕著になる理由は、入射光や散乱光と振動方向が一致したプラズマ振動がSERに寄与するからである。サイズの大きい金属の表面より金属ナノ粒子の集まりの方がSERが顕著であることは明白であろう。
平板上に配列した金属ナノ粒子を用いて高感度のSERセンサーを作成する試みは多くなされてきた。必要とすることは、出来るだけ高密度でナノ粒子を配列すること、ナノ粒子の配列が均一であること、ならびに製作費が安いことであろう。シンガポールの研究グループは、シリコンなどの支持台を特殊な高分子の薄膜でコートし、その上に金ナノ粒子を落とすと規則正しく配列(セルフアセンブリ)し、これが高感度のSERセンサーとして動作することを見つけた。金属ナノ粒子間の間隔は5nmと小さく、まだ製作費も安いという。
http://www.sciencedaily.com/releases/2012/10/121010150806.htm
高感度SERセンサーが開発されると、がん細胞、食べ物中の病原体の検出に威力を発揮するであろう。
今年のノーベル物理学賞はフランスのSerge HarocheとアメリカのDavid J. Wineland両氏に授与されたが、彼らの研究はいずれもナノテクノロジーの目指す究極のコンピュータ、量子コンピューターの根幹となり得るものである。
現在使われているコンピューターのメモリは1ビット当たり0または1を識別出来るのにすぎない。量子コンピューターでは量子状態をメモリに用い、量子ビットと呼ばれている。0または1がが識出来る二つの量子状態が相互作用すると、絡み合いという現象の結果4この状態を識別出来る。このように1量子ビットでさらに数多くの情報を記憶することが可能となり、コンピューターの性能の格段の進歩が期待されている。
量子ビットとしてある状態の原子を用いることが出来る。しかし絡み合いによって生じる状態のエネルギー差は非常に小さいので、原子に記憶させた情報をそのまま読み取るには工夫が必要である。Wineland氏が開発した手法はレーザー冷却(laser cooling)と呼ばれる手法である。原子をレーザー光によって励起するがその時原子は光から圧力を受ける。レーザー光のエネルギーを励起に必要なエネルギーより少し小さくしておくと、ドップラー効果の作用によりレーザー光ビームの外側に動く原子がより強い圧力を受け、それによってレーザー光ビームの中心に引き寄せられる。その結果、原子の運動エネルギーがほとんど0になり情報が乱れることがない。
Haroche氏の手法は、原子ビームを磁界を加えた容器の中を通し、その際電磁波を加えて原子を所定の量子ビット状態にし、この状態を速やかに検出するという手法である。
このほかにも固体の中に混入した原子を量子ビットに用いようとする試みもある(3/1,10参照)。
ニュースで紹介している新しい研究成果はブレークスルーとなり得るもので興味深いが、商業ベースへの実現には年月を要すであろうしまた実現不能なものもあり得る。それに比べると会社関連情報ははなはだ現実的な情報である。
1996年にカナダに設立されたElectrovaya社は、次世代リチウムイオン蓄電池(11/1,25,6/17参照)の製造を開始したと発表した。新しい電池の1キログラム当たり蓄積される電気量は200Wh(ワット×時間)で、すでに製作されているリチウムイオン蓄電池では最高クラスであるという。この値は、現代自動車に用いられている蓄電量の約5倍程度である。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26826.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.UGPTeVvf5uE.google
ベルギーのImec社とSolvay社は、有機半導体(HP2.1D7および3.7A2参照)を用いた有機太陽光発電モジュール(2/20参照)の発電効率5.5%を達成したと報じている。この発電効率は現在のところ世界一であるという。有機太陽光発電モジュールは低価格で薄くまた軽くしかも製作が容易であるため、携帯用電子機器などに用いられようとしている。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26793.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.UGEil0R_hyg.google
