本朝徒然噺

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浴衣の着こなし

2005年06月24日 | 着物
先日、地下鉄の駅に置かれているフリーペーパーのなかに、浴衣に関する記事がありました。
読んでみると、どうやら、「これまでと違った、ワンランク上の浴衣の着こなしをしよう」というような主旨のものでした。

しかし……。残念ながら、その記事を書かれた人は、どうやら、「浴衣の着こなし」について正しく理解できていないようでした。なぜなら、次のような言葉があったからです。
「半衿をつければ、ちょっとあらたまったところへも着て行ける」

これは、まったくの間違いではないけれど、正しくもありません。
着物ビギナーが万一、この記述を鵜呑みにしてしまうと、とんだ恥をかいてしまうことになりかねません(もちろん、誰でもビギナーのうちは失敗するし、失敗に気づくことによってしだいに着こなし上手になれるのだけれど)。

そこで今回は、盛夏を目前にして「今年は浴衣で夏キモノ気分を楽しもう!」と思っている「夏着物ビギナー」の方のために、「夏のふだん着キモノとしての浴衣の着こなし」についてご説明したいと思います。

さきの記述で出てきた、「半衿をつければ、ちょっとあらたまったところへも着て行ける」
この言葉がなぜ正しくない(あるいは言葉が足りない)のかと言いますと……。

1)浴衣は、本来「あらたまった」ところへ着ていくものではない
2)どんな浴衣でもよいというわけではない
3)半衿をつければよいというわけではない

からです。


まず、1)について。
ご周知のとおりかと思いますが、浴衣はもともと「湯帷子(ゆかたびら)」といって、入浴(湯浴み)のときに着る衣服だったのです。それが発展して、湯上がりに着る、寝間着兼部屋着になりました。
洋服に例えるなら、「パジャマ兼用のジャージ」とでもいったところでしょうか。
ジャージを着て出かけるところというのは、限られていますよね。
スポーツの試合に行くようなときでもない限り、ジャージのまま電車に乗って出かけるという人はあまりいないと思います。せいぜい、近くのコンビニくらいまででしょう。
浴衣も同じで、本来は、家の中や、せいぜい町内を歩くときくらいしか着ないものだったのです。

今でも、「浴衣を着て電車に乗るもんじゃない」という方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、現代において、そこまで厳しく考える必要はないのでは、と、個人的には思います。
だって、花火大会に電車に乗らずに行けることなんて、ほぼないですよね。

電車に乗っちゃいけないとまでは言わないけれど、「本来はジャージみたいなもの」と考えればおのずと、「あらたまったところへは、普通は着て行けないもの」ということは想像できますよね。
それを大前提として理解しておくことは大切だと思います。


次に、2)について。
「本来はあらたまったところへは着て行けない」浴衣ですが、最近では、いろいろな浴衣があって、なかには「着方しだいでは、カジュアルなおでかけ着として、ちょっとした場所に着て行ける」もの、つまり、ジーンズかチノパンくらいの役割を果たせるものがあるのです。

浴衣は、生地の織り方や素材によって主に次の7つに分けられます。

ア)綿コーマ
イ)綿絽(めんろ)
ウ)綿紅梅(めんこうばい)
エ)奥州紬(おうしゅうつむぎ)または綿紬、綿麻
オ)絞り
カ)縮(ちぢみ)
キ)絹紅梅(きぬこうばい)

このうち、1つだけ、半衿などをつけて着ないものがあります。
ア)の綿コーマです。これは、いわゆる「普通の浴衣」です。温泉旅館などで出てくる浴衣と、素材や生地の織り方は同じです(もちろん、生地の厚さや柄の染め方などによってピンキリですが)。
浴衣売り場で売られているものの大半は、この綿コーマです。

綿コーマは、素肌の上か、浴衣用スリップなどの下着の上にじかに着るものです。当然、半衿や長襦袢はつけません。したがって、「ちょっとしたおでかけ着」にはできません。
綿コーマは、花火大会やお稽古、近所へちょっと買い物、といった場面だけで着ます。

しかし、綿コーマ以外の6種類の浴衣は、「高級浴衣」とされていて、これならば、着方によっては「ちょっとしたおでかけ着」にできるのです。


最後に、3)について。
上で述べたとおり、綿コーマ以外の6種類の浴衣ならば、着方によっては「ちょっとしたおでかけ着」にできます。
しかし、この場合に必要な4つの条件があります。

・半衿をつける
・襦袢(袖のあるもの)をつける
・足袋をはく
・名古屋帯を締める

この4つの条件をすべて満たしてはじめて、浴衣が「ちょっとあらたまった場所にも着ていける」ものに昇格するのです。
これらの条件を満たせば、ちょっとしたレストランでの食事や旅行などにも十分着て行くことが可能です。
縮や絹紅梅なら、観劇にも通用します(ただし、公演の種類や座席、着物の柄ゆきなどにもよります)。

レストランや観劇に着ていくならば、履き物にもそれなりに配慮をしなければいけません。
レストランや劇場は本来、下駄履きでは入れないところですので、草履を履くのが望ましいでしょう。
どうしても下駄を履く場合は、右近型や草履型で、裏にゴムの貼られているものにします。
草履は、夏向きの淡い色で、台の高くないものを合わせます(しょせんは浴衣ですから、礼装用の台の高い草履だとバランスが合いません)。

