読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

佐藤優+宮崎学「国家の崩壊」

2008-03-11 22:47:45 | 本の感想
 まだ途中までしか読めてないのだけどちょっとメモ。この本の概略はアマゾンのレビューやブログ(「喜八ログ」)などで正確に述べられているけども、ロシア方面に関して全く知識のなかった私にとっては佐藤氏のエピソード一つ一つが驚愕ものだった。ソ連邦成立の過程で血みどろのイデオロギー闘争があったということは少しは知っていたが、それだけでなく、民族、宗教などでも複雑極まりない歴史を抱えていたのだ。おおざっぱに言うとソビエトというタガでそういったものをぎゅっと縛っていたものがペレストロイカ以降ばらばらになって手の付けようのない大混乱をきたしたということらしい。アゼルバイジャンとかチェチェンとか、ナゴルノ=カラバフ紛争以降の民族問題は何が何やらさっぱりわからなかったが、わからないはずだ。ものすごく根が深くて支離滅裂なのだ。
 「なぜソ連は崩壊したか」という問いに対する答えの政治的考察もおもしろかったが、私が一番興味をもったのは民族紛争に関するエピソードだった。
 Ⅳ 諸民族のパンドラの箱  「トルキスタン」を五分割したスターリンの狙い
 民族問題というのは、複雑で危険を孕んでいます。いったん噴出すれば、たちまちのうちに数万オーダーの虐殺と百万オーダーの難民を出して、多くの人々を苦しめてしまう。

ナゴルノ=カラバフ紛争のとき、1988年の2月か3月のに、タジクのドゥシャンベにデマが流れるんです。「ナゴルノ=カラバフ紛争で追われてくるアルメニア人が、ドゥシャンベに逃げてくる。そうなると、住宅がなくなるぞ。」それを聞いて、みんなカーッとし始める。街で衝突が起きて、軍隊が出勤することになる。そして、その後、タジクは内戦になって、もう修羅場です。強姦がたくさん起こったり、反対派の連中をぶっ殺して皮を全部剥いで吊り下げるというような殺し方をしたり、メチャクチャなことになった。「アルメニア人が来るぞ」という流言飛語から、一気にそこまで行ってしまった。それで、戒厳令が布かれて、全面的な内戦になってしまう。

この中央アジア地域というのは民族と国と宗教とが複雑にからみあっていてもう、ぐちゃぐちゃな状態だ。
 
アメリカは、民主化だとか言って、この地域に手を突っ込んでマッチ・ポンプをやろうとしたんですが、火を付けたはいいが、消せなくなっちゃったわけです。マッチ・ポンプではなくマッチ・マッチになってしまいました。消えるどころか、イスラーム原理主義者がワァッと動き出しているというのが、キルギスの最近の情勢で、そこから発火して煽られているのが、ウズベクなんです。これは、すべてソ連時代の負の遺産によるものなんです。

 ああ、ソ連のアフガニスタン進攻の際にアメリカがタリバンを支援しておいて、後で手が付けられなくなって放り投げたみたいな・・・。例えば、ウズベキスタンでは、ウズベク人の部族を抑えるために少数派のタジク人の大統領が据えられた。今のカリモフ大統領で、この人はタジク人の多いサマルカンドという都市で育ったもんだから、ウズベク語がしゃべれないんだって。そういう大統領だから民族的な反発も強い。
 そこで、カリモフさんは、後ろ盾にアメリカを使ったんです。アメリカにとっても、ここは石油も出ますし、も埋まっていますし、パイプラインを通す場合も重要ですし、ここを押さえれば中国を後ろから抑えることにもなる、ということで、メリットがある。そこで、カリモフがどんな人種弾圧をやっても、アメリカは目をつぶったんです。
 ところが、2005年になると、アメリカの方が、あまりに行き過ぎだということで、ウズベクに対する見方を変えた。そうしたら、今度はモスクワがそれを支持するということを言った。それと同時に、カリモフの方も、アメリカとの距離を置いて、モスクワの支持だけでは自分たちの身を守れないということがあるから、慌てて中国に行くわけです。こういうことが、いま起きている。

民族問題に石油と金の争奪戦という大国の思惑がからんでめちゃくちゃになるって、アフリカとおんなじじゃないか。(以下、長々と引用)

 民族なんていうファクターが、こんな形で、こんなにも人々の感情を揺り動かすなんて誰も想定していなかったわけです。ソ連の為政者も、共産党も、ジャーナリストも、学者も、世界のメディアも、誰も考えていなかった。