アメリカのNano-Sharp社は、非常に切れ味の鋭い刃物を製作しようとしている。現在用いられているセラミック刃物は、シリコンなどの薄板をシャープにとがらせて製作している。同社の製品の製法の詳細は不明であるが、シリコンの平板をエッチして平板に垂直なシリコン薄板を作り出す際に形成されるようである。刃の先端の厚さはシリコン原子の大きさ程度であるという。今のところ非常に高価(1枚600ドル)で、医療用刃物などに用いられているという。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26733.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.UFfklCYJcIs.google
Nano-Sharp社の設立過程が興味深い。カリフォルニア大学デービスにあるEngineering Translational Technology Centerは、いわば工学を技術に転換するセンターで、プライベートな資金援助が期待出来るようなベンチャー企業を育てようとしている。Nano-Sharp社は、このセンターで立ち上げられた三つの企業のうちの一つで、カリフォルニア大学の教授が創設者の一人であるという。
水素燃料で電気エネルギーを発生する燃料電池は環境にやさしいエネルギー源としての期待が大きい(9/26参照)。燃料電池で水素と酸素を結合させるのに白金が触媒として用いられている(10/16,17,10/12,5/28参照)。しかしながら水素燃料を実用化するのには、白金に代わる安価で資源として豊富な触媒材料の発掘が必要であるといわれている。
2009年にアメリカの研究グループが、炭素原子の一部を窒素原子で置き換えたカーボンナノチューブを電極と垂直に整列させることによって、白金と同程度の触媒効果を示すことを明らかにした。炭素原子を窒素原子でおき変えることによって電子密度が上がることになるという。その後、金属を用いないこのような触媒の効率を高める努力がなされてきた。最近、スウェーデンの研究グループは、カーボンナノチューブの炭素原子を置き換えた窒素原子の周辺の原子配列によって触媒効率をさらに高めることが出来ることを明らかにした。この触媒はまた水を分解(9/17参照)にも効力を発揮するという。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26906.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.UG-Uit6yoC0.google
ナノ粒子の電子構造は種々雑多である。どのような電子構造が触媒に最適であるかコンピュータシミュレーションならびに実験による研究が活発に行われている。
前回に引き続きグラフェン、すなわち単原子厚さで結合した炭素原子のシートの応用を紹介しよう。グラフェンは強くまた化学的に安定でしかも電気をよく通すという優れた性質を持っている。オーストラリアとアメリカの共同研究グループは、グラフェンで金属をコートすることにより金属の耐腐食性を格段に増大出来ることを示した。彼らは800から900℃でグラフェンを銅の表面に付着させた。その結果、耐腐食性が100倍以上増加したという。通常コーティングによる耐腐食性の増大は5、6倍程度だという。したがってグラフェンのコーティング効果は絶大であるといえる。しかも通常のコーティングと比べてグラフェンコーティングは化学的にも安定である。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26835.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.UGUCJDEYmgc.google
この研究グループは、すでにニッケルやステンレススチールでも同様の耐食性があることを確認しているという。またさらにもっと低い温度でのコーティングで同様の効果が得られないか検討中であるという。炭素原子は地球上に有り余っている。グラフェンによるコーチングが実現すればその影響は大きい。
ノルウェーの研究グループが全く新しい半導体の製法を見つけだした。それはグラフェン(HP2.2A1参照)上に化合物半導体GaAsナノワイヤーを垂直に成長させたものである。ナノワイヤーはグラフェン面上に規則正しく分布している。ナノワイヤーの長さは1ミクロン程度である。このハイブリッド材料は半導体として動作する。その厚さは、現在用いられてシリコンの厚さの数百分の1でほぼ透明である。ベースとなるグラフェンはシリコンより電気伝導度が高く、また温度によって変化しない。GaAsは電子の移動速度が速いなどシリコンに比べると優れた性質をもっている。差し当たってLEDや太陽光発電パネルへの応用が考えられている。窓にTVスクリーンや太陽光発電パネルの機能を持たせることも可能になるかもしれない。またこのハイブリッド半導体は柔軟性をもっているので、携帯電話のスクリーンを腕時計のよう腕に巻きつけることが出来るようになるかもしれない。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26851.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.UGZXXqhDEP8.google
