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本朝徒然噺

着物・古典芸能・京都・東京下町・タイガース好きの雑話 ※当ブログに掲載の記事や写真の無断転載はご遠慮ください。

観劇のキモノ

2005年08月28日 | 着物
最近、古典芸能ブームと着物ブームのためか、歌舞伎座で着物姿の若い女性を多く見かけるようになりました。
それはとても良いことだと思うのですが、この夏、歌舞伎座で「ちょっとどうかなぁ……」と思う着こなしが多く見られ、少し複雑な気分です。
半衿・襦袢つきの着物を着ているのに、足元は素足に下駄など、全体のバランスがちぐはぐになっていたり(綿紅梅や綿絽も含めて、半衿つきで着物を着た場合は、足袋を履きます)。
あるいは、浴衣に半幅帯・素足に下駄ばきなど、TPOにかなっていなかったり。(浴衣は基本的に「寝間着兼部屋着」という位置づけのものです。浴衣を「カジュアルな夏キモノ」として着る方法については、6月24日の記事「浴衣の着こなし」をご参照ください)
着物の世界だけの常識ではなく、一般的な基準から考えてもちょっと疑問に思ってしまう着こなしが、残念ながら増えてきた気がするのです。

私が歌舞伎座に通い始めたのは、着物ブームが始まるずっと前のことでした。
そのころは、着物を着た人の割合こそ少なかったものの、素敵な着こなしをした人がたくさんいました。
ここでいう「素敵な着こなし」とは、色柄が上品で質の良い着物を着て、帯や小物との取り合わせも洗練されていて、TPOもきちんとわきまえられていて、着付けもきちんとしていて、着姿が自然で、そこはかとない品がある……ということです。

歌舞伎座のロビーや客席、特に1階席にはそういった人が何人もいて、思わず見とれてしまったものです。
そして「私もああいうふうに着物を着て歌舞伎を観たい」と思ったのが、私の「キモノ好きへの道」への第一歩でもありました。

もちろん今でも、そういった「素敵な着こなし」をしている方はいらっしゃいます。
しかし、歌舞伎座における着物人口の増加に伴い、そういった人の密度が低くなってきているのも事実です。

自由な感性で着物を着るのはとても良いことだと思いますが、そうはいってもやはり「時と場所に合っていること」「周囲と調和していること」「相手に対して失礼のないこと」は、着物を着るうえでとても重要なことです。これらを包括的に捉えることができてはじめて、着物を「着こなしている」と言えるのだと思います。

「じゃあどうすればそういった着こなしができるの?」と思われるかもしれませんが、これはもう、「素敵な着こなし」を数多く見て目を肥やしていくしかありません。私にとって、お手本にしたい方がたくさんいたのが、歌舞伎座でした。
あとは、最低限の着物の決まり事を、身をもって覚えておくことだと思います。常に、「この場にこの格好でよいだろうか」「この組み合わせで全体のバランスはおかしくないだろうか」と考えて周囲と自分とを比較し、もしも「失敗したかな、変かな」と思えば、それを教訓にしていけばよいのです。

私は、これまで歌舞伎座でたくさんの先達を見てきて、とてもよい勉強になりました。着物を着て歌舞伎を観に行って、最初は気おくれして落ち着かないこともありました。しかし今では、着物姿の人に混じってそれなりに堂々と、落ち着いて構えていられるようになりました。
この「気おくれせずに堂々としていられる」というのは、お芝居を楽しむためにとても重要なことです。
仮に、どんなにちぐはぐな格好をしていても自信たっぷりでいられる人がいたとしても、周囲の視線は正直です。同じ注目されるのでも、「あら素敵」という視線と「何あれ?」という視線はちがいます。後者の視線で見続けられたら、さすがに居心地の悪さを感じることでしょう。
せっかく着物を着てお芝居を観に行くのですから、お芝居を存分に楽しむために、「どこに出ても恥ずかしくない着こなし」を心得ておく必要があると思います。

「今度歌舞伎を観に行くことになって、着物を着ようと思うけれど、どんなものを着て行けばいいの?」と迷う方は多いと思います。
そこで、これまでの経験と観察から、観劇の時の着物についてまとめてみました。
「面倒くさいなあ」と思うかもしれませんが、せっかく「キモノで観劇」を志すなら、周りの人をよく見て着こなしのワザを磨き、いずれ自分が人からお手本とされるようになれば素敵だと思います。


