極楽とんぼは風まかせ

東は東、西は西。交わることなき二つとはいえ、
広い太平洋、東の風が吹き、西の風が吹き・・・

葉っぱが1枚落ちたら何の秋?

2011年09月15日 | 今日の風の吹きまわし
木曜日。何となく薄暗いこともあるけど、どうもどんよりした気分。起きてみたら小雨模様。いか
にも肌寒いという感じがする。ちゃんと寝ているのに寝たりなくて疲れたような気分なのはやっ
ぱり季節の変わり目ということなのかな。週明けまでずっと雨模様の予報では、元気づけにモー
ルまで歩くというのもめんどうそうな気分。でも、歩かなくても何だかやたらとおなかが空くし、か
といって、「グー」信号にいちいち反応して食べていたらまずいような感じだし・・・。

秋といえば、食欲の秋、天高く馬肥ゆる秋、スポーツの秋、行楽の秋、読書の秋、芸術の秋、文
化の秋、収穫の秋・・・他に何があるのかな。あれもこれもと忙しい季節だなあという感じがする
けど、たぶん蒸し暑くてかったるい日本の夏が過ぎて、みんな俄然元気になってやる気が出て
来るからだろう。季節感まで几帳面に仕分けされているようでおもしろい。たぶん日本人の体内
時計にそういうカレンダーが組み込まれているんだろうな。でも、大雑把に短い乾期と長い雨期
しかないようなところに長い間いれば、体内時計がリセットされてそういう季節感は薄れて行くも
のらしい。もっとも、蝦夷地の霧の最果てで生まれ育ったワタシには日本標準規格の季節感は
ピンと来ないんだけど、それは幼稚園の出席帳の各月の季節を代表する絵柄がその月々の自
分の周りの風景とは全然違ったもので、未だに季節感覚が混乱したままなのかもしれない。

先週M6.4の地震が起きた同じ震源地で今度はM4.1の余震があったんだそうな。午前4時頃
だったそうだけど、ワタシたちがそろそろ寝ようかと言っていたあたりか。先週のもそうだったけ
ど、何も感じなかったから、寝て、起きて、昼のニュースを見るまで知らなかった。でも、実際に
は余震とされる小さな地震が何十回もあったらしい。前回ブリティッシュ・コロンビアで大地震が
あったのは300年以上前だそうで、次の大物がいつ来てもおかしくないとか。そうだろうなあ。
地図を見れば、カナダの西岸はもろに「環太平洋火山帯」にあるんだもの。地球が生きている以
上はいつかは来るだろうけど、問題はそれが明日なのか、200年先なのかわからないことか。

地球は太陽系の中でたまたま生命の誕生や生存に適した位置にできた惑星だけど、太陽系の
外にもたくさんの惑星があるはずだとして、いろんな観測や研究が進んでいる。これまでに生命
を維持できそうなものも見つかっているそうだし、太陽系とはまったく違った不思議な惑星系もあ
るそうだし、すごいのになると何らかの理由で「太陽」を失ったらしいみなしご惑星が宇宙空間を
ふらふらと浮浪しているというから、宇宙にもホームレス問題があるんだとびっくり。そこへ発表
されたのが惑星探査機ケプラーが2つの太陽を持つ惑星を見つけたというニュース。白鳥座に
あって太陽系から200光年ぐらいという話だから、宇宙のものさしではけっこう近いじゃないの。
この惑星は「ケプラー16b」と命名されたけど、天文学者たちは名作『スターウォーズ』の処女作
に登場した2つの太陽を持つ惑星にちなんて「タトゥーイン」と呼んでいるとか。うん、まさに科学
は小説より奇なりだな。

『スターウォーズ』は最初に作られた3作しか見ていないけど、双子の太陽が沈んで行くシーン
はあまりにも強烈な印象で今でもはっきり覚えている。育ての親の叔父夫婦を殺されて独りぼっ
ちになったルークが辺境の惑星タトゥーインで悲しみにくれながら眺めていた赤い2つの夕日。
これからひとりで荒々しい世界へ出て行かなければならない若者が沈んで行く夕日に決意を新
たにする・・・(サウンドトラックも含めて)まさに正真正銘の古典的西部劇のシーンだったけど、
じーんと来るほど清冽な感じがした。(『スターウォーズ』の第1作(今はエピソード4)は正統派
のアメリカ西部劇をしっかり踏襲した名作だと思う。)辺境の砂漠の夕日に2つの太陽を想像し
た人はすごいと思たもんだけど、それが現実になったんだからもっとすごい。宇宙に何十億とあ
る連星。ひょっとしたらタトゥーインは数え切れないくらいあるのかもしれないな。白鳥座の2つ
星アルビレオにも惑星があるのかなあ。青と黄色の宝石のようにうっとりする美しいカップルの
太陽が綾なす夕焼け空を見上げてみたい!

でも、この太陽系の三番目の惑星の西半球の北の方の大陸の西側にある街の南の方の小さな
家のベースメントにズームインしてみたら、ああ、ここは「仕事の秋」一色。それも大きめの仕事
ばかり。この週末はねじり鉢巻だなあ、もう。だけど、何となく、ほんとに微妙に何となくなんだけ
ど、日本に「復興の秋」が訪れつつあることを感じさせるような内容の仕事が出てきたような気
がする。May the Force be with you、ニッポン!

何となく居酒屋スタイルの晩ごはん

2011年09月14日 | 今日の風の吹きまわし
水曜日。正午の気温15度。このまま本気で秋に突入する気だなという感じ。朝食が終わる前に
シーラとヴァルが掃除に来て、シーラが黄色いズッキーニのぶっといのを2本持って来てくれた。
「留守番サービス」のお客さんが1ヵ月もハワイへ行っていて、庭で育っている野菜を放っておく
のはもったいないから、どんどん食べるか友だちに分けるかしてと言いつかっているんだそうな。
そんなに長く留守になるのにどっさり野菜を植えるとはのんきな人だと思うけど、丸々としたズッ
キーニは甘くておいしい。ごちそうさま。

きのうの夜にカレシがひょっこり「明日のメニューをリクエストしてもいい?」と聞くから、いいよと
言ったら、「ワインがなくなりそうだから、酒に合う日本食を作って」と。物置のワイン棚を見たら、
ケースで買った我が家の「ハウスワイン」は後1本しかない。白は他に何本かあるし、赤もあるけ
ど、よ~し、オレゴン州産のにごり酒を開けるか。ということで、またフリーザーをごそごそ。つい
先だっての日曜日にコース料理をやったばかりだから、ここはちょっと目先を変えて「イザカヤ風
晩ごはん」というのはどうだろう。和風の小皿料理を出す「イザカヤ」はバンクーバーでもけっこう
人気がある。イェールタウンではファッショナブルな若い人たちがしゃれたイザカヤのパティオの
テーブルで「ダイギンジョー」で一杯やりながら器用に箸で「ジャパニーズタパス」をつついている
風景が見られる。(地酒もあるし・・・甘口だけど。)

イザカヤ「とんぼ亭」の晩ごはんはこんな感じ↓

     

日本の食卓の「晩ごはん」式に並べてみたら、汁物(北寄貝とねぎ)、煮物(ミニイカの醤油煮)、
焼き物(シシャモの大根おろし添え)、蒸し物(ぼたんえびの酒柚子蒸し、しそ風味)、揚げ物(サ
ツマイモ、エビ、しその葉のてんぷら)が揃っているから、我ながら感心。ご飯は発芽玄米。ワタ
シが漬物を食べないから、香の物はなし。だけど、何品も冷めないうちに一度にテーブルに並べ
るというのは、段取りを考えたり、調理時間のタイミングを計ったりのけっこう大変な作業で、作
り始めてからテーブルに並べるまで1時間もかかってしまった。どうりで日本では共働き主婦が
家事の負担で悲鳴を上げるはずだなあ。ご飯作りだけは毎日なんだもの。小皿のコース料理を
作りながら食べる方がよっぽど楽ちんだというのがワタシの実感・・・。

