曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・立ち食いそば紀行  ジャパンカップの日(3)

2012年12月16日 | 立ちそば連載小説
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》
 
 
ジャパンカップの日(3)
 
 
広い府中競馬場のこと、場内には数ヶ所、立ちそば屋がある。
最も辺鄙な場所にあるのは東門からすぐのところにある店舗で、府中本町駅と繋がっている西門からだと1キロ近く歩かされる。
この店舗は、おそらく遠いからだと思うのだが、ずっと昔は他の店舗より100円安かった。当時は立ちそばに味の差などなかったので、金額に惹かれて歩いていったものだ。
 
わたしは久しぶりにその東門へ行ってみようと足を向けたが、途中気が変わって、パカパカ「夢Q舎」の前で立ち止まった。
以前はこのアミューズメント施設が馬券売り場だったので人の流れもあったが、今は閑散とした場所となっている。メインスタンドの混雑ぶりでちょっとぐったりなっていたことから、ここの空きようが心地好く感じた。ここなら気持ちよく食せそうだと思い、「夢Q舎」の前の店舗にチケットを出し、肉そばを注文した。
肉そばは490円。おつりは出ないという店員に構わないと告げ、わたしは渡された肉そばに七味をかけて立ち食い用のテーブルに移動した。
 
小諸や富士を食べなれた身にはとてもとてもチープに感じる味。しかしこのシチュエーションではなぜかピタリとくる。麺のボソボソした感じが心地好い。
遠くで第1レースのファンファーレが聞こえる。この僻地感もまたいい。わたしはそばがつゆを吸い込んでしまう前にと、急いで食していったのだった。
 
 
(ジャパンカップの日 おわり)
 
 

小説・死者ノ遺産ヲノムナ (12)

2012年12月16日 | 連載ミステリー&ショートショート
《2012年秋のGⅠノ日に更新していく競馬小説》
 
 
(12)
 
 
翌土曜日、亮一は場外へは出向かなかった。1番人気の単勝という条件では前日に馬券を買うわけにはいかないから、という理由は、自分自身をごまかすためのものでしかない。本当は何もやる気が起きず、新聞も買わずテレビも見ず、競馬に関する一切を遠ざけて家でごろごろしていただけなのだ。

 いつもこうなんだよな、と亮一は寝転がって天井を見ながら思った。厄介ごとがあると、こうなってしまうんだよなぁ。
職場は山浦の件の他にも何度か移ったが、いずれも情報誌や折り込み広告の散らばる部屋の中でうだうだと、数週間、数ヶ月と過ごしてしまう。面倒なことは人一倍早く済ましてしまいたいくせに、中々手を付けようとしない。
振込みや払い込みの類すら亮一にとっては厄介事で、いまやその一つ一つにどんな延滞料やペナルティが科せられるのか、全て覚えてしまっている有様だ。
自分でももどかしいことこのうえないが、もうすでに、これが自分と諦めきってもいる。
 
日が完全に落ち、空腹を覚えた亮一は仕方なく外へ出た。靴を履く時、そう言えば今日一日暖房すら付けなかったなと、ひとまわり部屋を見回した。
空腹なだけで食いたいものなど特にない亮一は、なかなか店を決められず、風が強まっていく商店街をのろのろと歩くばかりだった。
競馬新聞でも買ってラーメン屋にでも入ろうと、頭では考えていても、それが行動に結びつかない。とうとう駅に辿り着いてしまった亮一は肩をがっくりと落として立ち止まった。
 
歩行者用信号が点滅を始め、急に立ち止まった亮一に舌打ちをして男が通り過ぎて行く。その男がクーさんのせがれとダブり、亮一は深くため息をついた。
本当に分からない。謎だ。あんなひどい素行を繰り返してきた男に、子供だからといって、死ぬ間際まで思いを込められるものなのか。
独り者の中年男にとっては、謎でしかない。
――クーさん、クーさんの人生は、あのせがれのために散々だったんだろう。
何度信号が変わっただろう。亮一はひたすらそこに立っていた。薄手のジャンパーは強い北風を防ぎようもなく、亮一は大きく身震いした。それが合図になった。彼は突然、大またで駅へと向かった。そして牛丼屋で流し込むように一杯かき込み、電車に駆け込んだ。
私鉄を乗り継ぎ、山手線に乗り換えた。車内ではただ自分のこの脈絡のない行動に驚き、暗い車窓を見つめ続けていた。自分が外回りに乗ったのか内回りに乗ったのかも分からなかったが、鶯谷で閉まる直前に飛び降りた。そしてキオスクで夕刊紙を買い、その中程のページに載っている広告から〝高級〟と名打っている店に電話を入れ、その店で最も高いコースを震える声で予約した。
少し、使っちまってくれよ、と言ったクーさんがいくらを想像していたのかはもはや分からないが、亮一は勘定したとき、その中の一割を抜き取っていた。
タバコに火を付け、迎えの車を待つ。新聞を一面に戻し、有馬記念馬柱欄とオッズを見る。1番人気馬の単勝オッズは、2・7倍となっている。
それだけ見て、亮一は新聞を投げ捨てた。
教えられた車種とナンバーの車が前に停まり、亮一は乗り込んだ。スモークガラスから車窓を眺めながら、女の足の間に割り込むのは山浦のとき以来かもしれない、とぼんやり思った。
 
 
(つづく)
 
 
・朝日FS  (7)ティーハーフ単勝複勝