goo blog サービス終了のお知らせ 

晃ちゃんの喫茶室

皆さんと語る憩いの場です。

エイプリルフール10

2015-04-01 10:32:45 | Weblog
このブログに 「エイプリルフール」 を投稿を始めて、今年でちょうど10年になる。 さて、今年の 「エイプリルフール」 は 
 ここのところ 庭の西南のあたりがなんかじめじめするので、スコップで掬っていたらピユーと水が噴き出た。
手を触れてみるとなんとお湯だ 温泉 が出たんだ  早速、業者に頼んで温泉場を建てた。この噂をを聞きつけて、来るわ来るわ北は北海道から南は沖縄まで全国の多くの老若男女たちが、果ては沢山の動物たちが、手に手に一両小判をもってやってきて 大賑わいだ 


竹馬の友

2015-03-05 09:28:30 | Weblog
 昨4日 「旅六会」(小学校時代の竹馬の友)の6名が全員揃って、池袋の料亭「竹若」  (以前キョウダイ会で利用した)で、遅い「新年会」 と昨年末に入院・手術したOくんの「快気祝」 を兼ねて宴を催した。思えば70年以上に及ぶ長い交き合いである。お互い現役時代は賀状の交換ぐらいだったが、定年後は年2回の旅行(ここ数年は1回)・新年会か忘年会・夏の暑気払い等で集うている。今回も八十路を越えた6名全員が元気で会えたことは喜ばしい限りである。和気藹々の歓談 3時間余 尽きることなし 近くの喫茶店「フラミンゴ」で二次会。 遠路 安中から参じたN君を見送り、5月の旅行での再会を約して散会する。

高麗郷「古民家」

2015-03-02 10:36:22 | Weblog
 わが家から車で5分、県道15号線沿いの小高い処にその館はある。「高麗郷 古民家」 かっては新井家の住居であったが、最近市に移管されて日高市の名所の一つとなった。新井家は江戸末期高麗本郷村の名主を務め、その後戸長・村長を務めた名家である。
 去る日 ぶらりと訪れてみた。ちょうど「ひなまつり」 をやっていた ちょっとした坂道を上がっていくと、江戸末期から明治初期に建てられたという(何度か改修されたが)木造入母屋造りの母屋がある。その母屋と客殿に”お雛様とつるし雛” が飾られてある。南土蔵では人間国宝の 平田郷陽 の「人形展」 が催されていた。
 庭に下り立つと、「巾着田」 が一望に見晴るかす絶景である。

日帰り温泉

2015-02-09 11:46:59 | Weblog


 昨8日の日曜日  ここのところ、少し精神的に落ち込んでいたぼくを慰めようと息子と社会人の孫息子がやって来た。「ドライブがてら日帰り温泉に行こう」と言う。高麗のわが家から毛呂・越生を経由して(久しく通らなかったが、バイパスができ走り易くなった)深谷に向かう。途中 道の駅 「かわもと」 に立ち寄る。さすがに深谷はねぎの本場、新鮮なねぎを求める。安い
1時間余で目的地 深谷花園温泉リゾート「花湯の森」 に着く。軽く汗を流して園内のレストランで豪華な昼食「北海丼」をとる。食後の休憩の後、「岩盤浴」これが心地よい。うとうとと眠気を誘う そして、いよいよのんびりと温泉浴だ 「岩風呂」「炭酸風呂」「ねころびの湯」などで、”癒しのひととき” にひたる。この温泉のキャッチフレーズに”静寂な花湯の森は、心静かなり 語穏やかなり 行いもゆるやかなり” とある。が、残念ながらこの日は日曜日で結構混んでいた。5時間余りいただろうか、”こころやすらかに” 帰途に就く。
 息子よ 孫よ ありがとう 

新年会(何回目かの絆)

