京都市は大正7年7月に京都電気鉄道(株)を買収し京都市電として運用開始したゝめ広軌車両と狭軌車両を抱える事になったが元京電の路線で必要な路線を広軌に改軌していったので狭軌車両に余剰が発生し他社等にも売却されたりした、そこで狭軌(N電)車両を試験的に広軌車両に改造されたのが写真の車両(180形)「181」号車である、そして狭軌のまゝ昭和36年7月の廃止まで走っていたのが(N電)北野線である
因みにこの広軌に改造された車両の狭軌時代の車両番号をご存知の方あればご教示頂ければ誠に有難い限りでございますが・・・
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京都市電が稲荷線の京阪交差で京阪と市電が衝突、市電は1型
で木っ端微塵になりその代償として京阪石坂線の車両を譲り受けたのがこの写真の車両であり、京都市電では180形「182」号車
として運用されたが実際の運用は短かったようである 002
京都市は昭和23年に宝ヶ池で市営競輪を開始したが集中輸送を補うため京福叡山線(現叡電)に市電東山線「元田中」交差より「山端」(現宝ヶ池)までノンストップで乗り入れていたのがこの写真の京都市電一番の大型車両の1000型である、昭和30年に市電の集電方式がポールからビュウゲールに変更されたため中止された
京都新聞より 003