ぶろぐ猫の目

笑う門には福来る・・
実験中

あの頃僕らはアホでした 残飯製造工場

2024-01-29 06:53:57 | どうでもいい話



残飯製造工場


あのころ僕らはあほでした。猫氏シリーズ
本編の東野圭吾さんは、当時の給食について
とても食えたもんやない。
みんな、毎日残して残飯と化していた。
養豚業者がその残飯を毎日引き取りに来ていたという話。

私の小学生の頃の給食もたいがいでした。
主食は、コッペパン2個、牛乳は瓶入りの「牛乳」でした
1つ前の世代は、牛乳ではなく脱脂粉乳だったそうです。
あと、小さいおかずと大きいおかず。
デザートがある時もありました。
アルミの皿にパンと小さいおかず。アルミのカップに大きなおかず
先割れスプーンで食べます。
大きなおかずは、基本煮物。
それも必ず豚肉が入ってます。
当時の豚肉なんか、びらびらで脂ばかりの肉でめっちゃ臭かった
今のように「しゃぶしゃぶは豚のほうがうまい」なんていう人がいるくらい
良くなってますが、当時はありえない話
豚は、豚でした、食感もぶよぶよで気持ち悪かった。

小学入ってすぐ、その洗礼を受けたわしは
いかにそのまずい大きなおかずの中の豚肉を
始末するかに知恵を絞ってました
食ったらはきそうですもん

編み出した技が、食ったふりをして地面に落とすという技
当初はうまくいってましたが、自分の机の下に肉が落ちてると
先生に怒られるので、落とした肉を手で受けて
それを机の下から隠して放ってました

それをクラスメートの女に見つかって
告げ口されて、宮本というおばさん先生にめっちゃ怒られて
拾って食べさせられました。
トラウマですw

ちいさなおかずは、何があったかあまり覚えてませんが
1つだけ覚えてるのが、クジラの竜田揚げという一品
クジラの赤身肉に衣をつけて揚げたもの。
ケチャップがかかってておいしかった。
かみ切るのに相当あごの力がいりましたがねえ

コッペパンは、食パンに変わる日もありました
毎日ジャム(イチゴかマーマレード)かマーガリンがついてました
コッペパンを食べきれないときは、机の中かランドセルに入れてました
それも裸でつっこんでました。

ランドセルの中は、パンくずだらけ
学期末に、机の中のものを持って帰るときに
悪い点のテストや、プリント用紙を引っ張り出すと
固く固まったパンが出てきましたなあw

悪い点のテストで思い出しましたが
悪い点のテストを学期末に持って帰るのですが
とても親に見せれるものでもなく
全部丸めて通学路のどぶに捨てて帰りました

そしたら、だれかおせっかいな奴が
それを拾って、うちの郵便受けに入れやがって
おかんにめっちゃ怒られました
恥ずかしいと、どうせ捨てるならいい点数のやつを捨てろとか
わけのわからんことを言ってました

そんなことはどうでもええんですけど
ほんと給食はまずかったw



コメント (2)
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