このハイブリッド半導体の製法をアニメーションビデオ(http://youtu.be/3wLOXHRVVwQ)を見ながら説明しよう。ビデオではまず超高真空装置の中が現れる。手前にグラフェンが設置されていて、窓が開くとガリウム原子ビームが飛び出してくる。ガリウムは液滴となってグラフェンの上に規則正しく配列する。次にその様子の説明がある。さらに、今度はヒ素原子ビームの窓も開く。ガリウム原子とヒ素原子は液滴とグラフェンの接触面で結合しGaAsナノワイヤーが一層ずつ垂直に成長する。数分で1ミクロンに達するという。
これまで半導体ナノワイヤーは厚い支持台の上に成長されていた(12/7,8参照)。この点でもこの研究は画期的である。
ビデオではCrayoNanoと共同開発中と述べているが、サムソンやIBMも興味を示しているという。
アメリカのNanoBusiness Commercialization Associationが2012年にナノテクノロジーを用いて最も画期的な新技術を開発した会社、大企業ならびにベンチャー企業トップ20を発表した。その結果を分野別に整理したのが下の表である。
http://www.internano.org/content/view/713/251/
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大企業 |
ベンチャー企業 |
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新材料 |
BASF(ドイツ),Evonik(ドイツ), LG Electronics(韓国),Mitsubishi(日本) |
NanoMech(アメリカ) |
新材料(強靭) |
General Motors(アメリカ) |
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新材料(建築) |
Behr(ドイツ) |
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新材料(太陽光) |
DMS(ドイツ),DuPont(アメリカ) |
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新材料(放射性物質除去) |
|
Kurion(アメリカ) |
汚染除去 |
|
ABS Materials |
水の浄化 |
|
Produced Water Absorbents(アメリカ) |
コーティング |
Lockheed Martin(アメリカ) |
HzO(アメリカ),Nanofilm(アメリカ) |
触媒 |
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Siluria(アメリカ) |
透明電極 |
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Cambrios(アメリカ) |
LED |
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Bridgelux(アメリカ),Nanosys(アメリカ) |
エネルギー貯蔵 |
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Nanosys(アメリカ) |
メモリスター |
Hewlett Packard(アメリカ) |
|
メモリ |
|
Nanotero(アメリカ) |
コンピューターチップ |
Apple(アメリカ) |
|
マイクロプロセッサ |
Intel(アメリカ) |
|
フォートニックデバイス |
|
SiOnyx(アメリカ) |
高性能コンピューター |
Samsung(韓国) |
|
量子コンピューター |
IBM(アメリカ) |
D-Wave Systems(カナダ) |
通信 |
|
Kovio(アメリカ) |
次世代リソグラフィ |
