電脳アニメパス

アニメ及び周辺文化に関する雑感

伊福部音楽の思い出

2006年02月16日 | 雑記
 先日、あすかが敬愛する伊福部昭先生がお亡くなりになられました。遠方で仕事もあるゆえ、お葬式にも参列できなかったのが無念でしたが、その代わりにこの一文をしたためてみました。
 伊福部先生のことはふだんから先生をつけてお呼びすることが自然なのですが、別に追悼文というわけでもないので、失礼ながら以下敬称を省略させていただきます。

1.伊福部音楽との出会い

 あすかが最初に伊福部音楽に触れたのは、物心付くか付かない頃。昭和のゴジラシリーズの末期、いわゆる東宝チャンピオンまつりの時代で、当時の新作で伊福部音楽が使われていたのは『ゴジラ対ガイガン』『メカゴジラの逆襲』の2本だけだけど、その他にリバイバル上映があったり、土曜の午後などにテレビで怪獣映画が放映されることも珍しくありませんでした。
 もちろん、そんなガキの頃に映画音楽とか伊福部昭という名前を意識していたわけではありません。やがて映画でもテレビでも怪獣映画は見掛けなくなり、それから何年かしてゴジラの復活ブームがやって来た時、すでにアニメのサントラにはまり込んでいたあすかが興味を持ったのはゴジラ映画のサントラでした。
 もっとも、当時はゴジラのサントラ盤なんてものはレコード屋さんには売られていませんでした。いや、その何年も前に東宝レコードから何枚か出ていたらしいのですが、当時はすでに廃盤。キングレコードの『SF特撮映画音楽全集』が出ていたものの、こんな何枚も分割されてるもの、当時の小遣いやお年玉で買えるものではなく……ま、何とか手にしたのが『ゴジラ伝説』。井上誠によるシンセサイザーアレンジのゴジラ音楽でした。
 『ゴジラ伝説』の1枚目のアルバムは昭和のゴジラシリーズから伊福部昭の音楽だけをセレクトしてアレンジしたものですが、最初はそんなこと気付かず、ヘドラとかガイガンとか入ってないのはガキ向けの映画だからかなとか思ったりもしていました。
 そして2枚目のアルバムにはゴジラ以外の伊福部昭による東宝特撮の音楽が収録されていて、それと前後して手にしたのが『伊福部昭 SF特撮映画音楽の夕べ』のライブ盤でした。
 『ゴジラ伝説』は井上誠の解釈によるアレンジや、ライナーノーツに書かれてる思いを感じるのが楽しいアルバムでしたが、いかんせん本来オーケストラで奏でられる伊福部音楽の魅力を十分に出していたわけではありません。そこに満を持して作曲者自身の手によってフルオーケストラの観賞用音楽作品として出てきたのです。初っ端から重低音で奏でられるゴジラの出現シーンのフレーズ。これに痺れないわけはありません。その日から自宅の応接間のオーディオセットでは「SF交響ファンタジー」が繰り返し鳴り響くことになりました。

2.CD全集と純音楽

 この頃、すでにCDの規格は登場していたものの、まだ発売される商品の大半はアナログレコードでした。しかし、それらがCDに取って代わられるのは時間の問題でした。
 時代の趨勢が急速にCDへの移行へと進んでいるとはいえ、それを受け入れるのは簡単なことではありませんでした。なぜならCDへの移行というのは単に買うアルバムをCDに変えればよいわけではなく、そこにはCDプレーヤーの購入という障壁が立ちはだかっていたのです。
 そりゃ当時もピンからキリまであったとは言え、CDプレーヤーはそんなに安い買物でもなく、少ない小遣いを注ぎ込むには負担が大き過ぎました。プレーヤーだけ買っても再生するソフトが買えなくなったら元も子もありません。ソフトがあってこその音楽。同じタイトルが出てるのならアナログを続けてたって構わないだろうという感じでCDに関しては様子見でした。
 そんな状況が一転したのは東芝EMI(ユーメックス)から『完全収録 伊福部昭 特撮映画音楽』の2枚組CDのシリーズが発売されたことです。以前に『SF特撮映画音楽全集』に手が出せず、スターチャイルドの販促カタログ誌で存在を知っただけの『伊福部昭 映画音楽全集』によだれを垂らしていたあすかは、これは買い逃してはいけないとの脅迫感に襲われました。
 ハードはいつでも買えるけど、ソフトは一度逃せば二度と手に入らない可能性が高いというのはコレクターにとってはシビアな現実。再生する機械は無いにせよ、とりあえずソフトは押さえとかなくてはなりません。(ただし、その規格がマイナーになったらハードも手に入らなくなってしまうというのはその後に何度も味わう破目になってしまいますが)

