ひとり井戸端会議

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早急に海賊対策法を制定せよ

2009年01月29日 | 外交事情考察
海賊対策のソマリア沖派遣、28日に海自へ準備指示(読売新聞)

 アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で、海上自衛隊が日本関係船を護衛する「警護要領」の概要が27日、明らかになった。
 浜田防衛相は28日に、海自に正式な準備指示を出す。
 海自は自衛隊法82条の海上警備行動に基づき、護衛艦2隻を派遣、各護衛艦にはSH60K哨戒ヘリ2機と、海賊に襲撃された場合に特別警備隊が使う小型高速艇2艇を積み込む。
 海賊が頻発するアデン湾では、事前に東西2か所に日本関係船の集結地点を決め、日本船主協会から国土交通省を通じて防衛省に警護要請のあった船舶を、護衛艦2隻が随伴しながら船団護衛する。
 具体的には、商船を約1カイリ(約1・8キロ)間隔で1列の単縦陣で航行させ、船団の前方を護衛艦1隻が先導し、別の1隻が斜め後方から警戒監視する。15~20ノット(時速約28~37キロ)と比較的速度が速い船や、船舷が高い自動車運搬船は、過去に海賊から襲われたケースはなく、船団の前方を航行させるという。
 また、日本船団の周囲に外国船が航行し、海賊の襲撃で救難信号が発せられた場合は、護衛艦からヘリを発進させ、周辺海域にいる他国海軍に通報することを検討している。
 自民、公明両党は27日の与党政策責任者会議で、海賊対策に自衛隊を派遣するよう政府に求める方針を決定した。政府は28日に安全保障会議を開き海上警備行動の発令方針を正式決定。防衛相が海自に準備を指示する。



 海賊対策のために自衛隊を派遣することは、日本が国際社会と一丸となって共同歩調を取ることになり日本の国益にも適い、国際社会での日本の存在感を示すことにもなる。何よりも、われわれのライフラインを確保する上で極めて大切なことである。ソマリア沖には、一日に5~6隻の日本関連船舶が運航しているという。乗組員の安全を確保するためにも至極当然の措置である。

 海上保安庁によれば、海賊事件の海域別発生状況としては、2006年は東南アジア(88件)、アフリカ(61件)の順であったが、2007年ではこれが逆転して、アフリカ(120件)、東南アジア(80件)となっている。たった1年の間で、アフリカにおける海賊被害は2倍も上昇している。これはソマリアが無政府状態であることが原因の一つではあるが、いずれにせよ早急に航行する船舶の安全の確保が必要なのは論をまたないはずだ。

 しかも、1996年に日本が批准した国連海洋法条約、その100条には「すべての国は、最大限に可能な範囲で、公海その他の場所における海賊行為の抑止に協力する」とある。日本も海賊対策のためにアクションを起こす義務がある。そして昨年6月、国連安全保障理事会が、ソマリア沖での海賊行為制圧に向け「必要なあらゆる措置」を取る権限を各国に与える決議を採択した。日本は共同提案国でもある。その日本が今になってようやく海上自衛隊の派遣を決めたのは遅きに失した感は否めないが、決断は評価できる。



 一部には、海上保安庁の巡視船等を派遣すれば足りるのではないかという指摘があるが、これは一見すると一理あるように思える。しかし、これは非現実的な主張であると言わざるを得ない。

 昨年4月21日、イエメンのアデン沖を運航していた日本郵船のタンカー「高山」が海賊に襲われたが、そのとき海賊のとった行動は、40分間高山を追尾した揚句、5発もの対戦車ロケット弾を発射したというものであった(なおこのとき高山は、ドイツの駆逐艦「エムデン」によって助けられている)。一口に海賊といっても、ナイフや機関銃で武装したようなものだけでなく、このように強力な兵器で武装している場合もあるのだ。にもかかわらず、海の警察である海上保安庁に任務を任せるのは危険すぎやしないか。仮にこのような海賊に襲われ海上保安官に犠牲が出た場合、どうするのか。海上保安庁に任務を任せよと主張している者たちは責任が取れるのか。

 海賊対策においては守られる側、守る側の生命両方ともに危険に晒されることが予想される。人命がかかっている以上、何かあってからでは遅い。奪われた人命は戻ってはこない。ならば、安全保障のプロである海上自衛隊を派遣して、守る側・守られる側双方の被害を最小限にしたほうがいいのではないか。

 海上保安庁の巡視船等を派遣すればいいと主張する勢力は、おそらく護憲的思想の持ち主に多いと思われるが、憲法に愚直なまでにしたがって現場で行動する者たちの安全を脅かすようなことになれば、彼らは現行憲法を「平和憲法」と呼んでいるが、平和憲法の看板倒れもいいところだ。人の命や財産を守ることよりも優先する理念とは一体何か。



