戦後の風景から あまり変わらない「堀川中立売り」であるが 転落事故後 カーブ手前で一旦停止が義務ずけられた その後 写真では判りにくいが 信号機が設置され 古レールで柵が設けられた この「堀川通り」は 戦時中強制疎開になり 写真電車の左側から「堀川丸太町」まで「堀川京極」があり 当時日常の買い物に利用していた 電車左側の 不気味な建物は 旧「川勝銀行」の 名残りで「堀川京極」の入口に建っていた 因みに 現在の 「堀川通り」「御池通り」「五条通り」等は やはり戦中の強制疎開で 広くなった道路である
写真:小生撮影 文責:小生 012-09