これでフリーザーに少し空き容量ができたことだしということで、エコーのバッテリの充電がてら、
夕食後にコキットラムのHマートまでひとっ走り。カレシは大好きな白キムチの一番大きな(1リッ
トル?)の容器を見つけてご満悦。後は果物や野菜。ワタシはニラや大豆もやしや白菜を買って、
長~いごぼうを買って、野菜売り場の端まで来たら、おお~っ、マツタケ。そういう季節なんだな
あ、やっぱり。極上品はもちろん日本に輸出されてしまうから、地元で買えるのは日本人が買わ
ない等級ってことかな。それでも、一番価格が一番低いパックで大きなのが3本入って46ドル
(3500円くらい)。う~んと思案して、また週末が来るし、季節の短いものだしということで、(ど
こだったか忘れたけど)高いところから飛び降りるつもりで買ってしまった。さあて、どうするか、
帰ってから考えないと・・・。

後は、キンキ丸ごと1本と刺身用の大西洋のサケ、冷凍ものではキハダマグロとビンナガ、ハマ
チ、たこの足、塩サンマ2本、アサリ、(何を思ったか)うなぎの蒲焼、めんたいこなど。Hマートの
フリーザーには食べたことのない魚がいろいろあるし、カエルの足やスッポンのような「え~っ」
というようなものもあって、見るだけでもおもしろい。スッポンは丸ごと冷凍で、甲羅から引っ込め
た頭の先と手足がちょこんと見えていて、食べるのがかわいそうな気もするけど、スッポンスー
プはどんな味がするんだろうな。

のんびり買い物をしていたら閉店時間間際。レジでは持参の大きなトートバッグに入れてくれる
ように頼んだけど、にこにこしながらていねいに店の袋に入れてトートバッグに入れてくれる。ア
ジア人は包装癖が抜けないのかな。そういえば冷凍して真空包装してある魚でもトレイに載せ
てラップで包んであるのが多いから、帰ってからせっせと外すのがひと仕事で、空きトレイはひと
山のゴミになる。あ~あ。

今夜のランチは久しぶりにたっぷりニラを入れたチヂミと行くか・・・。

男の(女も)器は大きさよりも中身が大事

2011年09月13日 | 今日の風の吹きまわし
火曜日。午前11時30分、目覚ましで起床。あらっ、涼し~い!そういえばきのうの夜の天気予
報で「夏を楽しむなら今のうちですよ」なんて言ってたなあ。だからといって、まるで「更新」ボタン
をクリックするみたいに、いきなり夏から秋に切り替えるなんてのはなしにしてほしいもんだ。

朝食を済ませて、カレシを英語教室「午後の部」に送り出して、夕方が納期の仕事をやっつける。
いたって機械的な企業事務の書類は慣れていることもあって楽ちんでいい。ワタシの後ろに忍
び寄ってきては思考の流れをかく乱しようとするカレシもいないから、固有名詞の検索以外は辞
書を引くこともなくて、すいすい。カレシが帰ってくる前に終わってしまったから、きのうの閉店間
際に入ってきた大きそうな仕事の算段にかかる。文字カウントをかけて出て来た数字を原稿用
紙の400字で割ったら、あちゃ、約60枚。まったくテーマが違う別の仕事とパケット交換よろしく
の並行処理になりそうだなあ。なんか仕事が増えて来そうな感じがするけど、お盆と節電のシー
ズンが終わったせいかな。少し趣味の方に精を出そうと思っていたのに・・・。

カレシが「午後の部」から帰ってきて「夜の部」に出かけるまでの時間は3時間足らず。ひと休み
してから、夕食を食べさせて送り出すまでがけっこう忙しい。だからメニューはいつも簡単手抜き
料理。手っ取り早くパスタで済ませることが多いけど、今日はマグロのグリル。ステーキに市販
の餃子のたれを塗っておいて、オレンジ色のピーマンをグリルパンに載せ、付け合せのインゲン
を蒸し始め、頃合を見計らってマグロを焼き、最後に白ぶどうをひと掴みさっと焼いて完了。所
要時間30分足らずで、これがほんとのファストフード。

いつもながらあれがない、これがいると言って最後に「遅刻だ~」と出かけて行くカレシを送り出
して、きのう目に止まった小町のトピックにじっくり目を通す。『「器の大きい男性」って?』という、
いかにも小町横町らしい質問。でも、男女を問わず「器が大きい」というのはどういうことなのか
を考えてみる気にさせるトピックではある。もっとも、そもそも人間の「器」について明確に定義し
ないままでの質問だから、当然のっごとく返って来るのは小町横町の半径から見た「器の大き
さ」、つまり、トピックの主が言う「金銭的、精神的、体力的に己を切り詰めても常に女性を最優
先する男性」、端的に言えば「女にとって都合のいい男」のイメージが浮かんで来る。「己を切り
詰める」って、大きな器を切り詰めたら元も子もなくなりそうだけど、もしもワタシが男だったら、
「やってらんねぇ~」と悲鳴を上げて逃げ出すかもしれないな。

そこで、久しぶりに広辞苑を引っ張り出して「器」を引いてみたら、「事を担当するに足る才能、器
量、また、人物の大きさ」というのがあった。でも、「人物の大きさ」っていったいどうやって測るの
かな。体重計とテープメジャーで事足りるなら、いわゆる肥満体の人たちはみんな「器の大きい
人」ということになる。それは冗談だけど、要するに表面的には見えないかもしれない内面的な
ものの大小を言っているんだろうから、現実的にその表面に見えない「大きさ」をどんなものさし
で測るんだろうな。まあ、「器」というからには何らかの容積単位で測るんだろうと思う。だとすれ
ば、英語では「capacity」、あるいは「caliber」というところか。

そこでまず「capacity」を辞書で引いて、トピックで議論している「器」に相当しそうな語を見てみ
たら、まず「包容力、度量」、次に「適応力、耐久力」、さらに「可能性」。他に「(学問などを)学び
取る力、学問的才能、知的能力、理解力」というのもある。次に「caliber」を引いてみたら、「(心
の)度量、(知識の幅、知的能力などの)力量、才幹、(人物の)器量」とある。このcaliberは鉄
砲の口径を表す単位でもあるところがおもしろいけど、「金銭的、精神的、体力的に己を切り詰
めてでも(特に)女性を最優先」なんて犠牲的精神は微塵も感じられないし、だいたい(西洋の騎
士道精神はいざ知らず)日本の武士道精神にそんな女性崇拝的な思想があったとも思えない
な。つまりは、「器の大きい男性」というのは(わがままで自己中な)女性が夢に描く(ちょっと古
いけど)「3高 の王子様」のことかな。中国では大都市で「公主病(お姫様病)」というのが蔓延し
ているそうだけど、小町横町でもバブル頭いまだ弾けやらずということなのかもしれないな。

人間は誰でもが持って生まれて来る「器」があって、人それぞれが違うように、その器の容量も
みんな同じということはありえないと思う。でも、人間には「成長」の過程でその容量を大きくする
機会も与えられていると思う。それが「capacity」に包含される「可能性」の意味ではないかな。
まあ、人間の「器」がどっちの方向に変化しているのか知らないけど、いくらでっかい「器」を抱え
て生まれて来ても、(書き込みにあったように)それをゴミで満杯にしたらたしかにどうしようもな
いだろうし、逆に、与えられた器が少しくらい小さめでも、きれいな宝石がいっぱい詰まっていた
ら、その人の心はきらきらと輝いているだろうし、温かなスープで満たされていれば、人をほの
ぼのと幸せな気分にさせるだろうし、滋養の高いスープだったら病める人も元気なるかもしれな
いな。つまり、容積の大小に関係なく、その「器」に何を入れるかによって、嫌われる人間にも、
好かれる人間にもなり得ると言うことで、何を入れるかはその器の持ち主しだいだと思う。

それにしても、小町横町女性たちが定義する「器の大きい男」って、いったいどんな人だろう。た
ぶん、年収が1000万以上あって、女のおねだりに気前よく応じてくれて、女のどんなわがまま
も笑って聞いてくれて、絶対に女性を下に見ることなく、結婚したら「ボクが養ってあげるから」と
専業主婦をさせてくれて、おまけに家事や育児も平等に分担してくれて、寝ても覚めても女性の
ためならエンヤコラ・・・いるのかなあ、そんな男?

