本朝徒然噺

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歌舞伎座 寿初春大歌舞伎(昼の部)

2006年01月07日 | 歌舞伎
お正月に続いて、七草の日に歌舞伎座へ行ってきました。今度は昼の部です。

昼の部の1幕目は、箏曲舞踊の「鶴寿千歳(かくじゅせんざい)」。
曲名から見てもわかるとおり、ご祝儀舞踊です。
緞帳が上がると、舞台上手(かみて)に箏曲のみなさんが並んでいました。女性ばかりです。歌舞伎の舞台に女性が上がるのは、「助六由縁江戸桜」の一中節や、今回のような箏曲など限られた時だけなのです。

踊るのは、中村梅玉丈と中村時蔵丈。
白と赤を基調とした王朝風装束に身を包んだお二人がせり上がってくると、客席から「きれいねえ~」というため息がもれていました。
ベテランのお二人だけあって、ゆったりと落ち着いた格調高い舞で、まるで一枚の美しい絵を見ているような素敵なひとときでした。


2幕目は、坂田藤十郎襲名披露狂言の一つ「夕霧名残の正月」。
昨年末の京都・南座での襲名披露興行と同じ配役です。
演目についての詳細は、南座での観劇記をごらんいただくことにして……。
当月も、南座の時と同様、坂田藤十郎丈、片岡我當丈、片岡秀太郎丈による劇中口上が行われました。

放蕩の末勘当された藤屋伊左衛門(坂田藤十郎丈)のもとへ、病で亡くなったなじみの遊女夕霧(中村雀右衛門丈)の幻が現れます。
夕霧が去り、伊左衛門が我に返ったところへ、夕霧のいた店の主人(片岡我當丈)と女将(片岡秀太郎丈)がやってきます。
「夢の中とはいえ、若旦那が夕霧と会えたことはおめでたい」という主人。そこで女将が「おめでたいといえば、若旦那、襲名のご披露をみなさまの前で……」と話を切り出します。
そこで「とざい、とーざい」と声がかかり、三人が居ずまいを正して、口上に移ります。

我當丈は、藤十郎丈が着ている衣装「紙衣(かみご)」についての解説も交えながら口上を披露してくださいました。
秀太郎丈は、ユーモアを交えての口上で客席をわかせてくださいました。また、「上方歌舞伎ということで、後ろに控えている者たちもみな上方の役者なのでございます」と大部屋の役者さんたちも紹介してくださいました。客席からもエールのこもった拍手が起こりました。

この日はちょうど我當丈のお誕生日だったそうで、秀太郎丈が「おめでたついでにもう一つ、実は今日は兄・我當のお誕生日でございます」と披露し、客席からは祝福の拍手が起こりました。
弟さんからの意表をついた口上で、我當丈は平伏したまま照れ笑いしておられました(笑)。
藤十郎丈も我當丈のほうを向いて「お誕生日おめでとうございます」とお祝いを述べ、我當丈も「ありがとうございます」と返していたのがあまりにも自然で、おもしろかったです。
共演を重ねている三人の息の合った口上で、ほのぼのとした楽しい雰囲気になりました。

それにしても、藤十郎丈演じる伊左衛門と雀右衛門丈演じる夕霧が織り成す世界は、本当に幻想的でした。まるで別世界のものを見ている感じでありながら、舞台に引き込まれていくのです。
二人が一緒に月を見上げるシーンがとても印象的でした。客席も一瞬息をつめてしまうような、美しくせつない一場面でした。


お昼をはさんで、3幕目は「奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)環宮明御殿の場」。
「奥州安達原」は、全5段からなる義太夫狂言で、「環宮明御殿」はその3段目です。

親の反対を押し切って駆け落ちした武家の娘・袖萩。夫との間に一人娘・お君をもうけますが、夫と生き別れになった挙げ句に失明してしまいます。
お君に手を引かれて諸国を回り、三味線を引いて芸を披露しながら生計を立てる身の上となった袖萩は、ある時、父・直方が切腹の危機に面していることを知って両親の元へかけつけます。
しかし、勘当した娘を父は屋敷内に入れてはくれません。
不孝な自分を悔やみ嘆く袖萩と、幼いながらも一生懸命親を助けようとするお君のいじらしい姿を見て、袖萩の母・浜夕は涙にくれ、何とか直方との間をとりもとうとしますが、直方は聞き入れようとはしません。
そのうえ、自分の娘の夫が朝敵・安倍頼時の息子安倍貞任(さだとう)であると知った直方は、いよいよ娘を許さず、切腹の覚悟を固めます。
一方、直方の屋敷で捕えられていた義弟・宗任から直方を討ってほしいと頼まれた袖萩も、苦渋に迫って自害を決意します。
切腹の際、直方は袖萩に、来世で親子の対面をしようと言って娘を許します。しかしそれと時を同じくして、袖萩は庭先で自害していたのです。娘の自害を知った母・浜夕は、孫のお君を抱いて嘆き悲しみます。
そこへ、上使として直方の屋敷へ来ていた桂中納言が現れるのですが、実はそれは安倍貞任の変装で……。

