うんどうエッセイ「猫なべの定点観測」

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実業団システムのあり方が根本的に問われた2012東京マラソン

2012年02月27日 | 陸上
藤原新は40キロを過ぎて、さらにペースを上げた。前を走る「皇帝」ゲブレシラシエの背中が大きくなってくる。迷わず抜き去り、キプロティチもとらえた。最後の2.195キロを出場選手中最速の6分41秒で走り、2位に浮上。五輪を夢見る無職のランナーがロンドン五輪切符をつかみ取った。
 アフリカ勢が最初の5キロを14分40秒前後のハイペースで飛び出したが、第2集団の後方で力をためた。25キロすぎで仕掛け、あとは一人旅。「全然きつくなかったし、40キロまでは持つ確信があった。(2時間)6分台を狙ったけど、きょうは合格」と笑った。
 拓大からJR東日本入り。2008年、2度目のマラソンとなったこの大会で2時間8分40秒をマーク。しかし、10年春に新環境を求めて所属チームを飛び出したのが苦労の始まりだった。マラソン成績は好不調の波が激しく両極端。スポンサー企業とのトラブルで安定収入が途絶え、無職の状況も長引き、「貯金を崩して」暮らす生活を強いられた。
 五輪どころか、競技続行すらどうなるか分からない状況から背水の陣で臨んだ今大会。1キロ2分58秒という世界の強豪並みのペースを設定して荒川河川敷を走り込んだ。「練習でもレース並みの負荷をかける川内流」だという。今月5日の香川丸亀国際ハーフで自己ベストを出し、自信をつけた。
 「強烈に意識してきた」ロンドン五輪。世界の強豪と渡り合う五輪の舞台が、新たな目標となった。

〔時事通信 2012年2月26日の記事より〕

今大会の記録(スポナビより)


                           *  *  *  *  *


ロンドン五輪の代表選考レースとして行われた今大会。昨年9月に韓国の大邸で開催された世界選手権では堀端宏行が2時間11分52秒で7位入賞するも、「世界選手権で日本人最上位のメダリスト」の条件を満たせませんでした。最大の注目だった公務員ランナーの川内優輝は昨年12月の福岡国際マラソンで日本選手最高の3位に入るも、タイムが2時間9分57秒と平凡だったので、決め手を欠いて保留の状態に。ただ、川内は実業団選手ではないので練習環境が非常に厳しく、福岡を“練習”の位置付けにしていたので、今回の東京マラソンが本当の目標でした。周囲からは、レース間隔の短さが懸念されただけに、真価が問われました。

スタート地点の天候はくもり、気温5.1度、湿度62%、東の風2.0mと絶好の好コンディションの中で行われた今回のレース。レース序盤は、優勝した2006年の福岡国際マラソン以来6年ぶり日本のレースに参加した「皇帝」ハイレ・ゲブレシラシエ(エチオピア)を中心にペースメーカー2人を含めた8人で先頭集団が形成し、大会記録を上回るハイペースで進みます。一方、日本人選手は藤原正ただ1人が先頭集団に喰らいついていたが、その他の選手は第2集団につける展開。藤原正が15km付近から徐々にペースダウンして第2集団に吸収され、「同じレースなのに、2つのレースが混在する」いつもの見慣れた光景となります。更には、注目の川内が、給水に2度失敗したのと、両足に血豆が出来るアクシデントが響き、24km手前から第2集団からズルズルと後退。この時点では、レースの興味が失せる展開でした。