 これと関係して、私としては海上自衛隊には日本国籍の船舶以外にも、周辺を航行する海外の船舶の安全も守って欲しいと思っている。もちろんこれは現在の日本の状況からして無理のある話であることは承知だが、これこそが本来のあるべき姿であると思う。

 日本国憲法を「平和憲法」と自称するならば、自分たちだけが平和で他は知らないということはあってはならないはずだ。平和憲法の理念を活かすならば、海上自衛隊の護衛艦の近くで外国の船が被害に遭っていたら、我関せずと放置するのではなく、手を差し伸べてやるのがあるべき姿ではないか。そうでなければ、外国の船は「何が平和憲法だ!」と憤慨するに違いない。いつになったら一国平和主義から抜け出せるのか。



 ところで、タイトルでは海賊対策法の制定を要請しているが、本当のことを言えば、そのような場当たり的な法律を事後的に制定するのではなく、大本の自衛隊法自体を改正するべきである。(憲法9条による制約があるからということは承知しているが)そもそも、軍事力を有する自衛隊について定める自衛隊法が、警察官職務執行法の規定を準用していること自体がおかしい。

 今回自衛隊が派遣される際の法的根拠である「海上警備行動」も、警察官職務執行法を準用しているのである。自衛隊の武器使用基準は、警察官職務執行法7条の規定(武器の使用)が準用されている(自衛隊法93条)。警察官職務執行法によれば、自衛隊の海上警備行動において武器の使用が許される場合は、正当防衛と緊急避難に限られている。しかしながら、なぜ軍事力の発動が、警察権力について定める規定を準用されねばならないのか。

 通常、軍隊の行動について法律をもって規定する場合、その規定の仕方は警察権力の行使についての規定のように、「やってもいいこと」を列挙して定める「ポジティブリスト」形式の規定ではなく、「やってはいけないこと」を列挙する「ネガティブリスト」による形式である。警察権力がポジティブリスト形式で定められる理由は、警察権力は内部の国民に向けられたものなので、これの濫用を防止するため、権力の行使を限定的に定める必要があるからだ。

 しかしながら、軍事力をポジティブリストで規定してしまうと、有事の際にそれが軍隊の足かせとなり、戦局に応じて柔軟な対応ができず、国家安全保障を損なう危険性があるため、軍事力をポジティブリスト形式で規定する国は、日本以外にないと言って過言ではない。通常、軍事力の行使についてはネガティブリスト形式によって定め、それを国際法(国際法規や国際慣習)が補うのである。

 本来ならば海賊対策新法など整備しなくとも、自衛隊法の抜本的改正さえなしえれば(これが難しいのだが)、無用な議論などせずに済むのだ。少なくとも、まったく異なる次元の権力の行使について定める警察官職務執行法の規定の準用などという愚行は早期にやめるべきである。



 実際に海上自衛隊を派遣するならば、実効性のある派遣にしなければ、まったく意味をなさない。そのために現行体制で可能なことはと言えば、海賊対策の新法の整備である。同時に、自衛隊員の人手不足も解消する必要があろう。これら問題に対し一刻も早い対処が望まれる。これ以上現場の自衛官に不要なプレッシャーはかけるべきではない。

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2 コメント

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万全を期して (gunkanatago)
2009-01-30 21:45:37
今のままでは、派遣される海上自衛隊がかわいそうですね。両手を縛られてなおかつ凶悪な連中と戦えということですから。まかり間違って、海賊のロケット砲などで艦が被害を受けるようなことがあれば、かつてのイタリア海軍のように世界中の侮りを受けることになります。それにしても、社民党や共産党の連中、ゴムボートか何かに乗せて、ならばお前達、海賊と話し合ってこいとソマリア沖に捨ててやりたい気分ですね。
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gunkanatagoさん (管理人)
2009-02-05 01:21:27
コメントありがとうございます。
またしてもお返事が遅くなり、申し訳ありませんでした。

今のままでは、それこそ護衛に行ったはずの自衛隊が、かえって護衛の足手まといになることすら考えられると思います。しかし、だからと言って海上保安庁の護衛では心もとないのは間違いないです。

アホ左翼政党の方々には、是非蟹工船よろしく仲良く同舟して、ソマリア沖で痛い目に遭って欲しいですね(笑)。

かつて土井たか子が湾岸戦争前に「フセインと話し合ってくる」と豪語してイラクに向かったときのように。あっ、それでは結局交渉は失敗ということになりますけど(笑)。
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