2015-01-29 09:43:15 | Weblog
 どうして”楽しいとき”はこんなにも早く過ぎていくのだろう
今年も兄弟姉妹とその伴侶8名が集い(上の妹夫妻は喪中で不参加)、池袋のメトロポリタン2Fの日本料理 「花むさし」 で 「新年会」 を催した。いつものことながら、飲みかつ会食しながら和気藹々と歓談する。最近はお互いに年を重ねてきたせいか、”終活”や孫の話が多い。それでも 下の妹夫妻の海外旅行の写真を見ての土産話に花が咲いた。また、政治からスポーツの話まで尽きることがない。今年は末弟との話の中で 「一日一生」 という言葉が印象に残った。かくして年とともに益々キョウダイの 「絆」 が深く強まっていく。
こうした「集い」 がいつまでも続くことを願い散会する。

日々雑感

2015-01-18 11:30:21 | Weblog
 念願だった九州旅行も無事に終えて年を越し、はや正月も18日。普段の日常生活に戻った。
日曜日の朝 NHKの「小さな旅(飯能市)」から「サンデーモーニング」を観る。

 特に予定のない日々の生活を述べてみよう。7時台起床、朝食後茶を飲みながら新聞を読む。正午のNHKのニュースを観て、昼飯前寓居に隣接する公園に出る。自称「公園コース」(周囲を歩く、ブランコを漕ぐ、鉄棒と遊具でストレッチをする)を小一時間行う。昼食後、「スタジオパーク」を観て福祉センターへ入浴に行く。帰宅後、録画したドラマ等を観る。

 午後7時 ニュースを観ながら夕食。8時から11時ごろまでドラマ中心のテレビ 11時から1時ごろまで読書。こうして一日が終わる。何の変哲もない平凡な日常生活だ。

 少年時代に戦争を体験した僕にとってはこの「平和」が何よりも得がたくありがたい。こうした平凡な生活がいつまでも続くことを願ってやまない!

九州旅行 (その2)

2015-01-07 11:01:27 | Weblog
   (3日目)
 湯布院の朝 由布岳の頂は雲がかかってはいるが、露天風呂からの眺めは素晴らしい。”おもてなし”の心のこもった「やどや」 を出立。まず、「ゆふいん駅」 からスタート  この写真は駅前通りから由布岳を望んだものだ。「ゆふいん」は「由布院」と「湯布院」と二通りの書き方がある。古くは前者だったようだ。「由布院まち歩き」の 「金鱗湖」 湯布院を代表する大分川の源流の一つで、湖底から温泉が湧いているといわれる湖を逍遥する。この辺りで、スマホのツイッター不具合で呟けなくなり落ち込む。土産物店などをひやかし2時間余りの観光をする。再び高速道にのり、途中 山田SAで昼食、川登SA・大村SAで少憩して長崎出島インターで下りる。午後3時半 「グラバー園」に隣接する 「ANA CROWNE PLAZA] にチェックイン。旅装を解き少し休み、黄昏どきホテル前の創業明治32年の中華料理 「四海楼」 の五階の「展望レストラン」で夕食。ここはいかにも唐風な建物でエレベターも昇降で階数も漢数字だ。”温故創新 継往開来” とある。暮れていく稲佐山を眺めながら名物「ちゃんぽん」を味わう。 食後、婿の実家に伺う。長崎は坂の町  を駐車場に停めてから石畳の細い道を10分ほど上る。ご母堂に挨拶をし、昨年亡くなったご尊父の仏前に合掌する。1時間余で辞去し夜のドライブをする。1000万ドルの夜景と言われ、2012年にモナコ・香港と世界新三大夜景と認定された「稲佐山」(標高333m)に行くも、渋滞で展望台までは行けず止めて、日本一高いライトアップした「女神大橋」 を渡る。午後10時半帰館 