不惑どころではない男の更年期

2011年09月12日 | 今日の風の吹きまわし
月曜日。きのうは精神的にすごく疲れた。でも、やっぱりひとつの節目だったんだという気がする。
今日はちょっとどよ~んとした気分で眠い。それでも正午前に起きて、先に起きていたカレシを
探して裏のポーチに出たら、うわっ、風だ。それもそよ風なんてやさしいものじゃなくて、本気で
吹いている。日本の「秋のイメージ」で描写するなら、一面のすすきをなぎ倒すように野原を渡っ
て行く秋の風というところかな。(実際にすすき野原の風景を見たことはないんだけど。)季節が
変わる前兆を肌で感じるような風・・・。

今日はカレシの弟ジムの67歳の誕生日なので、ハッピーバースデイのメールを飛ばした。「いく
つなのか忘れちゃったって?自分がいくつなのかもう考えなくてもいいってことで、いいじゃない
の。自分の年を覚えていないのは、覚えているには若すぎるってことだから」と。もう20年くらい
前、ある日突然ジムは真っ赤なスポーツカーを買った。みんなが仰天しているうちに、不倫が始
まって、夫婦でカウンセリングを受けてみたりしたけど結局は離婚。でも、2人はそれぞれできた
新しいパートナー(とその子供の家族)/ガールフレンドもひっくるめて和気藹々の関係。まあ、
離婚したおかげで「家族」の人数が増えるなんて珍しいだろうと思うけど、そこはマリルーの人徳
と、未婚の母だった彼女の幼い息子を養子にしてかわいがって育て(実父がわかったときには
会いに行かせ)たジムの懐の深さによるところが大きい。

そういう人が何で浮気なんかと思うけど、やっぱり「中年の危機」で血迷ったとしかいいようがな
いだろうな。かってはジョークのネタでしかなかった「男の更年期」が最近やっと「LOH症候群」と
して医学的に認知されたそうだけど、生理的な変化である更年期は「老化」を意識させられると
いう点で男女を問わず精神的にかなりのストレスだろうと思う。で、ずっと見ている『ストレスと身
体』の講義で、サポルスキー先生が「強いストレスがかかると衝動をコントロールする脳の前頭
葉の活動が低下して、見境のない行動を取るリスクが高まる」と言っていた。つまり、男が「不惑」
の40歳を過ぎてから、かっとしてとんでもない事件を起こすのも、むらむらとして女子高生のス
カートの中を盗撮するのも、浮気や不倫に走るのも、赤いスポーツカーを衝動買いするのも、そ
うでなくても社会的にストレスの多い年頃で、男としての機能が低下して、当惑した故ということ
なんだろうか。

この「男の更年期」、女の更年期と違って「過ぎてしまえば後は楽」というわけではないらしいの
がやっかいなところ。女性の場合は閉経という通過儀礼みたいな現象が最後にあって、そこを
過ぎればせいせいした気分になり、俄然更年期前よりも溌剌としてくる人も多い。(還暦を過ぎ
たおばちゃんたちのバイタリティはすごい・・・って、ワタシも還暦過ぎのおばちゃんなんだけど。)
ここで「男、40にして困惑」と言ってしまっては身も蓋もないけど、実際に40代あたりで「ミッドラ
イフクライシス(中年の危機)」が訪れて、理性のたがが緩んでしまうのは、男の更年期の通過
儀礼がどうも最初に来るせいではないかと思う。

つまり、人生のストレスの多い時期に(あるいはそういう時期だからこそ)男のプライドが揺らぐこ
とが起きて、それがストレスを倍増させ、20代半ばまでかかって発達して大人の男の理性を支
えてくれていた前頭葉が萎縮させるために、衝動を抑えることができなくなるんだろうと思う。現
に、盗撮や痴漢で捕まった男はたいていが判で押したように「ストレスがたまっていた」と言い訳
している。仕事でも家庭でもストレスがいっぱいで、いつもストレスホルモンの栓が満開の状態
だと、ストレスホルモンの受容体が多い脳の前頭葉でニューロンが萎縮し、層が薄くなる。そうな
ると、判断力と衝動を抑える力が低下して、何かのきっかけで「つい」とんでもないことをやらか
す時限爆弾になる。ただし、ストレスが軽減すると、萎縮したニューロンは再生できるんだとか。
でも、前頭葉の配線はストレスに遭う前とは違ったものになるらしい。

男40にして、すわ男の更年期かと「当惑」、それでは若い女性と男の春をもう一度と浮かれて
「浮惑」、出会いを求めてこそこそと携帯をいじっては「疑惑」を招き、つい事件を起こしてクビに
でもなれば家族にとっては「迷惑」。はて、現代人はいったいいくつになったら「不惑」の境地にた
どり着けるのやら・・・。

在庫整理で久しぶりの思いつきメニュー

2011年09月10日 | 今日の風の吹きまわし
仕事がないのをいいことに、久しぶりにフリーザーの在庫点検。上の2つのバスケット
は日常の食材。それぞれの下にごちそうやおもてなし用の食材が入っていて、これを
長くても1年以内で消費するために、ときどき点検して日付の新しいものを下の方に入
れたり、日付が古くなって来たものは日常の食材のバスケットに移動したりする。

前のめりになってマイナス18度のフリーザーをかき回していると、小皿料理に使うつも
りでとっておいた半端な量の食材がいくつも出て来る。そこで、今夜は久しぶりに極楽
とんぼ亭名物の「思いつきメニュー」。

今日のメニュー: 鯛とムール貝の潮汁
           サケとマグロのポケ風タルタル
           鶏ひき肉の蒸し団子とエビ入り油揚げ
           サケの玄米ロールとマヒマヒのトビコ和え、
             大根のかつら向き、発芽豆ミックス、海草ヌードル添え
          (サラダ)


      

正体不明の白身の魚。捨てようかと思ってよく見たら「鯛」の切れっ端。しゃれにもなら
ないけど、もったいないからムール貝と合わせて、潮汁風に仕立ててみた。ムール貝
は熱を通して殻の開いたものを閉めて冷凍したもの。それでもいい味の出汁がでる。
タジン鍋の形のお皿に盛って、蓋をしてテーブルに。

      

お刺身の残りのサケと、サクから必要なだけ切り出したキハダマグロ。サケはパクチー
を刻んでレモンをちょっと、マグロはハワイのポケ風に刻んだマカダミアナッツ、とうがら
し、刻みネギ。それぞれを醤油とごま油で和えて、涼しげなショットグラスに盛って、赤と
オレンジのミニトマトを半分ずつ。「サケの方はもうちょっとスパイスがあればマグロと味
の釣り合いが取れると思う」とはカレシの評。うん、大西洋のサケは甘みがあるから。

      

鶏のひき肉は胸肉ともも肉があって、どちらも少量ずつアルミホイルで仕切りをして袋
詰めしてある。(もも肉は豚肉の代わりに餃子の具にする。)そこで、卵1個を分けて、
鶏肉は卵白とチューブのしそ梅とゆかりのふりかけを混ぜてフードプロセッサで下ごし
らえ。四角い油揚げには卵黄と一緒にエビを詰めてみることにした。ナイフで切れ目を
入れて、エビを2尾、尻尾を突き出す形でぐっと詰め込んで、卵黄を流し込み、醤油を
ひと振り。鶏肉団子はラップで包んで形を整えて、スチーマーで15分。鶏肉団子はしそ
と梅干しの香りがほんのりとして、軽くあっさり。油揚げのエビ詰めも思いのほか上品
ぶった感じになった。

