曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・立ち食いそば紀行 立ち食いそばの心得(前編)

2014年02月19日 | 立ちそば連載小説
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》
 
 
立ち食いそばの心得(前編)
 
ここのところ、わたしは歯医者にかかっていた。子供の頃から苦手なので多少問題があろうとも足を遠ざけていたが、このところ右下の奥歯の痛みが増してきていた。これはもう行かざるを得ないということで、泣く泣く通い始めたのだった。
何十年も歯医者から逃げていたせいで、痛みの出ているところだけでなく全体的にボロボロになっている。レントゲンを取ると、まもなく神経に到達! という進捗状況の虫歯が数本あるというのだ。よく今まで痛まなかったなぁと、歯科医にヘンな感心をされたほどだった。
 
8020運動などとっくに縁がなくなっているが、それでも片っ端から治すしかない。総入れ歯などということになれば飲食の味も大きく変わってしまうことになる。これからも立ち食いそばを味わうためには、最低限、口腔内のケアをしておくことは心得として重要なことだ。
 
この日の治療は犬歯ということで、根っこが長いのでかなり強い麻酔を打った。なのでかなりの時間、麻酔が切れない。治療が済んだら書店に入って時間をつぶし、その後に立ち食いそばとパターンを決めているわたしだが、この日はそうはいかなかった。麻酔の効いている間は食べてはいけないと注意を受けている。感覚がないので、噛んで血が出たりしても分からないという危険があるからだ。
 
そこでわたしは山手線に乗りこんだ。土曜の昼間ということですいていて、大きなターミナル駅に着く直前にがらがらになった。そこですかさずロングシートの端に座り、目をつぶった。しばらく眠って麻酔を切らし、目覚めた駅で立ちそばを食べようというハラなのだった。
このところの寝不足でぐっすり寝込んだようで、起きたら麻酔のあの曖昧な感覚が消えていた。これなら食せると思い、わたしは次の駅でさっと降りた。
 
歯の痛みはないが、今度は首が痛い。電車での眠りは首が前にたれ、それが固まってしまうのだ。普段から肩を丸めているわたしにはより負担となる。
降りたのは代々木だった。駅前に立って見渡すと、左側に富士そばと吉そばがあった。しばし迷い、富士そばがすいていたのでそちらを取った。
空腹だったので、珍しくセットにする。
 
富士そばの優れているところは、券売機が発券と同時に作り手に番号を伝えることだ。その機械の発する音声を元に、作り手はそのメニューにすぐ取り掛かる。客が食券を手渡すまでの時間的ロスを省けるということで、これは地味だが大きな効果を上げているのだ。すばやく、ということに価値を置く立ち食いそば屋ならではの、見事な改革だとわたしは評価していた。
 
(つづく)
 

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