前半の、袖萩が直方の屋敷を訪れる場面では、袖萩を演じる福助丈が自ら三味線を弾くのが見どころの一つです。
袖萩の三味線と唄を聞きながら涙を流す浜夕(中村吉之丞丈)が、とても印象的でした。抑えた演技なのに、娘や孫を思う母親の心がひしひしと伝わってくるのです。娘や孫が不憫でも、武士の妻であるがゆえに思うようにできないというつらさがとてもよく表現されていました。
お君役の山口千春ちゃんの熱演も、観客の心を打ちました。

後半の大きな見せ場は、正体を見破られた貞任(中村吉右衛門丈)が、桂中納言の公家姿から「ぶっかえり」で一気に侍の姿になるところです。
吉右衛門丈の迫力ある演技に、客席も魅了されていました。
荒々しい姿の貞任が、袖萩とお君を抱きかかえて涙を流す場面も印象的で、客席から拍手が起こっていました。夫婦や親子の情愛は、やはり義太夫の基本という感じです。

貞任の弟宗任を演じる中村歌昇丈も、形がビシっと決まって声もよく通って、すごくカッコイイなあ……と思います。「これぞ歌舞伎役者」といった感じです。こういう人がいるとお芝居がとても引き立ちます。


4幕目は、義太夫舞踊の「万才」。
踊るのは中村扇雀丈と中村福助丈。東西の成駒屋の競演です。
福助丈は中村芝翫丈の代演を務めるのですが、1つ前の幕にも大きな役で出演しているので大変だろうなあ……と思います。でも、前の幕の疲れも感じさせずに優雅に舞っておられる様子はさすがプロです。
扇雀丈の踊りも、きっちりとしていてとてもきれいでした。
義太夫の節や詞も軽快で、お正月のおめでたい雰囲気がよく伝わってきます。


昼の部の喜利は「曽根崎心中」。こちらも、京都・南座に続いて上演される坂田藤十郎襲名披露狂言です。
南座では3階席でこの芝居を観たのですが、今回は1階席だったので、役者さんの表情もよく見えて、一層迫力が伝わってきました。観客が引き込まれていくのがよくわかりました。

坂田藤十郎丈は、さまざまなインタビューで「役の心を大切にして演じる」ことを語っておられます。役の心になって演じれば、演技は自然とついてくるというのです。
私が藤十郎丈ファンである一番の理由は、まさにそこなのです。

鴈治郎時代から何度も舞台を見ていますが、彼はどんな時でも手を抜かない。役になりきって、役を大切にして演じている。たとえお客さんの入りが少ない日でも、あまり拍手をしないお客さんの前でも、役の心を大切にして芝居をしているから「手を抜く」ことはありえないのです。
だからこそ役の心情が伝わり、観客は心を打たれるのだと思います。

私は、平成11年4月の歌舞伎座で「恋飛脚大和往来 封印切」とこの「曽根崎心中」を観て、藤十郎丈(当時・鴈治郎)の「役の心を大切にした芝居」を目の当たりにし、心を打たれました。「人間」がよく伝わってくるのです。歌舞伎を観て涙が出てきたのは初めてでした。「歌舞伎ってこんなにおもしろいものだったのか」と思いました。

それから何年も経っているのに、藤十郎丈の舞台に対する意気込みは衰えるところを見せない。すごいことだと思います。


すごいと言えば、藤十郎丈の奥様の扇千景さん。
この日も、多忙ななか歌舞伎座へお越しになり、お客様の応対をされていました。
終演後には出口付近で観客を丁寧に見送っておられました。ご贔屓の方や顔見知りの方だけでなく、一般のお客さんにも同じように笑顔を向けて「ありがとうございました」と挨拶をしておられるのです。私もそうやって声をかけていただけて、とてもうれしくなりました。当たり前のことのように見えるけれど、なかなかできないことだと思います。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」小泉チルドレンとして国会デビューした新人議員の先生たちも、ぜひこれからのお手本にしてもらいなあ……と思います。


<本日のキモノ>

紺の鮫小紋に星梅鉢の帯。
12月24日の南座の時と同じコーディネートです。



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