      

コースの仕上げは、もうひとつあったサケの刺身の残りと、どうにもならないくらい半端
に残っていたマヒマヒ。巻き寿司にしようと思い立ち、発芽玄米を炊いて寿司飯を作っ
てみた。白米よりは柔らかめだったけど、玄米特有の甘みが加わってなかなかおもしろ
い味で、醤油なしで食べられた。生ちらしには絶好だろうな。マヒマヒはさっとトースター
オーブンで焼いて、赤いトビコで和えて見た。付け合せは大根のかつら向きとさっとゆ
でた発芽豆のミックス(そのままでは青臭い)と残っていた海草ヌードルをポン酢と柚子
の汁と醤油少々で和えたもの。高知県産の柚子の搾り汁は1本が40ドルもして高かっ
たけど、使ってみるとそれだけの価値は十分以上にあるワタシの隠し味。

大根のかつら剝きは包丁の動かし方が難しくて、均等な厚さで長く剝くことは素人シェ
フには至難の技だけど、秘密兵器を使えば実に簡単。その秘密兵器というのが縦型の
皮むき。ハンドルと刃が同じ方向になっているから、大根を刃の長さに輪切りにして、大
根を回しながら皮むきを包丁のように動かして行くと、一定した厚さでかなり長いのが
剝ける。これをそっとたたんで、包丁で端から細く切れば、ちょっと見にはプロ級のかつ
ら剝きのできあがり。ものは使いよう・・・。

久しぶりに何ができるかわからない思いつき料理を、ワインと冷酒でゆっくり時間をか
けて堪能して、ああ、仕事がない日はいいもんだなあ・・・。

地震があったんだって

2011年09月10日 | 今日の風の吹きまわし
土曜日。正午をずっと過ぎて、午後1時に近くなってやっと起床。なんだかまだ寝たりない気分。
きのうもがんばって、目標の午前3時をちょっとだけ過ぎたところで仕事が完了。肩が凝るやら、
目がしょぼつくやら。でも、とにかく起きてから「休みだ~」と猫のようにいっぱいの伸びをして、
ああ、仕事がなくて自由なのっていいもんだなあ・・・。

きのうはバンクーバー島の北西沖でM6.4の地震があった。このあたりではちょっと珍しいくら
いの大きな地震だけど、ワタシたちは5時のニュースを見るまで知らないでいた。発生時間は午
後12時41分で、ダウンタウンの高層ビルでは照明やブラインドがかなり長い時間揺れたそうな。
日本のような「震度」という単位がないからどれだけのものだったかはよくわからないけど、テレ
ビの映像ではたしかにシャンデリアがゆ~らゆ~ら。カレシもまったく気がつかなかったようで、
2人して地震があった時刻に何をしていたか思い出そうとしても、何にも感じなかったんだから、
思い出せない。まあ、震源地はバンクーバーから300キロ近くも離れているし、ビルの中にいて
も気づかなかった人も多いそうなので、地盤や建物によって違ったのかもしれない。

これが「200年以内」に起きると言われている「The Big One(でかいやつ)」だったんならそれに
越したことはないけど、M 6.4じゃあどう見ても違うだろうな。バンクーバー島の西側は、島の
北端からずっとオレゴン州の南端まで、北米プレートと太平洋プレートに挟まれたかっこうで細
長いフアンデフーカ・プレートがあって、太平洋プレートに押されるように北米プレートの下に沈
み込んでいるもので地震が起きやすい。なんでこんなところにかけらみたいなプレートが挟まっ
ているのかというと、フアンデフーカ・プレートはほんとに太古の昔にあったプレートの「かけら」
だから。

何千万年か前にはここに大きな「ファラロン・プレート」が北アメリカから中央アメリカまで続いて
いたのが、太平洋プレートが楔のようにごりごりと押し込んで来たもので、ファラロン・プレートは
2つに分断されてしまった。そのひとつがフアンデフーカ、もうひとつはバハカリフォルニアから
中米にかけて残っているココス・プレート。太平洋プレートが北米プレートに向かってごり押しを
続けたもので、分断されたプレートはどんどん引き離されてしまい、小さい方のフアンデフーカ・
プレートは1千万年くらい先には北米プレートの下に完全に押し込まれて消滅してしまう運命に
あるんだそうな。壮大な地球の物語といったところだけど、きのうの地震は後ろからぐいぐい押し
て来る太平洋プレートに「押すなってば!」とばかりに肘鉄を食わせたせいかも。地球もこの大
きな宇宙の中ではひとつの生き物なんだなあと思う。

そういえば、月曜日は満月。9月の満月は「Harvest Moon(収穫の月)」と呼ばれる。明るい大
きな月が秋の収穫を急ぐ畑を照らしてくれるからだとか。

懐かしい丸の内ホテルに泊まれるかな

2011年09月09日 | 今日の風の吹きまわし
金曜日。暑いなあ、今日も(といっても、午後3時で25度。少し早めにクーラーがオンになるよう
にタイマーをセットしておいたら、朝から肘がだる~く痛い。冷えちゃったのかなあ。

木曜日のきのうは、金曜日午前7時の期限を目指してのるかそるかの仕事日で、1万メートルを
全力で走るような勢いで集中して仕事、仕事。いや、こんなに気合を入れて仕事をしたのは何だ
か久しぶりの感じ。もっとも、相変わらずだらだらとやっていたら、期限間際になって気合を入れ
ざるを得なくなったというのが真相なんだけど、とにかく2日分に近い仕事を崖っぷちで1日に詰
め込むのはあまりほめられたもんじゃないな。でも、科学論文と違って、社会学系統のは何が言
いたいのかすぐにはわからないことが多いから・・・。

それでも午前4時ちょっと過ぎに完了して、ふう、間に合ったあ。今回は校正者が日付変更線の
同じ側のずっと東の方にいて、こっちの午前4時は向こうの午前7時。ちょうど朝起きて朝ごはん
を食べている頃だから、いいタイミングではあるな。次の仕事もちょっと大きくて、う~ん、1日半
分の量がありそう。期限は土曜日の午前7時。ということは今日一日でがんばって、寝る前に仕
上げて送っておかないとならない。これは校正者がオーストラリアのあっちの端だから、送る頃
にはもう夜になっていて店じまいしている頃。丸い地球の上での「グローバルビジネス」はなんと
もややこしい限り・・・。

カレシは大あくびをしながら終わるまで付き合ってくれたけど、この仕事の報酬で来年は丸の内
ホテルに3泊か4泊はできるからね。去年の会議で日本へ行ったときに、丸の内ホテルのすご
い変貌ぶりにびっくりして、2人して感慨にふけってしまった。新婚旅行を兼ねた結婚後初めて
の里帰りで、日本に着いた最初の夜に泊まったのが東京駅そばの丸の内ホテル。ずんぐりむっ
くりの古い建物で、窓のカーテンを開けると向かいに同じようにずんぐりむっくりしたオフィスビル
があった。どの階も窓に煌々と明かりがついていて、午後10時過ぎだというのに、あちこちにか
たまった灰色のデスクの間を縫ってワイシャツ姿の男たちがたくさん歩き回っているのが見えた。
カレシ曰く、「どうして家に帰らないの?」

あれは35年前の1976年の月。高度成長時代を経て、経済大国になりつつあった日本だった
けど、スチールとガラスの高層ビルの建設はまだ始まったばかりだったのかな。全体的に何も
かもが古ぼけて、薄暗く見えたような気がする。(パチンコ屋だけは目が眩むくらいにまぶしかっ
たけど。)ま、バブル時代さえ記憶にない今どきの若い人たちにはそういう「東京」は想像もつか
ないだろうな。電車の駅には改札係がいて、通る人の切符にパチパチとハサミを入れていた。
乗客の流れが途絶えたときでも、手に持ったハサミを止めずにカチカチと鳴らし続けているのを、
カレシはかなり感心して眺めていたっけ。あれは生身の人間が東京を、日本を動かしていた時
代だったと言っていいのかなあ。

さて、次の仕事に没頭しないと。これはPRだからさしてめんどうはないだろうけど、なんかびっし
りとああだこうだとご託宣が並んでいるなあ。お堅いところだからそうなってしまうのかな。ひとつ、
バリバリがんばったら、新しい丸の内ホテルのいい部屋にもう1泊できるかな。(ふむ、36年前
の新婚旅行で東京着の初めての夜に泊まった思い出のあるホテルなんだと言ったら、もしかし
て日本流に特別サービスしてくれるかな・・・?)

