明源寺ブログ

浄土真宗本願寺派

除夜会に思う

2008-12-31 21:26:17 | Weblog
 今年も残すこと後2時間余り。浄土真宗のお寺である拙寺では、今年も除夜会が午後7時より勤められました。寒さが厳しい事もあり、参詣された方々は十数人でしたが、子供達も2名お父さんに連れられてお参りしてくれました。
 調度、除夜会が勤められようとする時、本堂のすぐ裏から「クー」という鹿の鳴声が聞こえてきました。幾ら田舎と言っても、こんな身近で鹿の声は初めての経験。山から降りて来たのだろうかと不思議な気持ちになった事です。
 さて、除夜会ですが「正信偈」の勤行の後、愚僧の法話を聞いていただきました。親鸞聖人の御和讃(ごわさん)より
 染香人(ぜんこうにん)のその身には
 香気(こうき)あるがごとくなり
 これをすなわちなづけてぞ
 香光荘厳(こうこうしょうごん)とまふすなる
を引用させていただき、法話を申し上げました。
 良いかおりのお香のかおりが身についている人は、その身からすばらしいお香のかおりがただよいます。平素から、お念仏する念仏者は、阿弥陀様の智慧のかおりで荘厳されますから香光荘厳の念仏者ともうします。となりましょうか。これは、お念仏を喜ばれる人は、そのお念仏の喜びが必ず周囲の人々にも伝わっていきます。つまり、極めて困難な経済状況の中で、なにものにもどうじないお念仏かおるご家庭をきづいてくださいという愚僧からのメッセージでありました。皆さん、よいお年をお迎えください。

おかがみさん

2008-12-31 16:12:44 | Weblog
 仏様に御供えする御鏡さんも各種ありますが、やはり御本尊の阿弥陀様にお供えする御鏡さんが一番大きくなります。その製作は、住職の仕事と決まっています。これが出来て一人前の住職。愚僧も住職の端くれでありますので、父親の亡き前住職から受け継いで以来、緊張と感謝しながら御鏡さんをつくらせていただいております。(写真は、阿弥陀様に御供えする大鏡餅です)

田舎のお寺の正月準備

2008-12-31 15:49:44 | Weblog
 お寺の正月準備で、一番大切な事。それは何と言っても阿弥陀様に御供えする御餅である御鏡さん(おおきな御餅のこと)です。拙寺では、12月30日の午前4時から御鏡さんの為のモチツキと決まっています。
 30年ほど前までは、日本の家庭ではどこにでも存在した「かまど」、三重県北部では「おくどさん」と呼びますが、今では家庭のオール電化等で絶滅危惧種に入っていると思われます。しかし、拙寺では「もち米」をふかすのに今でも現役で頑張っています。温暖化と言いましても、冬の午前4時。「かまど」の前の火の当番が、一番の人気スポットです。

菩提樹を説明する案内板ができています

2008-12-27 16:06:10 | Weblog
 拙寺の境内に、根本から4本に枝分かれした菩提樹の巨木があります。菩提樹は、お釈迦様とも極めて関係の深い樹です。その菩提樹の説明をする案内板が、明源寺仏教壮年会の寄進により設置されました。拙寺の菩提樹は、今の本堂が建立された時に記念として植樹されたものと伝えられています。毎年、梅雨の季節の6月20日頃になりますと黄色い小さな花を一杯につけ、柑橘系のなんともいえない甘い香を境内に漂わせます。是非、一度その香を体験してください。お待ち申し上げます。
 

初雪

2008-12-27 00:46:57 | Weblog
 信州から、雪と供に帰った訳ではありませんが、12月26日に三重県北部の山間地の拙寺周辺でも初雪がふりました。境内の親鸞聖人像も、雪帽子のお姿になりました。

忘れられた戸隠の親鸞聖人伝説

2008-12-26 23:46:34 | Weblog
 戸隠と言えば、戸隠ソバで有名です。しかし、この戸隠にも親鸞聖人伝説があるのです。愚僧が、善光寺様参詣後に訪れた戸隠は、昨日(12月23日)から降り積もった雪で真っ白でありました。戸隠の中心である中社に親鸞聖人の御旧跡は存在しています。
明治の廃仏により、今は全山が神社となっていますが、江戸末期までは神仏習合の戸隠修験として有名でありました。
 さて、伝説によれば親鸞聖人が戸隠に来られ、比叡山時代の旧知、寛信の寺である中道坊・行勝院に百日程滞在になったという。このお寺が、現在は宿坊 武井として存在しており、宿坊の前には大きな親鸞聖人御旧跡の石柱と木柱がある。よく見ると、あきらかにお寺の本堂と思われる大きな屋根が存在していました。明治までは、お寺の住職。明治以降は、神職とし現在に至っている事になります。
 宿坊の境内には、親鸞聖人堂があります。宿坊の方に許可をいただき、唐戸を開けると中には親鸞聖人の御木像と明治まで中道坊・行勝院の御本尊であった釈迦如来像が、その他の宝物と供に安置されていました。親鸞聖人の戸隠伝説は、親鸞聖人正統伝という江戸時代に真宗高田派の僧侶により書かれた本に詳しく記されています。(写真は、宿坊 武井前の親鸞聖人御旧跡としるされた木柱と石柱。雪におおわれ真っ白でした。)