わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

有声、無声、心声=落合博

2009-02-23 | Weblog




 声を出さない、黙読による読書は近代以降の習慣らしい。

 「汽車中で盛んに音読されては溜(たま)ったものではない。新聞などを取り出して呻(うな)り始める人は毎度汽車中にある。何分同車中の者は困り切る(略)音読をすれば咽喉(のど)も痛くなるが、意味も分からなくなる様だ」

 大阪毎日新聞(大毎)で明治31(1898)年11月から翌年5月まで礼法をテーマに連載された記事をまとめた「でたらめ」の一節だ。筆者は第19代首相の原敬。当時は大毎の社長職にあり、「でたらめ記者」の名前で社説などを執筆していた。

 明治時代までは、音読や朗読が一般的な読書習慣だった。近代化への途上にあった当時の日本で、原は西欧諸国への体面も考慮して、公共的な空間における「マナー違反」を戒めた。

 「近代読者論」(外山滋比古、みすず書房)によると、黙読の際、声こそ出さないが、一歩手前の声帯の小さな運動を行っているらしい。それは心声といい、当人以外には聞こえないものの、全くの無声ではない。

 目、耳、口などの器官は独立しながら、その活動は関連している。子どもが読み方を習う場合、音読の訓練を受けてからでないと、黙読による理解はできないという。音読、侮るべからず、といったところだろう。

 今、電車の中で音読する人はいない。その代わり、携帯電話でメールを打つ姿が日常になった。20世紀末に普及した電子機器は「書く」空間を車中に作り出した。「読む」に比べ高度な訓練を必要とする「書く」。意味ある文章をつむぎ出す際、手助けとなるのは有声か無声か、それとも心声か。でたらめ記者ならずとも、興味津々だ。(運動部)




毎日新聞 2009年2月14日 東京朝刊


休むが勝ち?=福本容子

2009-02-23 | Weblog




 今月初め、イギリスが「18年ぶりの大雪」になった。十数センチの積雪で3000校が休校、電車もバスも止まった。640万人が仕事を休み、ロンドンでは欠勤が4割だったそうだ。

 やっぱり都会は雪に弱いね。東京の人は思うかもしれない。それがあの国は少し違う。多くの人が出かけるのをやめただけ。地下鉄の駅で働く人もバスの運転手も出勤しないから、交通機関が止まる。晴れの日だって信号機の故障とか運転手の体調とかいろいろな理由で交通のトラブルが発生することをみんな知っているから、大雪ともなれば当然、何も動かないだろうと見越して、休むのである。

 「かつて地球の4分の1を治めた大英帝国。冷蔵庫やペニシリンを発明し、2回の世界大戦と1回のサッカーワールドカップで勝利し、シェークスピアとビートルズを輩出した誇らしき国が、これしきの雪でまひするとは」。デーリー・メール紙のコラムは嘆き節だったけれど、テレビやインターネットで見る限り、子供も大人も、雪だるまやそりで大はしゃぎである。

 東京なら多分、電力会社や鉄道の人たちが徹夜で除雪作業など頑張り、サラリーマンも早起きして、電車やバスを乗り継いで、止まっている区間は歩いたりして会社を目指すだろう。

 普通の多くの人のまじめさと頑張りが、きちんと機能する日本社会を支えていると思う。でも、もし新型インフルエンザ流行のような非常事態になったら……。責任感や頑張り、我慢が災いしないといいけれど。

 マスクをかけ、小さくせき込む人たちが詰まった通勤電車の中で、生き残るのはどんな社会だろう、と思ったりする。(経済部)




毎日新聞 2009年2月13日 東京朝刊


言い訳するほど…=与良正男

2009-02-23 | Weblog




 「そんな決定、聞いていないぞ」。もう20年近く前の話。かつて社会党の会合といえば、年中こんな発言が飛び交った。執行部が「先週の会議で決めた」と説明すると、「私は懸命に地元で選挙運動していたのに勝手に決めるな」などとおよそ当事者意識のない反論をする。

