曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・立ち食いそば紀行  朝から立ち食い

2011年11月15日 | 立ちそば連載小説
 
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》 
 
 
遠くからだと「小諸なて」に読める、くずし文字の看板がトレードマークの小諸そば。味のこだわりとサラリーマンをターゲットとした立地から深夜や日曜は閉まっている店舗が多いが、私は朝そば定食を食しに日曜朝に訪れてみた。
そばとイナリ(2個)で350円という価格設定は、選択できるそばがわかめとたぬきのみということを考慮すると正直それほどお得感はない。しかしせっかくだから一度は味わってみようと、早起きして都内へと向かったのだ。
 
訪れたのは大門店。ビジネス街で周辺の小諸は日曜を休みにしているが、ここはやっている。私は大江戸線を大門駅で降りると、しばらくクネクネと地下通路を歩いたのち、地上に出た。目指す小諸は大通りの反対側にあった。
 
私はじっと信号を待つ。車も人もまばらで、実に静かだ。
いや、実際は十分にうるさい。車の走行音、信号の電子音、人の話し声。四方に音が満ち溢れている。静かと聞けば、人は田舎ののどかな風景を思うだろうが、そんなイメージから生まれる静けさは微塵もない。しかしこの場所の、平日のこの時間の喧騒を知る者にとって、この日曜朝の騒音など騒音のうちに入らないのだ。極端に言えば、静寂と言ってもおかしくない。
 
信号が変わり、私はゆっくりと歩いて渡る。いつもは人の波で早足になってしまうが、今日は自分のペースで歩いていける。
小諸の店頭にはサンプルが置かれていた。350円のイナリ定食に370円の鮭ごはん定食と、キチンと2種類置いてあり、あまつさえポップまで添えられている。「惰性で朝定食を取り入れたのではなく、日本の朝にそばを、という強い意志で取り入れておるのですよ!」という気概を感じさせる、サンプルとポップだ。
 
自動ドアを入って、私は口頭で朝定食、わかめそばとイナリ、と伝える。ここは小諸には珍しく、券売機がないのだ。
水を汲んで立って待つ。オールスタンディング形式というのも、ここのもう1つの特徴だ。
私一人だけなのですぐに呼ばれ、差し出された盆を受け取った。そして水を汲んでおいた場所に戻り、小諸ならではの、食する前の儀式に入る。つまり、ミニトングでネギをつまんでそばの上に山盛りにし、そこに柚子胡椒をかける。イナリの皿にはコトンコトンと、梅干しを2つ置いた。
 
さて、いよいよ食していく。まぁいよいよなことはいよいよだが、正直言って感動はない。わかめそばなどかけそばとほとんど違わないのだ。もっと食べたいメニューがいくつもあるのに、我ながらバカなものだ。
 
結局感動もへったくれもないまま5分でそばもイナリも片付け、私は店をあとにした。
私は振り向いて、もう一回入って、今度は自分の食べたいものを食べてやろうかと思ったが、他に客もなくてあまりにみっともないのでやめにした。そしてイマイチ満たされない気分のまま、JR浜松町の駅へと向かっていったのだった。
 
 
(おわり)
 
 

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