でも、文字数が数千字もあって、しかも意味を調べるにも読めそうにないような難しい漢字がや
たらと多いなあ、これ。はて、午前3時の完了目標、大丈夫なのか・・・?

金の切れ目が縁の切れ目というけれど

2011年09月07日 | 今日の風の吹きまわし
水曜日。暑ぅ~。なんかヘンな夢を見ていたなあ。最初のうちはカレシがいて、たくさんの人に混
じって女王様に拝謁する順番を待っていたみたい。女王様というのは、もちろんバッキンガム宮
殿にお住まいのあの女王様。それだけでヘンな夢なんだけど、いつの間にかカレシの姿が消え
て、へえ、ひとりずつなんだ~なんて思っているうちにどうやらワタシの番。通されたところには
女王様がいて、ワタシは前に進み出て左足を後ろに引いて上体を落とす「curtsy」という優雅な
ご挨拶。いただいたひと言、ふた言は間違いなく女王様の声だったけど、まるで『不思議の国の
アリス』のチェシャー猫の相手をしているみたいで、いつのまにかスポーツバーのようなところに
いて、いつまで待っても女王様もカレシも再登場しないので、「そろそろおいとました方が良いの
でしょうか」なんて聞いていた。ほんっとにヘンな夢・・・。

寝ぼけ半分で起きてしまったけど、まずはマイクが来る前に午後5時までに納品する仕事を仕
上げておいた。マイクがきたのは2時過ぎ。事実上3つのプロジェクトの見積もりの説明を受け
て、全部足してみたら2万ドルの予算枠にきっちりと収まった。ということはそれで決まり。手付
金の小切手を渡してしゃんしゃん。工事の日程が決まったら、当面は否応なしに早起きだなあ。
それでもまあ、「耕作面積」が何倍にもなるカレシがもう今から来年の作付け計画?を立ててい
るのを見ると、ワタシも来年はグルメ野菜の料理法をリサーチしといた方が良さそうだな。うん、
まあ今の時点では取らぬ狸の皮算用なんだけど・・・。

マイクが帰って後でカレシがちょっと心配そうな顔で「この予算でいいの?」と聞くから、我が家
の経理部長(ワタシ)は「想定内だからOK」と回答。この10年、カレシはちょっと値の張るものを
買うときになると、最初から買う話をして2人とも了解済みでも「買ってもいいの?」と聞いて来る。
ふだんからワタシに家計の管理をまかせっぱなしで、実際に残高がどれくらいあるのか知らな
いからだろうと思うけど、みんな共同名義の口座なんだから自分でチェックして大丈夫かどうか
判断してくれないかなあ。会計士なんでしょ、アナタ?それに引退したんだから、「家に帰ってま
で金勘定はやりたくない」という理屈はもう通用しないでしょ?(だいたい今度のは基本的にカレ
シのプロジェクトなんだし。)

ワタシは共働きの稼ぎはその多寡に関係なく「夫婦共有」のお金という主義だから、日ごろから
赤字になったり、破綻したりしない範囲であれば「使うのに互いの許可は不要」と言っているん
だけど、カレシは「ボクのは遊んでいて入って来る金だけど、キミのは働いて稼いだ金だから」と
ちょっとひねくれた理屈をこねる。「キミがこんなに稼いでくれるから、ボクは早期退職ができそう
だなあ」と言っていたのは誰だったっけなあ。まあ、アナタのは長年働いて給料から払い込んだ
年金だから「遊んでいていいよ」というお金で、ワタシはまだ年金をもらう年じゃないから働いて
稼いでいるんであって、そのときになれば「遊んでいていいよ」というお金が入って来るというだ
けの違いじゃないかと思うけど。(働かないで入るお金で遊んでいて悪いと思うんだったら、掃除
洗濯ぐらい引き受けて・・・は、無理だろうなあ。)

どこかで北米の離婚原因の一位は「お金」という話を聞いたことがあった。ワタシたちは共働き
の給料をすべて共同口座に入れて、ワタシが家計を管理していたけど、それでけんかになった
ことはなかったから、意外に思ったものだけど、あの頃は共働きがあたりまえになりつつあった
ときだから、新しいお財布2つの家庭経営の方法を模索していたのかもしれない。ワタシが知る
限りではお金の扱いでもめて離婚に及んだカップルは2組でどちらも若いキャリア組だった。最
近は(アメリカでは)お決まりの「浮気/不貞」、「意思疎通の問題」、「DV」が離婚原因のトップ
3になっているそうな。でも、アメリカの不況が長引けば、また「金の切れ目が縁の切れ目」にな
るカップルが増えるかもしれないな。

小町を見ると、日本でも共働きが増えて家計の分担で悩んだり、もめたりするカップルが増えて
いるらしい。収入と家事をくっつけて、収入比率は○対○だから家事分担比率はその反比例と
いうような分担は、一見して公平そうではあるけど、日本流の「平等感(=自分が損をしない)」
が働くとどっちも不満を抱えてけんかに発展する確率が高くなりそう。やっぱり、結婚した2人が
稼いだお金は「2人のお金」と考える方が妥当な気がするな。でも、内心では格差に引け目を感
じていたらしいカレシの例のように、金の切れ目でなくても縁が危なくなることはある・・・。

(脳内の整理整頓をしてみたけど、「小町横町の井戸端会議のテーマにまつわるやじ馬的な感
想文やその他の文化談義の部分を日記的な節から切り離してみる」のはやっぱり無理だなあ。
日ごろ見聞きすることをやじ馬的に頭の中でああだこうだと談義しているのが、どうやらワタシの
不可分の「日常」ということらしい。だから何ともヘンな夢を見るのかなあ・・・。)

肥満は人間に逆襲する食い物の恨み?

