良い子、悪い子、こまりん子

幼児教育20余年。多くの子ども達を育て、ママ達の悩みに耳を傾けてきました。辛口アドバイスも含め、子育ママ達にエールを!

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2011-03-18 17:59:15 | すてきパパママにご提案

ここ数日、スーパーやコンビニに行くと、愕然とします。
ほとんど商品のなくなった棚が並んでいるのです。今週のはじめは、カップ麺やレトルト食品。でも、そのうち乾電池、パン、お水、お米、牛乳、卵、納豆、トイレットペーパー・・・となり、今では、ある意味で「手当たり次第、買えるものは買っておこう」のような買い物の仕方になったようで・・・今日、午前中に立ち寄ってみると、おせんべいやポテトチップスまで、姿を消しました

 昨日、震災の報道をする特別番組の中で、この「買いしめ、買いあさり」についての話題があり、心理学者がこの状況について、学術的に解説をしていました。
  「最初は、家族のため、自分のために備蓄をしよう、という真っ当な思いだったのに、いつのまにか『あった!買える!』ということが満足感になり、目の前にあるものを買うだけで安心してしまう、という気持ちになっていくのですねえ・・・」
 なるほどなあ、と思いました。

 乾電池や懐中電灯が必要なのは、よくわかります パンも、調理をしなくても食べられますから、何かおおごとがあってライフラインがストップした場合にも「買っておいて良かったね。」と思えるものでしょう。牛乳も、小さな子どものいるご家庭では、絶対に必要でしょうね。
 でも・・・
ほぼ毎日のように、開店と同時にスーパーに駆けつけて「入荷しました」の張り紙のあるものの棚を走り回り、複数個買っていく・・・万が一のための備蓄用だったり、停電の時のためだったり、正当な理由はたくさんあるでしょうが、果たして、全員、このようにしている人達にとって、カゴの中のものは、本当に必要なものなのでしょうか?

 自分を守る 家族を守る そうですね。
 自分(達)の身は、自分(達)で守る いらぬお世話を他人にかけない すばらしいです。

 でも、自分(達)以外の人のことを考える、自分(達)さえ安心になるのではなく「みなが安心でいられるように考える」という思いも、あって良いのではないでしょうか。

 私は、どちらの思いも正しいと思います。
私は地震のあった日、横浜のビルの9階にいました。揺れが一旦おさまった時、階段で1階まで下りて外に出ると、地震発生後わずか10分弱でしたが、横浜駅西口は大混雑で、誰もが通じない携帯を握りしめていました
 私はすぐに「家まえ歩こう 7,8キロだから」と決断し、歩き始めました
 帰宅困難者となった夫と娘は、会社や友人のお宅に泊まりました。
 
 私は地震発生から、まる一日一人で自宅で過ごし、家族や親戚、友人の無事を知ったあと、本当にとてもたくさんのことを考えました。一番考えたのは、「小さなお子様のいるご家庭のこと」でした
 
 私が「7,8キロだから歩こう!」と決めたのは、確かに、日頃からよく横浜―菊名間を歩くからでもあり、一応は健脚であることから、「長い距離を歩くこと」に抵抗がなかったからです
 でも、私ではなく、すごいアスリートで、歩くことにも走ることにも抵抗のない人であったとしても・・・
  小さな子どもが一緒だったとしたら?

 抱っこや、昔のように「おんぶ」をしていれば、歩くことは可能です。百歩譲って、ベビーカーを押していてもOKでしょう。
 しかし・・・
  2,3歳の子どもの手を引いていたとしたら?
  幼稚園や保育園帰りで、疲れた子どもが一緒だったとしたら?
 私のように、即決で「歩く」とは決められなかったでしょう。
上手く早めにタクシーを拾えば私よりも早く、帰宅できたでしょうが、いろいろと考えてタクシーを待っていたとしたら?帰宅はずっとずっと遅れ、子どもはむずかり、ミルクや食事、お手洗いの心配もでてきていたことでしょう。(何と、同じ時間に横浜にいたご近所の方に後日お聞きしたことですが、横浜駅のタクシー乗り場で待って、来ないタクシーを待っていたら、帰宅したのは夜の10時だったそうです

