夢民―ゆめたみ―

現実逃避といわれようと、
日々の生活の中に
心地よきことや楽しきことを探し
記録してみるカナ。

寝坊のアトサキ・・・(4/7のコト)

2007-04-09 23:13:07 | おでかけ日記。
寝坊のため急遽変更した予定5項目

①東十条でお菓子屋さん草月に行き
 『黒松』を日曜にお土産として買っていけるか確認。
②上野のアメ横に行き
 安い長Tがあれば一枚購入。
③いつも東京に来る高速バスの中から見ている浅草を
 のんびりブラブラしてみる。
④半年近くも壊れているプリンターとデジカメを買い換えるため
 秋葉原で値段チェック。
⑤新大久保で同僚と遊びに行くときの為
 コリアンタウンの場所確認&海鮮チジミを食べる。

さてさて、どうなったかというと・・・



①東十条は弟が以前住んでいた街で
 草月の『黒松』は弟の大好物でした

 お土産に2~3度買ってきてもらいましたが
 あの柔らかさとコクのある甘さ、
 そしてそれでもしつこくない味
 「おいしゅうございます」のフレーズで有名な
 岸朝子さんのおいしいものセレクトした本の
 表紙の写真に選ばれただけあるおいしさです

 初めて尋ねたのに大変分かりやすくスムーズに辿りつき
 明日も9時から開店していると聞き安心
 とりあえずオヤツ買い

 店舗のわりに店員さんが多くてビックリしましたが
 お客さんが次々来ても待たせずに対応しているのをみて
 「オミゴト!!」って感じでした~


②上野アメ横に着く。

 ここは、子供の頃から東京に来る度に父が
 「アメ横行くぞ
 「何でも買ってやるぞ」と言っていた思い出に残る商店街です

 ですが、小学生になったばかりで初めて東京に行き
 『東京』も『上野』もオンナジでないの
 と思っていた田舎者の私にとって
 「『アメ横』って何?」「別に行きたくない
 と言ってみても連れて行かれ
 「欲しいもの無い。」
 と言っても連れて行かれしてたっけ・・・。

 今思えば、
 結局父がアメ横好きだったんだろうな~・・・

 初めてアメ横に連れて行かれた時
 「誕生石がオパールなんだって」
 と他愛も無い話をしていたら
 どこかの貴金属店で
 オパールのネックレスを買ってもらったっけ
 しかもババクサイの・・・
 でも今日、私はそれを身につけ同じアメ横をブラブラ

 確か何度目かに連れて来られた時
 ディズニーランドに行く前に
 この靴屋さんで靴買ってもらったな~とか
 アメ横の風景は懐かしかったです

 肝心の夫用の長Tは全然なく・・・。

 暖かくなった東京ではもう
 半そでTしか売ってないのね~


 そして最後に見つけてしまった
 アメコちゃんTシャツ
 カワイイ
 (この日帰ったら弟に
  「アメ横行くんなら
    ピンクのアメコちゃんTシャツ頼むんだった~
  と言われた
  さすが兄弟・・・同じものに反応するのね

 でも、カワイ過ぎて似合う相手を考え付かず
 お土産としての購入にはなりませんでした


③そして浅草

 時は丁度お昼

 朝出発の時から私の中で
 今日の昼食は浅草『大黒屋』の天丼と決めていました

 だって昔から何度もTVで観ていて
 「ごま油で揚げる天ぷらってどんな味?」
 って、ず~~~っと気になっていたんだもの~

 でも、夫がずっと行きたかったのは『神谷バー
 関東大震災にも耐えて残る古いお店とか
 そして『電気ブラン』という飲み物が人気とか

 「バーなら夜じゃないと・・・」
 「いや、建物だけでも見てみたい!」
 と言うので真っ先に行ってみました

地下鉄の出口を出てすぐにわかった『神谷バー』の売店
 昼間の商店街でお弁当を売っている感覚で
 オリジナルグラスなどのオリジナルお土産品を販売していました
 蝶ネクタイのおじさんが物腰がひかえめで優しく対応