|
Molecular Imprints(アメリカ) |
ドラッグデリバリー |
Bayer(ドイツ),Novartis(スイス), |
Cerulean(アメリカ) |
癌治療 |
|
Mersana(アメリカ) |
癌ワクチン |
Amgen(アメリカ) |
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診断 |
GE(アメリカ) |
Metabolon(アメリカ),NanoInk(アメリカ) |
スキンケア |
L'Oreal(ドイツ) |
Solazyme(アメリカ) |
栄養補助食品 |
|
Solazyme(アメリカ) |
大企業が製品の高性能化にナノテクノロジーを取り入れようとしている姿が垣間見える。韓国は新製品開発に力を入れているようだ。ベンチャー企業は圧倒的にアメリカに多い。アメリカはITに続き、ナノテクノロジーでも世界を制しようとしている(5/1参照)。ちなみにNanowerkの統計によると、ナノテクノロジー関連会社数は全世界2283社のうち、アメリカ1187社、ドイツ225社、日本62社、中国45社、韓国29社である。日本は研究投資額は多いが、省庁縦割行政のなかで研究で得られたブレークスルーがいち早く産業化に生かされているのだろうか。
水素燃料とする水素自動車は環境にやさしい究極の自動車としてその出現が望まれている。解決すべき問題点の一つは水素の貯蔵方式である。ガソリンと同様液体にして貯蔵するのが最も好ましいが、水素を液体にするには-250℃まで冷却する必要がある。車の中で冷却するのは不可能である。
ナノ粒子は(表面積/体積)比が大きい。表面に水素分子や水素原子を吸着させて貯蔵するという試みもあるが(3/2参照)、必ずしも大きな貯蔵量が得られない。スウェーデンの大学院生がフラーレンやカーボンナノチューブ(ホームページ2.2A)の水素貯蔵への利用を目指して実験を繰り返し、学位論文に発表しようとしている。フラーレンと水素ガスを混合し400℃程度の高温にすると、水素がフラーレンの内面に付着しC60Hxという分子が形成される。xの値が40程度に達するとフラーレンが分解する。しかしながら白金やニッケルの触媒を用いて同様な反応を起こさせるとフラーレンの分解は防止出来るようである。圧力を加えないで温度を上昇させると水素は放出される。したがって、フラーレンを水素貯蔵に利用できそうであるが、水素を放出した後のフラーレンは元の形に戻っていないという。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26774.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.UFvjhNADRec.google
この研究の成果は、フラーレンが水素の水素貯蔵材料として利用出来ることを確立したわけではない。しかし、C60Hxという形で貯蔵出来るとその貯蔵効果は大きい。新しい水素貯蔵方法に一つの道筋をつけたものといえよう。さらに、水素付加させたフラーレンが分解して生ずる水素と炭素の化合物はこれまで知られていない全く新しい化合物で、その特性解明にも興味が持たれている。
一番下に9月25日付朝日新聞名古屋版声欄に掲載された記事を添付してあるが、少し説明を加えておきたい。
我々が福島原発事故で学んだことは、(1)原発は地震・津波で操作不能に陥ることがある、ならびに(2)地震震度ならびに津波の高さを安易に想定してはならない、であろう。この教訓をもとに、どのような事態が起ころうとも放射性物質のばらまきすなわち放射線公害が起こる確率を最低にするような方策を講じて欲しかった。このことは不可能ではなかろう。実際福島原発の地下室にあって水没した非常用電源が正常に動作し燃料を冷却し続けることが出来ておれば、このような悲惨な事態にはならなかったであろう。
残念ながら、官・産・学が取った安全対策は極めて不可解なものであった。まず、原子力安全・保安院が各原発に安全対策を提示するよう指示し、両者協議の上応急的安全対策を決定した。こともあろうに原子力学会はこれを学会の安全対策に対する提言として採用した。しかし、その不完全さを認識していたのであろう。これを前期提言とし、より完全な安全対策を中期提言としている。多くの原子炉専門家は、このダブルスタンダードに準じて応急的安全対策を講じた原子炉の安全性が確保されていると述べている。たとえば大飯原発を例にとると、応急的安全対策とは、4m余の高さの津波で水没するはずの非常用電源が、その建物のドアにシール施工を施すことによって11mの津波にも耐え得るという。さらに、電源車を用意することになっている。地震・津波で何が起こるか分からないなかで、これから十分な安全対策であるとは思えない。
