創造的深化

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罪の概念と罰の形成

2015-12-06 16:18:47 | 共同幻想
罪の概念と罰の形成
 家族はセックスを基盤とする共同体で、性の親和と性の自由さがある。いっぽう親族は性の親和と性のタブーが基本となっている。この親族組織が族外婚を開始し、氏族制社会へと拡大していくにつれ、性のタブーが個々の自閉する家族にも浸潤し、しだいに長い年月を掛けてタブー化されていく。やがて、部族国家という、国家の要素を備えた規模になることで個々の村落共同体の規範は外側からしだいに強化され、家族内の性のタブーも意識されるようになっていった。結果として、それらの規範は村落法としてやがてまとめられ、自然法的な内容で整備される。ただ、原始村落共同体では村内法を犯しても、また処罰という因果応報思想はなく、その行為や出来事は見えざる霊によると思われていた。そのため、霊を祓い清める行為で対処する。タブーへの規範は祭儀行為として扱われていたと考えられる。
 その内容は、雨が降らないのは天の神のせいだから雨乞いをする。あるいは、コウモリが家に飛び込んできたのは、たたりがあるから清祓行為で清める。また、時間性を獲得し、夫婦関係が理解できてきた段階では、親族は近親相姦をタブーにしていたが、家族内も母子相姦や父子相姦、あるいは兄弟姉妹相姦を禁じ、そうした場合は清祓行為おこなっていたと考えられる。当然、部族が拡大するにつれ、またさらに上位の大和朝廷が横合いからかすめ取るように、それぞれの地域の共同体を支配。その際、個々の村落共同体にある宗教や規範、掟などの村落内のみに通用している内容を、それらには手を付けずに上から覆うように新たな法を設けていった。新たな法を大陸系農耕規範である天津罪として農耕に関係した掟をまとめ、そこで従来の村落法を国津罪としてまとめていった。大和朝廷の支配法を天津罪として定めていったものだ。国津罪は主に自然法的で、病気・災害を含み、現在の観念では「罪」に当たらないものもある点に特徴がある。

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