場合によっては昼から一杯やるつもりが、思いがけない好天もあり、飲まず食わずで夕方まで歩き通しました。ならば「大関」へ行くかというとさにあらず。野町という思いもよらない場所で酒場に飛び込みました。
野町というと、遠い昔に乗りつぶしで一度訪ねたことしかありません。これは他の路線に接続しない半端な立地によるところが大です。バスがひっきりなしに行き交う国道から折れ、弧を描く緩い坂を下ったところにある駅は、自身なじみの深いところでいうなら中央弘前をどことなく彷彿とさせます。表通りから外れた低い場所に、小さな電車が発着する雰囲気が、よく似ているとでも申しましょうか。
その駅前に片手で数えられる程度の呑み屋があり、四時過ぎに着いたときには早くも明かりがついていました。いずれも大衆的な、看過できない雰囲気が漂う店です。日曜でも呑み屋には事欠かない金沢だけに、持ち駒だけで十分間に合う状況とはいえ、同じ店の再訪ばかりというのも芸がありません。次に野町を訪ねる機会がいつになるかと考えたとき、ここで軽く一杯やっていくのもよさそうな気がしました。当たるも八卦、当たらぬも八卦の心境で、その中の一軒に飛び込んだというのが真相です。
「わり勘」なる大衆的な響きの屋号は、「酒場放浪記」にでも出てきそうな地元客御用達の店を連想させます。あの番組に出そうだということは、外す可能性も少なからずあるということです。
若干の懸念を抱いたのは、店先からのぞき込んだ店内の様子が何とも微妙だったからに他なりません。前室の扉をくぐって突き当たり、左を向いたところが入口で、その窓ガラスの上端から辛うじて店内の様子を窺えるのですが、写真付きのメニューが何枚も壁に掲げられているのがそこから見えたのです。その様子から、チェーン店と大差のない呑み屋である可能性が浮上しました。とはいえ、前室に掲げられた子付け、鱈鍋などの品書きには期待させるものがあります。店内には短冊の品書きも見え、てらいのない居酒屋の品々も揃っているのが分かりました。
このように、期待させる面がある一方で未知数な面もあり、野町で呑むという目新しさが最終的な決め手になったというのが実態ではありましたが、結果は吉と出てくれました。
玄関をくぐってまず視界に飛び込んだのが、カウンターの中央に鎮座する、厨房との仕切り壁を兼ねた大きな黒板です。壁にも短冊が所狭しと掲げられ、頭上には先ほど見えた写真付きの品書きが。カウンターの中央ではおでん舟が湯気を立て、客席から見て右に大皿、左にネタケースが配されます。目移りするような充実ぶりが冬の北陸ならではであり、これなら手元の品書きは基本的に必要なさそうです。
しかし、刺身、串焼き、揚物、一品、鍋、定食から麺類、カレーに至るまで、ありとあらゆる品をA4一枚に集約し、なおかつおすすめ品を見やすく示した品書きは、眺めているだけでも楽しいものがあります。もちろん価格は良心的で、頼んだ品は狙い通りの間合いで運ばれてきました。L字のカウンターだけでも10席以上、それに加えて半個室の小上がりが五つあるということは、決して小さい店ではありません。しかるに店主一人で全ての品を調理するという職人芸は天晴れです。「常きげん」が名入りのガラス徳利で供されるのも心憎いものがあります。
その店主と、揃いのトレーナーを着た女将、それに手伝いのお姉さんが店を仕切ります。店主と女将はこちらよりも一回り上といったところでしょうか。それにしては店構えが古いことからすると、今の店主が二代目、三代目なのかもしれません。この時間からカウンターに五人もの先客がおり、皆名前で呼ばれていることからしても、地元で根強い人気を誇る名店なのは一目瞭然でした。
そもそも野町という場所柄、よそ者が滅多なことで訪れるはずもありません。一見客は完全に浮いてしまいかねない状況です。それにもかかわらず、何一つ気兼ねなく酒を酌んでいられるのは、快活な三人組の客あしらいのおかげでしょう。よそ者だからといって無下にはしない、だからといって特別扱いもしないというほどよい間合いがありがたく感じられます。名酒場との思わぬ出会いが酒を進ませ、軽く一杯やるつもりが、腹も心も満たされました。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と実感した次第です。
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わり勘
金沢市野町4-3-6
076-244-2280
平日 1600PM-2300PM
日祝日 1600PM-2200PM
月曜定休
常きげん・立山
刺身五種盛
おでん二品
かぶら寿し
出巻玉子
あら汁