言の葉ひらひら - Wordy Leaves Dancing

「はじめに言葉があった」
"In the beginning was the Word."

パパラギ

2005-08-31 | 本の葉
今回の日本での休暇中、「最近読んで面白かった本を3冊あげてみて」と母の教会の友人に聞かれました。(入試や入社の面接みたい?)そのうちの一冊、読んでもう数ヶ月たつのにいまだ影響を受けているのが「パパラギ」です。(本を置いていってくれたNさん、ありがとう)ずいぶん昔のベストセラーらしいのですが、自分とってはまだ世の中の誰にも読まれていない私宛の手紙みたいに感じられました。そういえば、ベストセラーとか流行りモンにはなんか抵抗があって、ひと段落してからじゃないと読まないモームのような傾向が私にはあるな。何とはなしにふと出会って意外に感動、って方が人生おいしいじゃないですか。しかし沢山の人を惹きつけてきた本の中にはやはり個人的にも好きなものが多いんですよ。(病院で死ぬということ、五体不満足、夜と霧、星の王子様、ノルウェイの森など。だけどセカチューはまだ読めない)何故かちょっと悔しいけどね、みんなもすでに読んでると。まぁ、沢山の人に読まれるからってそのぶん自分の分け前が減るとか、内容が薄められるとか、自分の受信アンテナが弱ってるって訳じゃないんですが。読む人が増えるのが嫌なんじゃなくて、ただ個人的にぽっかり出会って、密かに読んで気に入って、それで大事な打ち明け話のように個人的に好きな本を勧めていきたい、っていうささやかな欲望(?)があるみたい。おかしなもんですね。

そうそう、「パパラギ」の話でした。パパラギとは白人、または文明人を指す言葉で、私たちから見れば「原始的」生活をしている国の酋長が、文明社会に毒されないように仲間に呼びかけているものです。最近は絵本版も出ていますが(可愛いよ)、これには神さまについての部分が省略されています。(Too bad!)パパラギなる宣教師達にキリスト教を学んだサモア人達でしたが、やがて彼らの本質を見破る事になるのです。ここのくだりは自分にも耳が痛い部分がありました。魂を伴わない形だけの宗教は人を救わない、ということなんです。

「パパラギの宣教師は、私たちにはじめて神とは何かを教えてくれた。そして宣教師が誤まれる偶像と呼んだ私達の古い神々から、私たちを遠ざけてくれた。偶像の中に本当の神はなかったのだ。こうして私たちは、夜の星を、火と風の力をあがめるのをやめ、彼に教えられた神、天の大いなる神へ目を向けた。」
「愛する兄弟達よ、もし、私たちが神さまと同様にあがめ、尊び、最愛のものとして胸に抱くものを偶像というなら、パパラギは今、むかし私たちが持っていたよりも、ずっとたくさんの偶像を持っている。」
「私がこう言っても、神さまはお怒りにはならないと思う。私たち島の子は、まだ星や火をあがめていたころでも、今のパパラギより卑しくはなかった。なぜなら私たちが心卑しく、闇の中にうずくまっていたのは、光りを知らなかったからだ。だがパパラギは光りを知っていながら、闇の中に生き、心卑しい。」
「彼らの心と愛は、神さまにではなく、ただいろいろの「物」に、丸い金属と重たい紙に、快楽の思いや、いろいろの機械の前にひざまずいている。…神さまはもう遠くへ遠くへ行ってしまわれた。」

さて、子供の頃のように久しぶりに読書感想文でも書きたくなりました。この本が手紙のように感じられたので、手紙で返事を書く事にしましょうか。


南の島の酋長ツイアビさんへ

有難いお話をありがとうございます。
もしも私が子供の頃に「パパラギ」を読んだなら
ひとっとびであなたの国に移り住んだことでしょう。
そこで明るい太陽のもと、歌い踊り働き、
大地を裸足で駆け回ったことでしょう。
いまだにそれを願う自分があることも事実です。

だけれど今、あなたの国に移り住むには
私はここで年を取り過ぎ、このパパラギの世界に
毒され過ぎてしまったかもしれません。
知識のむしろをかじるのも好きだし、
職業を持つことを誇りに思うし、
子供たちを教育したいと望んでいるし、
丸い金属と重たい紙も大事になっているのです。

しかし今でも、あなたの国の方が
パパラギの国より羨ましいことがあります。
石の箱がびっしり並んだ所は好きでないし、
時間を切り刻んで追いかけるのは苦手だし、
友だちとのんびりおしゃべりをしたいし、
神さまをうわべだけでなく心から崇めたいのです。

