腎臓がん物語 桜が舞い散る頃までは…

2015年5月末日、左腎細胞癌発覚
8月手術、同年11月多発肺転移。
バツイチ独り暮らし46歳

2015・08・03手術予定 現在までの心境など

2015-07-20 10:27:24 | 腎癌発覚からの心境

さて、入院してしまえばスマホからの投稿になる為、

しばらく更新はしずらい。


ちゃんと順番を追って書きたいんだけど、あまり時間がない…

なので腎癌と判明してからの現在までの心境などについて書きたい。



ほとんどが腎癌に罹患した方々や他の癌に罹患された方々がこのブログを見て下さってると思う。

「まさか自分が癌になるなんて!?」

みんな同じだと思う。最近は大げさな「告知」なんてものは、ほぼないだろう。

どの医者も「癌の疑い」という。表向きはあくまで「疑い」なのだ。


しかし今はCT検査の画像診断(造影剤使用)でほぼ確定できる精度の診断ができる。

他の癌なんかは、わずか数ccの血液で判明する時代だ。

脅したい訳じゃないが、「癌の疑い」と言われた時点で「高確率で確定」している訳だ。

自分の場合、今のところ嚢胞性だということで、

「中に水が入ってるオデキでしょう~?」と、

CT画像を病棟で見せられた時にはそう思ってた。
(後に書くが糖尿病の教育入院中の検査で腎癌が判明する。現在は自宅)


だが退院後、知り合いの脳外科の医師にCT画像のコピーを見せた。


医師「ああ、これ癌だよ」  自分「マジでっ!?」

医師「確かにここに映ってる真っ黒い所は嚢胞なんだよ、でも周りにワシャワシャ~と映ってる模様は癌特有の模様なんだよ」

自分「・・・・・・・」

医師「まぁ、とりあえず切っておいで。makotoさんが通ってる大学病院は優秀だから」






ここから始まる怒涛のネット検索。

腎癌のステージ・余命・手術方法・手術体験者さんのブログ閲覧!

もう調べる事はないくらい調べた。

結果、誰一人として自分と同じケースになるとは限らない。同じステージでも千差万別。

手術後の痛みなんかは代表的だろう。
(まだ転移は見つかってないので、転移後の治療等は深く踏み込んでいない)


どこで見たか忘れたが、「腎癌は血尿や痛みの自覚症状が出たらかなり進行してて危ない」

と書かれていたが、そんな事はない!

事実、ひどい自覚症状が出てからの手術でも、転移もなく7年、10年以上健康な方はいる。

なんだったらステージ4の方でも8年くらい元気な方もいる。



ただ、逆もしかりなんだ。極初期でもだ…

一番辛いのが腎癌闘病記を書かれてる方々の最後が、

「ご報告」や「お知らせ」や「ありがとうございました」

と、締め括ってある事…


自分が置かれてる現実を、立場を実感させられる訳で…


しかしながら現実から逃げたい自分がいる。

「検査さえしなければ自分は癌患者にはなっていない!」

などと訳のわからない事を思ってみたり。


手術なんて無視してどこか遠くに行きたい。なかった事にしようとする自分が居たり。

また、今まで散々不健康な生活してたくせに、青汁を飲み始めたり、

癌のアポトーシス(癌の自殺)をさせるサプリを輸入してみたり。

youtubeで免疫をUPする音楽を聞いてみたり。


もう、あがくあがく!もがくもがく!


更に終末期の緩和ケアや、ホスピスまで調べあげてる。

まだ手術もしてないし、転移も見つかってないのにバカじゃないの?と思われるだろう。


しかしだ。癌闘病記を見てると皆さん凄い前向きだ。

何故そこまで前向きに明るく出来るんだ?

それは文字通り「苦しいながらも闘ってる」からだ。

希望を失ってないからだ。


俺は闘う前から逃げてる。何故?  怖いからに決まってる。


自分がいったい何が怖いのかはわかっている。

「死」が怖いんじゃなくて、これから経験するかも知れない

インターフェロンや分子標的薬の副作用の苦しさ辛さ痛さ。、

肺転移の苦しさ、骨転移の激痛、終末期の想像できない痛み。

まだそうなってもいないのに怖くて心が逃げている。


転移で闘病中の方や末期の方がこれを見ると憤慨して激怒されるかも知れない。

でも、これが今の本当の自分。偽りのない自分の心境なのだ。




さて、話は変わるが8月3日に迫ってる手術だが、これも怖くないと言ったら嘘になる。

約30年前に盲腸の手術をやっている。

この時、何が辛かったというと「前麻酔?」とかいわれている筋肉注射だ。

肩の関節内くらいに入ったであろう注射は失神しそうになった記憶がある。

ここで体力のほとんどを使いきり、もう脊髄麻酔なんか平気だった。


現在でもチラホラ出て来る「前麻酔」って奴はなんなんだ?

