まどか先生の「親子の関係 いろはにほへと」

子育てとは何と骨の折れるものでしょう。1と1を足しても2になるとは限らないのが子育て。親子関係、ちょっとしたアドバイス。

優しさ育ては難しい

2017年01月22日 | その他
「知らない人に話しかけられたら、お返事をするのはダメよ
 「ニコニコ話しかけてくる人は、コワイ人かもしれないから、気を付けてね
 これが、現代、世間一般の「都会の子育」ての定番なのだと聞きました。何とも悲しいではありませんか・・・
 飛躍した論理かもしれませんが、要するに、知らない人は悪い人なのかもしれないから、関わってはいけません、ということですね 

 私は仕事がら、町中でも子どもの様子がすぐに目に入り、そして、大阪生まれの血でしょうか、すぐに誰にでも気軽に声をかけます 
 たとえば、妹の手を引き、一生懸命にママが押すベビーカーの後ろを必死に早足で歩いていく4,5歳児を見ると、その親子を追い抜く時に「あなた、おりこうちゃんねえ 立派なお兄ちゃまだわ。ほめてもらってね」とか・・・
 ランドセルを背負った小学校低学年の子どもが、道端で一生懸命に何かを見ている様子に出くわすと、「ねえねえ、何を見てるの?何か面白いもの、見つけたの?」とか。
 一つ目の例の場合は、そこにママがいらっしゃるわけですから、さすがに大人であるママは私の言葉を聞いて警戒心を見せることはなく、むしろ、ハッと後ろを振り向き、我が子二人の様子をあらためて見て、私に会釈をしてくれたりします
 でも、ここ数年、あきらかに後者のような例の場合、子ども達の対応は違ってきたと思います

 以前は、同様のシチュエーションで声をかけると、大抵の子どもは「〇〇を見てるの」と返事をしてくれました。ある子は恥ずかしそうに。ある子は嬉しそうに。
 中には、おーよくぞたずねてくれましたとばかりに、堰を切ったように説明をしてくれるちょっぴりオタク的な子どももいたりして・・・本当に子どもっていいなあ、と思う時間でした
 ところが、今は多くの場合、固い笑顔を残し、さっとその場を立ち去ります。もちろん、こんな時には、いろんな意味があってそうすることと思います。思わず時間を忘れて没頭してしまったことに気づき、我に返って慌てて家路につく、という場合もあるでしょうし、没頭していた自分をちょっと恥ずかしく思い、羞恥の心理で早々に立ち去りたいと思った場合・・・ でも、明らかに「知らない人に、親しげに声をかけられてしまった。おお大変」という様子の子も少なくありません。

 確かにこんな時代です。子どもの「警戒心」を育てることは、本当に大事なことなのだとも思います。
でもその一方で、多くの親達は「子どもの優しさ」「優しい心」をも育みたいと思っているわけでね・・・ そうであれば、人を見て「警戒心」が前面に出るようなリードでは、人に対して優しい言葉かけをする、とか、優しい心からの思いやり、というものは育ってはいかないでしょう

 人と人とがたとえ一瞬でも触れ合うこと。
ふっと和む言葉をかけたり、かけられたりすること。
 それは、本当に素敵なことですね。そう思いませんか?

 悲しいこと、辛いことがあって、長い時間をかけてお友達に話し、そして、長い時間をかけて慰めてもらったり、チアアップしてもらったり これも素晴らしいことです。
 でも、それほど親しくない人の、ほんの短いひと言に心和んだり、救われたりすることもあります それは、その相手とたとえ短い時間でも、人と人として向き合ったから、でしょう。

