私的海潮音 英米詩訳選

数年ぶりにブログを再開いたします。主に英詩翻訳、ときどき雑感など。

T・S・エリオット「宗教と文学」第十六・十七段落

2020-01-15 21:14:51 | T・S・エリオット「宗教と文学」翻訳
*十六・十七段落は短いため二つまとめます。
 ……二行目に出てくる「Miss. Mannin」が何者であるかは〔少なくとも広辞苑とウィキペディアでは〕確かめられませんでした。文脈からして「高尚な文学/バーナード・ショーとウルフ夫人」に対する「低俗な文学/ノエル・カワードとマン嬢」となるため、ヴァージニア・ウルフと同時代の大衆的に人気を博した女性の流行作家ではないかと推測されます。しかしエリオット氏は素敵に皮肉で厭味ったらしい。「俺以外は世の中馬鹿ばかりだ」と率直に言ってしまえよ。

T. S. Elliot
Religion and Literature
pp.104-195

T・S・エリオット
「宗教と文学」
104~105頁

現代の文学はそれ自体の内に善し悪しの、より善いか悪いかの妥当な区別を完璧に有している。私は自分がバーナード・ショー氏とノエル・カワード氏を、ウルフ夫人とマン嬢を混合しているとは示唆したくない。一方で、はっきりさせておきたいが、「低俗な」文学に対して「高尚な」文学を擁護したいわけではない。断言したいのは、現代の文学の総体は私の呼ぶところの世俗性によって堕落させられており、自然の生を超える超自然の生の卓越に単に気づいていないか、その意味を理解し得ないかなのだ。我々の主たる関心事だと私の仮定する何かに。
 私は単に気難しい不平を同時代の文学に対して述べているだけだという印象を与えたくはない。私の読者がた、あるいは読者がたの幾何かと私自身のあいだに共通する態度を仮定するならば、疑問点はそう多くなない。それ対して何が為されるか? 同様に、それに対して我々は如何に振舞うべきか?

*バーナード・ショー〔George Bernard Show/1856-1950〕英国の劇作家・批評家。『人と超人』『聖ジョージ』
*ノエル・カワード〔Sir Noel Coward/1899-1973〕英国の俳優・作家・脚本家・演出家。
*ウルフ〔Virginia Woolf/1882-1941〕英国の女性作家。『ダロウェー夫人』『灯台にて』
*マン嬢 ……?

Within itself, modern literature has perfectly valid distinctions of good and bad, better and worse: and I do not suggest that I confound Mr. Bernard Show with Mr. Noel Coward, Mrs. Woolf with Miss Mannin. On the other hand, I should like it to be clear that I am not defending a ‘high-brow’ against ‘low-brow’ literature. what I do to affirm is that the whole of modern literature is corrupted by what I call Secularism, that it is simply unaware of, simply cannot understand the meaning of, the primacy of the supernatural over the natural life: of something which I assume to be our primary concern.
I do not want to give the impression that I have delivered a mere fretful jeremiad against contemporary literature. Assuming a common attitude between my readers, or some of my readers, and myself, the question is not so much, what is to be done about it? As, how should we behave toward it?