日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

四谷赤坂麹町

2013-11-13 22:17:48 | 居酒屋
九月の活動再開以来旅から旅に明け暮れ、旅の合間に日常があるという生活がすっかり常態化しました。これによって、この秋ほとんど手を付けられなかったことが二つあります。我が家での晩酌と、職場帰りの独酌です。
暦は冬に変わり、ひやおろしも酒屋の店先から姿を消しつつある昨今、最盛期をやや過ぎた感はありますが、今夜は先月下旬以来三週ぶりに、一献傾けてから帰ります。職場帰りに呑むのも今や月に一度か二度の機会ということになると、なじみの店を選びたくなるのは必然というものでしょう。直近に訪ねた「宮わ」「升本」に次いで選んだのは赤坂の「トキ」です。

一口になじみの店といっても、赤坂、新橋、麻布十番に荒木町など心当たりはいくつかあり、いずれも長らく無沙汰してしまっただけに、優先順位を付けるのが難しいところではあります。しかし、今回はこの店を最優先しなければならない理由がありました。というのも、この店が年内限りで閉店してしまうのですorz
月初めに届く便りで閉店の知らせを聞いたとき、半分は驚き、半分は納得しました。ベリーショートの銀髪が凜々しい店主も、実は母親とそう変わらない年代です。五十のときに一念発起し、広告業界から酒場の主人に転じたという経歴からしても、余力を残して店をたたみ、残りの人生を謳歌するという選択が、実にもっともらしく思えたわけです。閉店の案内にもあった通り、開業から干支が一巡した年末は、店主にとっての潮時だったのでしょう。

十時を過ぎたというのに、二組あるテーブルは先客で埋まり、カウンターには先客が五人、つまり空席は残り三つという大盛況。聞けば、閉店を告知してからというもの、名残を惜しむ常連客が一気に増えたのだそうです。この店と店主が、常連からいかに愛されていたかがうかがわれます。 閉店にあたってはご母堂の介護という事情もあったようで、理想のハッピーリタイアとは言い切れないのかもしれません。しかしおおよその事情は察しました。それ以上の詮索はやめて、あとはいつものようにグラスを傾けます。
この店で毎回楽しみにしているのが四品の突き出しです。本日は不動のレギュラーである生湯葉と、ひじきのサラダ、小松菜のおひたし、それにかぼちゃ豆腐で、文字にすれば特段変わったものではありません。しかし、ひじきにはビネガー、小松菜には柚子の風味を効かせるなど、毎回さりげない一工夫が凝らされているところがよいのです。かぼちゃ豆腐は、豆腐というよりかぼちゃを粗く叩いて固めたもので、練り込まれたナッツの食感がよいアクセントを添えており、丁寧に裏ごしされた「宮わ」の変わり豆腐とは一味も二味も違います。この突き出しがあれば、一杯目を受けるには必要にして十分です。
次いで選んだのは、毎回注文するバーニャカウダです。赤提灯の居酒屋を主戦場としてきた自分が、「バーニャカウダ」なる小洒落た品の名前を知ったのはこの店のおかげです。葉物、茎物、根菜をざっと十数種盛り合わせ、四種の塩とアンチョビーを添えるという彩り豊かな一品で、「野菜を肴に呑む」ということに開眼したのでした。
あとは腹具合に応じて一品二品選び、最後はご飯物で締めくくるのが通常のところ、残念ながらラストオーダーまでさほどの間がありません。これが最後となるかもしれないだけに躊躇はありながらも、時間を気にしながら飲み食いするのを嫌い、結局次は焼穴子と三つ葉のご飯を注文。これまた彩り豊かな五点盛りのお新香とともにいただきます。

これまで何とはなしに眺めてきた店内ですが、これが最後と分かった上でしみじみ眺めると、小粋という言葉が誠におあつらえ向きです。天井板代わりの簾から明かりが漏れ、カウンターの正面にはグラスと皿が整然と並んで、客席の壁のそこかしこには四季折々に応じた額が飾られます。赤茶色に塗られた一枚板のカウンターには、年季に応じた味わいが。薄暗い袋小路の突き当たりでぼんやり光る掛行灯、鉢植えで飾られた店先、店内からほのかに漏れる明かりなど、店構えの一つ一つに店主の感性が現れているようです。
この小粋さは、とりもなおさず店主の人柄の現れでもあります。風貌に違わず語り口と立ち振る舞いは歯切れよく、女言葉が非常にきれいで、粋人という言葉をそのまま形にしたような人物です。一人客には半分量で提供してくれる配慮がありがたく、手間暇かけた献立にも、器と盛り付けの美しさにも、女主人の店らしい繊細さがありました。酒は一合千円近く、料理も一品千円台の中盤から後半という品書きからして、たらふく飲み食いする店ではありません。しかし、遅い時間にほどほどの飲み食いをして帰るには、まさしく好適な一軒でした。

閉店まであと一月少々の時間はあり、最後の最後にもう一回訪ねるにも、こちらとしてはやぶさかではありません。しかし、今からこの盛況では、来月など予約満席が常態化してもおかしくないでしょう。これが最後になる可能性も考え、一言挨拶して立ち去ります。
唯一幸いなのは、店主の片腕として仕えてきた助手が、後継者として名乗りを上げたことです。屋号は変わっても、店主の作った店が受け継がれるのは喜ばしいものがあります。できれば年内にもう一度、そうでなくとも新しい店でまたお会いしましょう…

旬菜楽トキ
東京都港区赤坂2-14-12 川村ビル1F
03-3586-7090
平日 1730PM-2330PM(LO)
土曜 予約営業
日祝日定休

澤の花・松の寿・七本鎗・大那
突き出し四品
蒸し野菜バーニャカウダ
焼きアナゴと三つ葉のごはん
香の物
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