 土曜日の早朝。その日は、いつもの土曜日よりもずっと早い時間に私は家を出ました。歩いている人もまばら。
いつもの大きな交差点、信号を渡り始めると、歩行者用信号の青信号が点滅を始めました。私はびっくりして、走り出しました
 すると、反対側から走りながら渡ってきた人とすれ違う時、「走ろう」と声をかけられたのです。すれ違う瞬間、その人の笑顔が見えたように思いました。「走ろう」の声は、すれ違ったあとで遅れて聞こえてきました。
 「走ろう
「走れ!」ではないのです。私に「走れ!」と言ったのではないのです。
 走ってきたその人は、走っている自分に対しても、走りだした私に対しても「さあ、走ろう もうすぐ信号が変わる。渡りきらなきゃね」私にはそのように聞こえました。
 私は、何という気持ちの良い朝一番の出来事だったことか・・・と、本当にほのぼのとしました

 世知辛い現代社会では、子どもの人懐っこさは表裏一体であることよくわかります。
でもね、人と人とが触れ合って、相手を警戒するのではなく、相手を思い気持ちを持てば、そこに尊い空気が生まれ、そこから「優しさ」が育まれるということを、やっぱり、子育てをしている親だからこそ、知っていてもらいたいな・・・と心底思っています・・・
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

親の行動が子どもを育てる

2016年11月14日 | 提案
 言葉足らずは、心足らず・・・
この言葉は、娘が幼い頃に私が言い続けたフレーズです。今思い返せば、私の「躾(しつけ)」の中でも、かなり上位に来る、人として覚えていて欲しい事、わかっていて欲しい事、だったと思います

 しかし、ティーンエイジャーという多感な時期にあって、学校では友人関係で揺れ、近づいてくる大学受験を不安に思う娘にとっては、頻繁に言われる私のこの言葉は時には残酷な忠告であったかもしれません
 とは言え、まさに「人としての成長期」にある娘を前にした時、私はいつも娘の気持ちを最優先にするよりも、今だからこそ言わなければという気分でした。

 昨日、買い物に立ち寄った先で、ベビーカーを押しているご夫婦と一緒になりました
あまり混んだお店ではありませんでしたが、通路ですれ違う時には毎回、ベビーカーと接触しそうになります。ベビーカーの中でスヤスヤと眠る赤ちゃんのことを思うと、決してぶつかることなく、スムーズにすれ違わなくてはな・・・と思いました。
 ただ、ベビーカーを押すパパも、ママも、私や夫のみならず、他の客とぶつかることにはあまり頓着がなかったのか、あまりそのことを気にされてはいないようでした。

 さすがに私も年を取りましたからね 若い頃のように、何でもかんでも「ムカッイラッ」とはしなくなっています、はっはっは
 でも、もしこの方達とすれ違う時、「すみません」「失礼します」というお声がけがあれば、少なくとも、その場の空気は柔らかくなったのではないかな・・・とも感じました。

 ベビーカー云々という話ではなく、私達は暮らしの中で、否が応にも「狭い所で人とすれ違う」「故意ではないけれど、少しぶつかりそうになる」ということがあります。そんな時、ひと声「すみません」「失礼します」と表情を崩して言葉にして発するだけで、その場の空気は和んだものになります

 同じような言葉はいろいろありますね
「お先に(失礼します)」「(どうぞ)お先に」「前を失礼します」などなど。
 エレベーターから降りる時にも、こういうふうな「言葉があれば空気が和む」というシチュエーションでしょう

 言葉足らずは、心足らず・・・
言葉というものは、なかなか一人歩きはしないものです。「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」というような挨拶でさえ、その言葉の中に「心、気持ち」が伴わなくては、なかなかスムーズに発することができないこともあるでしょう
 もう二度と会わないであろう人達と空間を共にする買い物先、電車、バス、さまざまな場所・・・そんな自分の人生と深く関わることがない人が相手であっても、偶然にも同じ空間に居合わせることになったのです その場では、同じ舞台に立った共演者
 ほんの少しでも、相手を思う気持ちを持てば、自然と言葉も出ているのではないでしょうか?

 特に、子育てをしている最中は、子ども達は親の行動、親の言動を見ています。そして、その姿を見て感じ、学び、そして真似をしながら成長していきます
 本当ですよ・・・
 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

おでかけセットを用意しましょう!