 その隣にはビルの中へと続く扉があり
 階段か正面の入り口か・・・
 階段を登ると神谷バーのレストラン
 正面はアルコールもあるレストランバー
 
 もちろん正面から入ってみると・・・
 昼間にも関わらずアルコールを楽しむ大人たちの熱気
 
 普段アルコールを飲まない私たちもついつい
 「電気ブランとハチブドー酒の赤
 と食券を購入
 
 電気ブランはブランデーですのでちょっと私達には強い・・・
 でも、ハチブドーはワインにハチミツだから
 甘・・・
 でも、昼間からアルコールを飲めるという開放感と
 レトロなネーミングに
 チビリチビリと美味しくいただきながら愉しめました

 洋食系のメニューも豊富だったので
 今度は是非、夜にゆっくり愉しみに行きたいです


 そして、浅草寺を素通りし(おいおい
 真直ぐ天丼の大黒屋へ

 途中振袖さんらしき人とすれ違ったり
 男性も女性も和服を着てる若い集団が歩いていたり
 私もいずれ、和服で遊びに来たいなぁ~

 モチロン本館も別館も行列でしたが
 ほとんど今日のメイン予定でしたので並びました

 その間、電気ブランを胃に流し込んだ夫は
 初めての浅草ということで仲見世周辺をぶらりぶらりと・・・

 ところがとうとう目の前のお客さんが店の中へ消え
 「次はウチラだよ~
 とTELしてもどこにも見あたらない・・・

 そして心配しながらも私が中に案内されて席につき
 その旨をメールで連絡しようとした時に
 息を切らせた酔っ払いがすごい勢いで飛び込んできた

 「ココデス・・・」
 (一応手を上げたけど、小さな声しか出なかった
 (ハズカスィ~・・・)

 普段飲まないのに飲んで走ってきてしまった夫は
 天狗のように真っ赤な顔をしていました
 (既に6区あたりまで行っていたので
    非常にアワテテ走ってきたらしい・・・。)

 で、二人とも海老天丼を頼んで待つ

 届いてビックリ
 デカっ!!

 感じのいい店員のおばさんが
 「パックもあるから、
     食べれなかったら持って帰ってね
 と言ってくれて安心したけど

 それが、飽きずに食べれてしまう不思議

 が、海老も3匹目の半分に到達すると突然
 「もう無理かも・・・」
 と、限界は突然やってきた

 しかし、アルコールのせいか走ったせいか
 血行の良くなった夫は胃の活動もパワー全開なのか
 自分の分を完食し
 私の残りも完食してくれました 
 (おかげで、食器を下げに来たさっきの店員さんが
   私の空の食器を見て一瞬ギョッとしていた・・・違うのにィ)

 そして六区方面へ向かい
 交番のおまわりさんにテプコ浅草館への道筋を聞く。
 「この先の大通りを渡って、
   左へ向かい一つ目右ですぐわかります
 と、すぐにスラスラ答えてくれました

 さすがおまわりさん・・・と感心したのに
 その通りに行くと、何故か暗い路地だし
 なんだか妖しいホテル街なんですけど・・・
 そこを抜けるとお寺だし・・・
 すぐわかるって言ってたけどわかんないし・・・
 誰かに聞きたいのに誰もいないし・・・
 疲れて泣きたくなった頃、郵便配達のおじさんを捕まえる

 聞けば全く反対の方向・・・

 おまわりさ~~~ん!!
 通りを渡って右へ向かい一つ目左だったっしょ~~~~~っ

 そんなこんなで夫の行きたかった場所2つめ『テプコ浅草館』到着
 無料の施設だけあって正直
 「東京まで来てなんでココ」と思ったけど
 夫は昭和レトロの世界が好きなので
 おばけ煙突の写真や模型が見たかったんだって

 でも私も、浅草に日本初の私設水族館があったことや
 江戸川乱歩の本に出ていた凌雲閣が
 浅草に実際にあった建物だったことがわかったりして
 ちょっとオモシロカッタかな


④そして浅草から秋葉原
 おなかもいっぱいだしいっぱい歩いたし
 疲れが出てきて・・・

 それなのに末広町で降りたもんだから
 目的は電器屋さんなのにゲーム屋さんばかり・・・
 安いと噂のドンキホーテだけちょっぴり入ってみたりしながら
 結局秋葉原駅まで歩いてコーヒータイムしただけ 
 で、電車に乗って帰る

