<私は、シナリオというものは、どんな風に書くのか、その時はまだ全然知らなかったから、困っていると、隣りの男が馴(な)れた様子ですらすら書いている>と黒澤明は自伝「蝦蟇(がま)の油」(岩波書店)に書いた。1936年、画家の夢を失った黒澤青年が新聞の隅に「助監督募集」の広告を見て応募した、その2次試験である。新聞の三面記事から浅草の踊り子に恋した工員の事件が素材に与えられた。
<別にカンニングをする気もなく暫(しばら)くそれを見ていると、どうやら、話の起った場所を先(ま)ず指定して、その話を書いていくものらしい。私は、それを見習って、書いた>。合格。思わぬ才がそこに出たのだろう。世界のクロサワの誕生である。
「総合芸術」映画に無用な才はなく、隠れた才も引き出される。それが魅力だ。学校教育の場でそれを証明しているのが長野県松本市立寿小学校6年2組の麻和正志先生(43)である。今年度も1学期から総合的な学習の時間で学級全員が力と個性を合わせ、独創ファンタジー「シンデレラX」を作った。
遺伝子テストで将来が振り分けられてしまう街「ドラグシティ」。記憶を失った少女レイラは……と案を寄せ合ってシナリオを書き、演出、カメラ、照明、美術、衣装と手分けし、ベニヤ板を集めて近未来の広場や工場のセットを組んだ。なるべくCG(コンピューターグラフィックス)に頼らず、実写にこだわった。前年、5年生で作った鉄腕アトムものが大好評で、このDVDを学校のバザーで売って制作費に充てた。脱帽。
公開は11日午後1時と3時、まつもと市民芸術館で。前年度作品も上映される。(論説室)
毎日新聞 2009年2月10日 東京朝刊
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