 こうして『完全収録 伊福部昭 特撮映画音楽』全8巻(当時)の購入から伊福部CD収集の道が始まったのです。CDの再生の方も、長年使ってきたラジカセが壊れたのを機会に、当時ようやく手頃な価格まで落ちてきたCDラジカセを買い、どうにか聴くことは出来るようになりました。そして程なくオーディオセットのアンプが壊れたのを機会にAVアンプとCDプレーヤーのコンポを買い、CDラジカセの貧弱な音声ではない本物のCDのサウンドも聴けるようになりました。
 一方、東芝EMIからは引き続き『舞踊曲「サロメ」』が発売になりました。ユーメックスブランドというのは基本的にアニメや特撮関係の商品を制作してるところなのですが、そんなところからジャンル違いの純音楽作品が発売されたのも変といえば変な状況だったのですが、逆にだからこそアニメ雑誌の広告などに掲載されたおかげで当時はクラシックのジャンルには興味を持たなかったあすかの目にも触れることが出来たのです。
 『舞踊曲「サロメ」』を聴いたあすかは、特撮映画音楽以外の伊福部昭の音楽の存在を知り、その魅力に惹かれてしまいました。幸いにもその当時、CD化されていた伊福部昭の純音楽作品は僅かに過ぎなかったので、簡単にそれらを買い集めて聴き込むことが出来ました。
 ユーメックスからはその後も勲2等瑞宝章を受けた際の『伊福部昭先生の叙勲を祝う会 祝賀コンサート』、『交響頌偈「釈迦」』、『藍川由美リサイタル』など多くの純音楽作品が発売され、伊福部作品に対する入門レーベルのような役割を果たしてくれていたと思います。

3.生演奏を聴く

 90年代に入って伊福部昭によるゴジラ音楽が復活し、またフォンテックやカメラータトウキョウなどユーメックス以外のクラシック専門レーベルからも純音楽のCDが次々に発売されてくるようになり、伊福部音楽ファンには夢のような状況になってきました。代表作と言われながらも長らくCD化はされていなかった『タプカーラ交響曲』も聴けるようになり、またその間も幾つかの新作が発表され、CDによる伊福部音楽のコレクションは充実してきました。
 CDで純音楽作品を堪能すれば、次は生演奏を聴きたいという衝動に駆られてしまいます。ところが国内でのクラシックコンサートの多くは西洋の作曲者の作品であり、伊福部昭のプログラムが常時演奏されてることなんてありません。たまにあってもたいていは東京であり、あるいはゆかりの北海道だったり、あすかの手の届く範囲で聴ける機会なんてのは滅多にありませんでした。

 そんな中で絶好の機会がやってきました。93年の伊丹映画祭における『ゴジラ生誕40周年記念コンサート』です。これは伊福部昭と並んで日本の映画音楽の大家であった佐藤勝の指揮により「SF交響ファンタジー」が1番から3番までフルに演奏されるほか、まだサントラ発売前の新作『ゴジラVSメカゴジラ』やその他の作品から伊福部昭の特撮映画音楽作品が演奏されるというものでした。
 このコンサートは映画音楽のレコーディングを再現するかのようにステージ上にマイクが立てられていたりして、あくまで映画音楽というものに拘ろうとしていたものだったのが印象的です。自分自身ゴジラ映画の音楽を何本か担当してる佐藤勝の指揮による演奏は、一般のクラシック音楽専門の指揮者による演奏とは異なった拘りが感じられて、素晴らしいものでした。