2011年09月06日 | 今日の風の吹きまわし
火曜日。レイバーデイの三連休が明けると、いつも何となく改まった感じがする。(日本で言えば
4月1日のような感じかな。)孫世代最年少の姪孫アナベルも今日から一年生。といっても、こっ
ちにはランドセルというものがないから、何を持って行くのかな。ママのセーラはカレシひとつ違
いの弟ジムの娘で、ワタシがカナダに来た翌月に生まれた。父親の会社を継いで社長になり、
営業部長の婿さんと共に2児を育てながら、母と異父兄も勤める文字通りの家族会社で、36歳
の背に一家の生活を担って経営の舵取りをしているしっかり者。今はアメリカの不況とカナダド
ル高で大変だろうと思うけど。

今日からカレシも英語教室再開。別の教室に行っている台湾系のグループに新聞の読み方を
教えて欲しいと頼まれて、「ノー」というのが苦手なカレシ、「火曜日午後、生徒数最低6人、教室
の確保」を条件として出したら、期限ぎりぎりで条件を満たして来た。というわけで、毎週火曜日
は午後1時から3時まで「新聞」クラスのレッスン、家に帰って夕食をしてとんぼ返りで6時半から
8時半まで「初級」クラスのレッスン。ご隠居さんになってからボランティア先生を始めて丸10年
になるけど、がんばってるなあ、カレシ。えらいと思う。ワタシもまじめに仕事、やらなきゃ・・・。

午後2時で25度の「真夏」。カレシの教室が終わる時間に合わせて、モールへ。今日は短パン
にサンダルに野球帽。いくつになってもこんなかっこうでサングラスをかけて街を闊歩できるの
がこの国のいいところ。銀行へ行き、郵便局へ行き、スーパーへ行き、最後に青果屋に行って、
遅ればせで旬のとうもろこしを品定め。今日は2ドルで4本(今の為替で1本40円)。山の下の
方から太そうなのを引っ張り出して、先の方をちょっとだけ剝いて実のつき具合を見る。今日の
は丸々とした大きな粒がびっしり。あれやこれやとじっくり比べてぷっちりとしたのを6本。これで
今日の特急ディナーの手当が完了。ミニトマトやブルーベリーを買って、モールの外で帰り道の
カレシに拾ってもらって帰宅。さっそく22リットルの大なべにお湯を沸かし始める。

今週の『TIME』誌に「食べ物に関する迷信を解く」という大特集記事があって、日ごろから「あれ
はダメ」、「これは良くない」、「あれを減らせ」、「これを増やせ」という医学や医療関係の役所の
いわゆる研究発表に少なからず疑問を持っていた2人は、心臓外科医のドクター・オズがいろい
ろな食べ物について広く喧伝されたり、正しいと信じられて来た栄養や健康維持の効果が必ず
しも正解でないことを解き明かすのを頭をくっつけて読みながら、うんうん、そうそう。最終的に
は「バランスの取れた適量の食事とビタミン摂取と運動」が一番もっともなことなんだと思えてく
る。いくらダークチョコレートや赤ワインにポリフェノールが豊富に含まれているからといっても、
食べ過ぎればメタボになるし、飲み過ぎれば(オズ先生曰く)飲酒運転で裁判所に出頭する危険
が高まる。過ぎたるは及ばざるがごとし・・・。

同じものを食べてもメタボ症候群になる人とならない人がいることから、栄養と遺伝子の関連を
研究する新分野が開けて来たということは、人間は「食」に関しても人それぞれの個性があって、
極論的には、流行ダイエットなどは99.9%の人にとって百害あって一利なしということかもしれ
ないな。特集記事は、人類は食べ物の供給を完全にコントロールできるようになった唯一の生
物であり、今直面している最大の挑戦はその食べ物にコントロールされないようにすることだと
結ばれていた。

でも、自分が健康に生きて行くためにどういうものをどれだけ食べるかをコントロールするには
「自律」という名の努力がいることで、これがなかなか難しい。人間にとっては「自分」が一番思
い通りに動かないやっかいな存在だから、舌や味覚に限らず感覚的に自分にとって心地のよい
ものがあればついその支配に屈してしまうわけで、先進国で肥満が蔓延しているのはそれだけ
多くの人がすでに食べ物の支配に屈したということだと思う。食い物の恨みは何とかというけど、
ひょっとしたら食べ物の逆襲が始まっているとか・・・?

お金はどこをどう回るやら

2011年09月05日 | 今日の風の吹きまわし
月曜日。三連休の最終日は夏休みの最後の日。午後1時でもう20度を超えている。今日も暑く
なりそう。マイクが庭の改修工事の見積もりを持って来ることになっていたけど、両親が遊びに
来てしまったとかで水曜日に延期。三連休じゃないの、急ぐことないって。

それでも少し早めに起きたので、ベーコンとポテトと目玉焼きの朝食。マイクが3通りの見積もり
を作ったというので、一応の予算枠と工事項目の優先順があるから、どこまでできるか2人して
ああだこうだ。第一は、池と滝の撤去と埋め戻し、温室への電気供給と給水。生垣の木を何本
か抜いて、塀の一部を開けて小さい重機を入れるから、けっこうかかるな。第二は裏口のポー
チと階段の取替え。ペンキ塗りするのがめんどうだから、手すりは金属にするかな、やっぱり。
第三は数年来カレシが自分で作ると約束して来たパティオ。これに歩道をつけると、敷き詰める
素材によってはけっこう高くなる。見積もりによっては地均しだけになるかもしれない。運よくす
べてが予算枠に収まって、厳しいという予報の冬に備えて外回りの修理を頼めたらめっけもの
だけど、建設業界は人件費が高いし、まだ12%のHSTがかかるし・・・。

カナダには積立金が税控除になる個人の退職年金制度(RRSP)があって、預金保険の枠の関
係で2つの銀行に分散したことがあった。その後メインの銀行のアドバイザーが系列の証券会
社を通じて複数の銀行の定期に分散できるようにしてくれたので、資金をひとつにまとめるため
にもうひとつの銀行にあった定期を移転してもらったんだけど、現金であった分が正確な金額が
わからないために取り残された形になってしまった。政府登録の年金口座なので、銀行間での
書類による移転の手続きを取らずに、自分で口座を解約して現金の形で引き出すと「所得」とみ
なされて課税されてしまうからやっかい。おまけに微々たるものでも日歩で利子が付くもので、
銀行同士でやってもらおうにもその日の金額がわからないし、銀行に電話しようにも近頃の電
話問合せは「○○は1、××は2」というメニューの壁で阻んでくることが多い。(うまく行ってやっ
とつながるかと思ったら担当者が不在だったりする。)

そんなこんなで、残高明細が来るたびに今度こそは移そうと言いながら、う~ん、いったいもう何
年になるのやら、この腐れ縁。それが、ワタシの売上が日本の震災と原発にカナダドル高のダ
ブルパンチで今年はかなりの減収になりそうな予測になって、カレシが「現金で引き出して税金
を払った方が簡単だ」と提案して来た。そうだなあ、今年というタイミングで考えると名案かも。ワ
タシの分を加算しても去年の所得より多くはならないと思うし、2人分を合わせるとちょっとした
「ボーナス」みたいな金額(庭の改修工事の予備費とか?)になるし、ずっと前に投資させておい
て半年で1割も損を出したこの銀行にいつまでもお金をおいておくのも癪にさわるから早く手を
切ってしまいたいしなあ。

なあんてつらつらとのんきに考えていたら、仕事がばらばらと降って来た。ひょっとして、ワタシ
の日本のお客サマたち、太平洋の反対側まで見通せる超能力があったりして・・・。

おいしく楽しく食べるのが老夫婦円満のコツかな

2011年09月04日 | 今日の風の吹きまわし
日曜日。汗をかいて目が覚めた。午前11時半。今日は暑くなりそう。カレシがさっそくクーラーを
オンにする。予報だと週の後半にかけてかなり気温が上がるらしい。あさってから学校が始まる
子供たちはさぞかし「遅いんだよっ!」と青空を見上げて怒っていることだろうな。もっとも、また
ラニーニャに戻って、この冬はちょっと厳しくなると言う話だけど、前の冬もそういっていたのに結
局は寒波は来なかったし、雪も降らなかったからあてにならない。まっ、こういう予報は当たらな
いほうが良いに越したことはないけど。

朝食を食べながら、「今日のメニューは何?」とカレシ。起きたばかりなのにせっかちだなあ。ま
だ決めてないと言ったら、「ゆうべのランチはおいしかったね」とカレシ。いわしの燻製と玉ねぎと
オリーブ油だけの思いつきパスタだったけど、そういえばずいぶん「おいしい」を連発しながら食
べていた。(思った以上においしかったけど・・・。)医者にコレステロール値が高すぎるから魚を
多く食べるようにと言われて困った顔をして帰って来たのはもう3年前のことかな。あっさりその
日からほとんど毎日が魚中心のメニューにしたら、そのままいろんな魚を食べては「おいしい」と
言ってきた。特定の食材について「好きではない」と言うことはあっても嫌いだから食べないとい
うものはないし(それはワタシも同じだけど)、ワタシが作った食事に「まずい」と文句をつけたこ
ともなかったなあ。

