marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(374回目)アメリカ史の皮肉(アメリカという国は神学的な国家である)Ⅲ

2017-06-29 19:22:05 | #日記#手紙#小説#文学#歴史#思想・哲学#宗教
 宗教改革から始まり、ヨーロッパ、フランス、イギリスの革命においてアメリカに渡り、その創成期の信仰的イノセンスの時代は、新大陸での無限とも思えた経済的資源に対して、変質を遂げた。
(※独り言、僕が小さい頃、「風と共に去りぬ」という映画がありました。映画の最後に、ビビアンリー演ずるスカーレット・オハラが「私にはこの土地があるわ」という言葉で、映画音楽が流れ夕映えのその土地を背景にシルエットになる彼女をカメラで引いて終わりとなるシーンとなっていたかと思う、確か! 僕はこの意味が何のことやらさっぱり分からなかったが、アメリカの新大陸に来た人々の気持ちを考えれば、映画を見てアメリカ人はすごい郷愁を呼び起こされたものだろうなというようなことが今さらながら推測される。つまり、先祖が新大陸を開拓して経済的にも可能性のある土地を残していったということ。)
◆で、先ブログのバラク・オバマ元アメリカ大統領の神は、キリスト教の神に似ているがその神ではないとしている深井先生の「プロテスタンティズム」の文章ではあるが、アメリカ建国の父、そしてピューリタンである新プロテスタンティズムの諸々の諸派においてもさらにそれを乗り越えようとする諸派があったことは述べた。そして、政治的混乱を招かぬように政教分離も行われその時代の普遍的な人類というイメージが語れたアメリカでの人々が戦後の日本に変革をもたらせたということであった。日本国憲法はそのような人々の息がかかっている普遍性のある内容なのだ。ある意味では幸運だったのか。(信仰におけるアメリかに学ぶキリスト教神学は、純粋無垢の信仰の精神で戦後の日本を救済されたあたりまでとなるだろうなと僕は思う。以降の時代は、アイロニーを含んでいるから・・・)
◆アメリカは神学的な国家であると言えるかもしれないが純粋に学問とするには建国当初から基督教がイノセントな徳を把握していた時期についてまでであり、歴史の中で既にその限界が露呈してきていたように思われる。(現在はさらに露骨になり綻び修正が行われている)フランスもイギリスもすべての人間に適応性のある普遍な、様々な社会の仕組み作りに精を出す人々が伏線で歴史の中で常に存在したということである。(例の表には決して現れない人々、しかも長い固有の歴史を持つ旧大陸にも新大陸アメリカでも歴史上では決して現れない人々・・・。だから、この辺まででこれ以上は学問にできないだろう限界を感ずるのである。つまり、それ以上はイエスが言われた先の言葉(その人々のこと)を考えなくてはいけないということになる。空想や思惑や推論ではなく実態をあらしめる事実としての歴史を作ってきたその言葉を拾い集めなくてはいけないという困難さがあるからだ。
◆M・トケイヤー(知っている人は知っている):日本に来日されていたユダヤ人ラビであり(8年間)、日本についての本も出されている。彼らの考えは神の歴史を活きているので古い内容でも常に新しいメッセージを常に含んでいる。日本の弱点を知りつつも日本を高く買っている人であった。彼の著作、つまりユダヤ人のラビの言葉を少し学んでみたい。優しく書かれているが、今まで書いてきたローマカトリックのヨーロッパでの宗教体制、中世、キリスト教時代における、そして宗教改革時、さらには啓蒙思想のあったフランス革命時、イギリス革命、アメリカ革命時、そして現代まで、あの天地創造の神を信じて、世界に離散したと言われるその民族としての独立性を保ってきた彼らはどうしていたのだろうか。インターネットなどなかった時代、彼らは全世界に離散した自部族における情報の共有化ができていたと言われる。(彼の日本を去る前の著作にはあのフリーメーソンのことも少し触れている。)
※彼の言葉を読みつつ、今までの世界の歴史はどう動いて来たかを考えたい。・・ 続く 

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