腕時計をしなくなって久しい。
ケータイも持っていないので、外に出た時には時刻が分からないが、特に不都合なことはない。
時間に支配されない自由を満喫しているというところだろうか。
習慣というものは恐ろしい。
時計を外して最初の頃は、左袖をまくって何かを見る仕草を一日に何度も繰り返した。
自分の貧弱な腕を見て、何が面白いのかい。
だんだんと減っていったが、何年もの間、腕時計の呪いに囚われていた。
電車の中などで、同じ所作をしている人を見かけると、なぜか哀れに思えてならない。
きっと時計をしていないお風呂の中でも、同じことをついやってしまうのだろうな。
これを私は「機械に支配された人間」と呼んでいる。
最近腕時計をしない若者が増えている。
ケータイやスマホで時間が分かるからである。
それはそれで、別の機械に支配されていることになる。
ある日からきっぱりと時計とおさらばした訳ではない。
最初の頃はかばんの中に時計を入れて持ち歩いていた。
時間が分からないというのは、実に不安なことだったからだ。
今はもう、時間を気にすることはほとんどない。
このことは、働いていない年金生活者の特権なのかも知れない。
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