原子力学会がこのような状態であると、今後の政府の再稼働決定にも疑問が残る。政府が決めた5人の原子力規制委員会委員が政界や経済界からの圧力のもと、純粋に技術的な立場から結論を下せるとは思えない。原子力学会すなわち原子炉専門家の集まりが、技術的な立場から上記委員会委員に助言出来るよう体制を整える必要があろう。
私は、原子炉専門家は次の二つの点で反省すべであると思う。まず第一に、地震国にふさわしくない現存の原子炉(非常用電源は地下にまた燃料プールは高い階層に)を建設し続けたこと、第二は上記のダブルスタンダードである。その上で、放射線公害を起こす確率を最低に出来る原子力発電所を選定し、それらの原子炉に対する安全対策を提言してほしい。電力会社にも原子力規制委員会にもこのようなことが出来るはずはない。ニ度と福島でのような放射線公害を起こさないよう努力すること、これが原子炉専門家の義務であろう。
さらに、人類の将来のため、より安全性の高い次世代原子炉の開発を目指してほしい。すでにアメリカではその兆しが見えている。地震国日本ほど次世代原子炉に対する要望が強いはずである。ちなみにもんじゅ型高速増殖炉は地震国日本に設置すべきではない。制御不能に陥ったとき水冷ができないからだ。プルトニウムも燃料として利用出来るような次世代型原子炉(たとえばTWR、2/13参照)が開発できないものだろうか。
若い原子炉専門家に大いなる奮起を促したい。このままでは日本の原子力産業は衰退の一途をたどるであろう。後継者も育たないであろう。
AtoZ Nanotechnologyはオーストラリアのナノテク情報発信会社であるが、時々特定の分野でのナノテクノロジーの現状を紹介している。これまでもいくつか紹介してきたが、化粧品産業でのナノテクノロジーの記事を紹介しておこう。
ナノ粒子が化粧品に使われる理由は、紫外線吸収効果は高めるためと、有効成分を細胞膜を透過しやすいナノ粒子に乗せて運ぶことによって(ドラッグデリバリー、9/6参照)、その効果を増進するためである。
http://www.azonano.com/article.aspx?ArticleID=3100
日焼け止めクリームは紫外線を吸収する酸化チタンや酸化亜鉛粒子などを含むが、これらの粒子をナノサイズにすることによって紫外線吸収効果が高まり、また可視光線を反射しやすくする。しかしながら、最近の研究によるとその安全性が必ずしも保証されてるとはいえない。これらのナノ粒子は光触媒の作用をもつ。すなわち紫外線を吸収することによって周辺の分子を分解し、ラジカルと呼ばれる反応性の高い分子を作り出す。これらのラジカルがガン発生の原因となる可能性がある。またナノ粒子が血流にまぎれ込んだ時の人体に対する影響はあまり明らかになっていない。
ローションクリーム、老化防止クリーム、などスキンケアクリームの有効成分を細胞内に運び込むのにナノ粒子が用いられる。これらのナノ粒子は、脂質やデンドリマと呼ばれる枝分れした分子であるが、毒性を持たない。また生物適合性が高く拒絶反応を起こさないことが知られている。しかし皮膚細胞に用いたときその有効性を疑問視する向きもある。
ナノ粒子はいろんな面でその効果を発揮しつつあるが、その危険性には常に注意を払う必要がある。リスクに関する研究も多くなされている。政府も高い関心を示していて、アメリカ政府(FDA,食品医薬品局)、EUともに勧告を発している。オーストラリアはまだだそうだ。さて日本では。
http://www.nanowerk.com/news/newsid=24971.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.T5IoK5mc30s.google
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26557.php
ハーバード大学を中心とするアメリカ・イタリーの共同研究グループは、極めて薄いレンズの試作に成功した。その厚さは髪の毛の1000分の1程度で、現在のところ特定の波長の光にのみに使用出来るが、広い波長の光に対応出来るものも製作出来るという。将来スマートフォンやカメラにも利用出来るという。名刺の厚さのスマートフォンの実現も夢ではなさそうだ。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26766.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29#.UFqWoByiFD0.google