■季節に合った装いを

観劇の場では、着物を着慣れた人、着物を見慣れた人がたくさんいますので、季節に合ったものを着ることは大変重要です。

まず、単(ひとえ)、袷、薄物の着用時期を守ることが大切です。
特に、単(ひとえ)の時期に袷(あわせ)を着ることは絶対に避けましょう。
真夏は、6月や9月に着るような単ではなく、きちんと夏物=薄物を着ましょう。
単の着物や薄物を持っていないならば、思いきって洋服にすればよいのです。

5月下旬は、本来は袷の時期ではありますが、着慣れた雰囲気の人はほとんど単を着ています。
10月の初めも、着慣れた雰囲気の人のなかには単を着ている人がいます(ただしこれは、当日の気候などさまざまな条件による判断が必要となりますので、初心者は10月になったらとにかく袷を着るのがよいと思います)。

着物や帯の柄が、季節を限定するようなものである場合は、それに合った季節に着用するようにします。
東京の場合だと、半月か1か月くらい季節を先取りした柄選びをすることが多いです。ただし先取りと言っても、たとえば2月に桜の柄など、あまりにも早すぎるものは似つかわしくないので、避けたほうがよいでしょう。
ただし、ひいきの役者さんの紋を意匠化した柄や、ひいきの役者さんにゆかりの柄などの場合は、必ずしも季節と合っていなくても構いません(ただし、ひいきの役者さんがらみの着物や帯を身にまとうのは、その役者さんが出演されている時だけにするのが演者への礼儀だと思います)。


■座席や興行内容によって着分ける

歌舞伎座の客席は、グレードの高いほうから順に桟敷席、1階席、2階席、3階席、一幕見席となります(2階席の前列が「1等席」で1階席後部が「2等席」になる場合もありますが)。

歌舞伎座はジーンズでも入場可能ですので、本来は1階席でカジュアルな格好をしていても構わないのですが、着物の場合はやはり目立ちますし、ほかの人の着物とバランスが合わないとどうしても浮いてしまいますので、なるべく座席にあった装いをすることが望ましいです。

以下に、座席別に装いの目安をまとめました。
ただしこれはあくまでも目安ですので、「大勢で、ドレスコードを決めていくことになった」など趣向のある場合は、それに合わせるのがよいでしょう。

<1階席>

普段の興行ならば、格の高い着物は却って大げさになってしまいます。小紋か、紋なしの色無地が最適です。
ただし桟敷席の場合は、客席からも見られる位置にありますので、付け下げ、飛び柄の上品な小紋などで、少しあらたまった感じを出すのが望ましいです。
お正月興行や襲名披露興行の場合は、平場(ひらば:桟敷以外の席)でも訪問着や付け下げ、紋付の色無地を着ている人が多くなります。そのため小紋も、飛び柄の上品なものか総柄の華やかなものにするとよいでしょう。

観劇には本来、染めの着物が適しているといわれますが、最近は織りの着物を着ている人も多く見られます。ただし1階席の場合は、格子や絣(かすり)などカジュアルな柄の紬は避け、無地紬など少しあらたまった感じのものにしたほうがよいです。
桟敷席の場合は、染めの着物のほうがよいです。

夏は、絽の小紋・色無地・付け下げ、紗などが適しています。平場なら、絹紅梅でもよいと思います。
木綿や麻の着物は、1階席では適しませんが、麻でも「上布(じょうふ)」など高級感のあるものなら、あまり違和感がないと思います。ただし、紬と同様、柄ゆきによります。桟敷席では避けたほうがよいでしょう。平場でも、襲名披露興行の時は避けたほうがよいでしょう。

<2階席>

基本的には、1階席の平場と同じです。
ただ、お正月興行や襲名披露興行などの場合でも、訪問着や付け下げを着ている人はやや少なめになります。

夏は、絽の小紋・色無地、紗、絹紅梅などが適していると思いますが、麻の着物でも違和感はないと思います。
麻の場合、上布だけでなく縮(ちぢみ)でも構わないと思いますが、やはり格子や絣などカジュアルな柄は避け、無地に近いものにしたほうがよいです。1階席と同様、襲名披露の場合は避けたほうがよいでしょう。