 地震の夜、何度も来る大きな余震にドキドキしながらも、テレビを観ながら何とか気丈にいられたのは、私が一人だったからです。
 もし、夫は帰宅できず、母一人で怖がる子どもを守らなければならなかったら?どんなに不安で、泣きたい思いになったことでしょう

 また、商品のなくなっていく棚を携帯のカメラで撮り、遠方にいる友人に「日本じゃないみたいです。昔の共産国の商店のようです」などと書いて、写真を添付して送っている私です。そんな私が、必死に備蓄を考えず、「まあ、あるものを、少しずつ、工夫して食べましょう!」と思えるのは、間違いなく、すでに大人になった娘と、夫との暮らしだからなんですよね。
 まだまだ小さなお子様(たとえ高校生であったとしても)と一緒の暮らしであれば、三度の食事のことは、真剣に考えなければなりません

  自分のことを守る、我が子を守る、家族を守る!そのために「買う」こと。
  少しでも人のことを思い、買いしめ、買いあさりをしないこと。
 
 これは、どちらが正しい、正しくないではなく、親として、どちらに近い行動をするか?ということでしょう・・・

 ただ、ひとつ、私が多感な子どもを持ったお父様、お母様に絶対に申しあげたいこと それは・・・
  空っぽの棚を見せて、それが「なぜ起こっているのか?」を教えてあげてください。
  そういう現象を「パパ(ママ)は、どう思っているのか?」を話してあげてください。
  商品がなくなっていくお店を見て、「パパやママは、どうしようとしているのか?」を伝えてあげてください。

 そして、地震を含めた今の状況を、子どもにわかる言葉で伝え、被災者、被災地に思いを馳せることだけではなく、「今の自分達が置かれている立場」について、子どもと一緒に考えて欲しい、ということです

 幸い、ご遠方にご実家やお親しい縁者がおいでになる方は、春休みになったこの時期、きっと期間を決めずに帰省をなさることと思います。
 おじいちゃま、おばあちゃまは、どんなに離れたところでご心配をされていることでしょう 「そんな怖い首都圏にいるよりも、こっちに帰っていらっしゃい」親とすれば、当然の思いですね。
 53歳になった娘に対しても、やっぱり「今日は大丈夫?何か送ってあげる?」と、私の母はメールや電話をよこします。もし、私が「今日、すぐに10キロのお米を、うちと、T(私の息子です)のところに送ってくれる?」などと言ったとしたら、母はどう対処できるというのでしょう?それでも、日頃はメールで済ます用も、今はひっきりなしに電話をして、あれこれと気遣ってくれます。

 ただ、それでも、「ああ、これで安心 もう大丈夫。良かった良かった」「これで、いつも通りの生活ができるのよ」というのではなく、自分達が暮らす東京や横浜で(今は、全国各地で買いしめが始まっていると聞きますが)何が起こっているのか?を教えてあげ、そして、幼いながらも、子ども達がそれに対して、「どういうことを言うのか?」「どんなふうに考えるか?」を聞いてあげてください

 子どもは、未熟で未経験な存在です
でも、未熟なりに、考えさせるチャンスを与えると、しっかりと考える能力を持っていますし、また、その能力を育ててあげなければなりません
 いつも「守ってあげる」ばかりで、子どもに考えさせるチャンスを与えていないと、「考えられない子ども」にしか育ちません

 空っぽの商品棚。きっと、子どもにもインパクトはあるはずです
こんなマイナスの時期だからこそ、元気な私達は、縮こまらず、子ども達をも縮こまらせず、頭をしっかりと働かせてあげましょう
 この復興を支えていくのは、これからを生きていく「子ども達」なのですから


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