 要するに将来、その党決定が支持者らに批判された時、自分は反対したという記録を残しておきたかったのだと思う。野党議員は何て無責任でお気楽なのか。私たち取材記者からも失笑が漏れたものだった。

 郵政民営化に「賛成でなかった」という麻生太郎首相の話を聞いて思い出したのはこの光景だ。首相の思いは多分単純。かんぽの宿問題なども浮上する中、自分は民営化、まして4分社化の推進役でなかったと弁明したかっただけではないか。

 だが、首相は野党どころか政権与党の中枢にあり、民営化議論に総務相として参画し続けたのだからもっと無責任だ。しかも、それを批判されたら今度は総務相時代の「勉強」の結果、最後は民営化に賛成したなどと無理な修正をする。

 「自・公政権は継続しており、何より私は閣僚として決定にかかわった。だから、よりよい民営会社にするため見直すべき点は見直す責任がある」と答えれば済む話。深刻なのは釈明を重ねるたびに、どうやら首相は政策には信念がなさそうだと感じさせてしまうことだ。

 冗談ではなく次はこう言い出しかねないと私は疑っている。

 「定額給付金も本当は反対だった。でも、みんながやれと言うんで。おれが推進役と言われるのはぬれぎぬで、はなはだ面白くないから」(論説室)

 



毎日新聞 2009年2月12日 東京朝刊


仕事を選ぶ=磯崎由美

2009-02-23 | Weblog




 急増する失業者を人材難の介護職につなげる行政の動きが活発だ。訓練や当初の生活費を援助し雇用対策と介護職確保を一挙に実現しようという話だが、そううまくいくのだろうか。

 この雇用危機より前に、全国老人保健施設協会が国の制度を活用した人材養成に取り組んでいる。養成校を出ても別業種に就く人が多い。ならば素人でも志ある人を雇い、働きながら資格や技術を習得してもらおうとの試みだ。浪人生やフリーターなど、昨年4月に33人が参加。1年かけて練り上げた教育マニュアルの成果もあり、脱落者は8人どまりという。

 定着した若者たちはどう思っているのか。埼玉県内の施設で働くY君(25)は大学の法学部で商社の内定を得たが、入社前研修で「人に物を売る仕事はどこか合わない」と感じ、祖母を介護した経験からこの道を選んだ。「お年寄りの手のぬくもりや、必要とされる喜びが支え」と話す笑顔がまぶしい。

 でも初任給の手取りは商社の半分。激務で体重は6キロ減った。「正直、5年後が思い描けません。失業者が給与目的だけで来ても、続かないのでは」

 不況になると「仕事を選ぶなんて甘えている」といった声を聞くが、介護現場では志あるY君ですらぎりぎりの暮らしにあえいでいる。「労働者」を「労働力」としか見ず人手不足を補おうとするならば、ワーキングプアをさらに増やし、介護の質向上にも逆行するだろう。

 介護職はキャリアアップや昇給が乏しすぎる。商社並みの待遇が無理だとしても、せめてY君が誇りをもって働き、結婚して子を育てられる職業にすることがマッチングの第一歩だ。(生活報道センター)




毎日新聞 2009年2月11日 東京朝刊


シンデレラX=玉木研二

2009-02-23 | Weblog




 <私は、シナリオというものは、どんな風に書くのか、その時はまだ全然知らなかったから、困っていると、隣りの男が馴(な)れた様子ですらすら書いている>と黒澤明は自伝「蝦蟇(がま)の油」(岩波書店)に書いた。1936年、画家の夢を失った黒澤青年が新聞の隅に「助監督募集」の広告を見て応募した、その2次試験である。新聞の三面記事から浅草の踊り子に恋した工員の事件が素材に与えられた。

