うんどうエッセイ「猫なべの定点観測」

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ソチ五輪で悲願のメダル奪回に向けて背水の陣を敷く日本スキー界

2012年03月20日 | ウィンタースポーツ
3月17~18日に行われた大会をもって、今季のスキーの各種目のW杯が終了しました。ジャンプの男子は、今季4勝を含めて表彰台に9度上った伊東大貴が自己最高の総合4位に。日本の男子選手が総合10位以内に入るのは、2003-2004シーズンに葛西紀明が8位に入って以来、8季ぶりです。ちなみに、伊東の4位は、1998-1999シーズンに船木和喜の3位以来13季ぶりなので、好成績でした。今季から初めてW杯が行われたジャンプの女子は、中3の高梨沙羅が全13戦中4戦欠場したにも関らず、総合3位に入賞し、蔵王での第11戦では初勝利を挙げました。また、複合では、渡部暁斗が全23戦に出場して、優勝4回、2位3回、3位2回と合計9度も表彰台に上り、一時は1994-1995シーズンの荻原健司以来の総合優勝が見える位置まで大躍進を果たしました。

W杯で優勝したこの3人以外にも、ジャンプ男子では竹内択が第12戦の3位を含めて、8位以内に6度入り、自己最高の13位に入りました。複合では、加藤大平が最終戦で3位に入り、渡部の弟の善斗も第5戦で8位に入ってます。アルペン男子では、湯浅直樹が回転の第8戦と第9戦でそれぞれ5位に入り、第1シード(15位以内)には届かなかったものの、回転で総合20位と自己最高の成績を収めました。距離の女子では、石田正子が第18戦の30kmクラシカル・マススタートで5位入賞を含めて一桁順位に4度入り、ディスタンス部門で総合13位と健闘。モーグルの女子では、伊藤みきが2度の表彰台を含めて、全13戦中半数近くで上位入賞を果たし、総合7位と健闘しました。今季の日本勢は、各種目とも善戦したと言えるでしょう。

今季のW杯で初優勝した伊東と渡部の2人にはある共通点があります。それは、全日本スキー連盟(SAJ)が選んだ「ナショナルチームランクA」の強化指定選手であることです。この制度は、SAJが各種目ごとに、成績に応じてA~Cの3段階にランクし、選手に大会の遠征費用や合宿参加費用などを負担する制度です。ランクAの選手は、費用が全額補助されることに加え、大会の出場を確約されるなどの優待を受けられます。しかし、ランクAの指定は、世界のトップレベルで活躍するごく一部の選手のみにしか与えられません。一方、ランクBの選手は75%、ランクCの選手は50%をSAJが負担します(つまり、選手に自己負担が発生)。今季のランクAの選手の内訳は、ジャンプ男子と複合が各1名ずつ(伊東・渡部)、ジャンプ女子が3名(高梨・伊藤有希・渡瀬あゆみ)、アルペンは4名(湯浅・佐々木明・星瑞枝・清澤恵美子)、距離は石田、スノーボードは藤森由香の合計11選手です。なお、フリースタイルは上村愛子が今季から復帰するも、昨季は競技実績が皆無なので指定から外れた為、2年連続でランクAの選手は不在です。

実は、昨年に、SAJはこのランクAよりも上の制度を特別に新設しました。それは、「特別強化指定選手」です。この制度は、ランクAの選手と同じく遠征費用の全額負担だけでなく、スポーツ医科学面での支援も受けられます。更には、遠征や大会参戦など計画外の新たな要望があれば、SAJが全額負担し、合宿も他の種目に優先して行うことが出来ます。昨年4月に、SAJは2014年ソチ冬季五輪でのメダル獲得に向けて「メダル奪回戦略室」を設置し、昨季の世界選手権の結果を元に、伝統種目には拘らずにメダル獲得が望める競技や選手を絞り込むことを、競技本部に対して助言。そして、同年7月にこの制度を作った経緯があります。