ところが、26km過ぎから、企業名が入ってない真っ黒のユニフォームを着た選手が第2集団から思い切って飛び出します。その選手とは、過去2回東京マラソンで2位に入った実績のある藤原新です。藤原新は、他の日本人選手に一緒に先頭集団を追い駆ける事を手招きしながら促すも、誰もその誘いに応じず、結局そのまま一人旅となります。最初のうちは、藤原はしきりに後ろを気にするも、レースの進行とともに日本人選手主体の第2集団を引き離し、次第に前方を走っていたアフリカ勢の背中を捕らえ始めます。ゲブレシラシエと前回優勝者のハイル・メコネンの2人のエチオピア勢が先頭を引っ張るも、35km過ぎから目っきりペースが落ち、まずメコネンが遅れ始めます。38km付近では、ゲブレシラシエが後ろから追ってきたマイケル・キピエゴ(ケニア)に抜かされ、先頭を明け渡します。更に、藤原新と並走していたスティーブン・キプロティチ(ウガンダ)がスパートを仕掛け、ゲブレシラシエを抜き去り2位に浮上します。

レースはキピエゴがそのまま先頭のゴールテープを切り、2時間7分37秒で大会初優勝。そして、本当に見応えがあったのは2位争いでした。まず41km過ぎに藤原新がゲブレシラシエとの差を詰め、一気に抜き去ります。更に畳み掛けるように藤原は果敢に猛追し、ついに42km手前でキプロティチを執念で抜き返し、2位でフィニッシュ。藤原新はキピエゴに11秒差に迫る2時間7分48秒の好タイムで日本人選手最上位となる2位に入り、ロンドン五輪代表の最有力候補に名乗り出ました。惜しむらくは、世界のトップと戦える最低レベルである2時間6分台をマーク出来なかった事ですが、日本人選手としては2007年の福岡国際マラソンの佐藤敦之以来、実に5年ぶりとなる7分台を叩き出しました。近年は衰えを隠せなかったとはいえ、日本人選手がマラソンで皇帝ゲブレシラシエに勝ったのは今回が初めてだったので、まさに衝撃的なレースでした。藤原新は、前回の北京五輪では補欠に甘んじ、更には本番で大崎悟史が故障で欠場したのにも拘らず、陸連の不手際で出場できなかった悔しい過去があるだけに、少しは無念を晴らしたでしょう。

あらためて思うのは、実業団選手の情けなさですね。企業に所属してない藤原新は個人として活動するプロのマラソンランナーですが、現在はスポンサー契約をしておらず、本人曰く「プータローランナー」だとのことです。つまり、今回の結果は、走ることで給料を稼いでいるはずの実質プロの実業団選手が、貯金を切り崩して活動している無職の選手にも完敗を喰らったということです。川内は今大会では14位に終わって振るいませんでしたが、現在の実業団選手は、フルタイムで仕事をこなしている厳しい練習環境下の無名の市民ランナーにも完敗を喰らうぐらいレベルが低下してます。これでは、実業団選手は普段どんな練習をしているのかが問われます。ましてや、形式的には「企業アマ」の実業団選手は、競技環境や生涯賃金ではプロ選手や市民ランナーよりも遥かに恵まれているのだから、完全に面目丸潰れです。

今回のレースで最も象徴的だったのが、藤原新が一緒にスパートすることをあれほど催促しているのに、他の実業団選手が自重して全く応じなかったことです。要するに、「日本人1位」の座を狙う為に、藤原新が落ちて来るのをただひたすら待っていたということです。しかし、今回のレースで最後の12.195kmが最も速かったのは、実は藤原新でした。昔と違って、現在の世界の主要レースは好記録を出させる為に平坦なコースが殆どなので、終盤に疲れた選手を拾って上位に食い込む戦い方は完全に時代錯誤です。ましてや、現在の男子は真夏のレースでも高速化してます。自分から仕掛けるだけのスピードを養成し、更には終盤での駆け引きを身に付けない限り、世界のトップを相手に勝機を見出すことは不可能です。藤原新は世界の本当のトップと比べるとまだまだですが、少なくとも、陸上競技には存在しない種目である駅伝に明け暮れて、本業を片手間に行っている実業団選手よりかは遥かに有効な練習をしていたということです。おまけに、勝利に対するハングリー精神まで足りないのだから、プロ選手に勝てるはずが無いです。

