[橋口五葉]
五葉は明治14年(1881)鹿児島市の士族の三男として生まれる。
21才で東京美術学校西洋画科本科入学。25才首席で卒業。
兄の縁で夏目漱石の「吾輩ハ猫デアル」の装丁を担当、以後、装丁意匠家としてし
られる。市販絵ハガキの制作も行う。尾崎紅葉、泉鏡花の装丁も担当。
30才の頃から浮世絵研究を始める。31才の時、三越呉服店懸賞募集広告画に応募し
「此美人」(会場に展示されていました)が一等、賞金一千円獲得。
石版で36度摺りをし2ケ月もかかったそうです。
ポスターは500枚摺って残っているのは5枚だけだそうです。
五葉は生涯、仕事のし過ぎで結婚する暇もなく独身だったようです。
ヘビースモーカーでおしゃべりが好きで数字が好きで自分の気に入った作品には
絵の隅の方になんらかの数字を入れていたとか。
35才頃浮世絵の画商渡邊庄三郎と親密になり色々と影響を受けたり、色々な事を
進められたりして、多くの貴重な作品を残している。
大正10年(1921)40才2ケ月で死去。