では、なぜSAJがこの制度を作ったのかというと、近年の不振脱却を図る為です。日本のスキーは、2002年ソルトレークシティ五輪で銅メダルを獲得したモーグルの里谷多英以来、2大会連続で五輪のメダル獲得に失敗してます。1990年代まで強かったノルディックだと、地元開催だった1998年長野五輪でジャンプが4個のメダル(金2・銀1・銅1)を獲得したのを最後に、実に3大会連続でメダルから遠ざかってます。なので、ソチ五輪で悲願のメダル奪回を図る為に、この大会から新種目として正式採用される女子ジャンプの高梨と伊藤の2人を特別強化指定選手に選びました(→詳細はこちら)。国際大会での活躍と、まだ歴史が新しくて選手層が薄いことを考慮したのが理由です。今季の伊藤は不振でしたが、高梨が大活躍できた背景には、SAJの肝入りで作った制度の恩恵や、W杯を自国で開催して世間一般に広く存在をアピールするなど、強化にかなり力を入れた成果なのは間違いないです。

一見すると、SAJは強化に本腰を入れているので、お金が裕福な団体のように思えますが、実際は全くの逆で、常に金策に悩まされてます。平成24年度のSAJの事業計画および収支予算書(2011年8月1日~2012年7月31日まで)に目を通すと分りますが、昨年度の予算は約8億7500万円だったのに対し、今年度の予算は折からの経済不況によりスポンサー収入と会員登録料収入が減った影響で約7億8400万円と、前年比で約9100万円も減少(ちなみに、昨年度の予算は前年比で3割減)。当然、選手強化にも影響を及ぼし、選手強化費全体では約3億9000万円計上されてますが、前年比だと約7500万円も削減され、殆どの種目でランクAの強化指定選手が前年より減らされてます。追い討ちを掛けるように、不況で企業の休廃部が相次ぐなど、トップレベルの選手の競技環境が悪化し、国際競技力は当然低下。世間からの注目度が低くなって、スポンサーの撤退を招いてます。それに、国内スキー界は、トップレベルの競技力低下だけでなく、少子化や娯楽の多様化に伴って1990年代前半をピークにスキー人口が激減し、スキー場も経営不振で閉鎖が相次ぐなど、「産業」としても深刻な状況なのです(→詳細はこちら)。まさに負のスパイラルに陥ってます。

悪循環を断ち切る為に、五輪でメダル獲得することで現状打破を目論んだSAJは、今までのように多くの種目を満遍なく面倒を見るのではなく、選択と集中によって、限られた強化費を得意な種目に特化して集中的に強化する方針に改めました。先述の「特別強化指定選手」を新設したのは、まさにその一環です。なお、今季までは種目ごとに強化指定選手を決めていたが、五輪のプレシーズンとなる来季からは種目の垣根を取り払い、五輪でメダル獲得の可能性が高い種目のみに絞って徹底的に強化する方針に改めます(→詳細はこちら)。早い話が、来季は全種目共通で厳しい選考基準を適用するので、今季よりも強化指定選手の人数が減ることを意味します。ちなみに、そり競技(ボブスレー・リュージュ・スケルトン)もスキーと同様に、各種目への均等配分を改めて、活躍する可能性が最も高いスケルトンのみを重点的に強化してます(→詳細はこちら)。要するに、ウィンタースポーツは、資金難に喘いで競技人口も限られるので、「集中強化方式」を採用して活路を見出すということです。

たしかに、分母を減らすこの方法だと、効率よく選手強化が出来る反面、ごく一握りのトップ選手のみを鍛えるので、選手層を厚くすることが難しくなるデメリットがあります。つまり、手間隙かけて育てた強化指定選手がコケたら、取り返しの付かない打撃を被ることを意味します。各種目の強化指定選手に選ばれた人数にもよりますが、もしかしたら団体戦のメダル獲得は厳しくなる可能性があります。また、予算を減らされて見捨てられた種目は一気に衰退を招きます。やむを得ない事情があるとはいえ、賛否両論があるSAJの今回の戦略は、まさに諸刃の剣だと言えるでしょう。現時点では、来季の強化指定選手はまだ未定ですが、選手の人選や強化費の配分によって、日本はどの種目を本気で戦うのかが鮮明になります。ただ、強化指定選手に選ばれた選手たちは、あらゆる犠牲と引き換えに作り上げた新体制を背負い、更には「日本スキー界の再興」という重責を担って戦うので、プレッシャーはかなり大きいです。それだけに、2年後に成果が実ることを心から祈りたいです。


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