勝負事である以上、競技環境が良いに越したことはありません。しかし、駅伝偏重の今の実業団システムは、歪んだ投資の結果、高速化に全く対応出来ず、世界のトップから完全に置いてけぼりにされているのです。幸か不幸か、駅伝は国内においてそれなりに需要があるので、長距離選手を抱える企業にとっては、日の丸を背負って世界を渡り歩いて腕を試すよりも、自社企業の看板を背負って駅伝で日本一を目指す方が遥かに宣伝効率がよいのです。実業団のこうした姿勢が、結果的にマラソンの強化を著しく妨げてます。まるで、国内でしか通用しないシステムに固執してガラパゴス化した日本企業が、国を挙げた業界再編によって国際競争力を身に付けた韓国企業に、今まで築き上げてきた世界市場を食い荒らされて沈んでいく姿を彷彿とさせられます。

今のままだと、日本の実業団は「茹でガエル理論」の如く、座して死を待つ状態となります。つまり、慣れた環境に浸りすぎて変化に全く気付かず、変化だと察知できた時点では遅すぎて手が打てなくなるということです。


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2 コメント

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レース経験がモノを言うのに・・・ (こーじ)
2012-03-01 23:26:43
 数年前ゲブラシラシエが‘日本人は何でレースを走る前にあれほど走り込みなどの準備をしなければならないのか’と不思議がってましたが、まさしく最近の日本人トップランナーは出場するレースを年に1・2レースに減らして走り込み合宿と駅伝に邁進する始末。

 賞金レースの影響で殆どのコースがフラットになっているのでトラックのスピードを磨くか
多くのレースで実戦経験を積むかのどちらかなのに実業団のランナーは・・・という感じですね。

 藤原や川内らは多くのレースに出て実戦経験を積んでいるタイプですけど、いかんせんスピードが不足なので本番では厳しいでしょうけど
シドニーや北京のランナーよりは恥をかかずに済みそうですね。

 それにしても藤原は4年前の無念を晴らした形になりますが、実績を考慮して補欠に回され欠場者が出たにも拘らず出場させてもらえなかったのは実業団至上主義の陸連の嫌がらせか?と邪推したくなりますね。
(川内なら北京の時のような欠場者が出て急遽という状況なら出場するでしょう)

 どうも陸連は実業団スタンダードに凝り固まってますから、そろそろプロランナーを奨励しないと男子バレーのようになりかねませんね。

 とにかく実戦は猛練習を凌駕するという言葉が今の日本マラソン界に贈ってやりたいです。
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コメントありがとうございます (猫なべ)
2012-03-03 20:47:53
こんばんは、こーじさん

明日のびわ湖の結果にもよりますけど、少なくとも川内を凌駕できる選手が出ない場合は、いっそのこと、日本はロンドンには3人ではなく、藤原と川内の2人だけ派遣で十分だと思いますよ。

ハッキリ言って、今の実業団の長距離選手なんて所詮は“駅伝選手”に過ぎません。
彼らにとって、五輪は勝負の場ではなく、将来食いはぐれない為の肩書きを得る為の手段としか思ってないでしょうね。
あんな向上心の無い連中に金をつぎ込むぐらいなら、女子短距離と投擲種目に投資した方が遥かにマシです。
それに、実業団の連中は、五輪本番でも「日本人1位」の座に拘って、まともに勝負すらしない可能性すらありますから(笑)。

ちなみに、陸連は、北京では男女とも補欠登録の不手際をやってます。
たしかに、マラソンは長期間掛けて調整するので、直前にお鉢が回って来ても十分な対応は不可能です。
だけど、この時の本当の理由は「選手団全体の定員超過」です。
つまり、実力の無い選手や使い物にならない役員を無駄に派遣させたので、選手団全体の枠が溢れてたということです。
この結果、調整が難しく、補欠選手が出場しても結果が期待できないマラソンの補欠が真っ先に削られたのが真相ですね。

五輪の派遣費用には、血税が少なからぬ入っているのだから、「参加する事に意義がある」しか取り得が無い選手なんて、ハッキリ言って要らないですね。
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