うん、男女、人種を問わず世の人間すべてがそうであるようにカレシもいろいろと「ン?」なところ
があるけど、こと食べることに関してはたぶん「願ってもないすばらしいだんなさん」ということに
なるんだろうと思う。まあ、「おふくろの味」と言えるものがないようだし、(特に魚中心になってか
らは)いつもどんなものが出るかわからない思いつき料理を食べさせられているから、味を比べ
るものがなくて、それで何でも「おいしい」という評価になるのかもしれない。まっ、テーブルの向
かいの「食べる人」が喜んで食べてくれるのが「作る人」としては一番の花丸。命のあるものは死
ぬまで食べなきゃならないんだから、何でもおいしく楽しんで食べるのが健康な老後を送るコツ
かもしれない。

我が家では、「ホームバー」はサラダバーと並んでカレシの牙城。毎週レストランで外食して「食」
という名の夫婦のかすがいを作っていた頃、カクテルブームだということもあって、ちょっとしたレ
ストランに行くと必ずと言って良いほど食前のカクテルのメニューが出て来た。そこから今どき風
にいうと「おうちグルメ」が始まり、カレシがカクテルを作り始め、凝り性のおかげで今ではバー
「極楽とんぼ」のマティニに勝るものはないというくらいの腕前になったからすごい。最近よく作る
シンガポールスリングだって、伝説的なラッフルズホテルのものよりも(よけいな果物が入ってい
ないから)ずっとおいしい。おかげで1年に食費と同じくらいの酒代がかかってしまうけど。

考えてみたら、何をおいしいと感じるかは人によってずいぶん違うから、他人がおいしいと言う
から自分にもおいしいとは限らない。だからこそ、異なる食環境で育った2人が結婚してみたら
「味覚の不一致」という問題も起きて来るんだと思う。でも、自分にとって何がおいしいのかとい
うことも実際には一朝一夕でわかるものではなくて、毎日の食経験を通して自分なりの「味覚」
が発達するものだと思うから、夫婦の一方か両方が頑固な偏食家でもない限りは、長く食卓を
共にしている間に共通の味覚ができて来て、それが子供のない夫婦、あるいは子供が巣立って
2人に戻った夫婦の「かすがい」になることは可能だと思うんだけど。

うん、食欲の秋でもあるし、久しぶりににまた極楽とんぼ亭自慢の何ができるかわからない「お
味見スペシャル」をやりたくなって来たなあ・・・。

天高く、脳内を整理整頓する秋

2011年09月03日 | 今日の風の吹きまわし
土曜日。目覚めは午後12時37分。クーラーのタイマーをセットしないで寝たら、けっこう汗をか
いていた。まあ、昼過ぎだし、今日からまた1週間ほど遅れに遅れてやって来た短い夏の最後
の足掻きのような予報だからと、起きてからクーラーをオンにする。(二階の寝室のクーラーで冷
えた空気が熱交換式の換気装置を通して一階、ベースメントと降りてくるので、これで家中どこ
にいてもけっこう涼しい。)

きのうの寝酒の友はイワシの燻製。これがまたスコッチにぴったりと来ている。ワタシたちのお
気に入りのスコッチはシングルモルトのグレンモレンジー、オリジナル10年もの。スコッチとして
はちょっと薄めの色で、甘みを感じるくらいに軽やか。スコットランドだからかどかは知らないけ
ど、スコッチはスモークサーモンやニシン、イワシといった魚によく合うような感じで、対するワタ
シの恋人レミ・マルタンは(アルマニャックもだけど)やっぱりソーセージやチーズかな。特にとろ
りとしたブリーはたまらない。でも、よ~く考えたら寝酒の「友」は4食目にあたるから、食べ過ぎ
に気をつけないと・・・。

仕事はないし、家事はサボり放題の週末だけど、三連休が明ければ「気分も一新」の9月。何と
なく何かどこかをちょこっと変えてみたいような気がして来るときでもある。カレシもそういう気分
なのか、自分のドメインに英語レッスンのサイトを立ち上げるんだといって、どこかに押し込んで
あったプログラミングの教科書を探してデスクの周りをごそごそ。整理整頓はいいけど、不用品
をリサイクルデポに持って行かないと、いずれ足の踏み場がなくなりそうなんだけど。近頃の日
本語には「汚部屋」とか「汚屋敷」とかいう言葉があるらしいよ。丁寧語の「御(お)」をもじること
によって、丁寧そうな語感を残したままで他人の「汚さ」をこき下ろす「侮辱語」というところかな。
もっとも、我が家は目を覆うような散らかりようではあっても、汚くはないと思うけどなあ。

と、ここでまたぞろ文化談義に突入しそうな気配。ゆうべ2人で久しぶりにMcWhorter先生の言
語学の講義で、話し言葉と書き言葉の差異について勉強した。どこの言語でも日常の話し言葉
と本や新聞に使う書き言葉の間には語彙や文法の上でギャップがある。だから、外国語として
まず書き言葉を教えられた人たちが、語彙や文法の知識が完ぺきであるにも関わらず、会話が
できないというのは、そういう要因も作用しているんだろう。これは英語しかり、日本語しかり、フ
ランス語しかり。(文法に自信がある人ほど話し言葉が整理されることなく使われる会話で苦労
するのかもしれない。)

ところが、どうやら最近の本や文書はどんどん厚く、長くなって来ているという。それはワープロ
が登場して自在に修正や削除、挿入ができるようになったため、ペンと紙で書いていた頃のよう
に考えをいったん整理してから書き出すのではなく、とりあえず頭に浮かぶままを書き(打ち)連
ねるようになったからだろうということだった。ワタシのブログもやたらと冗舌になって来たと思っ
ていたところなので、このあたりはちょっとばかり耳が痛い。そこで読み直してみたら、日記的な
部分と、「たわごと的文化論」の部分の二本立てが典型的なパターンで、しかも2つの部分の間
には合理的な脈絡がないことが多い。キーボードを前にしているとやっぱり頭に思い浮かぶま
まをごちゃごちゃ、だらだらと書いてしまうからだろうな。

というわけで、新学年・新スタートの9月をきっかけとして、小町横町の井戸端会議のテーマにま
つわるやじ馬的な感想文やその他の文化談義の部分を、日記的な節から切り離してみることに
した。ま、一緒くたでも切り離しても、さしておもしろくもないものがおもしろくなるわけがないし、
記事はちょっと短くなるかもしれなくても、怪しくなるばかりの日本語の文章力が向上するという
わけではないんだけど、思いついたら何とかのものは試しというところ。思考回路もニューロン
が絡まって混線や断線にならないように、少しは整理整頓しないと。

難しい話はやめて、寝冷えの話をしよう

2011年09月02日 | 今日の風の吹きまわし
金曜日。きのうの予報ではまた夏らしくなるということだったので、カレシの要望でクーラーを午
前10時過ぎにセットしておいた。ベッドルームは東向きなので、分厚い遮光カーテンをしてある
けど、朝の日が窓に当たるとどうしても室内の温度が上がる。夏の間はシーツ1枚と薄い木綿
のブランケットだけなのに、暑がりで汗っかきのカレシはパンツ一丁で寝ていても目が覚めて、
そおんまま眠れなくなってしまう。だけど、けさのカレシはむっくりと起きたと思ったら、ワタシの
側においてあるリモコンを取ってクーラーをオフにしてしまった。予報ほど気温が上がっていな
かったらしい。午前11時半。