そしてあなたの国の話は、
私が忘れかけていた
大事な何かを思い出させてくれました。
仲間を大切にすること。
欲張らないこと。
生きる喜びを感じること。
神さまに感謝すること。
あなたの国に暮らすことが出来なくても、
同じ心で生きられたらと願います。

あなたの同胞への訴えは、
はたから見るとパパラギの暮しかたは
こっけいで愚かしいものかもしれない、
生まれた時からこの社会で生きてきた私に、
そう気づかせてくれました。
あなたの国に暮らすことが出来なくても、
今生きているこの場所で
あなたの国から吹いてくる風を
感じられたらと願っています。

南の島の酋長ツイアビさん、
どうかいつまでもお元気で
この地球のどこかで
あなたの国を
守り続けてくださいね。

なりかけパパラギより

先生ダイアリー

2005-08-24 | 教の葉


長い夏休みも終わりに近づき、学生ビザもやっと家に送られてきたので、残り少ない日本の夏を満喫しようと、ここ数日は外出ばかりしていました。投稿が遅くなってしまって、ごめんなさい!しかし、来週からは大学院での勉強が始まるので、今までのようにたっぷり投稿できないかも?いえいえ、英語教育についてしっかり学んで脳内刺激を増やし、更なる内容の充実をはかります!乞う御期待!

先日は、小・中学校の頃の女友達と浴衣でお出かけしました。(みんな、おんなっぷりが上がってました。浴衣のおかげ?!)いいですよね、日本の夏、って感じで。そこで色んなおしゃべりをしました。時間が戻ったような、時の流れを感じるような…素敵な時間を過ごせました。そこで一人の友達から、先生としてためになるいい話を聞きましたよ。彼女は最近、小学校の頃の担任の先生に会ったらしいのですが、その先生は教師暦O十年の今も、日記を付けているらしいのです。どの生徒とどんな話をしたか、などなど。ふれあい記録、とでも呼べるかな。意識的に記録を付ける事によって、出来るだけ全ての生徒と均等に交わりたいから、との事でした。そうしないと、ひいきするつもりはなくても積極的に話しかけてくる子や気の合う子とばかりになりがちだから。その日記を見て、「あの子とは最近話してないな、どうしてるかな。」と気づいて、アプローチにつながるわけです。すごいですよね。

去年頃にも、学校カウンセラーの友達が生徒と交わって印象に残った事を、日々書き留めている、って教えてくれました。私もやっとけば良かったな。私も生徒に教えられたり、考えさせられたり、笑わされたり、という事は日々あったのですが、の日限りになっていた事が多いかも。今、全部は思い出せない… 先生ダイアリー、見習わなきゃ!宝になるぞ。

ある牧師さんは、ブログと、霊的な学びの記録と、娘のための3つの日記をつけておられるそうです。(今の私には、このブログで精一杯ですけど...) 神様も私達の記録をつけておられますが、それは私達の日々の思いや行動を単にモニターするためじゃなく、ふれあい記録なんじゃないかな?いつか読ませてもらうの楽しみ。

メンタル文法とエレミヤ31:31

2005-08-18 | 神の葉
「すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。
わたしは彼らの神となり、彼らは私の民となると主は言われる。」
                         エレミヤ31:31

言語学のクラスをとっていた時、mental grammar(メンタル文法)なる用語に出会い、ずっと気になっていたのでこの度「心のパターン―言語の認知科学入門」
学生用図書の紹介->6)という本を読んでみました。これがなかなか面白い!「文法なんて面倒臭い」「文法がわからなくても母国語はしゃべれるじゃないか」そんな言葉は良く聞きますが、実は誰もが気付かずに頭の中に持っている、それがメンタル文法なのです。これがないと、どんなに語彙が豊富でも、言葉の組み立て方が分からず、伝えたいことは通じずにめちゃくちゃになっちゃう。言葉のルールって面倒なようで、実はないと困るものなんですね。メンタル文法とは、ある言語に沢山触れているうちに無意識に頭の中で認識され、体系化されて身についていく文法のパターン、とでもいったらよいでしょうか。赤ちゃんは文法としてそれを教わらなくても、ちゃんと母国語の文法のルールを吸収して使えるようになっていきますよね。補正が必要な時はもちろんありますが。教育学部で英語教育を学んでいた時、(国語なので第二言語教育とは違うけど)「低学年の子供には文法のルールそのものを教えるよりも、正しい文法の英語を沢山聞かせて読ませる方が、文法が自然に身について良い」と教わりましたっけ。これもしっかりしたメンタル文法を子供につけてあげるためなんでしょうね。ある時期(critical period)を過ぎてからは、母国語でも第二言語でも、その言語に触れながら文法そのものも学ぶ事も必要になるそうです。(これも仮説で、他にも様々な論があるようですが)

