わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

襲われる者、襲う者=磯崎由美

2009-02-23 | Weblog




 車のエンジン音と吹き抜ける寒風がうねるように響く。多摩川の支流に近い東京都世田谷区の東名高速道路高架下。ここで1月2日、野宿していた男性が頭を殴られ亡くなっていた。

 近藤繁さん。71歳。警察の調べでそう分かったが、いつどこから来てどんな暮らしをしていたかは定かでない。橋脚のそばに段ボールを敷き、靴をそろえ寝袋にくるまっていた。人けのない場所だが、支援者によれば、静かに本を読む姿を記憶していた住民もいるという。

 2月1日、現場で追悼式が開かれ、約60人が黙とうをささげた。元野宿者の男性が3年間で寝場所を90カ所も変えた経験を話した。「放火されたことも、け飛ばされたこともある。人が怖くて、どんどん人から離れた所に住むようになるんです」

 殺人容疑で逮捕された容疑者(36)を知る人たちも来た。容疑者には軽い知的障害があった。勤務先だったリサイクル店の男性は、まじめに粗大ゴミを解体していた姿を思い出し「弱い立場の人がさらに弱い人に手を出す。何をしたらいいのか」と無力感を口にした。

 横浜で中学生による野宿者連続襲撃が社会問題化したのは82年。その後も街の死角で居場所のない者どうしが出会い、生きづらさが容易に暴力に変わる。世田谷で事件があった正月、年越し派遣村には多くの野宿者も駆け込んだが、近藤さんは高架下の有刺鉄線が張られた一角から出ることはなかった。

 「近藤繁さん、あなたを追悼するこの日から、私たちに何ができるかを考え、何かを生み出したい」。薄暗い現場で追悼文が読み上げられる。手向けられた花束が寒気に震えた。(生活報道センター)




毎日新聞 2009年2月4日 東京朝刊


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