<3階席>

1階席や2階席に比べると着物を着ている人も少なくなりますが、着物を着た人が「ちらほら」とでもいると、やはり場が華やぎます。
3階席は、とにかく「気軽に歌舞伎を観る」ための場所なので、あらたまったものにする必要はありません。紬、小紋などがちょうどよいでしょう。
3階席は座席も狭くなりますし、床もじゅうたん敷きではありませんので、汚れて困るものは着て行かないほうがよいと思います。

夏は、絽の小紋や夏紬のほか、麻の着物や木綿ものでも構いません。縮(ちぢみ)や綿紅梅、綿絽を、半衿・襦袢・名古屋帯・足袋・草履とあわせて着ます。
襲名披露興行の時は、麻や木綿は避けたほうがよいです。

浴衣(この場合、綿コーマの浴衣に素足に下駄履きという、いわゆる「浴衣姿」のこと)は、あまり適しません。1階席や2階席では当然避けるべきですが、3階席の場合、夜の部ならばさほど違和感がないかもしれません(ただし、襲名披露興行などの場合は、3階席でも浴衣は避けるべきです)。ただ、客席だけでなくロビーや食堂も利用しますから、やはりなるべく避けたほうが無難です。
半幅帯を締める場合は、文庫結びは避けたほうがよいです。椅子の背もたれにぴったりと背中をつけられないからです(3階席の場合、かなり上のほうから舞台を見下ろす形になりますので、前かがみになると後ろの人が見づらくなってしまいます)。貝の口や吉弥(きちや)などに結ぶのがよいでしょう。歩く時に大きな音が立たないよう、下駄も、裏にゴムの貼られたものにします(本来、劇場では下駄履きは避けたほうがよいです)。



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4 コメント

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参考になります (kazura)
2005-09-10 22:44:18
人から見ても見苦しくない着方、なかなか難しいです。。。



ところで、最近丁寧語で書かれることが増えてますが、分けていらっしゃる理由はおありなのですか?
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記事の性質や内容によって (maikoplasma)
2005-09-10 23:21:30
kazuraさま、コメントありがとうございます!



歌舞伎座は、着物の格やTPO、着こなしなど、着物の基本を「目で見て学べる」といった感じで、着物初心者だったころの私には本当に良い勉強になりました。

着物の本で見てもいまいちピンと来なかったことでも、実践の場で見てみるととてもよくわかりました。まさに「習うより慣れろ」「百聞は一見に如かず」といった感じです。

礼装用でない着物や帯を買い集めたのも歌舞伎座へ通い始めてからでして、おかげでこれまでずいぶんと投資してしまいました……(^^;





ところでブログの文体ですが、当初は全部「である」調でいこうかと思っていたのですが、「である」調だと記事の主旨や雰囲気がうまく出ないこともあるので、最近は使い分けるようにしています。

読んでいる方に語りかけるような色合いの強いもの、たとえば今回の記事のような「ノウハウもの」や、旅先での出来事や豆知識などを紹介する「報告もの」は、「ですます」調で書くことが多いです。

一方、劇評やその時どきの自分の考えをつづった「評論もの」「随想もの」などは、「である」調で書いています。

あとは、記事の内容や雰囲気などによって適宜使い分けています。



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なるほど (kazura)
2005-09-11 18:31:24
分かりました。

実は最初違和感を覚えたのですが、最近はである調の時は弾みながら、ですます調で書いてらっしゃる時は居住まいを正して(笑)拝読しております。
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ありがとうございます! (maikoplasma)
2005-09-14 01:25:40
kazuraさま、いつも読んでくださってありがとうございますm(_ _)m



>ですます調で書いてらっしゃる時は居住まいを正して(笑)

いえいえ、どうぞお気楽に読んでくださいませ(笑)





>実は最初違和感を覚えたのですが

そうなんですよ~、私も、文体はできるだけ統一したい主義なのですが、「ノウハウもの」で「である」調だとなんだかお説教っぽくなってしまいそうなので(キモノの本とかでありがちですが……)ですます調でソフトにできればと思いまして……。

逆に、時事ものとか評論・随想ものだと、「である」調でちょっとシニカルな感じを出しつつ新聞のコラムっぽくできればいいなあ……と思っております。

本当は、内容に応じてブログを分ければすっきりするのかなあ……と思うのですが、ただでさえ更新が遅れがちな私が、2つも3つもブログを作ると、とてつもなくオソロシイことになりそうなので……(笑)。



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