 <別にカンニングをする気もなく暫(しばら)くそれを見ていると、どうやら、話の起った場所を先(ま)ず指定して、その話を書いていくものらしい。私は、それを見習って、書いた>。合格。思わぬ才がそこに出たのだろう。世界のクロサワの誕生である。

 「総合芸術」映画に無用な才はなく、隠れた才も引き出される。それが魅力だ。学校教育の場でそれを証明しているのが長野県松本市立寿小学校6年2組の麻和正志先生(43)である。今年度も1学期から総合的な学習の時間で学級全員が力と個性を合わせ、独創ファンタジー「シンデレラX」を作った。

 遺伝子テストで将来が振り分けられてしまう街「ドラグシティ」。記憶を失った少女レイラは……と案を寄せ合ってシナリオを書き、演出、カメラ、照明、美術、衣装と手分けし、ベニヤ板を集めて近未来の広場や工場のセットを組んだ。なるべくCG(コンピューターグラフィックス)に頼らず、実写にこだわった。前年、5年生で作った鉄腕アトムものが大好評で、このDVDを学校のバザーで売って制作費に充てた。脱帽。

 公開は11日午後1時と3時、まつもと市民芸術館で。前年度作品も上映される。(論説室)




毎日新聞 2009年2月10日 東京朝刊


アメちゃんの効用=松井宏員

2009-02-23 | Weblog




 先日、女優の内山理名さんにインタビューした際、大阪のイメージを尋ねたら「アメちゃんて言うとか……」という答えが返ってきた。

 アメ玉を「ちゃん付け」で呼ぶのは大阪ならでは。作家、織田作之助は随筆「大阪論」の中で、イモを「お芋(いも)さん」、油揚げを「お揚げさん」と敬称付きで呼ぶところに、物を重んずる大阪人の観念が現れている、と論じた。

 そのアメちゃんにまつわるちょっといい話を聞いた。

 年末、大阪・天満でアルバイトしている女子学生が、寒風の中、1人で店のチラシを配っていた。声を張り上げて宣伝するが、通行人の耳に届いているのだろうか。不安と寂しさに襲われた時、通りかかったおじさんが「寒いのに大変やね。これ食べ」とアメちゃんをくれた。

 さらにその後、自転車に乗った小学生の女の子が、止めてあった自転車に引っかかって倒れそうになったのを見掛けた。学生は駆け寄って助けてあげた。お礼を言って去った女の子がしばらくして戻って来ると、わざわざ買ってきたのだろうか、アメちゃんの袋を黙って差し出した。1日に2度もアメちゃんをもらった学生は、心がとっても温かくなり、元気付けられたという。

 そう言えば、大阪のおばちゃんは必ずバッグにアメを入れてて、見知らぬ人にも「アメちゃんあげよか?」と声を掛ける。学生の体験もそうだが、アメちゃんが人をつなぐコミュニケーションの重要な道具になっているわけだ。

 そう考えると、アメを「ちゃん付け」で呼ぶのもうなずける。(社会部)




毎日新聞 2009年2月8日 大阪朝刊


便利は不便=萩尾信也

2009-02-23 | Weblog




 便利というものは不便とセットで存在する。失った時は、依存度の大きさに比例して喪失感を募らせる。

 インターネットや携帯電話がまさにそうだ。文字や印刷技術の発明と並び称されるほどにコミュニケーションの形を激変させて、功罪両面の副産物を我々にもたらした。

 英語に堪能な全盲の友人は、パソコンに音読システムをインストールして、メル友を世界に広げた。ハンディを越えて羽ばたくためのツールになった。

 一方で、若者たちに「携帯がなくなったら」と問うと、「生きていけない」という答えが返ってくる。「死んじゃう」と涙を浮かべる少女もいる。

 事実、自殺予防の電話相談ではここ数年、「メールや電話の着信拒否で仲間外れにされた」という訴えをよく耳にする。ネットの切れ目が縁の切れ目。現代版「村八分」のツールとしても使うことができる。