 電車に乗ってから
 「あ、目の前にヨドバシがあったのか~
 という、計画不足がハッキリ結果に出てしまった感


⑤新大久保
 やはり計画無しで、行けば何とかなるか・・・
 と、行ってはみたものの
 やはり予想予定がクツガエサレタ

 まずは同僚からの指令
 『コリアプラザの場所を確認して下見』を済ませてから
 やはり何度もTVで見ていた海鮮チジミを食べて帰る・・・
 という予定。

 が、初めに着いた所が大久保。
 とりあえず新大久保へ歩き始めたら見つけちゃいました
 チヂミを食べようと思っていたお店
 (早すぎる発見。時間的に夕食には早いし・・・
   でも、戻ってくる体力もなさそうなので入る
 
 お客さんは常連さんらしき1グループのみ

 とりあえず旦那に得意でないのにを頼ませ
 チヂミだけ頼む

 昼食の天丼が効き
 歩き疲れもあり
 食欲が無い・・・。

 お通しにナムルやキムチなどの5種類の小皿がきた。
 どれも美味しかった
 
 そして海鮮チヂミ
 田舎の焼肉やで出てくるようなお好み焼もどきでなく
 具が全部みじん切りで混ざっていて
 野菜の中にイカかタコのコリコリがある初めての食感
 タレも辛くなくてあっさり品のよい感じ
 でも、半分でギブでtake-out頼みました
 
 わずか1時間足らずでしたが
 あっという間に店内はお客さんがいっぱいになっていました
 やっぱり有名店
 
 とりあえず予定は逆転しても
 予定をこなした満足感を得て新大久保を目指す

 新大久保駅に着くと
 まわりはみな日本語じゃない言葉を話しているし
 私は日本語しか話せないし
 コリアプラザの場所を誰にも聞けない・・・。

 忙しそうな様子だったので遠慮していたけど
 とうとうキオスクのおばさんに
 「コリアプラザってどこですか?」と尋ねてみた

 でも、
 「ごめんなさい!私も知らないから間違ってたらごめんなさい!
  こっちに真直ぐ行って歩道橋を右に行ったトコらしいんだけど・・・」
 と、遠慮がちな対応
 「なんとか行ってみます」とは言ったが
 行けども行けども歩道橋は見えず疲れはピーク。

 ココデイイヤ・・・と韓流館でお土産物色
 夫は男性ブロマイドばかりの入口付近でギブアップ・・・
 「男が男のブロマイド見てたら気持ち悪いし!」
 「駅前に戻って足ツボマッサージして待つ。」
 と、一足先に戻ってしまった。
 
 私もそこそこにして駅前に戻る・・・

 まあ、新大久保の雰囲気はなんとなく味わったかな

そんなこんなでなんとかニワカ計画の予定をこなし(珍道中ともいう
その日も弟の部屋へと帰ったのでした~~~

寝坊でおじゃん・・・(4/7の朝)

2007-04-09 23:12:27 | おでかけ日記。
4月7日(土)
朝起きて・・・ハイッ???
9時半っすか???

予定ではいつもどおり6時までに起きて
バナナと豆乳で軽い朝食にして
六本木の東京新国立美術館に向かってGO
本日初日で混雑の予想される
『モネ回顧展』の開館待ちして少しでも早く観る
そして同じ建物内でやっている『異邦人たちのパリ展』も観れば
レオナード藤田の絵を初めて観られるのだ~

そして今度は渋谷へ向かい
同じく初日の『モディリアーニと妻ジャンヌの物語展』を観る



・・・9時過ぎに起床してまだパジャマ
それは絶対に無理な予定

何故に私、夫、弟
3人もいて誰も起きてなかったのぉ~~~


そして夫と作戦会議
「どうしよう・・・」
「予定は無理」
「じゃあ時間に追われずにブラブラするか~」
「明日着る長Tをどこかに買いに行こうか~」

そんなブラブラ新予定。

①東十条でお菓子屋さん草月に行き
 『黒松』を日曜にお土産として買っていけるか確認。
②上野のアメ横に行き
 安い長Tがあれば一枚購入。
③いつも東京に来る高速バスの中から見ている浅草を
 のんびりブラブラしてみる。
④半年近くも壊れているプリンターとデジカメを買い換えるため
 秋葉原で値段チェック。
⑤新大久保で同僚と遊びに行くときの為
 コリアンタウンの場所確認&海鮮チジミを食べる。

