夢民―ゆめたみ―

現実逃避といわれようと、
日々の生活の中に
心地よきことや楽しきことを探し
記録してみるカナ。

唄のチカラ。

2005-06-01 23:14:38 | 商店街ヨモヤマ話。
先週末の東京行きは
期せずして『戦争』というものがつきまとった。


まず、古謝美佐子さんは
平和を願って歌い続けている。

基地に働きに行く途中で事故死した父親や
28才から未亡人で子供3人を育てた母親の思い出
子や孫に対する想い
そして今回は、
尼崎の電車事故で突然亡くなった照明チーフとその家族に対する心境
数日前のニュースで聞いた日本兵生存に対する想い。
(土曜の時点では疑惑報道がなかった。)

そんないろいろな事を思い
突然家族を失う悲しみの辛さや
人と人が殺しあったりしないようにと
平和への祈りを込めて唄っている。

特に『黒い雨』
この唄の時は、何千回唄っても涙がでてしまうとのこと。

そして『唄会』の翌日
帰る前にもう一度AZさんと会いたいと言うと
「靖国神社を取材に行く約束があるけど、一緒でいいならそこで。」
と言われた。

実家のご先祖様が
『海軍で台湾かどっかから靖国神社の鳥居にする木を運んだ』
という伝説?がある私と弟は
その真偽が明らかになる期待で待合せ。
(結果は、漠然としすぎて調べようがない。)

そんなこんなで今日は
「今回の東京行きは、~戦争を考える~みたいなサブタイトルか?」
と考えつつ職場で古謝さんのCDを聴いていた。

すると、いつも来ているオネエサマ達が来た。

いつも「今日は何した?」「何買った?」の世間話。

それが今日は
「妹達元気か?」    「死んだ。5~6年になるわ。」
という会話から何故か
「戦争終わったのは昭和20年?だったどな」「んだ。」
「あの時、うちの妹が3歳だったんだ。」  「では戦争わかんね~な~。」 
「あんたは戦争わかってるか?」 「わかってるわよ~。小4だった。」
と戦争の話になっていった。

この町に飛行場があり
敵機がうようよと頭上をまわり
飯炊きすれば、その煙の元に爆弾落とすので
防空壕に畳を2枚重ねてふたをして
火を使わないでスモモを主食にしていたとか。

何故か特攻隊のお兄さん達が学校に来ていて
裏山の上まで行くと
町全体と海までが見えると教えてもらったとか。

この町にも戦争があった。

戦時中の話を聞いたのは初めてで驚き。

遠い時代 遠い世界の記憶が すごく身近をとりまく。

「戦争をわかるのは80歳以上だろうな~。」
「弟に戦争の話すると
  テレビの見すぎだ!と言われて怒られるんだぁ。」
という2人の言葉には
辛い時代や その時代に生きた自分達が
忘れられ 誰にも理解されなくなり
取り残されていく不安を感じてるようだった。

平和ボケの毎日に放たれた一つの石。

自分のチカラが『国』をひいては『家族』を救うと
信じて疑わず一心に命をかけた沢山の兵隊さん。
戦いに巻き込まれたたくさんの人々。

平和を願う唄は
聴く人の心に染み込んで
平和でなかった記憶の悲しみ苦しみをすくい出し
それを知らない人に語らせ
新に真の平和を願わせる。

そんな唄のチカラを感じた日。

一つの花弁からの香り。

2005-06-01 21:03:30 | 四季便り。
実家脇のホウノキ。
(もう絶対間違えないぞ

下から花を咲かせ
もう高すぎて見えないようなトコに花を咲かせている。

白く大きな花は、茶色く変色して落ちていく・・・。

その中に白いまま落ちてきた花びらを見つけ
実家の母がトイレの窓辺に置いた。

玄関に入るとすぐにオオヤマレンゲが一輪挿しで飾ってあり
甘くやわらかい香りがする。

茶の間までの短い廊下を通ると
トイレにあるホウノキの花の香りに変わる!

花びら一枚でもすごい存在感だ