創造的深化

より納得のできる未来を、考えてみるには・・・

家族共同体の現在

2015-08-10 16:03:10 | 対幻想
 家族共同体の現在
 1 全体社会の中の個にまで分解する
 2. 全体社会との明瞭な区別を失い、家族としては解体しつつある。
 3. 経済的な意味からも、対幻想の結びつきの意味からも、崩壊にさらされている。    1 崩壊させる力は、全体社会の噴流する力
2 個としての男が、個としての女を特定できない
つまり特定の女性が、特定の男性を決定できない。
    (かつての氏族内婚から氏族外婚へと移る過渡的段階と符合する)

アジア地域の平和安全保障網を日本主導で確立

2015-08-10 12:48:58 | 歴史
アジア地域の平和安全保障網を日本が主導しよう
 中国は日本に対して「歴史問題をきちんと頭に入れた上で、アジアの平和と安定に尽力してほしい」という外交談話が入ったいる。また韓国にしても「地域平和に貢献して、透明性を維持してほしい」という外交部報道の談話が入っている。他のアジア諸国や欧米、中南米諸国も、「日本はさらに国際平和に貢献すべきだ」という声が多くある。それは軍国主義の復活ではなく、平和憲法の下での真の積極的平和主義の貫徹を期待しているという意味だ。
 それにはいつまでもアメリカの顔色を伺い、「いつでもアメリカ軍をサポートできますよ」というアメリカ追随の日米安全保障条約や日米ガイドラインの締結で、ひたすらアメリカ向けだけの防衛政策や外交をやっていては、自立した国際新秩序の平和構築や平和貢献はできない。いち早く米国依存外交から脱却することだ。
 そして近隣諸国との緊張を打開するために、「日中平和安全保障条約」や「日韓平和安全保障条約」を主導的に締結を進めていくことも当然あるべきではないか。さらには、アジア平和安全条約網を日本が中心となって確立していく。こうした取り組みで、アジアの緊張は話し合いと譲り合いで緩和し、平和と経済連携の主導的な外交努力の貢献をすべきではないか。
 アメリカ軍は中国とは安定的な経済連携を望んでいるのは明白なことだ。むしろ、争い事やトラブルなどはアジア諸国相互で解決してもらいたいと公言している。例えば日中韓のトラブルは相互解決を望むと、すでに引き下がっているではないか。日本は、こうした現状を軍事力の制圧し、緊張から平和を維持し、いざとなれば国民同士が殺戮しあう戦争すら実行しようという安倍政権のような危険な選択はぜったいにしてはならない。それではアメリカ外交の思うつぼだ。ドイツのような賢明な自主外交を知力を尽くして進めていくのが、これからの未来志向の国際政治貢献というものだ。アメリカ属国外交は、日本を自滅させてしまうのは眼に見えていることだ。

現在の政治的衝突は国家観(共同体イメージ)の違いが原因

2015-08-10 11:32:18 | 政治   
現在の政治的衝突は国家観(共同体イメージ)の違い
 今、安倍晋三が目指している「美しい国を取り戻す」という、取り戻したい国のイメージと、一般の大多数の国民が抱いている「国」のイメージとは異なっている。
 安倍晋三の国家観は明治以降太平洋戦争までの古いもので、無意識の内に住民が「国家」にすっぽりと包まれ、社会で暮らす住民も土地も生産物も、すべてが「国家」に含まれているというものです。これは特に東洋的な特徴のある国家観で、さらにさかのぼると中国からの影響を受けています。無意識の内に社会も、家も土地も国のものであり、そこに暮らす国民も国のものだというイメージがふくまれてしまっています。つまり、特別な場合を除いて、全部が国家の所有物です。さらに推し進めてしまうと、生命そのものはお国のためのものであり、その住民がお国の土地を耕しているから、なにか国にいわれれば土地も国に差し出さなければならない。戦争で他国と戦うとなれば、お国のために国民は命を捧げなければならない。これがとても古いアジア的な国家観の根底にあります。
 これに対して、多くの私たちが現在抱いているイメージとしての国家観は、西欧的な国家観ですから、当然異なってしまいます。「国家」という場合は「政府」と実務機関である所管省庁をさし、社会はその下にあり国家とは異なり、人々はその社会で日常生活を営んでいます。つまり、国家と社会は明瞭に切り離され、別物です。民主主義は立憲主義法治制度として、国民が主権者であり法に基づいて権利義務関係が保たれています。これが性美味し層から移入された、戦後70年を経過した我が国の政治の在り方です。市民社会は完全に政府とは切り離されてはいますが、一部は政府の管理の下で運営される。この政府の統制が弱くても済むほどに、つまり統制力が少ないほど、そこに住む住民の自由さは拡大します。
 ところが、ここで問題は第一の類型であるアジア的な古い国家の共同体イメージを払拭できず、完全に誰もが自己否定できないままに、戦後の民主主義政治が日本では実行されてきています。これは各個人が抱く共同体イメージですから全員が西欧型の民主主義思想に感化されて、頭の切り替えができないと国家運営そのものが混乱し、ばらはははばらに政治の運営になってしまいます。それが、現在の日本の政治状況の混乱であり、ぶつかり合いです。一方はアジア的古来の共同体イメージで国の運営をしようとする。他方は、戦後の民主主義思想の共同体イメージで政治は運営されるべきだと考えている。つまり我が国は、模倣の国として国の在り方や政治、産業、経済などがの歴史が進められてきています。70年ではすべての人々が戦後の西欧的な政治思想を理解できてはいない。それが原因で、安倍独裁政治と、民主主義をも求める大衆との衝突が、より鮮明に表れてきたという状況です。