・・・大分地味な上にモリダクサンとなってしまった予定・・・
メゲズニ寝ぼけたまんま出発

はてはてどうなることやら・・・続く



上野で♪♪(4/6の続き)

2007-04-09 23:11:25 | おでかけ日記。
散る桜の吹雪の中
大タコ焼で満腹になった私達夫婦は
弟よりのオツカイで
一旦上野公園を出て
本命の国立博物館を通り越し
そしてまたいくつかの大学を通り越し
突き当たりまでテクテク歩いていく。

その交差点の角の一つに目的のお菓子屋さんはあった

その名も『桃林堂』

店の佇まいもナカナカ風情があり
お抹茶と桜餅のセットを注文して待つ

なんだか店の中だけ時間が止まっているような
そんな静かな空間でした

いよいよ注文の品が一人ずつ前に置かれる
一人一人抹茶碗が違うのも楽しい

そして目的の桜餅・・・一口食べて



甘さ控えめで品のいい香り・色・味

大きなお店ではないのですが
歴史を感じる雰囲気に
生けてあったチューリップも和の空間になじんでました

私達の先に入った若いカップルも
私達の後に入ってきた御夫婦も
みんな店内でお抹茶とお菓子のセットを頼んでました

上野に行ったらココでお茶とお菓子を・・・
というのが定番になっている常連さんが多いのかな~

そして弟に頼まれた分も買い、店を出る


いよいよ東京国立博物館へ

さすがに敷地も建物も大きいので
次々に人が入っていくのにどこも詰まっていない

東京国立博物館の本館で便利なところは
中に入ってすぐにロッカーがあるとこ!
(国立科学博物館もそうですが、
    東京国立博物館の方が広くて便利
私のような田舎者は荷物が異常に多いので大変助かります

そして、私にとっては未だかつてない
展示室に入る前に金属チェックや手荷物検査などという厳重さの中
いよいよレオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』です

3列か4列に並んでくださいと言われ
右から2列目に並んだら・・・失敗

一番右に並び壁伝いに進めば
『受胎告知』のまん前、最前列で観られたのにぃ
(どおりで一番右だけ以上に長い列だったはずだぁ
『受胎告知』の前は3だったか4列で通るようになっているので
これから観に行く方は参考にして下さい

それでも、十分に細部まで見えますし
みんな足の運びが遅くなっていき
「へぇ~、これが~
といった感じでおのおの感慨深げな顔になり
私達もそうなっていたのでした

で、今回の企画展『レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像』
本館の展示は絵画『受胎告知』の1点のみなので
他の展示を観る為に平成館へ移動

平成館では、絵画とかはなく
レオナルド・ダ・ヴィンチの実像に迫るというコンセプトのもと
彼のスケッチや
それをモトに作られた模型などダケ・・・
と、言ってしまえば退屈そうですが

でも、実は意外に面白かったです

王様に作った機械仕掛けのライオンの模型も
逸話としてしか知らなかったので実際にどんなか見られてうれしかったし
名画『最後の晩餐』に描かれた一人一人の性格分析と
それによるポーズ決定やより劇的に見せる為の配置等の計算も面白かった
学校で習ったけど意味が分からなかった空気遠近法
目からウロコのように分かりやすく説明してあって感激

彼が天才と呼ばれるほど
次々と考え出された事柄。
その全てにはそこに行き着くための流れがあって
それは彼の生活環境、そこから生まれた性格、時代の流れ・・・
様々な観点より
人間レオナルド・ダ・ヴィンチ
その人の偉大さと同じ人間という親しみが
素直に伝わってくる企画展でした

意外にウチの夫も飽きずに楽しんでいたし
でも、夫が一番喜んでいたのは
企画展の出口出てすぐの人力飛行機の模型だったけど

観たいけど行けない
そんな友人達のお土産にクリアファイルや絵葉書、
『受胎告知』がパッケージにデザインされたチョコレートを購入。
(夫にはTシャツ買ってあげた・・・いつものお約束ね