  (4日目)
 長崎は何回か来て有名な観光地は観ているので、午前中 今回はまだ行ってない「平和公園」 に赴く。巨大な「平和の像」「平和の鐘」「平和の泉」を見て、「恒久平和」 を祈念する。エスカレーターで下り、原爆投下中心地で手を合わせ、悲惨な姿の母子像・防空壕跡を見てしみじみと「平和のありがたさ」 を孫に語る。
 午後 長崎港フェリー乗り場へ、誓約書に署名して「軍艦島クルーズ」 に大学生と中学生の孫と3人で乗る。出航して間もなくかって戦艦大和や武蔵を造船した三菱造船所が見えてくる。さらに進むと昨夜渡った女神大橋の下をくぐる。こうして下から見上げるとすごい高さだナァいくつかの島々を右に左に眺めながら「軍艦島」 に着岸する。軍艦島は正式名が端島で、以前は炭鉱の島として繁栄し、学校・病院・映画館・や日本最初のコンクリート高層住宅などがあり、5000人以上の人々が暮らしていたそうだ。昭和49年に閉山 島民は島を離れて無人島になってしまった。上陸してまず驚いたのが、すっかり荒れ果て時が止まったような静かな廃墟となっていることだ。3か所の見学広場でガイドの説明を聞く。帰りは島の周囲を回って長崎港へ約2時間30分のクルーズを終えた。
 夜は実家の人たちと割烹 「ひぐち」 で会食。ムコドノとご母堂の九州弁の会話がなんとも言えず微笑ましい。

 (最終日)大晦日
 ホテルを10時過ぎチェックアウトして、再び婿の実家に行き別れの挨拶をする。長崎空港は市内より約1時間弱 大村市の海上にある。港内のレストランで昼食をとり、出発まで土産物を買ったり(この娘家族はよく土産を買う)休んだりして、待機する。
帰りはJAL1850便 15時30分発 羽田16時45分着。マイカーでわが家へ…大晦日なので年越しそばを食べようとなったが、どこも混んでいるだろうからと、「三芳PA]で食す。午後8時30分 無事高麗のわが家に帰着する。
 こんな4泊5日の長旅も、娘ファミリーと一緒にいたのも珍しいこと、疲れたけど実に充実した旅だった。

 ムコドノ お疲れ様でした。娘・孫たちありがとう

九州旅行 (その1)

2015-01-06 15:20:08 | Weblog
 旧臘末の7日、娘ファミリーと4泊5日の九州旅行に出かけた。こんな長旅は何年ぶりのことだろう。大きな目的は2つ、そのⅠが福岡の亡き心友に逢いに行くこと(墓参) そのⅡが長崎の婿の実家を訪問すること。ゆとりをもって出かけようと、高麗のわが家を未明の午前4時半過ぎに出立する。羽田空港でほのぼのと夜が明け東の空が茜色に染まってくる。朝食をとり出発までだいぶ時間があるので、ラウンジで休憩し飛び立つ飛行機など眺めている。ANA251便 11時30分発 約2時間のフライト 福岡空港に13時40分に着く。「ドーミーイン博多祇園」 に16時前チェックイン。少憩後、婿の運転で(レンタカー)大学生の孫と3人 友の眠る大野城市の「龍華霊園」 に向かう。念願の心友に逢う。大学時代から60年にも及ぶかけがえのない無二の心友だ。語りかけしばし滂沱の涙止まること知らず。小一時間もいただろうか、暮れなずむ墓地の彼に心残りの別れを告げる。
 夜 博多で勤めている嫁がホテルに訪ねてきてくれる。久しぶりの邂逅に話に花が咲く。持参の「梅が枝餅」これがめっぽう旨い!