帯とのバランスも必要です。
木綿にあわせてもおかしくないもの、博多の献上帯や麻の帯などが定番です。


これまでの話を要約すると、

・綿コーマ「以外の」浴衣に、半衿、袖つき襦袢、足袋を合わせてはじめて、「ちょっとあらたまった」場所へも着て行ける。
・そうは言っても、しょせんは浴衣。着て行ける場所には上限がある。
・着て行く場所にあわせて、素材や小物を選ぶ必要がある。
・全体のコーディネートのバランス、周囲との調和を考えることが大切。

というのが、「夏のカジュアルキモノ」として浴衣を着る際におぼえておくべき基本事項と言えるでしょう。


「いろいろメンドウだなあ」と思うかもしれませんが、浴衣以外の着物を着るときも、着物の素材や種類によって、合わせる帯や履き物、着て行く場所などのバランスを考えますよね。それと同じですので、着物に関する基本的な知識を身に付けて、普通のセンスがあれば、着こなしは決して難しいものではありません。

浴衣の素材はほとんどは木綿や麻ですので、家庭で洗うことができ、しかも、天然素材ですので肌触りもよくて快適です。麻などは、ほかの素材に比べるとやはり涼しいです。
バランスやTPOをきちんと考えて着れば、こんなに便利な夏の外出着はありません。

「基本的知識」をもとに、まずはとにかく着てみましょう。
いきなり高級レストランや観劇に着て行くのではなく、ちょっとした外出からチャレンジすれば安心できると思います。
いろいろなところに着て行って、場の雰囲気とのバランスを見れば、しだいに要領がつかめてきて「こういうところへも着て行けそうだな」というのがわかってくると思います。


夏に絹を着るのはちょっと……と思っている方は多いと思います。
もちろん、ポリエステル着物という選択肢もあると思いますが、ポリエステルだけが「洗える着物」というわけではないのですから、選択肢は多いに越したことはないでしょう。
暑さの度合いや着て行く場面に応じていろいろな素材の着物を使い分けられれば、さらに快適な夏のキモノライフが楽しめるはずです。






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4 コメント

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昨今の着物ブームに乗って (チョッキ)
2005-06-30 22:27:42
またまた解りやすい解説で読みながら唸ってしまいました。

夏は絶対に浴衣の方が楽チンなんですが、裸足に襦袢なしの浴衣では電車に乗る自信が僕にはないんです。



今年は浴衣を「着物風」に着るのが流行だとか。

なんか安っぽい気がして賛同できないのですが、これも少しは和服の良さを見直す機会になるのではと思えばさもありなんって感じです。

汚い表現ですが、男性にとって女性の浴衣姿ほどそそられるものはありません(笑)。

言葉を変えれば浴衣・夏の和服姿は女性の美しさをさらに引立たせますね。

だけど、暖色系のゴテゴテしたデザインや季節外れな桜柄なんてのは戴けませんね。

訪問着風の浴衣を見た時には仰け反りました。

厳しいですが、こんなのを見かけると着物ブームにならなくても結構と思ってしまうチョッキです。









Unknown (maikoplasma)
2005-07-01 00:11:30
チョッキさま、コメントありがとうございます!



「浴衣をキモノ風に着る」というのは、実はかなり以前からあったようで、その昔、着物を着慣れてるなあ……という感じのご婦人が「綿絽」の浴衣に博多の名古屋帯を締めて夏のふだん着にしておられるのを見て、「ああいう着方があるのか~」と思った記憶があります。

そういう意味では、昨今の浴衣の「キモノ風着こなし」も、ある種の「古典回帰」なのかなあ、と思ったりします。



「浴衣」と思うと「寝間着」「花火大会」のイメージと結びつきやすくなってしまうのかもしれませんが、「夏用の木綿の着物」として考えれば、キモノ風の着こなしも違和感はないのかなあ、と思います。

男性も女性も半衿・襦袢つきで着ることの多い「小千谷縮」も、浴衣の一種ですしね。



ただ、残念なことに、最近のブームのなかでは「夏用の木綿の着物」として着られるものかどうかの見分けがつけられていないことが多いのか、綿コーマの浴衣に半衿をつけて着るようなディスプレイを見かけたりします。

せっかくの古典的な着こなしが、まちがったブームに乗ってくずれていかなければいいのですけどね……。



古典回帰なんですね (チョッキ)
2005-07-18 20:47:28
以前おみかけした麻の葉の浴衣だったと思うのですが、夏着物としてに着こなしていて粋で素晴らしかったです!

麻の葉が大好きでこの柄に弱いんです。

僕は汗を沢山かくのでこの季節にさすがに正絹を着る勇気はなかなか持てません。

プログでのお写真を拝見して浴衣を着物風に着るのもナルホドってまた勉強になりました。

ありがとうございます! (maikoplasma)
2005-07-23 12:45:08
チョッキさま、ありがとうございます!



麻の葉の綿麻混紡の浴衣は、何をかくそう、インターネットショッピングで格安(もちろん仕立て上がり……)で手に入れたものなのです(^^; でも、色や柄も気に入っていて、なかなかおトクな気分です。



自分の気に入っている着物をほめていただけると、とてもうれしく、また、「キモノ道をがんばるぞ!」(笑)という気分になって張り合いが出ます。本当にありがとうございます。



浴衣売り場に行くと、東京のデパートだと今年は、麻100%の男性用浴衣を結構見かけます。

縮のような雰囲気で、夏の普段キモノとしても着られそうなので、人気を集めてるようです。ぜひぜひご参考に。



木綿も麻も、自宅で簡単に洗えるので、夏はほんとに便利ですよね。