※後日談
 チョコレート、
 ヨーロッパのチョコは甘すぎる印象があり心配でしたが
 生チョコ風なのか柔らかめで舌触りも良く
 大きさや形も食べやすく好評でした

さて、長くなりましたが
東京での初日はこのくらいにして
弟の新住居へと向かったのでした~

上野で・・・♪(4/6のコト)

2007-04-09 23:10:26 | おでかけ日記。
春と共に元気になってきたような私。
次から次へとやりたい事が押し寄せて
家計が火の車でも
もう、誰も止められない

映画のチケット20枚のまとめ買いから始まり
フラワーアレンジの講師所得講座の受講に続き
オルセー展と『受胎告知』観たさに行っちゃいました
東京まで

土日は溢れる人に流されて美術鑑賞なんてトテモトテモ・・・
という持論の私は
夫婦で4月6日(金)に休暇をとり
朝4時に自宅を出発して高速バスで東京へ


東京駅から上野へ直行
まずは東京都美術館へ
そして8日(日)で終了してしまう『オルセー美術館展』を観ました

やはり平日の午前中は良いね~
人は多かったけれども
まだまだ自分のペースで観て進める余裕があり
モネ、ルノワール、シスレー、
ゴーガン、ゴッホ、セザンヌ等
美術教科書に必ず載っているような画家達の作品が並ぶ
また、画家の名前を知らなくても
見た事があるような作品たち

それはもう大満足の作品展でした


その中で私が一番心に残ったのは
ゴーガンがタヒチへ行く前に描いた風景画。
(ゴッホと一緒に住んでいた頃)

今までまるで作風もタッチも違うと感じていた2人の絵。

それなのに、その風景画は
ゴッホを彷彿する事も出来そうな色彩構成


誰もが知っている通り
同居していたこの画家二人は喧嘩別れした。
その後ゴッホは自殺し
ゴーガンはタヒチで新境地を開く。

画家として芸術家として
自分だけの表現
本当の個性を求め
日々描き続ける毎日。

その苦悩の末の自分の作品からフト目を離し
同じ志の縁で
一緒に住んでいる人の作品を見た時に
どこか似ていたら・・・
どうしようもない絶望やいらだちが生まれると思う。

喧嘩の直接の原因は知らないけど
そういう精神状態で同居していたら
喧嘩もするだろう・・・

しかもそれが一生をかけた仕事(生き方)なら
とてつもなく激しい感情をぶつけてしまいそうだ・・・

そんな想像を勝手に展開しつつ
公園の木の下で鳩と休憩


上野公園内は桜の盛りが過ぎ
風が無くてもヒラヒラととめどなく花びらが散り
良い昼下がり
不忍池まで骨董市に行っている夫を待つ。

そこへ今夜のお宿の弟からTEL。
『上野に桜餅が美味しいお店があるから行ってみるべし
『できれば4個買ってきて欲しい
『午後は売れきれてる事が多いから、行くなら早めに
半ば強制じゃん

ところが
骨董市に行っていた夫が戻ってくるなり
「大変だ価格破壊だ安い
と、私の手をひき不忍池まで連れて行こうとする。
『ダ・ヴィンチ展、逆方向なんですけど・・・』
『お腹空いて死にそうなんですけど・・・』
『弟に頼まれたお買い物も逆方向なんですけど・・・』
骨董市(あくまで骨董でなく骨董市)に狂っている夫にとって
私のどんな言葉も聞こえない

しかし行ってみて良かった
その骨董屋さんは父君が私たちの隣町出身とかで話が弾み
思いがけず楽しい出会いでした・・・
お盆にお墓参りに来たら寄るかもなんて話にまで

そして空腹に負けて露天で大たこ焼きを買う
かなり大きくて6個入りでしたが
夫と3個ずつだけ食べても大満足

たこ焼きで桜吹雪の花見かな

なんつって~~~

祖母。

2007-04-03 21:28:05 | おもいで話。
私の母の母。
その、私にとっての母方の祖母が
寝ついてしまい、日々弱っていく・・・
昨年の始まりはそんな状況でした。