それとエレミヤ31:31と、どう関係があるのかって?この言語学のクラスメートと話しているうち発見して盛り上がったのですが、この「文法」を「律法」に置き換えて考えてみると、メンタル文法とエレミヤ31:31の共通点が見えて・・・きません?そもそも「律法」ってなんですかって?簡単に言えば、人間の為の神様の掟、かな。モーセの十戒(出エジプト記20章)にも代表されますが、その真髄は「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、主なるあなたの神を愛せよ。」「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ。」(マタイ22:37,39)なのです。

文法とか律法とかって「面倒臭い」って敬遠されがちだけど、ないと困るもの。だけど「覚えなきゃ、守らなきゃ、間違えないようにしなきゃ。」と頑張るだけなのは難しい。でも正しい文法を使った文章、または神様の愛に沢山触れているうちに、無意識のうち自然に自分の中に正しいものが形成されていく、それがメンタル文法、またエレミヤ31:31の約束なんじゃないかと。文法や律法そのものを知る事が無意味なわけじゃないけれど、知ってる事と身につく事は別問題ですもんね。(どこかでつながってるはずだけど)律法という難しい言葉じゃなくても、親や教師が子供に正しい事を教えるのには、「こうしなさい」っていうのも必要だけど、その正しい生き方を見せていく方がもっと大事なのと同じ事。

なーんてエラそーな事書いといて、「静かに!」って叱ると「先生だってさっきまで一緒にしゃべってたじゃん。」と言われるのが私の現状なんですけどね。Easier said than done.(言うは行うより易し)だな。
だけどPractice what you preach. (説教する事を実行せよ)
それを完璧にできるのは神様だけですが、近づいていきたい今日この頃。

P.S.これ、言の葉か神の葉か、どっちのカテゴリーに入れるか迷ったんだけど、まだ神の葉が一枚しかないので、こっちにつけときます。
(いいのか?こんな安易な理由で・・・)

Be the Change

2005-08-17 | 神の葉
前回は平和を祈らせて頂きます…で終わっちゃいましたが、「クリスチャンは平和を祈ってるだけでいいんかい?」と思った人もいるのでは?イエス様もこう言ってますよ。(マタイ5:9参照)「平和をつくり出す人々は幸いである。彼等は神の子とよばれるであろう。」でも、平和をつくり出すってどうすればいいんだろう?と考えてしまいます。

私の好きな言葉に、ガンジーの
“Be the change you wish to see in the world.”
(世の中に起きてほしいと願う変化を自分自身に起こしなさい。)というのがあります。やっぱり自分から変わっていくしかないでしょう!先日は「『そんなに痛かったのかい』ってわかろうとすれば、世の中も変わるのにね。」なんて書いてましたが、私だって人の痛みがわかってない、いえ、わかろうともしてない事が多いのです。「自分の考えが正しい!」って理屈で通したり「こうしたい!」って自分の欲求を無理に優先させたり。そこで、今まで傷つけた人々にここで謝りたいと思います。痛かったでしょう。ごめんなさい。神様、人の痛みを分からせて下さい。平和をつくる者として下さい。アーメン

ご挨拶 * Introduction

2005-08-08 | はじめに * In the beginning
御来板ありがとうございます!
木陰に休みたい人も、木に登りたい人も、
葉を集めたい人も、木もれ陽を浴びたい人も、
今日のあなたのままで大歓迎。今日の葉も私のままですから。
お好みの葉を眺めて下さいな。

神の葉。。。。。神様やクリスチャン・ライフについて感じていること
言の葉。。。。。語学や言語について学んでいること
詩の葉。。。。。自作の詩、または詩について想うこと
美の葉。。。。。アートや芸術について考えたこと
教の葉。。。。。教育について思うこと
本の葉。。。。。本を読んで考えたこと
今の葉。。。。。今、思っていること (←他の分類に入らなかっただけ?)

私のつける葉だけじゃなく、みんなで素敵な葉を増やし、
交流の場、憩いの場、そして学びの場にしていきましょう!

前木 久里子

P.S. 「英語の葉」も出来るだけ増やしていきまーす!

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Thank you for visiting "Wordy Leaves"!
You are all welcome to rest under the tree,
to climb up the tree, to gather some leaves,
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Look at any leaf of your choice.

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Sincerely,
Kuriko Maeki

P.S. More leaves in English are on their way!