現在眼鏡などに使われている凹凸レンズは、光の屈折を利用するもので1200年代から存在している。Fresnelレンズという平板型レンズが1970年代に開発されたが、これは入射した光が焦点を結ぶように光の屈折板を配置したものである。最近になってナノ粒子を利用した新しい型のレンズが開発されている(1/23参照)。さらに、波長より短い間隔でプラズマ振動を誘起する金属ナノ粒子を配置した人工表面に逆V字型ナノアンテナ(8/2,13参照)で集光した光を導くとレンズ作用が働くことが明らかになっている。薄いレンズはこの原理を応用したものである。
イギリスでは携帯電話をcellphoneと呼ぶ。これはcellure phoneの略で、cellureには"細胞の"という意味のほかに"地域内の通信"という意味があることに由来する。AがBに電話をしてある要件を依頼したとしよう。Bがその依頼を実行しAに報告したところでその通信は完結する。
さて、チューリヒの研究グループは哺乳類の細胞間の電話、cell phone、を実現することに成功した。通信を媒介するのは分子である。細胞Aにindoleと呼ばれる分子を注入すると酵素の作用によってL-tryptophanと呼ばれるたんぱく質が生じる。細胞Bにこのたんぱく質が入るとacetraldehydeが生じ、細胞Aがこれを受信する。細胞Aに一定量のacetraldehydeが蓄積されるかまたは細胞Aの中のindoleがなくなると細胞Aからの信号が停止する。バクテリアとイースト菌との間の通信はすでに知られていたが、哺乳類の細胞間の通信を実証したのはこの実験は初めてであるという。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26723.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29
cell phoneは細胞増殖をコントロールしているという。細胞培養器の中に細胞Aと細胞Bならびに血管壁の内皮となる細胞を混入する。細胞Bが発する化学物質が内皮の透過性を増大させる。これによって血管壁細胞が増殖するが、細胞Aが細胞Bから受ける信号に従って透過性の増大を阻止する化学物質を発するという。この仕組みがうまくいかないときには腫瘍になる可能性があるという。このことから、将来cell phoneが予防や治療に活用出来ると考えられている。
以前ナノ粒子のコアシェル構造について述べたことがある(4/12,16,9/4/12参照)。コアシェル構造とは、球状のコアとなるナノ粒子を、コアとは異なる他の材料でコートしたものである。それぞれの材料が持つ特性を生かすことができ、種々の応用が考えられている。
Janus構造とは、下図に示すように2種類の材料が構成する半球を接着させたものである。Janusとはギリシア神話に出てくる二つの頭を持った神の名前である。コアシェル構造とは異なって、表面が2種類の材料で構成されている。通常は球状ナノ粒子の表面の半分を他の材料でコートすることによって作成される。たとえば動物の細胞と付着しやすい材料と全く細胞を付着させない材料で構成されるJanusナノ粒子は、動物の細胞に付着して保護するのに利用出来る。ポリエチレン繊維を親水性と疎水性をもつJanus粒子でコートすると、親水性の部分が繊維に付着し繊維の疎水性が増大することも示されている。
シンガポールの研究グループは、Janus構造が太陽光による水分解用触媒(10/18参照)の効率を増進させることを示した。彼らが用いたJanus構造は、球形の酸化チタンナノ粒子に球形の金ナノ粒子を付着させたもので、通常のJanus構造とは少し異なっている。金ナノ粒子は光を吸収してプラズモン(11/17,12/21,1/23参照)を誘起する。プラズモンのもつエネルギーで酸化チタン中に電子正孔対が作られ水を分解するが、その効率は金ナノ粒子を酸化チタンでコートしたコアシェル構造のものの2倍程度になるという。また金ナノ粒子の半径を大きくすると効率が増大するという。未だ実用に供することが出来る段階ではないが、触媒作用の機構を明らかにする上でも重要な結果であるという。
http://www.nanowerk.com/news2/newsid=26686.php?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+nanowerk%2FagWB+%28Nanowerk+Nanotechnology+News%29