1月から子供達や孫達が交互にかけつけ
勿論母も、東京にいる弟さえも
お見舞いや励ましに岩手まで行っては祖母の様子を伝えてくれた。

なのに私はなかなか行けず
やっと父と2人でかけつけたのは
3月も中頃。
祖母はもう起き上がる事も出来なかった・・・

『こっちは雪が多いから、冬は来ないで夏に遊びにおいで』
『冬は雪ばっかりでつまんないから、夏に涼みにおいで』
と、よく言っていた祖母。

その祖母が最後を迎えようとしている時
私は数十年ぶりに冬の岩手へ行く事になった訳である。

(2006.3.19 岩手山)

祖母の入院している古く暗い町立病院は
他に誰もいないかの様に静まりかえり
階段を上り病室を探す私達からたつ音だけが響いていく。

もう食べる事も出来なくなった祖母は
寝ているか
交替で付き添う娘達に痛みを訴えるか
回診の先生に強がって痛みを見せないようにするか
それが精一杯との事だった。

その祖母が
「おたふくちゃんが来たよ~
の叔母の声に目を開け
自分の力で上半身を起こし
「遠いところよく来たね~、ありがとうございます」
「私は頑張って待っているから、夏にまた来なね」
「必ず頑張って待っているから」
と握手をした。

年を重ねるたびに小さくなっていく祖母が
入院して以来あってみると
二まわりも三まわりも小さくなり
目だけが大きく見え
かかえたら持ち上げることが容易な印象さえ受けた。

1週間ぶりに起き上がり
私としっかり対面し
私の懇願でまた横になり目を閉じる。

祖母の言葉
「夏にまた来て」

それは、お盆にお墓参りに来てね・・・
という意趣返しのような気がした。
後で母に聞いたら、母も同じ思いをしていた。

きっと祖母に会うのは今日が最後だろう。
祖母は精一杯の気力を振り絞って
ずっと来たくて来れなかった孫の私に
精一杯のお別れをしてくれたのを感じた。

もう、私の知っているいつもの祖母ではなかった。

その鬼気迫る様子は目に焼きついているのに
言葉にするのは難しい。

そして、鬼気迫る様子とは裏腹に
もう自由に動かすのが困難になってきたその手は
静かで軽く何の感慨も与えてくれなかった。

でも祖母は、全身全霊をかけて私に挨拶をしてくれた。
それだけは
目でなく胸の奥がズキッと痛んだくらい
心に直接激しく伝道した。



私が見たことがないくらい
古く暗い病院。

休日とはいえ、私達の他は誰もいないような静けさ。

母が言う
「おたふく、ここで生まれたんだよ」
「あの時は病院出来たばかりだった」

(病院って30年でこんなに時代から取り残され傷んでいくのかぁ)
(私も実はそうなっているの
(私が生まれた場所で祖母は消えていくのか・・・)

(雪の白樺自然林)

冬の岩手は地球温暖化の影響か
年々雪が少なくなり
思ったよりスムーズに行けた。

それでも福島の浜通りでは見れないほど
雪のある冬
というものを十分実感させてくれた。


雪は、夏にしか見たことのない景色を
すべてを包み隠して
全く別の風景を見せてくれる。

また冬に来たい
そう思わせてくれる。

帰路には雪の景色をずうっと目にうつしながらも
『祖母に会う』という待ち望んだ一つの事を済ませた安堵感と
最後になるかもしれない祖母の姿とが
心や頭や胸・・・体の中で入り混じり
自分の体が音の無い世界にピッタリと接触してしまったようだった。

そして、祖母という点と私という点が
日本という小さな国の中ながら
どんどんと離れていって
会いたくてもすぐに会えない距離がつくられていく淋しさがつのる。

(子供だったら泣いてしまうだろうなぁ)
(仕方がないんだよなぁって思って居られるって
      ちょっとは大人になっているんだよなぁ)
なんて事も思ったりした。

高速に乗って平行な景色が壁だけになり
ふと目を上げると
そこには意外なほど青い空と
眩しい位の白い雲があって
ちょっとくやしいけど
少し心が軽くなった。



続く