 思いの丈を文字に記した手紙の時代には、じれったいほどの時間があった。人が互いに向き合って会話をする社会には、相手の息遣いや表情を感じた。それに比べて今は、何事も刹那(せつな)的に思えてならない。

 昨今、携帯の学校への持ち込みの是非が問われている。背景にはマナーの欠如や、誹謗(ひぼう)中傷や犯罪がらみの裏サイトの存在が指摘されている。

 上意下達で禁じる動きもあるが、規則には参加する者の心が伴わないと、「臭いものにふた」の発想にとどまる。

 何事も使い方次第ではあるが、この際一つ、携帯問題を子供と親と先生がヒザを交えて話し合う格好の題材にできないものだろうか。(社会部)




毎日新聞 2009年2月8日 東京朝刊


夜も眠れない=榊原雅晴

2009-02-23 | Weblog




 「地下鉄の車両ってどこから運び込んだんでしょうね? それを考えると夜も眠れない」

 かつてはやった漫才ネタだが、ロボット工学者の森政弘さんは学生にこう聞いたそうだ。

 「景色も見えないのに地下鉄になぜ窓があるのか?」

 いろいろあった回答の一つが「電車には窓があるものだという固定観念があっただけ。窓がいらないと考えなかったのであろう」。森先生は「なかなかこういうふうには見られない」と、視点の柔軟さに感心している。(講談社+α文庫「[非まじめ]をきわめる」)

 私もまねして、窓のある理由をいくつか考えてみた。

 「旧式になってリタイアした後、郊外路線で第二の人生を送るのに窓が必要だから」「いざ事故が起きたとき、脱出口をたくさん確保するため」

 我ながらアイデアが凡庸でがっかりするが、普段疑いもなく見過ごしている風景に素朴な「なぜ?」を発してみるのは頭の体操に打って付けだ。

 日本郵政がオリックス不動産に「かんぽの宿」を売ろうとして、鳩山邦夫総務相から待ったがかかった。郵政民営化の旗を振ったと目される人物が会長を務めるグループに売り払うことに、「なぜ、オリックスなのか」「出来レースではないか」と不審を募らせたのだという。

 一括譲渡は結局白紙になる見通しだ。手続きに不備がなければ中身もOKというお役人の固定観念を、世の中の素朴な「なぜ?」が押し切った格好だ。だが、それだけで幕引きにされては生煮え感が残る。この際、入札経過はしっかりと検証してほしい。でなければ気になって夜も眠れなくなる。(論説室)




毎日新聞 2009年2月7日 大阪朝刊


元気が出る科学=元村有希子

2009-02-23 | Weblog




 「いい話ばかり載ってる新聞作ってくださいよ。週に1日、いや1カ月に1日でもいい」

 ある会合で、隣り合った人から頼まれた。「無理です、景気の悪い話ばっかりなんだから」と言いかけて考え込んだ。そういえば私も毎朝、新聞を開いてため息ばかりついている。詐欺。殺人。派遣切り。雇い止め。巨額赤字。経営破綻(はたん)。

 もう飽き飽きした!と放り出したい気持ちになるが、それで現実が良くなるわけではない。せめて、つらい現実の中から小さな希望を拾い出して伝えたいと思う。

 科学技術も、最近はそんな思いで取材している。長年の謎が解けたり未知の何かが見つかったりと、幸いなことにこの分野には元気の出る話が多い。度重なる故障で地球帰還が危ぶまれた小惑星探査機「はやぶさ」が、エンジン再起動に成功したというニュースには励まされた。

 しかし、科学技術は成果が出るまで時間がかかる。湯川秀樹博士は随筆で、科学を「きびしい先生のようだ。いいかげんな返事はできない。こみいった実験をたんねんにやらねばならぬ」(「詩と科学」)と評した。小惑星から試料を持ち帰ることを目指したはやぶさも、プロジェクト決定から打ち上げまで7年、構想から17年かかっている。無事持ち帰れたとして、そこから新たな成果が生まれるまでさらに時間を要する。

