彼岸花は足元のそれを観賞する花ではないようです。田んぼの、土手の、墓場のあたりに点在し、また肩を並べて咲いているのを、電車やバスの車窓から、眼を遠くに放って眺め行過ぎる、ああ、秋と、袖から出た腕に風を感じさせる、そんな花ではないでしょうか。
アメリカで園芸師として働き、交換船で帰って来られた年配の方からうかがった話です。雇い主はかなりの資産家であったらしく、門から玄関まで車で30分程もかかることや、邸内に自家用天文観測所があったことなどでした。まだそのころそのようなお金持ちを切実な実感とはなし得なかった時代でした。
どんな切欠でしたか忘れましたが、戦時中、煙草の巻紙に使う糊が欠乏したので、彼岸花の根から澱粉を製造し使うことを専売局の知る辺に助言したことも話されました。彼岸花のころでだったかもしれません。穏やかな人柄と自慢話にしては、地味に過ぎますので作り話とは思えず、いまでも彼岸花のころには思い出しています。