 だからこそ、いま私は、排外主義的ナショナリズムに対して非常に警戒心を強くしているんです。要するに、民族感情、民族意識というのは、ちょっとさわり方を間違えると、物凄く感情を煽って、どんな合理性に反することでも平気で惹き起すということです。こんなことは、利害からいったらマイナスだっていうことは、当事者はみんなわかっていながら、何かわからない力が人を動かしてしまう。その力というのが何なのか、ソ連の民族問題を始め、民族問題をずっと見てきた私にもよくわからないんです。


 ある時期、共産党で民族問題の洗い直しをするというので、ロシア科学アカデミーの民族学人類学研究所が、少数民族の研究を政策的な観点にたって、パンフレットなどをたくさん作ったんです。
 私もそのとき、チームに入れてもらって、いろいろと手伝ったんですが、調べれば調べるほど、どんどん問題は紛糾して、解決の展望が失われていくんです。蓋をしておいて開けなければよかったのに、いったん開けてしまうと、どんどんどんどん出てくる。本当にパンドラの箱とはこういうことなのかと嘆息しました。いい話は何にも出てこないで、悪い話ばかりが出てくるんです。

 「歴史の見直し」というのが、ペレストロイカ時代の主題だったわけですが、このときには楽観主義があったんです。みんなが真実の歴史データを集めてきて誠実に議論をすれば、必ずひとつの単一の歴史観に収まるだろうという楽観的な見通しがあったんです。
 ところが、それを数年やってみて、ロシア人は、そういうことは不可能だと確信したんです。まず、「みんなが誠実になることはない。人間は誠実な生き物ではない」ということを思い知った。次に、データというものは、嘘データを弾くことはできるけれども、本物のデータは山ほどあるわけだから、そのうちのどこを摘むかという点で常に恣意が働くということも思い知った。それから、摘んだ本物のデータが同じでも、摘んだものの関連をつけて物語を作るのは、個々の作家の能力に依存するということもわかってきた。だから、共通の歴史認識を作りだそうとか、そういうことは言わなくなったんです。
 そんなことをやってみても、悪いことしか起きないということがはっきりしたからです。

 そうなのか・・・。

 韓国の新大統領はそういうことを知っていて「未来志向」とか言っているわけだな。だけど、私はやはり日韓の歴史認識問題では日本が謝罪しなきゃいけないし、それを、やれ「反日」だの「売国」だのという人は間違っていると思う。民族の物語がそれぞれ違うのは当然だけど、向こうから見た場合にはこのように見えるかということは理解しなくてはならないと思う。よく、「何度も謝っているのにまた蒸し返す。どれだけ謝ればいいのか」という人がいるけど、それは向こうが納得するまで謝るべきだと思う。公式に謝っておいて、国内では非公式にアッカンベーをするかのような発言をするから激怒されるのだ。もうそういう政治家はすぐやめてほしいと思う。そういったこ拗れかえった状況を全部理解した上で「ここはひとつ大人になって握手しましょう」というのならいいのだ。「ラッキー!」とか「えっ、歴史問題ってなーにー?」では決していけない。日本の政治家はそういうことを言いかねないから(麻生さんとか)世界中からバカにされるのだと思う。

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2 コメント

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地政学的歴史観の終焉 (yutakarlson)
2008-03-12 11:56:01
こんにちは。このような事実は、私は数十年前から経営学の大家であるドラッカーの著書から知っていました。ソ連崩壊もかなり前から察知していた当然の結果でした。さらには、旧ソ連邦が崩壊する数年前にロシアの経済学者が、「自分達の共産主義は大失敗だった。でも、世界の中で唯一私達の理想に近い共産主義を実現している国がある、それは日本だ」と述べていました。
今日の中国や、ロシアはあの頃の日本の経済や、社会を参考にして国を運営していくべきだと思います。確かにあの頃は、市場主義経済からは程遠く、ありとあらゆる面で規制が網の目のようにめぐらされていたのと、平等主義が根付いていたと思います。
それから、ドラッカー氏の影響は受けているものの、私自身の考えとして、最早地政学的な歴史観は終焉を迎えたと思います。
私は、かねてから日本には全く違ったリーダーシップのとり方があると思っています。特に今後海洋開発にはかなり大きな可能性があると思っています。このあたりも考慮に入れて方向性を見定めるべきと思っています。ここでは短いコメントしかできません。是非私のブログをご覧になって下さい。
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Unknown (nettle_july)
2008-03-17 01:19:38
わお!長文のコメントをありがとうございます。私は経済とか経営とかまったく知識がないのですが、ドラッカーがなくなったときの新聞の追悼記事にその思想の紹介があって、おっしゃってるようなことが書かれていたようなおぼえはあります。 yutakarlsonさんのブログを読んで勉強させて頂きます。
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