 研究は情熱だけでは続かない。研究環境や研究費などの継続的な支援が不可欠だ。紙面を連日にぎわすメーカーの業績や国家財政の悪化が、ゆっくりと芽生えようとしているものを駄目にしないかと、祈るような気持ちで見つめている。(科学環境部)




毎日新聞 2009年2月7日 東京朝刊


正しい測り方=福本容子

2009-02-23 | Weblog




 たばこの宣伝広告やドアに取り付けた特別な防犯錠、それを突破した強盗をぶち込む刑務所はどれも含まれるのに、詩の美しさや夫婦のきずなは含まれない。森林破壊や核弾頭の費用は算入されても、公開討論や英知は加算されない。子供におもちゃを売ろうと暴力を美化したテレビ番組は数に入るのに、子供の健康や喜びは入らない。

 ケネディ元米大統領の弟、故ロバート・ケネディさんの言葉だ。やり玉に挙げたのはGNP(国民総生産)、今ならGDP(国内総生産)である。金額で表せる生産活動だけ合算して国の値打ちを評価するのはおかしい、と痛烈に批判した。

 40年たち、GDPの見直し論がまた勢いづいている。不況になるとはやるらしいけれど、今回は特別、気合が入るみたい。なにせ、あのアメリカのGDPが、実は金融マシンで膨らませた見せかけで、世界中に大迷惑となる問題をいっぱい含んだ成長だったとバレたわけだから。

 中でも注目されているのが、J・スティグリッツ博士らノーベル賞受賞経済学者が率いるチームの研究だ。家事や育児とか、環境への影響や貧富の差とか、暮らしの質的な豊かさとかをうまく取り入れた統計ができないものか調査中という。

 その研究を発注した人が、アメリカなんかよりフランスが断然一番!のサルコジ大統領というのはちょっと気がかりだけれど、何が出てくるか楽しみだ。

 要は今のGDP統計が完全ではなくて、意味はあるけれど一つの測り方でしかないということ。腹囲が85センチを超えたら即、病気、でないのと同じように、GDPが減ったら不幸になる、と落ち込むもんでもない。(経済部)

 



毎日新聞 2009年2月6日 東京朝刊


政治報道の志=与良正男

2009-02-23 | Weblog




 日本の政治をみすぼらしくしている責任の一端は私たちの政治報道にもあるのではないか。かねてそう自問している。

 例えば定額給付金を含む第2次補正予算が成立した際、注目された衆参の両院協議会。毎日新聞は社説で「両院協を予算案修正の場とみなし、給付金の削除や削減を求めるという今回の野党の対応は、ねじれ克服の一つの方法だ」と評価した。

 ところが、読売新聞社説は「両院協を審議引き延ばしに使うな」と民主党を批判する。理由はといえば「そもそも、合意が得られるような仕組みにはなっていない」からだという。

 このほかの新聞、テレビも大半は議論の中身や評価は二の次で、与野党の思惑だの駆け引きだのをしたり顔で解説するだけだった。民主党が引き延ばしを狙ったのも確かだが、報じる側も安易に「両院協は与野党が決裂するのが当たり前」、つまり「単なる儀式」と、はなから決めつけていたのではないか。

 憲法を素直に読めば両院協は衆参で議決が異なった場合の合意形成の場として用意されている。メンバー構成など現実には合意できる仕組みになっていないというのなら、まず「仕組みを変えよう」と提起するのが私たちの仕事だと思うのだ。

 先日、ある党のベテラン職員からこんなメールをもらった。

 「最近のメディアは、げすの勘ぐりみたいなものを前面に出すことが、建前を排して真相を突くことだと勘違いしているようです。本来の理念に立ったうえで批判すべきは批判し、改革すべきはその方向を示す、といった書生っぽさが必要では」

