明源寺ブログ

浄土真宗本願寺派

蓮花寺過去帳(3)と歎異抄第二条

2010-04-21 12:04:28 | Weblog
天皇方に幾重にも包囲された北条仲時は、悲壮な決心を一同に打ち分けるのである。「太平記」のなかでも屈指の名場面。『武運ようやく傾き、北条家の滅亡も近いと知りながら、なお弓矢とる者の名を重んじ、日頃の交誼(よしみ)を忘れずに、ここまでついて来てくれたお前達の志は、言葉に尽くしえないほど有難い。しかし、一家の命運もすでに尽き、謝礼の方法もないのだから、せめてお前達のために切腹して、生前の恩を死後報いたい所存。仲時は愚かながらも平氏一門(注・・北条氏は平氏の流れを汲む)に名を知られた者であるから、敵は必ず私の首に懸賞をかけて探すであろう。わしの首を持っていけば、大名に取り立てるくらいのことはするかも知れぬ。さあ、早くこの首をとって源氏(注・・・足利尊氏は源氏一門)の手に渡し、今までの罪をおぎなって忠勤に励むがよいぞ』と語るや、北条仲時は、鎧(よろい)をぬいで、膚をおしひらき、腹をかき切ってうつ伏した。つまり、全員注視のなかで切腹したのである。
この光景を見るや、糟谷(かすや)宗秋は鎧の袖で涙をおさえながら『この世では、ご最後のありさまをおみとどけましたが、冥土へいっても決して離れません。しばらくお待ち下さいませ。死出の旅路お供つかまつります』と、刀の柄口(つかぐち)まで突き刺さっていた北条仲時の刀を引き抜き、自分の腹に突き立て、仲時の膝(ひざ)に抱きつき、折り重なって倒れふした。続いて、佐々木隠岐前司清高、二階堂伊予、陶山治郎等、次々と切腹していった。その数は、432名に達した。集団自決である。この集団自決が、蓮花寺(当時は、一向堂)の境内で行われたのである。太平記には、『血はあふれて川のように流れ、死骸は庭に充満して、目もあてられず、言語に絶する惨状なり』と記す。
あまりの惨状に、当時の蓮花寺住職である同阿良尚は切腹した武士の姓名と年齢・法名を過去帳に書き残した。これが有名な蓮花寺過去帳(正式には、陸波羅南北過去帳)である。(重要文化財)この過去帳には、189名の名前が書かれている。今回、改めて過去帳を拝見したが、驚いたことがある。年齢である。最年少は14歳。17歳・18歳・19歳と若者が非常に多い事である。彼らは、どのような思いの中で切腹していったのであろうか。それにしても、鎌倉幕府滅亡を飾る見事な最後であった。これが、中世の鎌倉武士であった。主(あるじ)と頼んだ男から『死ねや』と言われたら『承(たまわ)る』と答えて、笑って死地におもむいた中世鎌倉武士の精神である。戦国末期の名門武田氏の滅亡と比較せよ。天目山にたどりついた武田勝頼率いる武田軍は、もう軍勢の体をなしてなかった。哀れを誘う最後であった。同じ武士でも、これだけ違うのである。
思いおこす事がある。歎異抄第二条の言葉である。第二条は、歎異抄の中でも最もリアルな場面と言われている。『略 親鸞におきては、ただ念仏して弥陀に助けられまひらすべしと、よきひとのおほせをかぶりて、信ずるほかに別に仔細(しさい)なきなり 略』。有名な箇所である。
私の現代訳。『余人は知らず、この親鸞におきては、「ただ念仏して、阿弥陀如来に助けられなさい」と、よきひと、法然上人の仰せをこうむって、それをその通りに信ずるほかには、別に何もなにのだ』と親鸞聖人は言い切られた。常陸国・下総国から十余ヵ国の国境を越えて、往生極楽の道を問い聞かんがために京都の親鸞聖人ものへ命がけでやってきた門徒達に向かって言い放ったのである。この言い方はすざましい。日本刀で一刀両断するがごとくのすざましい言葉である。すざましい言葉であるがゆえに、聖人もまたいのちをかけてこういわれたのである。おそらく、その場は恐ろしい程の殺気・緊迫した空気であったであろうと思われる。
この場面の核心は、「ただ念仏して」の「ただ」である。中世日本人の発する「ただ」には、磐石(ばんじゃく)の重みがある言葉である。難しい理屈はいらぬ。「ただ念仏するだけである」。親鸞聖人は、法然上人から「ただ念仏せよ。そして、弥陀にたけられよ」と言われたのである。親鸞も時代の人である。この一言は、心の奥深くまで染み渡ったであろう。現在の私達僧侶が使う「念仏申す生活云々(うんぬん)」のような聞きざわりのよい言葉とは、言葉の重みが違うのである。この事をよく理解すべきであろう。こころの底からの割り切った場合のみ、「ただ」の言葉が存在した。
中世鎌倉武士は、主から「ただ死ねや」と言われてたら、「ハイ」の返事と実行のみがあった。蓮花寺の432名の切腹は、雄弁に物語っているのである。
写真は、陸波羅過去帳(蓮花寺過去帳)である。名前下の年齢に注意。18歳・19歳の文字が見える。同阿良尚は、189名の名前を記した。(続く)

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