moving(連想記)

雑文(連想するものを記述してみた)

モラルを消費する試み

2005-02-04 | エッセー(雑文)
モラルを消費する試み
(最近の犯罪の共通項をさぐる試み)
性の逸脱行為と集団暴力(レイプ)
加害者と被害者のボーダーラインとしての集団自殺
貨幣の偽造
組織的詐欺
テロ・・・等
これらの犯罪行為が成立してしまう余地
それは個人主義的モラルが浸透していないことと
今まで何世紀か基盤としていた村落共同体的モラル
の崩壊によるように思える。
象徴的転機としては近年「国鉄」から「JR」にかわり
廃線された路線による村社会の切り捨てという経緯は
無視しえない国家の裏切りという出来事ではないか?
もともと価値観はいろいろな価値が沈殿積層した断層のように
露呈しているが、個人はその限界状況により
選択する術を狭まれ、個人の欲望が優先され、見かけのエゴイズム
社会では、村落共同体的規制は強制力を失い意味をなさない。
組織的あるいは集団的犯罪に発展するのは、集団に所属してる個人が
組織的犯罪に抗する術を知らないこと、個人モラルのあいまい性による。
家族を中心とする村落共同体的モラルが切り捨てられ、
親兄弟の親しい「おもいやり」の関係は他人に向けられることなく、
親兄弟にさえ敵意をむけざるえないような個人欲求第一主義社会
それを民間の活力とか競争力とか評する太鼓持ち評論家がいるかぎり、
ボーダーライン上の犯罪は増えるばかりだろう。
もともと被害者意識を自己イメージとして認識してる個人が
それを共通項として集団化し、加害者的行為に興じる。
加害者と被害者の曖昧性、見えない被害者、記号化した個人
としての意味しか見出せない稚拙な個人の集団、
見えない加害者に対しての復讐的意味合いをもつ犯罪。
それが特徴といえるのではないか?

性の集団レイプも妻からの一方的熟年離婚の増加という
現象の根は同じかもしれない。
性は三大生理的要求にすぎず、本来充足していれば、飽きるはず。
それが、個人を飢餓状況に追い詰めることを良しとする
労働システムとしての、現代の性のシステムに、
問題があるように思われる。
稼ぎがなくなった老いた伴侶をすてる行為としての熟年離婚、
多数の飢餓状況の男とそのはけ口としての女体という存在物、
生きた個人の顔が見えない状況、者ではなく物としての個人。
この貧しい見解を無視して、女性の権利欲求のみもちあげる
マスコミイズム。労働者としての効率を優先してるに過ぎない実相。
それは少数権力による多数支配という政治の様相を志向してる。
そして、集団自殺という集団殺人の行為はあきらかに復讐的行為
として認識されるべきだろう。もちろん精神的疾患として個人の
精神的状況を了解すべきだろうが・・・。
貨幣の偽造、詐欺、テロという反社会行為
稚拙な判断力、という一面もあるだろうが、体制にたいする不満
復讐心がその動機ではないか?
だからこそ、創造的建設にはつながらない。
村落共同体的モラルが廃退し、一人一人と出会えば皆良いこと言うのに
という素朴な建前に、かろうじて支えられてる現状。
(個人の善良性という建前のため、個人の悪意に対処する術をしらない。)
しかし、個人は精神的アレルギーに苛まれてる。
そして、郵政民営化という方向がさらに共同体モラルを衰退させないことを
祈るばかりだが・・・
(荒廃した地を行くポストマンという映画を連想する。)
個々人の出会いが匿名性を中軸に移行しては
関係性は希薄になるばかりのような気がする。