 その後もあまり生で聴く機会はありませんでしたが、次に機会が訪れたのは98年のザ・シンフォニーホールでの『関西フィルハーモニー管弦楽団と伊福部昭の世界』でした。このコンサートでもメインは「SF交響ファンタジー」1番から3番までというフル演奏でしたが、その他に「リトミカ・オスティナータ」「管弦楽のための日本組曲」の2つの純音楽作品を生演奏で聴けたのは嬉しかったものです。

 そういう中で、なぜか2004年は当たり年で、まず河内長野市ラブリーホールで行われた『ゴジラVSスター・ウォーズ 日米SFシンフォニーの競演』で、やはり「SF交響ファンタジー」が1番から3番まで。同時に「スター・ウォーズ組曲」まで聴けちゃうんだから、映画音楽ファンにとってはたまらないところ。
 ただ、CDで肥えた耳にとっては、どうも指揮者が伊福部音楽を理解してないように感じられて少し残念でした。

 その翌日が東京・サントリーホールでの『卒寿記念コンサート』。本来、あまり遠征などしないものですけど、記念コンサートは東京でしかやらないし、卒寿の次は白寿とかなるともうさすがに難しいかなと感じ、思い切って有給を2日取って遠征してみました。
 演奏は日本フィルハーモニー交響楽団。かの『伊福部昭の芸術』シリーズをレコーディングしてるオーケストラだから、演奏に不安はありません。「SF交響ファンタジー」は1番だけだったけど、前日の不満なんか速攻で吹き飛ばしてくれました。
 アンコールの『シンフォニア・タプカーラ』なんかもうノリノリで、最後はオーケストラの音がひっくり返っちゃってるくらいでした。
 作曲者自身も会場に来られていて、あすかの少し後方の招待席におられたので、間近とはいかないまでもお顔を拝見することが出来て感動でした。ただ、かなり足腰が弱られていたみたいなのが気掛かりでしたが……(90年代頃の各種映像では非常に元気そうだったから、移動に車椅子を使われていたのを見たのはショックでした。それでも作曲者の紹介の際にはずっと起立したまま客席に何度も頭を下げられていたのには敬服させられました)

 今のところ最後の生演奏はその2ヵ月後、いずみのくに音楽祭での『伊福部昭・SFファンタジーとJファンタジー(日本の心……)』のコンサート。演奏は大阪センチュリー交響楽団で、第1部はJファンタジーと題して大阪出身の大栗裕による『管弦楽のための神話』とか、片岡リサの演奏による筝曲や筝を用いた協奏曲など。
 第2部になって「SF交響ファンタジー」の第1番なんだけど……オケが2管編成で小ぶりだし、演奏ペースが速すぎたりで『卒寿記念コンサート』の演奏に及ぶべくもないって感じ。ま、あれと比べられても辛いだろうけど……
 その後が、何で今頃?という感じの『ゴジラVSビオランテ』。いや、地元の泉州にゴジラが来た(と言っても建設中の関空だけど)唯一の作品ってことからかもしれないけど、伊福部昭の作品ではないものの、こちらはそれこそ生で聴く機会なんかほとんど無い作品だから、十分に楽しめました。

 ま、そんな感じで当たり外れもあるけど、やはり生で聴くオーケストラは違います。これからも機会があればコンサートに行きたいですね。
 ちなみに『ゴジラ生誕40周年記念コンサート』の演奏は『ゴジラ~シンフォニック・コンサート』、『卒寿記念コンサート』は『伊福部昭の芸術8特別篇 卒寿を祝うバースデイ・コンサート』としてそれぞれライブ盤が出てますので、興味のある方はぜひ聴いてみてください。(前の方はもう入手が困難か知りませんが)

4.最後に

 もう新作を聴くことは叶わなくなってしまいましたが、伊福部昭の残した数多くの作品は健在です。これからも忘れ去られること無く、コンサートでの演奏や新しいレコーディングでのアルバムの発売はずっと続けられて、作品に触れる機会は保ち続けてほしいものです。