若いね、ほんと。
「BU・SU」「会社物語」「ノーライフキング」の初期三部作は、全部物語の構成が同じなのが、かなり印象があります。「つぐみ」でバランスを失った気はしましたが。
その後、「病院で死ぬということ」からは、市川節みたいなのを確立した気がします。
「東京夜曲」「トニー滝谷」と、メジャーな中のインディーズのような芯の強さを感じる名匠と呼べる域の作家だったなあ。
シニカルでいて生活におけるファンタジーを描くという才は宮崎駿に近いものがあるかも。
でも、彼にはあの巨匠にはない、軽味と煩悶がある。
彼の死を聞いて、何故だかスザンヌヴェガを思い起こした。
叫ぶ手段を持たない人の狂気性の現れというもの。
彼女の場合はそれは抑制されたように見えて、匂いを濃く放つセクシャリティなのだが、男って逆に同じようなパターンってセクシャリティが引っ込められてしまう気がします。
その一人が市川準だったのかな。
テレビでやった「東京日常劇場」も好きだった。
風街に憧れる地方の微熱に思いを馳せた70~80年代に10代を過ごした私にとって「東京的」でもあった。
「BU・SU」のラストシーンは映画史的にも屈指の名シーンですよ。
「BU・SU」「会社物語」「ノーライフキング」の初期三部作は、全部物語の構成が同じなのが、かなり印象があります。「つぐみ」でバランスを失った気はしましたが。
その後、「病院で死ぬということ」からは、市川節みたいなのを確立した気がします。
「東京夜曲」「トニー滝谷」と、メジャーな中のインディーズのような芯の強さを感じる名匠と呼べる域の作家だったなあ。
シニカルでいて生活におけるファンタジーを描くという才は宮崎駿に近いものがあるかも。
でも、彼にはあの巨匠にはない、軽味と煩悶がある。
彼の死を聞いて、何故だかスザンヌヴェガを思い起こした。
叫ぶ手段を持たない人の狂気性の現れというもの。
彼女の場合はそれは抑制されたように見えて、匂いを濃く放つセクシャリティなのだが、男って逆に同じようなパターンってセクシャリティが引っ込められてしまう気がします。
その一人が市川準だったのかな。
テレビでやった「東京日常劇場」も好きだった。
風街に憧れる地方の微熱に思いを馳せた70~80年代に10代を過ごした私にとって「東京的」でもあった。
「BU・SU」のラストシーンは映画史的にも屈指の名シーンですよ。