いったんベッドに戻ったカレシが起き出して、ついでにワタシの目も覚めてしまったので、身支度
をしてキッチンに下りたらカレシがいない。庭に出て水遣りをしている様子もない。あれ?と思っ
ていたら、トイレから出て来た。どうやら起きてからずっとこもっていたらしい。ワタシの顔を見る
なり曰く、「腹具合が悪い。寝る前に食べるのはやめる」と。違うと思うなあ、それ。スモークサー
モンをちょっとつまんだけだし、その後でチーズを食べたのはワタシだけだし。あ、それはきっと
「寝冷え」。涼しいのにクーラーが入ったから、寝冷えしたんじゃないのかなあ。朝食の後で熱い
コーヒーを飲んだらおなかの不調は治まったそうだから、やっぱり寝冷えだったんだろう。

だけど、この「寝冷え」、実際に患ったことがあるかどうかは記憶がないけど、子供の頃には母
に「寝冷えする!」とうるさく言われたなあ。だからみんなが食べていたアイスキャンディを食べ
させてもらえなかったのかな。不思議なことに、英語には直接「寝冷え」に対応する単語がない。
「睡眠中に体が冷えたためになんたらかんたら」とくどくど説明するしかないんだけど、いわゆる
「欧米人」は寝冷えなんかしないのかな。元々体温が高めだからそんなに簡単に寝冷えなんて
しないのかな。でも、現にカレシが寝冷えした(らしい)ってことは、ふむ、カレシの老人化が進ん
でいるってことか・・・な?

まっ、たいしたことではなくてよかったね。カレシ曰く、「夜は気温が下がるから、朝からそんなに
早く暑くなるはずがない。電気代の無駄もいいところだな」と。ごもっとも。(タイマーをセットして
おけと言ったのはアナタなんだけど・・・まっ、自分でオフにしたからいいか。)安心したところで、
今日のワタシはお洗濯。大きなベッドのシーツをはがすのに、背中が痛い。膝の関節もちょっと
硬いし、歩くと足首の関節がパチパチ言うし、きのう重い荷物を担いで歩いたせいかなあ。つま
りは、ワタシも老人化が始まりつつあるってことか・・・な?

日本は週末。ワタシも週末。洗濯機を回している間、小町横町を散策していたら、「奥さん、旦那
さんを異性として見れない方、いらっしゃいますか」だって。(この頃はみんなもろに「ら」抜き。)
世間一般の結婚は異性婚だから、奥さんは「女」、旦那さんは「男」。それを異性として見られな
いってのはどういうことなんだろう。妻には夫が「男」に見えなくて、夫には妻が「女」に見えない
ということだとしたら、いったい何に見えるんだろうな。投稿を読んでみたら、「(結婚10年で)異
性としての魅力はまったく感じないけど、嫌いでもなく、仲が悪いわけでもない」。それなりに家
族としてやっているということだけど、つまり「家族の一員」という存在は「無性」ということなのか
なあ。それとも単にセックスアピールを感じなくなってしまっただけなのか。(だから浮気や不倫
が蔓延するのかな。)

ヘンな質問のおかげで、ちょうどちょっかいを出しに来たカレシを思わずしげしげと見てしまった
けど、初対面から38年経った今では男盛りはとっくに過ぎているものの、結婚して36年ずっと
見てきたこの人、どこをどう見たって「男」という異性以外には見えないし、おじさんになろうが、
おじいさんになろうが、男のセックスアピールを感じるけどなあ。カレシにワタシのことを「異性」
として見られるかと聞いたら、「異性にしか見えないけど、何に見えたらいいの?この世には男
と女しかいないんだし、ボクはゲイじゃないし」と怪訝な顔で答えた。質問の背景がわからないん
だから怪訝に思うのも無理はないけど、説明がしにくそうな感じがする。それよりも「寝冷え」の
危険について説明しておいた方がよさそうかな。

若者は車を飛ばし、年よりは歩いて骨を鍛える

2011年09月01日 | 今日の風の吹きまわし
木曜日。ん、今日はちょっとばかり涼しい。もう今日から9月なんだなあ。午後1時のポーチの気
温は摂氏15度。9月と言えば、第1月曜日のレイバーデイ(労働祭)の連休が終われば一斉に
新学年。親たちは子供を連れて学用品や衣服など、新学年に必要なものを買い揃えるのに奔
走し、テレビには親たちは鼻歌ルンルン、子供たちはふてくされ顔という「Back-to-School Sale
(新学期セール)」のコマーシャルが流れる。もっとも、日本のような入学式とか始業式とかいっ
た儀式はないから、後は親たちは子供たちを学校に送り込むだけの話。(BC州では相も変わら
ず州の教員組合が現実離れした要求をして、どうやらスト決行の構えだけど。)

現実離れした話と言えば、郊外のサレーで、猛スピードで路上レースをしていたらしい車13台を
摘発したら、運転していたのは(女性1人を含む)全員が20歳以下で、半分が仮免許か暫定免
許中、中には18歳以下の高校生もいた。免許を取れるのは16歳からだから、このあたりまで
はよくある怖いもの知らずのティーンの話で終わるんだけど、話題をさらったのが彼らが運転し
ていた車。なんと揃いも揃ってものすごい高級車で、ランボルギーニが3台、マセラティが2台の
ほか、フェラーリ、ベンツ、アストンマーティン、アウディ、ニッサン。どの車もほぼ新車らしく、そ
の価値は合わせて200万ドル(1億数千万円)を越えるというからすごいし、13台中の12台は
親の名義だというからまたすごい。さらに、それを十代の子供たちが平日の午後のハイウェイを
200キロのスピードで飛ばしていたというのもすごいし、レースのスペースを作るために速度を
落とした後尾の2台が並んで走って交通の流れを妨害していたという悪知恵の発達ぶりもすご
い。もしもワタシが裁判官だったら、10年くらい免許停止にして、車は没収だな。車は7日間押
収されるけど、実際に彼らがもらった違反切符は196ドルの「注意散漫運転」の一枚だけ・・・。

ニュースの映像に映った若者たちを見て、彼らの親たちの背景についていろいろと疑問がわい
てくるけど、ま、ワタシは自分の二本の足の運動代わりに、モールまで郵便箱のチェックと野菜
の買出し。玄関を開けたとたんにパラパラと雨粒の音がしたので、カレシの勧めで急遽かさを持
参。運動だから、背筋を腰から首筋までしゃき~っと伸ばして、おなかをぐい~っと引き締めて、
足も爪先まで気合を入れて、ランウェイを歩くファッションモデルの気分になって、モールまで早
歩き。まっ、おちびのおばちゃんじゃあ、誰もモデル気分で歩いているなんて思わないだろうな。
だけど、郵便を引き取って、青果屋に回ったら、おお、ぷっくりと実の入った地物のとうもろこしの
山だ・・・。

誘惑に負けて買ったとうもろこしは、夕食メニューがアメリカなまずの南アフリカ風カレーだから、
真夜中のランチにするか。他にモヤシにアスパラガスにインゲン、ブロッコリ、ほうれん草。トート
バッグがずっしりと重くなって、これではモデル歩きは無理。スーパーに回って、ソーセージやら
大豆タンパクのチキンナゲットやらを買い込んで予備のバッグに詰める。トートを袈裟懸けに担
いでいる肩はストラップが食い込んで痛いし、伸ばしている背中は筋肉が凝ってくるしで、行き
はよいよい、帰りはコワイ。何キロ担いで歩いたのか知らないけど、こういうのを「負荷運動」と
いうんだろうな。垂直に荷重をかける負荷運動は骨を丈夫にするんだそうな。年を取るにつれて、
丈夫な骨は自立を失わないための秘密兵器。でも、雨にも遭わずに帰り着いて、文字通り肩の
荷を降ろしたら、なんだか背丈が10センチくらい縮んだような感じがしたけどなあ・・・。