2014年10月13日 | 提案
 おでかけセット・・・何ですか?と聞かれそうですね。
子ども達も独立し、特に食事の面で気楽になった私は、よく一人でも外食をします 特に、朝ごはんやブランチを外で食べ、時間に余裕のある時には、20分ほど食事の後に本を読んだり、携帯で済ませられる雑用をします。
 こんなことを書いたら、「子育て渦中の私達に、何て酷いことを言うのだろう」と叱られるかもしれません。でもね、私だって、2人の我が子を育てていたのですよ まさに、髪振り乱して、怒鳴ったり、腹を立てたり・・・ でも、日々、子ども達は成長し、親の手から巣立っていく日に向かっているのです。そして、子育て渦中のみなさんにも、今の私のような時間が必ずやってきます
 
 さて、話を元に戻しましょう
 そうです、私が外食をしている時、とても気になるのが同じように食事をしている親に連れられて来ている「1、2歳から4,5歳くらいの子ども達の様子」です
 最初のうちは、小さな子は子ども用の椅子に座り、持参のエプロンをつけて・・・幼稚園児くらいになると、大人の椅子でちょっと自慢そうに・・・それなりに食事をしているのですが、問題はその食事が終わった後、なんですよねえ

 最近、一番多く見かけるのが「親のスマホでアニメ(その類)を見る」子達です。
親はその横でぺちゃくちゃとおしゃべり。子どもが食べている時には、「こぼさないで!」と注意をしたり、「食べなさい!」と叱ったりと、子連れなりの忙しさはあるようですが、いざ食べ終わり、我が子がアニメの虜になると・・・
 ママはもう完全に「自分モード」全開です。だって、少なくとも30分程度は子どもは小さな画面に釘付けですからね・・・テレビ番組ではなく、アプリのアニメサイトならば、1時間以上もママはおしゃべりができます。ラッキ~ってところでしょうか。

 でも、これでは子どもは賢くはなれませんよ
「賢い子どもを育てたい」という親達が多い今の時代、自分達でそのチャンスの芽を摘み取ってしまっては、何にもなりません

 10年くらい前までは、私は「子どもが小さく、まわりにご迷惑をかけそうな時期には、ファミリーレストラン以外での食事は諦めなさい」と話していました。でも、今はそんなことを言うと、絶対に「時代遅れ」だと反対に叱られてしまいそうです。
 であるならば、せめて、子どもが食べ終わり、待つ時間を利用して、騒いでまわりにも迷惑をかけず、子どもの想像力を育て、自分で工夫をして楽しく遊べるチャンスとするべきでしょう

  1歳~3歳くらいまでの子どもの場合には・・・
「お気に入りのミニカーや電車」「小さなお人形、ぬいぐるみ」等を持たせましょう。そして、「A4くらいの紙を数枚、色鉛筆」をママ用に持っていきます。
 紙には、ミニカーを走らせる道路や駐車場、電車が走る線路や駅を描いてあげます
この時に「書くのは1回だけね」と言うのも忘れずに。(実際には、数枚、紙の用意はありますので、もう1回くらいは描いてあげても良いでしょうね)
 お人形やぬいぐるみの場合には、お家やお部屋(間取り図)を描いてあげれば、そこで遊ぶことができるでしょう?

 3歳~5歳くらいまでの子どもの場合には・・・
「折り紙」「小さなお絵描き帳」「水性のクレヨンか短めの色鉛筆」を持たせます。こちらは、自分でお絵描き、折り紙が出来ますよね。(水性のクレヨン、と指定したのは、油性クレヨンでは、お店のテーブルや壁を汚し、お迷惑になる可能性があるからです) もちろん「今日はママに教えて!とかママ描いて!はダメよ。一人で静かにね!」と声をかけましょう

 そして、1歳~3歳までの一式も、3歳~5歳までの一式も、すべて「お出かけセット」として、決まったリュックやバッグに入れておきます 
 子ども達にも、出かける時には、必ず『これ』を持って行く、と認識させ、大人を待つ時には「静かに、まわりに迷惑をかけないで待つ」ことを教えるのです。