 そう。私たちの志が低くなれば政治不信を助長するだけだ。(論説室)




毎日新聞 2009年2月5日 東京朝刊


襲われる者、襲う者=磯崎由美

2009-02-23 | Weblog




 車のエンジン音と吹き抜ける寒風がうねるように響く。多摩川の支流に近い東京都世田谷区の東名高速道路高架下。ここで1月2日、野宿していた男性が頭を殴られ亡くなっていた。

 近藤繁さん。71歳。警察の調べでそう分かったが、いつどこから来てどんな暮らしをしていたかは定かでない。橋脚のそばに段ボールを敷き、靴をそろえ寝袋にくるまっていた。人けのない場所だが、支援者によれば、静かに本を読む姿を記憶していた住民もいるという。

 2月1日、現場で追悼式が開かれ、約60人が黙とうをささげた。元野宿者の男性が3年間で寝場所を90カ所も変えた経験を話した。「放火されたことも、け飛ばされたこともある。人が怖くて、どんどん人から離れた所に住むようになるんです」

 殺人容疑で逮捕された容疑者(36)を知る人たちも来た。容疑者には軽い知的障害があった。勤務先だったリサイクル店の男性は、まじめに粗大ゴミを解体していた姿を思い出し「弱い立場の人がさらに弱い人に手を出す。何をしたらいいのか」と無力感を口にした。

 横浜で中学生による野宿者連続襲撃が社会問題化したのは82年。その後も街の死角で居場所のない者どうしが出会い、生きづらさが容易に暴力に変わる。世田谷で事件があった正月、年越し派遣村には多くの野宿者も駆け込んだが、近藤さんは高架下の有刺鉄線が張られた一角から出ることはなかった。

 「近藤繁さん、あなたを追悼するこの日から、私たちに何ができるかを考え、何かを生み出したい」。薄暗い現場で追悼文が読み上げられる。手向けられた花束が寒気に震えた。(生活報道センター)




毎日新聞 2009年2月4日 東京朝刊


コシャマイン記=玉木研二

2009-02-08 | Weblog




 鶴田知也(ともや)の名は今はそう広く知られていない。1936(昭和11)年、同人誌に書いた短編「コシャマイン記」で第3回芥川賞に選ばれた作家である。

 1902(明治35)年、北九州・小倉に生まれた。豊津中学からキリスト教の神学校に進むが、思い転じて北海道、さらに各地に渡ってさまざまな労働をし、労農運動に身を投じた。同じ中学の先輩であるプロレタリア作家葉山嘉樹(よしき)の影響といわれる。

 「コシャマイン記」は、実在したアイヌの英雄と同じ名を与えられた若者が江戸期のシャモ(日本人)の収奪に抗すべく、同胞糾合を求めて道内を彷徨(ほうこう)する物語だ。簡潔で抑制した文体である。読めば、鶴田の体験がこの悲劇物語をつむぎ、これを借りて、大正から昭和にかけ弾圧で崩壊していった労農運動の姿を映したと感じ取れる。

 怒り、共鳴、決意、勇気、行動、打算、裏切り、逃避、敗残。この物語でアイヌの各部族の長らが表すものは鶴田が運動に見たものだろう。後半、勇猛高潔なアイヌの若者だった主人公は失意を重ねるうち<口髭(ひげ)ばかり噛(か)み続ける無口の男>に変じている。そして意外で悲痛な結末(機会あれば読んでいただきたい)は、こう終わらせるしかない葛藤(かっとう)が鶴田の中でたぎっていたためと私は思っている。

 今、急進する雇用不安や矛盾の露呈がこれまでにない運動や思念を生む可能性はある。そこにどんな人間観察や葛藤があり、物語を生み得るか見当もつかないが、「文学に何ができるか」という古い問いかけが、少し息を吹き返すかもしれない。