恐らく鎮静剤的な注射だろうが、全く鎮静効果はなかった。

あまりの痛さで声も出せないくらいフラフラになった記憶がある。

今回の手術でもやるとするなら、丁寧に「逆効果なんだよ!」とお断りしよう。

(追記:結局前麻酔?はやらなかったが、現在でもある。手術の説明文に項目があった。する場合としない場合の違いは何なのか?は、未だに不明)


後は術後の痛み緩和の「硬膜外麻酔」だ。

30年前の盲腸の手術時には、こんなものはしてくれなかった。というか、なかった?

本番の硬膜外注射の前に何本か周りに麻酔を打つそうなんで、

痛みはあまりないとの事。昔、「硬膜内」に失敗で何本も打たれた者としては

「外」だったら平気だと思ってるんだが… 人によって感じ方は違う。


しかし、ここで注意しなければいけない事は、

「硬膜外麻酔」で、痺れるような激痛は、あきらかに失敗だという事。

とあるブログ主のSさんは、昔の手術で足の痺れと共に激痛が走り、

痛いと叫んでるにも関わらず全身麻酔で眠らされてしまったそうだ。

近年、違う手術の前に担当麻酔医に話したところ、痛みが出た所で中止するべき

はずだった。と教えられたそうで。

自分は大学病院なので、恐らく研修医が硬膜外麻酔を行うだろうと思っているんだが、

先に担当麻酔医に「硬膜外麻酔を失敗して無理やり寝かせたら、しばきまわすぞワレ!」

と、丁寧に言っておこうと思う。


又、時間のある限り、時系列的にブログUPしていきます。



かなり訳のわからない文章になってしまいましたが、
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました!


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ふりかえれば10年前か?(腎結石と腎嚢胞)

2015-07-20 09:08:44 | ~腎細胞癌発覚まで
およそ10年前、左尿路結石の為、P病院の待合室のソファーで痛みで唸り声を上げていた。

「早く痛み止め打ってくれ~!」

ご存知の方々も多いと思うが人間の痛覚のワースト5に入る激痛…

ボルタレン座薬と筋肉注射の痛み止め?をしてもらい、
なんとか痛みは落ち着く。

尿検査で出した尿は「ほぼ血…」うわぁ~(汗)

その後、腹部エコーで結石を確認。

女医の話

「makotoさん、左腎臓内に5mm大の2つの石と上部尿管に4mm大の1つ石があります」

「尿管内の石は自然に排出すると思うので、このまま様子を見ましょう」

「それとですね、左の腎臓に3cm程の嚢胞があります。誰でも出来るものなので心配ありません」(後にこれがT1bの嚢胞性腎細胞癌と診断される事になる)

「それより、高度な脂肪肝です。高脂血症です。」
「まぁ、まだ若いので脳梗塞等の合併症が出るのは10年は先なので、治療していけば大丈夫です」


しばらく通院し高脂血症の薬であるリピトール錠(現在でも標準のお薬)を飲みながら、
2ヶ月に一度のエコー検査で脂肪肝と左腎臓の結石の経過観察が続いた。

(尿路にあった4mm大の結石と腎臓内の1つの結石は、のちに自然排出された)


それから3年くらいはマジメに通院したと思う。

ただ、ある診察で女医が、

「左腎臓内の残りの石が出ませんねぇ~ このまま出ないと癌の原因となる事もあるんですよねぇ~」

じゃあどうにかしてくれよ!

と思ったが、この時点での結石の大きさは5.5mm~6mmくらい。

「体外衝撃波結石破砕装置」で砕くには石が小さいらしい。

この頃の装置の精度では正常な組織まで傷つけるので、癌の恐れより傷つけるリスクの方が大きいという事で経過観察に。


この後、マジメに通院するのが面倒くさくなり、今年2015年までの約7年間、
エコー等の検査はやらなくなる。

嚢胞が癌化するとも知らずに…

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