 この習慣をつければ、電車の中やレストランの中で、キーキーとおサルちゃんチックに泣いたり、寝転んでゴリラちゃんチックに騒ぎ、まわりから顰蹙をかう、恥ずかしい親子になってしまうこともグンとすくなくなるでしょう
 そういう動物園親子の横で、「お出かけセット」からお利口グッズを取り出し、静かに待てる子ども そんな我が子に笑顔でうなずくママ 
 いかがですか?こんな優越感を味わうのは、決して悪くはありません。だって、子どもを賢く、道徳心のある子どもに育てようとする工夫をした、賢い親、なんですものね


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

子どもの発音、大丈夫?

2014年04月03日 | 提案
 発音・・・あまり気にしていない、ってこと、ないですか?
子どもも3歳くらいになれば、すっかりおしゃべりも上手になり、時には一緒に「パパの悪口」なんかにも付き合ってくれちゃったり

 でも、案外、しっかりと気を付けて聞いていなければ、子どもが話している時の「発音」がおかしいことが多々あります。

  ぱれる → たべる
  すたべきー → スパゲティー
  てべでぃ → テレビ
  すれびだい → 滑り台

 これらは、すべて実際に私の教室の生徒達「年中児」が間違って使っていた言葉です。これらの発音の間違いを、彼らとの会話の中で気づいた私が、自尊心を傷つけないように()矯正していきます

 こういう発音の間違いは、「ラ行が言えない」とか「サ行がタ行になってしまう」というものではなく、単純に「最初から間違って覚えてしまい、間違いを指摘されなかったため、それを正しい言葉と認識して使い続けている」ということ、なのですね。

 是非、たまには我が子との会話に、耳を澄ませてみてくださいね
かなり大きくなってから、発音を直すのには時間がかかりますし、何より「間違ってずっと使ってたんだ」「だから、時々、お友達が笑ったりしたんだ」と、すっかり自尊心を傷つけてしまうことにも成りかねません。

 外国語学習も大事ですが、まずは母国語「日本語」の習得に、大真面目に取り組んでください

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

あいさつができない、と責めていませんか?

2013年12月01日 | 提案
 「うちの子は、何度言っても、きちんと挨拶ができません もう、情けないです」とおっしゃるご家庭は少なくありません。
 恥ずかしい、のですよ。これは、どうする事もできません。恥ずかしい、と困っている子に、「恥ずかしいわけないじゃない」と言ったとして、言われた子どもが「そうね、恥ずかしくなんてないよね」とすぐに思えるとは思えないでしょう?

 これは、何か物理的な条件を揃えてあげたら解決する、という事ではありません。あくまで、これは子どもとは言え、人の「感情」の問題なんですから。
 ですから、今は「そうかあ、恥ずかしいんだねえ・・・」と理解を示してあげましょう
そんな時期に親が出来る事、しないといけない事、それは、「こんにちは、ありがとう、というような言葉は、とても大事な言葉なのだ」と教える事。そして、恥ずかしくて言えない我が子に、「恥ずかしいというあなたの気持ちはわかるけど、でも、やっぱり恥ずかしくてもきちんとありがとう、の気持ちは言葉で伝えないといけないのよ」と言い続ける事でしょう。
 まずは、「恥ずかしい」という我が子を受け入れてあげることです
どうですか?恥ずかしさであいさつのできない我が子を責めたり、脅したりしていませんか?

 たとえば、大人でも、初めての場所に言ったら、緊張して声が裏返り、顔が真っ赤になる、という事、ありますよね。自分でもそんな自分に困ってしまう・・・そんな時、声が裏返るのは変だし、格好悪いことは十分にわかっている。顔が真っ赤になる事だって、すごくご自分でイヤだ・・・でも、どうしようもできない あるはず、ですよ、そんなこと。

 理性、理解力と、感情や身体の反応は必ずしも同じではありません。特に、子どもの場合は、生きていく上での経験が少ないので、理性で自分を押し殺したりする智恵もありません。
気長に、「あいさつの大切さ」を教え、我が子を責めないこと、ですよ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加