 「コシャマイン記」は「芥川賞全集第1巻」(文芸春秋)に収められている。(論説室)




毎日新聞 2009年2月3日 東京朝刊


賢者の贈り物=福島良典

2009-02-08 | Weblog




 欧州ではバレンタインデーに男性が女性に花束を贈る場合が多い。チョコレートと違って目立つので、「もらったかどうか」が一目瞭然(りょうぜん)だ。女神にほほ笑まれた女性たちは14日、戦利品を抱えて、街を闊歩(かっぽ)する。

 フランスの社会学者、マルセル・モース(1872~1950年)は「贈与」をキーワードに人間社会を読み解いた。贈り物が経済的な価値を超え、いわば「思い」の交換にあたり、その連鎖がきずなを生んでいる、と。

 バレンタインデーでなくてもいい。「今日はちょっと気分がいいから」と、大切な人に相手の好きな物を贈ってはどうだろうか。みんなと一緒に贈るよりも、ずっとすてきだ。

 大枚をはたく必要はない。大事なのは贈り物に託して発信する「思い」だ。暗いニュースであわだつ心や、「100年に1度」の経済危機も少しは和らぐかもしれない。

 ただ、グローバル化時代の現代、世界の市場には地域紛争や児童労働を助長する恐れのある商品も流通している。

 例えばチョコレートやダイヤモンド。チョコの原料カカオの農園ではかつて児童労働が多かった。高値で取引されるダイヤの原石は紛争地の武装勢力の武器購入資金になってきた。

 最近では業界が透明性の確保に努め、商取引を通じて貧困のない公正な社会を作る「フェアトレード」の運動が広まっている。チョコの本場、ベルギーでは児童労働によらないフェアトレード商品もスーパーに並ぶ。

 想像力の翼を広げて、原産地の様子を目に浮かべよう。吟味して選んだ贈り物はきっと、「より良い世界」を目指すメッセージも運んでくれるはずだ。(ブリュッセル支局)




毎日新聞 2009年2月2日 東京朝刊


生涯モーグルの道=佐々木泰造

2009-02-08 | Weblog



 トキめき新潟国体のモーグル競技(2月17~19日、十日町市)に出場する。国体のモーグル開催は7年ぶり2回目。W杯出場選手を含む滋賀県代表4人の1人となる幸運に恵まれた。

 41歳でモーグルを始めて10年になる。ストレスで仕事を休んでしまい、トンネルの出口を探して、39歳で初めてスキー場に行ったのがきっかけだった。

 こぶが連続する急斜面を滑り、途中で2回、ジャンプしてエア(空中演技)をする。競技としての歴史が浅いから、誰も気づいていない上手なターンやエアのやり方があるかもしれない。努力と工夫次第で上位進出の可能性があると信じ、物理の受験参考書も引っ張り出して、技術革新に取り組んでいる。

 現在、モーグルなどのフリースタイルスキーの競技者として全日本スキー連盟に登録しているのは男子591人、女子146人。男子は半数が30代だ。さすがに50代以上は私1人だが、40代は61人いる。女子も30代が3分の1を占めている。多くの選手が私と同じように仕事を持ちながら、休日だけの練習で競技を続けている。

 生涯スポーツに出合ったおかげで、51歳の私の体は20代よりたくましい。年とともに衰えると思っていた肉体で、20代にはできなかった宙返りもできる。何より、どんな難題にも立ち向かおうと気持ちが前向きになり、仕事に対する意欲がわいた。

 新潟国体は度重なる災害を乗り越えて元気な新潟の姿と、全国から寄せられた温かい支援に対する感謝の心を伝えようと開催される。その場に立てることに感謝しつつ、生涯スポーツの道が広がるよう、今持てる力のすべてを出しきりたい。(学芸部)




毎日新聞 2009年2月1日 大阪朝刊