 (2日目)
10時半 ホテルをチェックアウトして博多駅に行く。娘たちは駅ビルで土産物を買っている。昼過ぎ  は太宰府インターから九州自動車道を南下、みやま柳川インターで高速を下り、詩人北原白秋をを生んだ 「水郷柳川」 へと向かう。ここは心友Hが「Kちゃん 今度福岡に来たときは一緒に柳川に行こう」と望んでいた所だ。早速 孫3人と「川下り」 
10人ほど乗り初老の船頭さんが櫓を漕ぎ出す。地名にふさわしい川べりに垂れた柳並木の川をゆったりと進んで行く。新緑のころの柳は素晴らしいだろうなぁ 川は澄み水底の藻が揺らぎ、時折シラサギややカワセミが羽ばたいている。舟の中の炬燵に足を入れ、船頭の説明や歌を聴いている。途中 船がやっと通れるような狭いところや頭が支えそうな橋の下をくぐりながら進むこと約80分「川下り」を堪能した。舟を降りると、そこは”うなぎ”の匂いが漂っている。安政年間創業という老舗「若松屋」で 舌鼓 もっともっと観光したいところもあったが、時間の関係でつぎの目的地大分の湯布院に向かう。再び高速を北上し、鳥栖で大分自動車道に入る。もうこのころは夕闇が迫り、湯布院インターでは夜のとばりが下りていた。午後6時半今夜の宿 湯布院温泉 「やわらぎの郷 やどや」 に到着。ここはいい なにか空間を漂う静けさがあり、文字通り風情溢れる「宿屋」だ。孫と露天風呂に入る  古風な個室の夕食は懐石料理と牛肉のしゃぶしゃぶ あ~ぁ甘露 甘露
かくて、湯布院の夜は更けていく 

2015年(平成27年) 元旦

2015-01-01 17:35:03 | Weblog
   寿 初春       
 
 ”明けましておめでとうございます” 
           ”道ばたの 土めづらしや お正月” (一茶)
 旧臘 末の7日 九州への旅に出た。念願の今は亡き心友に逢うために…
(いずれこの旅行記は更新する)

 新しきこの年(乙未) ボクは7回目の年男となった。”よくぞ生きにける哉”の感 
今年も 「而今」 の精神で、”ありのまま” 自然体で日々を送ろうと思う。

房総(館山)ミニ旅行

2014-12-14 14:06:44 | Weblog
  去る日、例のJJ会の仲間たちと忘年会を兼ねて房総へと1泊2日の小さな旅に出た。かってはマイカーで出かけていたが、最近は(年を重ねたせいか?)もっぱら列車かバスを利用している。今回は東京駅からJR高速バスの「なのはな号」 だ。 午前9時50分出発。天候は前日までは晴れていたのにあいにくの小雨模様。約半年ぶりの再会 車中話し合ってるうちにアクアラインを通過し「うみほたる」も気づかず、はや木更津だ。 は内房沿いに南下し、11時20分館山に着く。下車するとそこはものすごい横なぐりの雨 しばし佇み雨宿り。昼食は地魚で有名な料理屋 「波奈」、で “海鮮丼”を期待したが、すでに品切れとか、“さしみご膳”にする。タクシーで20分 今夜の宿 「国民休暇村 館山」  にチェックイン。ここも以前来たことがある。雨も小降りになり、少し早めに着いたので、ロビーで待機する。部屋に入り、しばし休憩の後 温泉浴  晴れていれば富士も見えるというが、雨でけぶり海も靄っている。この写真は翌朝撮ったものだ。食後、一部屋に集まって歓談、例によって尽きることなし。

翌朝は晴れ  朝の露天風呂  (富士は望めなかったが)最高の気分なり。午前10時チェックアウト。

は国道410号を南下し「南房パラダイス」で下車。ここもこのJJ会の仲間と5年前に来たことがある。今年9月に「アロハガーデン館山」 としてリニューアルオープンしたとか。ハイビスカスやブーゲンビレア・サボテン などの熱帯植物が観察できる300mの連続温室をそぞろ歩く。印象的だったのが、「ヒインコ」が手や肩に慣れて止ったりしたことだ。園内は広く動物広場やキッズひろば・展望塔・時計塔などがあり、シンガポール館では 「マーライオン」が水を吐いていた。約2時間近くよく歩き、さすがに足が疲れた。隣接のレストラン「ワイキキ」で昼食を摂り、道の駅で土産物などを買う。

 2時半過ぎ、再び高速バスで帰途に就く。さすがにみな疲れたようで車内うとうとしている。都内に入ってから渋滞で予定より30分遅れで東京駅に着く。